とりあえず・・・・・・一件落着?
唐突に現れたワンちゃんに、私は気が動転しそうだった。
「わ、わんちゃ、にゃんでこきょ……」
ワンちゃん、なんでここに? というほんのちょっぴりの言葉であっても、舌っ足らずになって、言えないくらいだった。
「そいつに教えてもらった」
呂律の回っていないふにゃふにゃとした言葉だったけれど、ワンちゃんにどうにか通じたらしく、ワンちゃんが左側を指さしながら答える。
指先に促されて左を見ると、ドアの近くにふらふらとしながら、顔中ピアスだらけの男が現れる。
「さっすが一和さんッス! おっとこらしぃ~~! いててて……」
背中をさする彼には、見覚えがあった。たしか、ついこの間校舎の前で喧嘩をしていた下級生の一人だ。でも、どうして彼が?
「あいつが今日のことを教えてくれた。叶恵が関わっているから、まさかと思ったが、ったく、危ないところにきやがって」
まぁ、細かいことは今はどうでもいいか。ワンちゃんは刺々しく言うけれど、心配してくれていたようだ。
「ごめん。でも、放っておけなくって」
「……叶恵、これはお前にはどうしようもないだろ」
「うん」
「だから……」
と、ワンちゃんが再び、顔を前へと向ける。その背中が大きくって、見ているだけでも深い安堵感を覚える。彼ほど頼りがいのある人はいない。
ワンちゃんは前を向いたまま黙りつづける。何かを待っているみたい。何を……それには心当たりがある。
私はワンちゃんと約束をしていた。私にはどうしようもないことに今直面している。とても情けないことだけど、私でどうにかできない以上は、誰かを頼るしかない。
目の前の彼を。
「ワンちゃん、私に力を貸して」
手を貸してくれると言ってくれたワンちゃんに、私は頼んだ。
「……了解」
やっぱり、私のその言葉を待っていたらしく、旧番派の人達が固まっている方へとワンちゃんが迫って行く。
「や、ヤバいっすよ利根田さん!」
それを見て、旧番派は明らかにうろたえだした。
「ヤダわ~~!! あの一年坊まで裏切っちゃって……」
「ヘン! オッカマ野郎の言いなりになって復讐なんて、男らしくねぇんだよ! 俺は、姉御に付いて男を磨くことに決めたんだよ!!」
どうやら、彼も利根田達と関係があったらしい。旧番派に所属していたけれど、反旗を翻したってところね。……でさ、姉御って誰の事? なんか、すっごい嫌な予感がするのだけど。
「とにかくどうするんですかあ! 裏番のヤバさを一番知っているのは利根田さんでしょう?」
「うるっさいわね! たかがアタシを含めた五人で挑んで返り討ちされちゃっただけよ! それに、こいつにもツケがあるわ! こいつのせいで入院していた間に番長がいなくなって、彼に会えないままに別れることになったのよ! うちら全員でリンチよリンチ!!」
ワンちゃんの登場に、明らかに余裕をなくした旧番派。相変わらずクールなワンちゃんのせいか、かえって旧番派達の方が可愛そうに見えてくる。それくらいに、ワンちゃんは頼もしい。
いつワンちゃんと旧番派が衝突してもおかしくない。じりじりと距離を詰めるワンちゃん。しかし、彼の足が突然止まった。
ぶぉん、ぶぉん、といくつもの轟音が近づいてきている。その音は紛れもなく、バイクのエンジン音だ。それにここに居る誰もが気付く。ワンちゃんはどっしりと構えているが、旧番派はさらに慌てだす。私は、バイクと言えばまさかあの人? とか考えていた。
「な、何っ!? こんなとこにバイクなんて……はっ!? ちょっとアンタ! 山田だったわね、アンタの相方はどこいったの!?」
と、利根田がピアスだらけの一年生、山田君という名前らしい彼に問いかけた。山田君はそれにへへっと含みがありそうに笑い、唇のピアスを不気味にきらりと光らせる。
そして、三つ目の入り口、壁とちょうど真反対の位置にあるフェンスのドアから、彼が姿を現した。
「っか~、ワン公のやつ、もう来てるじゃねぇか」
ワンちゃんに勝るとも劣らない身長、切れ込みの入った坊主頭、懸さんだ。その後ろから、ひょこっと、背の小さな金髪の、下中君が姿を見せる。
「遅刻癖、治した方がいいんじゃないですか?」
「い~や、そりゃできねぇな。だってお、遅刻してギリギリのあの気分を味わえるのは、学生のときだけだろ? つまり、遅刻だって青春の一部ってわけだ。うおおおおおおお青春だああああああああ!!!」
相変わらずな雄叫びを上げる懸さん。
「た、竜美まで……どうしてアイツまでここに来るのよっ!!?」
利根田の口にする疑問は、私も感じていることだった。けれど、それもすぐに判明する。
「こんなに来ちゃったら、敵う訳ないわ。もう一つの出口からにげっ……!?」
利根田が振り返り、立木君たちが逃げ出した、最後の出入り口に目を向ける。
「残念ね、こっちも通行止めよ」
そこにはこのみちゃんと、その友達が立っていた。このみちゃんたちも来ている、ということは、さっきのバイクの音はやっぱり懸さんたちだったんだ。さらにこのみちゃんたちの横にもう一人、ピアスだらけの山田君と喧嘩をしていた、モヒカン刺青頭の男の子もいる。
「さあ、観念しな! オカマ先輩!!」
「ちょっと、たかがアタシらに通達してくれた一年坊が出しゃばらないでよ!!」
と、このみちゃんがどかっ、とモヒカン頭を殴った。山田君と同じで、彼が懸さんたちに今日のことを伝えたらしい。でも、どうして分かったのかな? あ、そっか。もともとは旧番派だったから、知っていたのかな?
