真虎君の・・・・・・復讐
大体二十分くらいだろうか。バスに揺られ、かなりさびれた駅の前で私たちは降りた。駅のホームにはわずかに屋根があり、まるで昭和の時代から変わっていないような券売機のある無人駅。休日だというのに、人っ子一人いないさびれた場所。これくらい人気がなければ、不良とかが集まるのには持ってこいの場所だな、と私は納得した。
でも、目的地はここじゃないらしく、泥沼が先頭を切って線路とは反対の方に歩き出す。その方角に目を向けると、ほんのりと懐かしさを感じた。
昔は良くここに来たことがある。どんな理由があってかは忘れたけど、お母さんに連れてこられたことがあった。一通り見渡すだけでも、野球場、陸上競技場、屋内外のプール、テニスコートを見つけた。ここは市営の競技場だった。いくつものグラウンドやコート、建物が、山を背にして緩やかな弧を描くように立ち並んでいる。
しかし、そのどれもがさびれていて、やはり人気は全くなかった。それもそのはずで、今私たちが立っている道路には、何年も前の日付で閉鎖が決定されたという看板と、立ち入り禁止の黄色と黒のバーが、赤と白のコーンと共に置かれている。それらも雨や陽射しのせいで色あせてしまっているのが、長い間放置されていることを物語っており、なんだか寂しかった。
「後は分かるだろう、立木。俺はここまでだ。何があろうがなかろうが、俺はもう関係ねぇからな」
約束は果たしたぞ、というような口調で言うと、泥沼は反転して、来た道へと戻って行く。もともと、泥沼には真虎君の説得の協力のために来てもらったのだし、道案内だけと言っていたから、彼が帰ってしまうのを止める理由は私たちには無かった。一応、いてくれたら多少は心強かったのかもしれないけど、仕方ない。立木君に目を向けると、彼も同様に仕方がないと思っているのか、私の考えを肯定するように頷いてくれた。
「じゃあ、行こうか」
立木君の言葉に、今度は私が頷いた。
立木君が先に歩き、私がついて行く。どこに向かっているのか分からないけれど、立木金には見当がついているらしく、迷わずにぐんぐん進む。途中、見覚えのある景色を目にしたけれど、錆だらけのフェンスや、ペンキが完全に剥げたコンクリートの壁、ぼうぼうに生えた雑草だらけで、本当にこんなところに人がいるのかと疑問に思うほどだった。いや、だからこそ、彼らはここを選んでいるのか。
私たちはとうとう、一番端のエリアに到達した。地面をくりぬいたのか、またはもともとそのような地形をしていたのかは定かではないが、広々とくぼんだ地形に作られているのは、テニスコートだった。無論、手入れは全くされていないのでかなり荒れており、打ち付けてあるプラスチック製だか布製だか分からない白線は、ほぼほぼ残っておらず、大体六つか八つくらいはあったであろうコートも、どこでどう分けられているのか判然としない。中央辺りには、休憩か待ち時間にでも使っていたのであろうコンクリート造りの高台があり、ところどころにひびが入っているのが痛々しかった。
けれど、ここもまだ目的地ではないらしく、コートにはちっとも近寄らず、コートの横を通り、さらに奥を目指した。
私たちの通る道は、テニスコートと山にちょうど挟まれており、山とアスファルトの道の間には、ちょろちょろと音を立てて小川が流れていた。
つん、と青っぽい臭いを感じながら、その先を見据える。道をまっすぐ進めばもう駐車場があるだけだが、その駐車場の手前、道の左手には、テニスコートの奥の施設があった。
施設、と言ってもこちらの道の方に背の高い壁が立っており、周りの三辺をこれまた背の高いフェンスとそれよりも少し低い低木が周りを取り囲んでいる壁打ち用のコートだ。
駐車場に壁打ち用のコート。そのどちらかが、立木君の目指している場所であり、そこに真虎君が、いる。どっちなのか、と聞こうと思ったけれど、歩みを進めているに連れて、耳に私たち以外の人による音が聞こえてきた。
思わず顔をしかめてしまう。本能的に嫌がってしまうような音。肉と肉、人と人同士がぶつかり合うような響かない音と、それに伴っての掛け声のような低い男の声。慣れたくはないけれど、最近こんなのばかりを耳にしているせいか、すぐに察しがついてしまう。
「コートの方だ。急ごう。」
