再び・・・・・・挑戦?
朝の陽ざしがまぶしくて、薄らと目を細める。電車程ではないけど、バスに乗っていると景色が次々と流れて行ていくが、太陽だけはいつまでも私たちの見る景色に付いて回る。
今日も晴れ。真虎君を今の状況から連れ出すには、絶好の日という感じだ。
少し柔らかいバスの座席に背中を預け、外を眺めていれば、駅前のビルの多い雑多な景色はあっという間に田んぼや古い家の立ち並ぶ田舎道へと変化する。真虎君の家に近づいている証拠だ。
近づけば近づくほどに、今日は絶対に真虎君を説得する、と決心が固まってくる。昨日失敗をしてしまっただけに、今日こそ、とまるでリベンジに燃えているスポーツ選手みたいな気持ちだ。
自分で言うのもなんだけど、昨日よりはポジティブに考えられていると思う。一切の不安が無いって訳じゃないんだけど、それでも、そう言うマイナスな気持ちはうまい具合に抑えられている気がする。
それも、立木君のおかげだ。立木君の協力があるからこそ、私はポジティブに考えられている。って、私一人の力でなんとかしたいってワンちゃんに言ったのに、結局誰かの手を借りてしまっているんだけど……。
で、でも、説得をするのは私だもん。私が一番頑張らなくっちゃいけないんだ。立木君がやってくれるのは、あくまでもきっかけ作り。昨日はそのきっかけが台無しになってしまったけれど、今日はそんなことにはさせない。
ちなみに立木君は今も同じバスに乗っている。窓から視線を移して、向かい側の座席の一つ後ろに、彼は座っていた。
朝のバスは比較的すいている。むしろ、今日は日曜日だから、朝早くに駅前からだと殆どお客さんはいなくて、私たちだけ、と言う状態だ。
なのに、立木君が向かい側の席の一つ後ろに座っているのには、ちょっとしたわけがある。
「ったくよぉ~、なぁんでこの俺がこんな朝っぱらから呼び出されなくっちゃならないんだぁ~?」
ふわぁ、と言葉尻に大きなあくびがついてくる。いかつい顔に涙を浮かべているのは立木君のひとつ前の座席に座っている泥沼だ。
今朝は、駅前で待ち合わせをしていたのだけど、昨日行っていた通り、駅前には泥沼があっさりと現れた。しかも一人だけ。三人セットではない所を見るのは初めてだったから、なんだか新鮮だったのを覚えている。
で、そんな泥沼なんだけど、今はイライラを隠しきれない、と言ったように窓枠に肘をついて、左足をがたがたと貧乏ゆすりしている。
「ったく、イライラするぜぇ~」
ついには隠しきれてないイライラが口から出て来てしまった。バスに乗ってから時々不満をぽろぽろと零しているし、気持ちを隠せないタイプの性格なのだろうか。なんて、分かり易い人なんだろ。いや、でも、私たちが待っていた時点で、不満を抱くのは分かり切っていたような気もするんだけど。う~ん、なんで一緒にバスに乗ってくれたんだろう。それはちっともわからない。やっぱり、そこまで分かりやすくない人なのかな?
「まあまあ、イラつかないでさ」
そんなイライラを四方八方に放出させている泥沼に見かねたのか、立木君がなだめようとする。が、隣で見ていると後ろから呼び出してきた張本人が、イライラの元凶となった相手がなだめようとしてきたためか、泥沼は表情をこわばらせた。うん、これ火に油を注いじゃったんじゃないかな。
思った通り、泥沼は怒りで顔中をしわくちゃにしながら、立木君の方を振り返った。
「第一よぉ! なんでテメェらが駅前にいやがったんだよ! 俺はなぁ、女に呼び出されて来たんだぞ! コイツ以外の!!」
ビシィ、と泥沼の人差し指が私の方に突きつけられる。
……ちょっと、それ失礼じゃない? まぁ、昨日のこともあったし、私に会う気なんてないと思うけどさ。むしろ、私の方があなたに会いたくは……っていうか、泥沼は女の人に呼び出されたからこんな時間にわざわざ来たんだ。多分、立木君が嘘の連絡をしたんだと思うけど。
と思っていると、立木君と目が合った。そして、彼がニカっと笑う。あ、絶対泥沼を呼び出すのに女の人が呼び出してるって語ったの、立木君だ。どうやって連絡先を、とかは分からないけど、嘘の呼び出しを使って誘い出したのは、彼で間違いない。策士、というかそんなので騙される泥沼ってどうなの?