「ヤ・ダ・わ~~!! あんなのまでたてつくって言うの!?」
「ど、どうするんすか利根田さん!」
「ど、どうするったって……」
退路を完全に断たれ、今までで一番おろおろとし始める利根田と旧番派の仲間たち。そんな彼らを追い詰めるように、ワンちゃんと懸さんが彼らに歩み寄る。
「もう決まってるだろ」
「だな……おい、利根田ァ!! そっから手下ども!」
懸さんが叫ぶ。ついさっきまでの明るい彼からは想像もできないような怒声と剣幕。その怒りの矛先ではない、遠くから眺めているだけの私でも思わず縮み上がってしまう。真正面から見ている旧番派達の恐怖は想像を絶する物だろう。現に、ひぃっ、と声挙げている人や、怯えて腰を抜かしている人もいた。
「テメェら、分ってんだろうなぁ? 俺の、俺達の仲間に手ぇ出すってことの意味をよぉ!!!」
「や、やだああああああああ!!」
利根田の声が、ひっそりと取り残された競技場の全土に響き渡ったことだろう。
その後のことは、特筆して説明するまでもないように思う。あっという間に、嵐が過ぎ去った後みたいに、死屍累々ができあがっていた。もちろん、みんな生きているだろうけど、それをワンちゃんと懸さんの立った二人で築き上げたのだから、やっぱりこの二人はとんでもなく強くて、頼りになる。
これで、真虎君を連れ去った旧番派達が起こした一つの出来事は終わり。でも、私にとってはまだまだ安心できる幕切れを迎えたわけではなかった。
真虎君と立木君。今二人はどこにいるのだろう。この壁打ち場を見渡しても見当たらず、抜け出したのは間違いない。
「あの二人は……」
と、あたりを見渡していると、このみちゃんが私に教えてくれた。
「その壁の裏で休ませてるわ。余計なのが一人混ざっているけど。気になるんなら見て来なさいよ」
私はこのみちゃんにお礼を言って、少し照れくさそうにしているこのみちゃんを残したまま、戸の開いている、立木君たちが出て行った出入口を出て、壁打ち用の壁の裏へと回り込もうとした。
ただ、角を曲がろうとしたところで、私は立ち止まった。
「どうだ? もうしゃべれるか?」
と、立木君の声が聞こえた。またこっそりと低木の影から覗き込んでみると、そこには、壁に寄りかかって座っている立木君と真虎君、それからぐったりとへばっている泥沼がいた。このみちゃんの言っていた余計なのって、泥沼のことなんだね。
手前から、真虎君、立木君、泥沼、と言った並びだけど、泥沼はうつ伏せに顔がこちらに見えるように転がされているのが、なんだかおかしかった。
「…………ずっとしゃべれたし」
今の今まで黙っていた真虎君が声を発した。ちょっとだけ、その声が柔らかい声音に思える。それもそのはずか、だって二人は親友同士なんだもん。私が入って行ったら邪魔になるかな。
盗み聞きも悪いし、ここは私の出番はないかな、とは思うのだけれど、親友同士の会話がちょっと気になっちゃって、立ち去りはせずにそのまま二人の会話に聞き耳を立てる。
「強がるなって」
「別に、強がってないし」
真虎君の返答に、立木君がふふ、と笑う。私も同時に笑い出しそうになった。やっぱり、真虎君の言葉の端々から刺々しさが消えている。お前たちに言うことはない、とか皮肉っぽい感じが全くなくって、素直な彼の心からの声のようだ。
「笑うなよ」
「わりぃわりぃ、機嫌悪くしないでくれよ?」
「……しないし、もう。ほんと、キミらには呆れるし」
「ん?」
「合理的でもない理由で頼んでも無いのに人を助けようとするし、恨みでもあるはずなのに、どうでもいいって顔して僕のとこにくるし」
「友達だから、そんな理由で助けられるのは嫌いか?」
「嫌い……だったし。でも……」