立木君に言われたとおり、足早に壁打ち用のコートの方へと向かう。ただ、見つかってしまわないように慎重に、壁の裏側で一旦停止した。
「ヤダわ~。この子、抵抗もしないし、生意気なことも言わないじゃないの~。こういうのって、ただただ弱い者いじめをしているみたいで、好きじゃないのよね~」
壁の向こうから、オカマ口調の太い声がする。ぞくぞくっと背筋に嫌な汗が走りそうだったけれど、立木君と目を見合わせてアイコンタクトを取る。
「もう一発、お願い」
ドッ、と真後ろからの嫌な音、明らかに人を殴っている殴打音だ。その相手は……想像もしたくはないけれど、真虎君に違いないだろう。けれど、真虎君の声が全く聞こえてこないのが、異様に心配を掻き立てる。一体この裏ではどのような光景が広がっているのだろうか。
「恨み言を言いなさい。苛立ちなさい。苦しんで呻きなさい。何を考えているのか、何を思っているのか教えなさいよ~~!!」
オカマの壁を超えて山にもぶつかってしまうような、力強い怒号が聞こえてくる。それと同じにまた一発の殴打音。静かな山や穏やかな小川のせせらぎが目にちらつくせいか、壁の向こうがあまりにも凄惨な状態になっているように想像してしまう。
「死体をいたぶったって、復讐にはならないの! いい、アンタはこのアタシの、あの人を失った悲しみを癒さなくちゃいけないの! だから、声を聞かせなさいよおおおおお!!」
男の人のヒステリック、なんて初めて聞いた別の意味での不気味さまで感じてしまいそうだ。
とにもかくにも、いつまでもここで何もしないでいて言い訳が無い。壁の向こう側からは、ここは完全な視覚になっているが、それはこちらも同じこと。
唯一、壁の一番端にフェンスで作られたドアがあって、そこからなら中の様子を覗きこむことができそう。ドアは開きっぱなしで、こちら側に放り出されている。壁の向こうを伺うにはそこからしかない。
見つかってしまう可能性もある。けれど、そんなことは言っていられない。
「ねぇ、あっちから……」
声を潜めて、出入口を指さすと立木君は頷いてくれた。二人で一緒に、出入口まで近づいて、壁に隠れながらも中の様子をうかがう。
見つかってしまうかも、と内心かなり緊張していたけど、無用の心配だったみたい。中ではコートの中央辺りで、十数人の学ラン姿の男達が半円になってその真ん中に倒れる真虎君を取り囲んでいる。
彼らが、旧番派って人達だろう。真虎君の傍には左右でアンバランスな髪形のいかつい男がいる。一人だけやけに濃い顔をしていて、風格も異彩を放っているから、多分この人がこれまで聞こえて来ていたオカマ口調の男なのだろう。
それで、私たちが見つかっていないのは、彼らの視線が真虎君に集中しているからだ。その、当の真虎君は、仰向けに地面に転がり、黒いジャージに砂が付き、白っぽく汚され、色素の薄い肌の顔にはあざが、口元は血が色濃く目立っている。かなり痛めつけられていて、ピクリとも動かない。かろうじて上下している胸が生きていることを示しているが、そうでなければ本当に死んでいると錯覚しかねなかった。
目にしただけでも、頭にカッと血が昇ってくる。今にも飛び出して行きたい。でも、私はそんな気持ちを下唇を噛みしめるだけに留めた。
私が出て行ったところで、何ができる? 悔しいけれど、こればかりは一人じゃ何もできない。どうしよう……。自身の無力さにも腹が立ってきそうだ。それでも、今は直接的には何もできないことには変わりがない。
頼れるのは、立木君しかいない。彼と相談して、真虎君を助け出す手段を考え出すのが一番、なんだけど……。
「ごめん、おれ、もう我慢できないから……君はここで待っていて、おれが捕まったら逃げなよ。君を守れないからさ」
と立木君は言った。慌てて彼を見ると、立木君の表情に目を疑った。目じりを釣り上げ、噛みしめた歯をむき出しにし、これでもかというほどに怒りをあらわにしていた。私なんかが感じたものとは比べものにならない。それもそうだ。親友のあんな姿に、心を痛め、業を煮やさない人なんていないだろう。
何を言うのも憚れ、唐突に走り出してコートの中へと乗り込んで行った立木君を止めることができなかった。
「真虎!! 今助けるぞ!!」
