本当の・・・・・・解決?
火曜日、あれから二日目の朝。梅雨ももうすっかり終わってしまったのか、二日連続の快晴に半ばうんざりしかけている、暑さに苦しめられる朝。
なのに、私の顔はかなり上機嫌の様相を見せていることだろう。強がりでも何でもなく、自然と鼻歌を歌ってしまいそうだ。
というのも、私は二つの驚くべきことに出会えたからだ。まずは昨日、なんと泥沼と学校で出会ったんだ。しかも同じクラスっていう衝撃の事実にも、笑っていいんだか、驚きすぎて言葉を失えばいいんだか、分んなかった。ちなみに、今年初めての登校だったらしい。卒業する気があるのかなぁ。
そんな泥沼に、どうして学校に来たの、と聞いてみると「うるせぇ、余計な事聞くんじゃねぇ!」とはぐらかされた。照れ隠しってことが見え見えで、どうして来たのか、なんて聞かなくとも、その理由は間違いなくコレなんだな、と言うのが思い浮かんだ。やっぱり、変な人だけど、根は悪い人という訳ではないらしい。
そして、もう一つの驚くべきことっていうのが、今まさに目の前にあった。
駐輪場の横、丘の上の校舎へと向かうための坂道の前に、真虎君がイヤホンを付けて立っていたのだ。
顔にはガーゼや絆創膏が付けられていて、学ランの袖の下から、ちょっとだけ白い包帯が見えており、見ているとちょっとだけ痛々しいけど、そんな状態でも真虎君が来てくれたと思うと、嬉しさがこみあげてくる。
と、真虎君を発見して、ちょっとだけ眺めていると、彼と目が合った。私に気付くと、イヤホンを外して指に巻きつけてから、結んでポケットにしまう。
「……やっ」
小さな声でそう言うと、手を少しだけ挙げる。恥ずかしそうな、小ぶりな挨拶だ。
「うん、おはよっ」
笑いかけ、彼に近寄りながら、私も挨拶を返す。結局自分が何をした、と言う訳ではないけれど、真虎君が学校に来てくれるって目的を達成できたのは、最高の気分だ。
私たちは、二人で並んで、校舎へと向けて歩き始めた。
「良かった。また学校に来てくれるようになって」
「そうだね」
…………どうしよ、会話が続かない。
「ははは。そう言えば、私、真虎君を自分の力で学校に連れて来るって大見栄切ってたんだけど、結局自分では何もできなかったな~、あはは」
出てきたのはそんなセリフ。自虐って、余計に反応し辛かったかも。
「そう……でもないし」
「え? でも、真虎君を説得したのは立木君だったし、彼がいなかったら、真虎君と話もできなかったもん。私は全然何もしてないよ」
「丈を連れてきたのはキミだろう?」
「連れてきたって言っても、土曜日に初めて会ったし、それもこのみちゃんが手配をしてくれたからで……」
と説明をしていると、真虎君ははぁ、と呆れたようにため息を吐いた。
「キミはどこまで謙虚なの? 丈やそのほかの協力は誰のためだと思っているの?」
「え、えっと、真虎君を学校に行くように説得するためだから、真虎君のため?」
「……キミのためだよ、キミの」
「わ、私!?」
いやいや、そんなことないよ、と言いたかったけれど、反論を許さないように真虎君が立て続けに言った。
「キミがいなくっちゃ、キミが行動を起こさなくっちゃ、今の僕はいないし。それに、僕を学校に連れて行くってのは、キミの目的だし。その目的のためにみんなが助力をしてくれたんだし。要するにみんなを動かしたのはキミだし」
う、動かしたって言われてもなぁ。
「う~ん、あんまり実感わかないかも」
「やれやれ、キミの活躍に助けられた本人が言っているってのに……キミって相当鈍感さんだし」
「そ、そうかな?」
私って鈍感かな? それも全然自覚できないんだけど……あれ? そもそも鈍感だってことに気付かないのも、自分が鈍感である証拠?