「まぁまぁ。そんなに怒るなって。それよりもさ、おれの話を聞いてくれよ。駅前までお前を呼び出して、バスに乗せた理由なんだがな……」
立木君が、昨日私に話してくれた作戦のことを泥沼に対しても説明し始めた。かなり簡素な説明だったから、説明はあっという間に終わって、それを唇を尖らせながら聞いていた泥沼が、次に口を開いた。
「つーことはよ、俺を騙したってのかぁ!? カァ~~~、しかもそんなちんけな作戦の手助けをするためにだとぉ!? ちっくしょ~~、イライラするぜぇ、めちゃくちゃ美人に会うつもりだったのによぉ~~」
「心中お察しするよ。でも乗りかかった船じゃないか。協力してくれよ」
怒りに肩を震わせる泥沼に、立木君はまるで冗談を言った後のような楽しそうな様子で協力を仰ぐ。
「ヤなこった! なんで俺があんな奴のために……」
今にも舌打ちしそうな顔で、泥沼は頬杖を突く。心底嫌そうなのは、面倒くささからなのか、それとも真虎君に関わるのを嫌がっているからなのか。できれば前者だけの方がいいのだけれど、多分後者なんだと思う。昨日再会したときもそうだったけれど、例のことがあったことは、周知のことなのだろう。そのせいで真虎君自体も嫌われてしまっている。
何があったのだろう。気にはなるけど、やっぱり彼の口から聞かないとね。そのためにも、頑張らないと。
その前にまず、この人を説得しなくちゃ。何があったかは分からないけれど、真虎君だってそんなに悪い人じゃない。
「あいつのこと、そんなに悪く言わないでくれよ。みんなが思うような奴じゃないんだよ、本当はさ」
そうそう、真虎君のことを良く知っている立木君だってそう言ってるし……って、え? これって、立木君が泥沼を説得しようとしてる? 私がやろうとしていたのに……。
「良くそんなこと言えるな。テメェが一番……」
「待った。そのことは口にしないでくれよ」
泥沼が反論に何かを言おうとしたときに、立木君が押し留める。その時、ちらり、と私の方へと目線が向けられた。その視線を追うように泥沼も私の方に目を向け、
「んあ? ……ああ、そういやそうだったな。ちっくしょ~、めんどくせぇな」
何やら納得してしまった。
何に対しての納得なのだろうか。
「わ、私、何かしたかな?」
泥沼が口にするのを、立木君が止めようとすること。私、そんなことしちゃっていたかなぁ。……あ、いや、私がやったことじゃなくて、もうちょっと違うことじゃ……。そうすると、もしかすると、ついさっき私が気にしていた、真虎君の例のことなのかな。うん、さっきの泥沼の言葉も、立木君に向けられていたことだった。それが例のことに関わるのであれば、真虎君の口から聞こうと思っていると知っている立木君なら、それを止めるのも理解できる。でも、さっきの口振りからすると、例のことは立木君にも関わっているっぽい?