私が壁の影に隠れて、旧番派の彼らがこちらを見ても見つからないようにした直後に、立木君の声が響いた。
「なんだっ!?」
「あ? 誰だテメ……ッ!?」
壁に背を預けてじっとして、男の声と殴打音を聞く。声から、立木君ではないことが分かるから、彼が殴られたわけじゃないと安心するが、すぐに不安が胸中を渦巻き始めた。
「なにしやが……あぐっ!!」
また誰かが呻く。それが何回か続いて、立木君が善戦をしていることが分かる。だけど、それがいつまで続くのか。何人も何人もいる中で、立木君がたった一人で……。でも、私が入って行っても何の役にも立たない。私に何ができるの……。
そう考えている内に、一度立て続けに殴打する音が聞こえ、立木君の低いうめき声が聞こえてきた。それを境に、一瞬しん、と静まり返る。
「感動的な邪魔者ね~。ただの偽善的な馬鹿だったら笑いごとなのに……まさか、あなたが来るとはね~、立木丈君」
オカマ口調が、立木君の名前を呼ぶ。知り合い、なのだろうか。まぁ、同じ学校に通っていて、何かしらの接点があったのかもしれないけど、それは私には予想できっこない。
そんなことに考えを巡らせても、ここでただ聞いていても何にもならない。もう一度、壁の向こうの様子を見てみよう。
見つかる可能性、なんてことはすっかりと抜け落ちていたけど、私は再び顔をはみ出させて、覗きこんだ。
男達は、ほぼこちらに背を向けて、また誰かを取り囲んでいる。足元の間から見えた、その対象は立木君だろう。わずかに見える服装からもそうとしか思えなかった。
運よく、その光景を見た段階では、誰にも気付かれてはいなかった。ほんの少し男達に動きがあり、状況がより鮮明に見て取れるようになった。
立木君は、うつ伏せに押し倒されており、その上に学ラン姿の男が乗っている。その前に、オカマ口調のアンバランス頭が立っており、視線を足元の立木君へと向けていた。
「覚えてくれてたんすね、利根田さん」
状況的にはそうは見えないけれど、立木君が余裕を見せるように言う。
「あったり前よ~。アンタみたいな裏切り者、とっと忘れたいのに、忘れられないのよね~。ホンット、ヤダわ~~」
裏切り者、また私には分からない、恐らく二人の間には通じていることを、オカマ口調の、利根田が言う。
それも気にはなるんだけど、今はどうだっていい。覗き見て分かったのは、立木君が窮地に立たされているということ。この場で何かができるとしたら、私しかいない。でも、私にできることって何? 何度も何度も繰り返してはいるが、彼と真虎君を救えるような、決定的な手段はちっとも思い浮かびやしない。
その間にも、利根田はオカマ口調の、独特の抑揚を付けながら話を続ける。
「アタシ達の番長が学校を去ったのって、もとはと言えばあなたのせいじゃない? アタシらを裏切って、竜美の方に行っちゃってさ~」
「下っ端から搾取するだけの、暴力と支配しかないこっちより、自由だったんでね。居心地は向うの方が良かったよ」
また気になる話をしている。立木君が、元は旧番派で、竜美、つまりは懸さんのグループに行ったってこと? 話からそれは推測できるけど、それと番長がいなくなったことに何の関係があるの? あ、いやいや、そんなことを気にし続けるよりも、私が何をするのか考えないと……。
でも、やっぱり耳は彼らの話に夢中になってしまう。
「フッフーン? アタシにはあっちの方が窮屈に思えちゃうわ~。あるでしょう、唯一の決まり、鉄の掟。仲間に手を出す奴は絶対に許さないって奴」
はっは、と周りからも笑いが起こる。その掟なら、たしかに懸さんが前に似たようなことを口にしていた記憶がある。あの時は、このみちゃんとお化け屋敷みたいなところで捕まった時だったっけ? それが懸さんたちがいつも一緒にいる人達の間での掟だったかどうか、は良くは知らないけど、今持ち出して笑い声が上がる意味が分からない。
「でも、それを利用されちゃったのよね~。そこの湯川真虎にね!」
なぜ、そこで真虎君の名前が出てくるのか。そんなのはっきりと分かるわけがない。けど、ある一つの予感が、私の知っている何かと今の言葉が結びつくような、そんな気がしてならなかった。もしかして……。