「あ、そうだ。真虎君、あれから立木君と話した?」
これ以上この話をしていてもらちが明かない気がするから、思い切って話題を変えちゃおう。思ったよりも真虎君との会話が続くようになったし、気になることを聞いてみた。
「昨日も会ったから、嫌って程話したし」
「良かった! 仲直りできたんだね」
「言っとくけど、それも君のおかげだし」
話がまた元に戻る。私のおかげにしたい、というのは悪い気分じゃないんだけど、実感できないから、否定するしかないわけで。
「またまた~。真虎君と立木君が仲直りしたことに、私は何にも関わってないよー」
でも、こればっかりは私の言う通りだと思うの。真虎君と立木君はあの時お互いに話し合ったことや、立木君が真虎君のために率先して旧番派に立ち向かっていったからで、私の力なんてこれっぽっちもないはずだもん。
「……はぁ、これって謙遜しているんじゃなくって、一周回って僕に対する嫌味にしか聞こえないし」
私の主張は、真虎君にはお気に召さなかったみたいだ。うーん、本当に何もしていないはずなんだけどなぁ。
「そうそう、丈とはキミのことも話したし」
「私のこと? なんて言ってた?」
私が会話のネタに上がるなんて、ちょっと気恥ずかしいかも。
「キミが去年のこと知りたがってるって」
「ええ!? あ~、う。確かに知りたいなって思ってたし、真虎君の口から聞くつもりだったけど……」
大々的に旧番派や立木君たちの前で聞きたいって言っちゃったし、それにもう既にあの、利根田、だっけ? あの人の口から大分説明していたのを聞いていたから、もう聞くことなんてないと思う。あと、真虎君だって、そんなに話したくはない内容なんじゃないかな。少なくとも、しゃべっていていい気持ちはしないと思う。
「今でも聞きたい?」
真虎君が催促をするように尋ねる。
「そりゃあ、聞きたいとは思うけどね、真虎君が言いにくいような話でしょう? だったら、遠慮しておくよ。それにこの前……」
「この前キミが聞いたのは、ほんの一部だし。どうして僕があんな馬鹿なことをしたか、とかまで話せることはあるし。それに言いにくい事でもないし、僕はキミになら話してもいいと思ってるし」
一旦区切って、真虎君が私へ顔を向ける.。
「いや、キミに聞いてほしい」
と、真虎君はわずかに口角を上げて、吹っ切れたような柔らかい笑顔を見せる。
真虎君が、自分から去年の、例のことについて言おうとしている。このみちゃんにアドバイスを貰って、励ましてもらったときに、自分から話してくれるくらいに信頼を得る必要があると思った。
それなら、彼がここで触れたくもないような例のことの話を教えてくれようとしているのは、彼から私への信頼の証なんじゃないか。
「うん。じゃあ、聞かせて」
そう思ったら、私に断ることなんてできなかった。
ふぅ、と一息ついてから真虎君は、言葉を選ぶようにして慎重に切り出した。
「去年、僕と丈は番長、今はもういない旧番派がしたっていた方だし、そこのグループに所属していたし」
「うん。この前ちょっとだけ聞いたかな。少し、以外かも」
真虎君、暴力がどうのこうの、って言って嫌悪しているみたいだったし。
「自分でもそう思うし。所属しようと思ったのは、強さが欲しかったから。一人で何でもできるような強さが、ただそれだけだったし」
「強さ?」
「子供じみすぎてて、笑えるし。キミも笑っていいし」
「そう言われると、余計に笑えないような……」
「……そうでも、僕は結局弱かったし。丈も弱くて、いつもグループの上級生からシバかれて、良いように搾取ばっかりされてたし」
真虎君の過去。彼の語る表情は、少し暗くて、やっぱり言いにくい事なのだと実感する。でも、とさらに言葉を続けようとする彼の表情が、さらに険しくなって、さっきまで話したこと以上に、思い出すのも嫌なことを口にするのだと、そんな気がした。