「でも?」
「それが、キミの選んだ方、だったんだろう? 僕が選ばなかった方の。全く、嫌になるし。君に僕の間違いをまざまざと見せつけられたし、無様に助けられたし……」
「そんなこと言う割には、すがすがしい顔してんじゃん」
「してないし……ねぇ、キミさ」
「ん?」
「まだ、僕の友達?」
「当たり前だろ」
「あのときキミが……いや、僕はキミを裏切ったっていうのに?」
「気にしてねぇよ。むしろ、お前の方が気にしてたろ」
「……」
「黙るなよ。まぁ、おれの言う通りなもんで、素直に認められないんだろ?」
「……嫌だし、友達って」
「まんざらでもない癖に……。なぁ、真虎。お前学校行けよ?」
「行っても、キミはいないし」
「作ればいいじゃないか、新しい友達」
「作れって言ったって……」
「ほら、いるだろう? あの……」
私のこと、かな? なんだか、うぬぼれているみたいな感じもするけれど、そうに違いない。なんて、立木君に言われなくったって、もう友達みたいなものでしょ。いろいろあったけど、気にしたって仕方ないもんね。
さて、そろそろ出て行ってみようかな?
「まさか、俺だとか言うんじゃねぇだろうな!?」
……真虎君と立木君、そのどちらでもない声。あの場にいるのはたった一人しかいない。
むくり、と起き上り、思いっきり口を尖らせている泥沼だ。さっきああ言ったのは泥沼で間違いない。っていうか、このタイミングで起き上るの!?
「ったくよ~、まぁた乗りかかった船だとかなんとか言ってよ~、俺を巻き込もうとしやがってよ~~」
「いや、誰もそんなこと言ってないんだけど……」
突然、自分が巻き込まれただなんて言い始める泥沼に、立木君も眉をひくつかせて困惑しているようだった。私も困惑している。彼の言う通り、誰も泥沼に真虎君の友達になれ、だなんて言ってないんだけどさぁ。とてつもない被害妄想だ。
「しっかし、あんな話を聞かされたら、ここで断るのは男らしかぁねぇ。俺がダチになってやらあ!」
図々しいにも程があるけれど、泥沼がすっと手を差しだし、真虎君に握手を求める。
「そうだ。言い忘れたぜ、昨日は悪かったな。ダチになってやるから、勘弁してくれや」
そして、泥沼は謝った。言い方が何だか偉そうだけど、一応は私との約束を果たしてくれたみたい。泥沼も泥沼で、変な人だけど悪い人って訳ではない。今日も活躍してくれたしね、ほんのちょっと。
「……ふん」
真虎君は鼻で笑う。ただ、彼が自分のために奮闘してくれていることは、彼も知っている事だろう。
真虎君も、手を差し出して、握手に応えた。
「ふふっ」
その様子がほほえましくて、真虎君に友達ができたことが嬉しくって、場をわきまえない泥沼がおかしくって、私もついつい笑い声を洩らしてしまう。
そしたら、私の方に立木君も、泥沼も、そして真虎君も視線を向けた。三人ともばつが悪そうな顔をする。泥沼なんて、何見てやがんだ! と言いつつも、顔が真っ赤だった。よっぽど恥ずかしかったのだろう。
とりあえずは、盗み疑義していたことは謝ろうかな。些細なことなんだけどね。今、ここで真虎君にまつわることが全て終わった、そんなことと比べれば本当に些細な事。
私の胸の内は、満足感でいっぱいだった。もちろん、いろいろと分からなかったことはあるけれど、自分の力で真虎君を説得できたって訳じゃないことも引っかかっているけれど、丸く収まったことが何よりも嬉しかった。
一件落着ってところかな。そんなことを思いながら、私は真虎君たちの元へと歩き出した。
ども、作者です。なんとか更新できましたね。後は明日で、この章が終わりますね。内容に関するあとがきは、そのときに。