「去年の冬だったわねぇ~。アンタがアタシの番長に突っかかって、手ひどく返り討ちに合った。そこへ竜美たちが駆け付け、くだらない掟に則って、アタシの番長と衝突したわ。学校を二つに分ける勢力同士の戦い、しかもトップ同士の喧嘩になったわ。それに、アタシの番長は破れた」
そこで一旦区切ると、利根田は体を避けて、立木君に自分の背後の様子を見せる。そこには、無理やり立たされたように、一人の男に支えられ、ううん、抱え上げられた真虎君がいた。さらにわざわざ、立木君の目の前にまで連れてくる。
「でも、それって全部コイツのせいのよね~。アンタが番長にたてついたのも! その情報を竜美たちに伝えたのも! 番長同士が争うように仕向けたのも! ぜ~んぶ湯川真虎のシナリオだったって訳。それも……クッソくだらない理由で……アンタ一人に復讐するって動機でね!」
利根田が語ったことは、去年のこと。もしかしたら、と思ったけど、やっぱり私が真虎君の口から直接聞こうと思っていた、例の事だ。
復讐と聞いていた。私はそれを真虎君が旧番派に、だと思っていたけれど、対象は立木君だったんだ。
「アンタ、憎くないのかしら? 自分に復讐したこいつがねぇ。アタシは憎いわ。たった二人のド突き合いのために、アタシの大事な人が「利用」されちゃったんだもの。竜美たちだって、さぞご立腹だったでしょうねぇ~、「利用」されて」
利用。真虎君の口から聞いた言葉。利用されたことへの復讐なら、この人達が今やっている行動の理由はそれで説明がつく。
立木君は今、何を思っているのだろう。そもそも、何を思って私に協力をしてくれていたんだろう。きっと、その復讐の対象が自分だったことは、彼は既に知っていたはずだ。なのに、どうして……。
「……で、一つ提案があるのだけれど。アンタ、湯川をぶん殴りなさいな。そうしたら、二人とも介抱してあげる。ん~~、アタシじゃ湯川の泣き顔が見れなかったけど、アンタが殴った方が、いい顔をしそうで、復讐になりそうだわ~」
利根田がそんな提案をすると、彼の仲間たちから声が上がった。「解放しちまうんですか?」「それじゃあ納得いかないっすよ!」とか。
「だまらっしゃい!!」
しかし、その一言でしん、と静まり返る。それと同時に、立木君を押さえつけていた男が、彼の上からのいて、立木君が立ちあがる。
そして、真虎君に向かい合った。
まさか、指示されたとおりに……ううん。そんなことない。さっきは何を思っているか、なんて疑問に思っちゃったけど、立木君に限っては真虎君を殴るようなことはしない。絶対に。
立木君が拳を構える。
そして……打ち出した拳は一直線に伸びて行き……。
「あぎゃっ!?」
真虎君を支えていた男の顔面に命中した。
やっぱり!! そう思った私は、声は出せないから、ぐっと手を握りしめ、軽くガッツポーズを取っていた。
「な、何してんのよ!?」
利根田も目をひん剥いて立木君の行動には驚きを隠せない様子だった。そんな利根田へ、立木君は身をひねって、長い右足を利根田の顔面に向かって蹴りつけた。
驚いていたためか、油断をしていたからか、それこそ想像もしたくもないし、分かりたくもないけれど、利根田は避けることができず、立木君の足はそのいかつい顔に突き刺さった。
「んはあああ!? は、はながあああああ!?」
よろけて数歩下がった利根田が、鼻を抑えて悶絶する。それにも目も向けず、立木君は支えを失って倒れている真虎君を起こし、こう言った。
「ダチや仲間を傷つける奴は許さない。わりぃな、これがおれを拾ってくれた人の心情なもんで。お前の要求は呑めねぇよ」
真虎君に肩を貸し、立木君は彼を連れて歩き出す。
「何やってんの!! さっさととっ捕まえなさい!!」
でも、やすやすと逃がしてはくれないらしく、利根田が蹴られてから呆然としていた彼の仲間たちが、逃げようとする二人へ襲いかかる。
不味い、このままじゃまた捕まっちゃう。やっと、やっと真虎君を助けれそうな感じになってきたのに……。
ここよ。ここで私が何かをしないと……。そうだ。ほんの少しだけでもうまく隙を作れれば、立木君たちを逃がせるかもしれない……私は、危険になるけど。
でも、そんなことは言ってらんない。立木君だって、危険を顧みなかったのに、私ばっかり安全な場所で見続けてちゃいけない。私の行動が、彼らの手助けになれば、私のことなんてどうだっていい!