「丈はある時、竜美懸のグループに寝返った。僕ももともと丈から誘われていたけど、断っていたし。そこじゃ強くはなれない。今いるグループでしか、一人で何でもできる強さは身に付かないって、本気でそう思っていたし。説得されて、衝突して、喧嘩して、結局は僕のことを諦めて、丈は一人で去って行ったし。それを自分は裏切られたと錯覚した」
「……」
「自分の求める強さを否定された。彼は僕を良く理解していたし、だからこそ仲が良かった。そんな人が自分とは真逆に進んで行ったのが、許せなかったし。あと、一人で搾取されるようになってからの苦しみが、丈への恨みに繋がって、自分の強さを見せてやろうって……復讐をするきっかけになったし」
ふっ、と真虎君が自嘲するように笑う。
「でも、僕には腕力がない。だから、ちょっとだけ頭を使うことにしたし、旧番派を利用する。それで僕の策略通りに行けば、番長と呼ばれる男ですら掌の上で転がせる、そんな強さを持っていると知らしめることができる、そんな馬鹿な幻想を抱いていたし」
「……利用」
真虎君の口から前にも聞いた、その言葉。私もその対象になったから、利用されることの口惜しさは薄らとなら分かる。
「そう。それが上手く言ったから、僕は人を利用できる強さを持ったのだと勘違いしたし。それでキミも利用したし。まぁ、周りの連中も僕はそうやって人を利用する奴だと知ってしまったから、僕の勘違いに拍車がかかってしまったし」
「……その復讐で、立木君は?」
「学校を辞めたし。彼が言うには、僕に復讐されたことで竜美のグループに怪我人を出させたことに引け目を感じて、居場所を無くしたと思ったらしいし。もちろん、元親友の仕打ちだと知って、ショックを受けたとも言ってたし。まぁ、恐れられる対象になったことで、居場所を無くしたのは僕も同じだし」
それで不登校になったんだ、と内心で納得する。でもね、と真虎君は再度言葉を続けようとするが、その表情はこれまでとは一変して、だいぶ明るくなっているように感じた。
「本当の強さは、丈の方が選んだ方だったし。僕が得た強さはまがい物で、一人で何でもできる、なんて愚かしい勘違いだった。丈がこの前教えてくれた、誰かと協力し合える強さが、本物だった。それを体現しているのが竜美たちのグループの鉄の掟だし。でも、良く考えればすぐにでも分かることだし、僕、腕っぷしとかからっきしだし。ま、一人で何でもできるバカみたいに強い大神一和は別だけど」
そう言えば、立木君と二人で話しているときに、キミの選んだ方がどうとか、って言ってたけど、そのことだったんだ。強さ。う~ん、男の子っぽい考え方な気がするから、ちょっと分かり辛いかも。
「誰かと協力する強さ、かぁ」
「君も持ってるし、それ」
「私も?」
そんなの持ってるの? あ、でも強さと言うのかは分からないけど、今回、真虎君を無事に学校に来るように説得できたのは、私一人の力では成し得なかったこと。立木君や、このみちゃん、ワンちゃん、懸さん、泥沼、みんなが協力してくれたからできたこと。
そう言えば、一人で説得してやる、って、私も思ってた。それが何だか、真虎君の一人で何でもできる強さ、と似通っているような感じもする。
そっか。一人で、なんて思ってたけど、今思えばそんなの無理で、いろんな人達の協力が、その人達がそれぞれに持っている力を合わせて成し遂げることができたんだ。
私も一人前に、誰の力も借りずに、なんていきがっていたけど、そもそもが違っていたんだ。頼りすぎるのもダメな気もするけど、できないことがあったっていい。それを補える人同士が協力すればいいんだ。その補える人達に、私は恵まれていたってことなんだね。でも、それなら……。
「そっか。でも、良かったね」
「……何が?」
真虎君がきょとん、として尋ねてくる。
「だって、真虎君も持ってるじゃない。協力し合える強さ。立木君に泥沼も、それに私だって真虎君に何かあったら協力するもん!」
胸を張ってそうは言ったけど、ちょっと恥ずかしかったかな? でもでも、真虎君に協力をしたいって言うのは、私の意志だ。
真虎君はそんなことを言われて、顔を背ける。あら、やっぱり恥ずかしい事言ったかな。笑われてるかな?