一つだけ、たった一つだけ思いついたことがある。私は、それをためらいなく実行することを決心した。
急いで開け放された入口のドアを掴み、壁打ち場へと入る。その時に、思いっきりドアを引っ張って、閉じられる直前に思い切って自分の足に網目になっている部分にぶつける。
ガッシャーン! カチン!! とドアは大きな音を立てて閉じた。その音に対しての、コートにいる人達の行動は、まるで統一されているみたいに同じだった。
全員が、私の方を見ている。利根田も他の仲間も、ついでに立木君たちも……あ、ちょっと当てが外れちゃったかも。立木君に居間の隙に逃げ出してもらいたかったんだけど……。
ま、まぁ、いいかな! まだまだ私の方に視線を集中させていれば、隙を見て立木君たちが逃げ出せるかもしれない。
でも、また蹴りつけても変に思われそうだしなぁ……。そうだ。
「ちょっと! あなた達! こんなバカなこと止めなさいよ!!」
お腹の底からいっぱいに絞り出した声で、そんな注意を彼らに向ける。言われた旧番派の人達は、ぽっかーん、と口を開けていた。
しーん、と静まり返る。その隙に、立木君の方へと目線を合わせる。
今のうちに逃げて! そう思いながら、アイコンタクトを取るけれど、立木君も驚いているらしく、なんで来たの!? と言いたそうな顔をしていた。
「バカはアンタの方よ! こんなところに女一人でくるだなんて……」
オカマがしゃべりだした!! ダメダメ、しゃべっている間に立木君たちに注意がまた剥いちゃうかもしれないじゃない! もう一回、なんとか私の方に注意を向けないと。でも、何を言えばいいのかな? あーもう! 全然思いつかない!! えっと、えっと、手近なところで何かムカついたこととか……あ!
「それにね!! アンタ、どうして去年のことを言っちゃうのよ!!! あれ、私が真虎君の口から直接聞く予定だったんだから!!!」
これしかない。そう思って言ったのだけど……まぁ、その、私たち以外にとってはどうだっていいことだよね、これ。
それを指示しているかのように、今度はみんながキョットーン、と何が何やら、という顔をしている。しばらく黙っていたけれど、間を置いてから笑いが起こった。
失礼ね……、結構本気で怒ってたんだけど……、でも、いいチャンスだ。みんながお腹を抱えて笑っているから、今のうちにと立木君にもう一度アイコンタクトを取る。
立木君は笑ってはいなかった。きょとんとはしているけれど。まぁ、良し。早く逃げて、と、今度はアイコンタクトだけじゃなく、立木君たちから最も近い、私が入って来たのとは別の入り口に視線を移したり、顎で指示したりする。
ここには三つの出入り口があるけれど、多分そこが一番立木君たちから近いはずだ。
そして、やっと通じたらしく、真虎君が「わかった」と声に出さずに口パクで答えてくれた。
「ちょっとちょっと~、アンタまさか、そんなヘンテコな理由でこんな修羅場に入って来たのかしらぁ~? もう、ほんっとにバカ……って、あの二人は!?」
けれど、隙は長い間続かなかったらしい。立木君動き出してから、すぐに利根田は彼らが逃げ出そうとしていることに気が付いた。多分、私がそのためにここに入ってきたことにも気が付いたに違いない。
もう一方の出入り口に近づこうとしている立木君たちだけど、真虎君を支えているせいか、散々痛めつけられたせいか、歩く速度はあまり出ていない。
「そっちをさっさと捕まえなさい! 女の方はどうだっていいわ!!」
と、利根田が指示を出す。ど、どうだっていいって……なんか、酷い。
指示を受けて、利根田の仲間の二人かが立木君の方へと向かう。出口にはまだ遠く、外に出たとしても、まだ追われることだろう。追いつかれるのも時間の問題だ。
お願い、なんとか逃げ出して! と私には願うことしかできなかった。
「させねぇよ!!」
でも、そんな願いが通じたのか。立木君が向かっている出入口の方から、察そうと一人の学ラン姿の男が現れた。