「……そう」
ほんのわずかに答えてくれたけど、その声は震えているように聞こえた。やっぱり、笑ってるのかなぁ。
それからしばらくは、会話は無かった。とは言っても、すぐに昇降口があって、下駄箱で靴を変えて教室の前に到着するまでのほんのわずかな時間だけだった。
朝の時間で、廊下から、それから教室の中からざわつく声が聞こえる。閉じられたドアの前で、真虎君は立ち止まった。
「……」
顔を覗き込んでみると、仏頂面でモザイクの窓から見える教室の様子をうかがっていた。緊張、しているのかな。それとも、また教室中が真虎君の姿を見た時に、否定的な言葉が上がるのを嫌がっているのか。私が想像できるのはそれぐらいだけど、真虎君は明らかに何かを気にしていて、それが今の彼の歩みを止める原因になっている。
「大丈夫だよ。私もいるから」
彼を安心させたいと思ったら、そんなことを口走っていた。はは、私じゃ頼りないか。あぁ、自分で言っててちょっと落ち込むなぁ。
でも、うまく背中を押すことはできたみたい。真虎君がドアに手を掛けて、スライドさせた。
クリアに教室の様子が目に映る。まず、真虎君が一歩教室に入ると、誰もが彼を見ていた。耳朶を打つ声は、驚きや「また来たよ」というような、決して好意的とは言えないものが多かった。
でも、その中でたった一人、真反対の反応をする人がいた。
「ったく、おっせ~んだよ、真虎よぉ~!」
文句を言っているようだが、気持ちが顔に現れている。いかつい顔がちょっとにやけている泥沼だ。
「……と、教室に一番乗りだった非行青年が言っています」
「……うぬ」
と、泥沼の取り巻き二人。そうそう、彼らも同じくクラスだったんだ。私は知らなかったけど。
「おいコラっ! 海鞘蕗、殿面! 余計なこと言うんじゃねぇよ!!」
まるでコントの掛け合いかな、と思うような珍妙なやり取りをする三人。そんなのでも、彼らが真虎君を好意的に受け入れてくれる数少ない人達であることには変わりない。ちょっと頼りなさそうなのが、玉にきずだけど。
「どう?」
この前とは違う、新しい環境を目にした真虎君に、聞いてみる。
「……ふん、悪くはないし」
そう言いつつ、まっすぐに自分の席へと向かう真虎君の足取りは、ちょっとだけ軽快に見えた。
席に着いた真虎君の傍へ、泥沼たちが集まって行く。
「どーだー? 久しぶりの学校はよぉ~。出席たりてっかぁー?」
「キミに言われたくはないし。自分の心配をしたらどう?」
「ンなぁー!? て、テメェ、俺の痛いトコを……」
「ちなみに、泥沼はすでに今年の留年が確定しています」
「……うぬ、みじめ」
「オメーら! 余計な事言うなっつってんだろうがー!!」
ああ、なんだかこれまで以上にクラスの中が騒がしくなった気がする。でも、まぁいっか。
「……ふふ」
だって、真虎君が笑っている。それは、今までに見たことのない、心から楽しんでいるような笑顔だ。それだけでも、頑張った甲斐があったかな。……やっぱり、あんまり私のおかげって言う自覚は無いんだけど、そう言うことにしておこう。
なにはともあれ、一件落着。良かった良かった。さて、今日から再び普通の学校生活を……。
とかなんとか思いながら、自分の席に着こうと思っていたら、真虎君が席を立って、私の前まで来た。
「一つ、言い忘れてたし」
「何?」
私はにかっ、と笑いながら彼の言葉を待った。完全に油断しきっていた。一体何かな、なんて考えることもしていなかった。そんな私へ、真虎君は言う。
「キミと初めて会ったとき、キミに付き合って欲しいって言ったし……。それ、割と本気だし。キミに一目ぼれして、キミのことが好きになって言った事で、今も、気持ちは同じだから」
割と、通るクラス中に聞こえるような声で、真虎君は、そんなことを言い放ったのだった。
つまり、これって……。ちょ、ちょっとまって、え!? しん、と教室中が静かになっているし、これ完全にみんなに聞こえている、公開告白ぅうううう!?
「えええええ!?」
「じゃ、そういうことで」
真虎君は何事もなかったように振り返って、自分の席に戻って行くし!! あああ、私の頭の中は完全に真っ白なんだけど! え!? 本気って、一目ぼれって、え!?
そう言えば、立木君が真虎君は妙なところで勇敢だとか言ってたけど、こういうことなの!?
「オイオイ、お前本気か!? あんなののドコがいいんだ? 男ならもっとボーンと出てるのが……」
「……キミには僕の趣味は理解でき無さそうだし」
「その通りです。彼は実にすばらしい趣味をお持ちです。それを泥沼なんかには理解できるわけがありません」
「……うぬ?」
あの三人と真虎君は普通にしゃべりだすし……。それを皮切りにしたのか、教室中がざわめき始める。
「あっちゃ~。かなりタイミング悪いさ~、ねぇ、このみ」
「そう? むしろ、湯川がタイミングを合わせたって気がするわ。アイツ、妙に頭が切れるもの。意図は相変わらず良く分かんないけどさ」
このみちゃんたちまで、噂話をするみたいに話し始めるしぃ~。っていうか、タイミングって何ぃ?
ずうっと呆然として、棒立ちしたままで、頭の中の困惑をどうしたらいいやらさっぱりだった私に対して、タイミングがどうのと言っていたこのみちゃんが、アイコンタクトを取ってくる。
そして、私を指さして、タクトを振るように指を斜め上に振った。そして、口パクで後ろ、と言ってやっと私へ後ろを見ろと言っていることが分かった。
振り返るとそこには……。
「……」
ワンちゃんがいた。い、いつからいたの? まさか、真虎君の告白のときからっ!? そしたら、タイミングが悪すぎるよぉ。
ワンちゃんはちっとも目を合わせてくれないし、えっと、どう説明をしようか。
「きゃっ!?」
しかし、説明をする時間すら私には無いらしい。ワンちゃんが私の首根っこを掴んで、ぐんぐん後ろに引っ張っていく。教室の景色が離れて行き、廊下に出て、教室そのものからも離れていく。
「あ、ちょっと!? ワンちゃん!? どこ、どこに連れて行くの!?」
後ろを向きたくても向けない。そのまま私は、ワンちゃんに連れられて行った。
で、連れてこられたのはいつもの体育館裏だった。こんなところでいったい何を……。
ああ、そうだ! ワンちゃんにちゃんと説明できるようにしておかないと。えっと、えっと、さっきのはただ単に真虎君に告白された、普通の告白……というか公開告白だったんだけどね、えっと、それにまだ返答をしたわけでもなくて、そもそも私はワンちゃんのことが……。
「……叶恵」
ああ、いやいや、これじゃあ、私がワンちゃんに告白する流れになるじゃない! そ、それはその、まだ恥ずかしいから、えっとどう言えば……。
「叶恵、こっち見ろ」
「は、はいぃ!?」
完全にワンちゃんの声が耳に入ってなかった。急いで振り返る。
ワンちゃんは身をかがめて、私と同じ位に目線を合わせていた。じぃ、っと目を見られて、それがプレッシャーのように思う。さっきのはなんだ? って目で訴えかけられているみたいだ。
「ええと、えっと……」
目を瞑り、一生懸命考える。どう言えば、何を言えば……あぁ、もう! ここ最近同じような事ばっかり考えてる気がするよ!!