そして、立木君とすれ違うと立木君を追ってきた二人を殴り、蹴り、地面に突っ伏させた。
その男は、あまりにも意外な人だった。
「泥沼!?」
そう、休みの日なのに学ランで、片目に眼帯を付けている、あの泥沼だった。立木君たちが助かった、という喜びもあるけれど、それ以上になんで彼がいるの!? という驚きの方が大きかった。
驚きの声を上げた私へ、泥沼はびしっと指を差す。
「テメエーよ~、あんなカッコイイことしやがって……。あんな姿見せられたらよぉ~、放っておけねぇじゃねぇか! 逃げちまったら男らしくねぇからよぉおお!!」
どれがかっこいい事? と疑問に思うけれど、多分私が注意をひきつけようとしたこと、かなぁ? でも、それだったらあの時帰るって言ったはずなのに、ずっとここの様子を見てたってこと? もしかして、ついて来ていたのかなぁ。だったら、もっと早くに来ればいいのに。
「泥沼……」
立木君が、後ろを振り向いて泥沼を見る。
「まだ追ってはいるんだ。さっさと連れてけ」
泥沼が立木君に答えるようにそう言っている内にも、さっきとは別の男達が、泥沼に襲いかかる。それを何とか殴ったりして足止めをしているけれど、泥沼の方も何発か攻撃を貰っていた。
少し心配そうな顔をしていたけれど、立木君は真虎君を連れてまた歩き出した。
「テメェもぼさっとしてねぇで早く逃げろ!! おれじゃあ、ほんの少ししかもたねぇぞ!」
そして、今度は泥沼が私に向けても言う。今の今まで気が付かなかったけれど、どうでもいいと言われた私に対しても、男が一人向かって来ていた。
やばい、逃げないと……。でも、幸いなのは、私の背後にちょうど出入り口があること。ここを抜けて、後は走って逃げれば……。
振り返って、さっき自分で閉じたドアに手をかける。
がしゃがしゃ。
押しても引いても、開かない。見ればなんとロックがかかっていた。いやいや、フェンスのドアのロックだから、上に動かすだけで簡単に開錠できる。焦る必要なんて全く……。
錠が、全く動かない。さびているのか、可動部分に何かが引っかかっているみたいで、全く動いてくれない。
「嘘っ!!? なんで鍵が動かないのぉ!? 開かない、開かないぃいいいいい!!」
錠が降りたのは、さっき私が衝撃を与えたからだろう。だけど、なんで開けることができなくなるの!?
「何してんだテメェー!!! おぐっ!!!」
泥沼のうめき声が聞こえ、振り向くと、泥沼が一人の男に殴られて、ぶっ倒れていた。さらには、私への追ってがもう間近に迫っている。立木君たちは無事にここを出られたみたいだけど、このままじゃ、私は絶体絶命……。
そう思ったときだった。
出入口の横はちょうど角になっていて、私の左側にはフェンスの壁がある。その向うにさらに生垣があるのだけれど、フェンスが唐突にがしゃん、と揺れた。
一瞬、私はその音と一緒に、影を見た。振り向いた時にはもう既なかったけれど、フェンスがたわんでいて、何かがそこにぶつかったことを現していた。
その上、私の頭上を影が通過した。これも本当にわずかな間だった。
「ぐぇ!!!」
そして、次の瞬間には私を追って、もうすぐそこまで、あと数歩で手を伸ばせば掴まれてしまうような距離にいた男が、蛙が潰れた時のような断末魔を上げて倒れていた。
その傍らに、大きな人が立っていた。
紫の七分丈のシャツに、黒っぽいジーンズ。服装はどこにでもいそうな男の人のそれ。だけど、特徴的な刺々しく、まるで鬣のような髪形が誰なのかを教えてくれた。
「……ふん」
鼻で笑い、顔だけを動かして、私に横顔を見せる彼は、紛れもない……
「ワンちゃん!?」
ワンちゃん、大神一和だった。
ども、作者です。年末のストック放出キャンペーンです。年が明けたらすぐに不定期に戻ります(笑)
何やらクライマックスのようですね。この章は今年中に更新しきることができそうです。