と、完全に我を失って困惑に頭を悩ましているときだった。
顎に、ワンちゃんの手が触れる。目を瞑っているけれど、ここには彼しかいないし、自分で触っている訳じゃないから、ワンちゃんの手だ。
そして、何かを言う間も、考える間もなく、触れた。
唇にちょっと冷たいけれど、柔らかい感触が。
目を開いた時、その感触はすでにどこかに行っていて、ワンちゃんの顔がゆっくりと離れて行き、彼はそのままかがめていた背を伸ばし切った。
あ、あの……今のって、もしかして……き、ききき、き、きす?
「……」
もう言葉なんて出なかった。さっきのが本当に起きたことなのか、今は夢なのではないか、とか、困惑とか喜びとか、何も湧いてこなかった。
ただただ、あらゆる思考が停止して、目の前のワンちゃんを見ていた。
そんな彼は、顔を背けると、すぐに私の横を通り過ぎてしまう。
「わ、わわ、ワンちゃん……い、いまの……」
辛うじて出た声も震えすぎている。首だけを回して、ワンちゃんの後姿を見ると、彼は振り返らずにぽつり、と
「……マーキング」
そう言って、去って行ってしまった。
はは、ここって朝は日向なんだね。大分日が照っているから、すぐに暑くなっちゃいそう。いつもは昼に来ていたから、初めて知った。あ、チャイムが鳴っている。これって遅刻だよね……あ、でもしばらく動けないや、
あ、まだちょっとだけ思い出せる。初めての感触。自分の指で触れてみるけど、それとは全然違う。
はは、ワンちゃんと、キスしたんだ……。それを実感として記憶に残れば残るほどに、私の足は棒のようになってしまう。しばらくは、私はここから動けないみたいだ。
はい、ども作者です。見るのも恥ずかしいですね(遠い目)でも、書いているときはもおっと恥ずかしかったです。実際にやられたら、飛ぶよねビンタか蹴り。
ってなわけで、今回で今年最後の更新、かつ真虎を中心のお話が終わりです。
いやぁ~~~~~、長かった。更新期間も1年くらいかかってますが、キャラクターができてこういう話にしようと考えてからももう1年半かそれぐらいは経っているわけで……ほんと長い付き合いになってしまいましたよ。
さらに言えば、真虎の過去のお話なんかもね、話に厚みを出すためにわざわざ設定を作って、ダイジェストみたいにして書き出したのに2か月以上はかけていたりして、もう……ほんと苦労しましたよ、真虎この野郎!!!
まぁ、かなり持て余し気味だった感じも否めませんがね。このキャラ凄く動かしづらいというか、面倒くさいというか(笑) ともかく、終わらせられて良かったな、と思いますね。
さて、次回早くて1月末、遅くて2月末、最悪5月末(笑) くらいに更新ができればなぁ、と思っています。一応年末中に、骨組みだけはできているので、時間さえできれば書けるのでは、と思っています。本当は年末に書き始めたかったんですけどねぇ……うまく、時間のやりくりができないもんです。
また、次回以降も不定期になると思いますが、よろしければ、お付き合いくださいませ。
次回はこれまでのシリアスっぽい感じを全力で吹っ切るようなコメディになります。作中の時期は夏。現実と真反対!!!そんなお話ですが、来年に気長におまちいただければな、と思います。
最後に、今年、ちょくちょくブックマークが増えたり(消えたり)、感想を頂けたり評価をしていただいたりと、読んでもらっていることを実感できることが多々ありました。今年の総括としての謝辞として、ブクマ、感想、ただ読んでいただいた方へ、ありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いいたします。