ん~、余計に気になる。聞けなかったからこそ、何があったのか、めちゃくちゃ気になる。
そんな風に、自分から尋ねておいて、ふと考え込んでしまっていた。その間に、泥沼がはぁ、とため息をついて、
「しゃーねーなぁ、今日だけ、この一回こっきりだけに限って手伝ってやらあ!」
不満そうではあったがあっさりと協力を約束してくれた。
結局、私が説得するよりは、立木君が説得をした方がよかったのかもしれない。でも、それとは別に、私にとってはモヤモヤが残ることになった。説得をしたかった、と言う訳じゃなく、真虎君に関することが余計に気になるようになったことだ。
今日上手く説得できれば、聞けるかも知れないけど……。う~~ん、無性に気になる。
「サンキューな、泥沼」
「けっ、礼ならその作戦とやらをうまく終わらせてからいいな」
私そっちのけで、話はうまくまとまったみたいだ。あ、そうだ。そう言えば、真虎君の家に行くのなら、泥沼に言っておかなくちゃ。
「ねぇ、泥沼」
「ンだよ、いきなり呼び捨てかよ。一応年上だぞ俺。で、なんだ?」
「昨日のこと、真虎君に謝ってよ?」
「なんだ、そんなこ……って、アァ!? なんで俺がアイツのために謝んなくちゃいけねぇんだよ!」
「昨日真虎君に暴力振るったでしょ? それは謝らないと」
「殴ってもねぇぞ俺は! つーかよ、アイツがナマ言いやがったからあれは仕方なく……」
何を言っても反論をされそうな雰囲気だ。なら……。
「謝ってよ?」
とにかく念を押すしかない。その、反論されても言い負かす様な情報はもう言っちゃったし。
「誰が謝るかって……」
案の定、泥沼は反論をしようとする。けれど、ちょうどその時にバスが停止した。
「お、着いたぞ二人とも」
どうやら目的地に着いたみたいだ。たたっと、先に立木君は進んでしまう。私たちも早く向かわないと。
それは泥沼も思ったらしく、ぐぬぬ、と出かかった言葉を噛みしめて、先に立ちあがって、降り口の方へと向かって行く。
私も急いでいかなくちゃ。とは言っても、バッグぐらいしか手荷物はないから、そんなに時間はかからないけどね。
なんだけど……私は立ち止まってしまう。いや、運賃が足りないとか、整理券を無くしたとかそう言うんじゃないんだけど、というか、私が立ち止まったのは、同じように目の前で立ち止まっている泥沼の所為だった。
泥沼が運賃箱の前で立ち止まっている。
「どうしたの? 整理券なくしちゃった?」
財布は手に持っているし、運賃が足りないってことはないと思うけど。
「なぁ、お前」
「何?」
「お前、小銭持ってねぇか?」
「あるけど、お金、足りないの?」
「金はあるが、小銭はねぇんだ」
そう言って、泥沼は財布を見せる。小銭入れはすっからかかんだけど、お札はいっぱい入っていた。それなら、別に小銭を借りる必要ないと思うんだけど、だって、両替機も付いてるし。
「両替しなよ」
「俺は小銭はもたねぇ主義なんだ」
だから両替はしない、とドヤ顔が語っている。いや、それはおかしい。
「お金有るんでしょ? 両替すればいいじゃない」
「だから俺は……」
またも反論を続けられてしまいそうだ。ちらり、と目線を逸らすと、運転手さんの目が移っているバックミラーが視界に入る。運転手さんは降りるなら早く降りてくれ、と言いたげな目をしている。
これ以上、言い合いを続けても、主張だなんだと彼が思っている限り、私がどんな言葉を並べても、言いくるめるのは難しいかもしれない。なら、押してみるだけかな。
「両替!」
さっきと同じだけど、とりあえず念を押す。じっと、目を見つめて、語気を強めながら、両替しなさい、とお母さんになったような気持ちで言ってみた。
どれくらいの効果があるかは分からなかった。けれど、うっ、と泥沼は苦虫をかみつぶしたような顔をして、財布からお札を取り出して両替機に一枚投入した。
「ったく……両替だなんて男らしくねぇ……なんてことさせやがんだ……ああ、女に言われて従うのも男らしくねぇおなぁ……」
じゃらじゃらと小銭が出てくるのを、泥沼はそんなことをぶつくさと言いながら待っていた。女の子にお金を借りるのは男らしくないの範疇に入らないのだろうか? でも、とりあえずは説得出来て良かったかな。とにかく押してみるの意外と効果的だったかも。真虎君相手にも試してみようかな?
「じゃあ、手筈通りに頼むよ」
バスを降りてから、暫く歩く道中に立木君が一言。
「うん、分かってる」
「……はぁ、じゃらじゃらうるさいぜぇ……」
私はすぐに返事を返すが、泥沼はズボンの後ろのズボンに入れた財布を気にしているようだった。
「……いい加減両替したことから離れなよ」
そんなに執着するほど、こだわることなのかな……。それにばっかり気を取られて、失敗しちゃわないか心配だなぁ。泥沼のすること、めちゃくちゃ単純だけどね。
多少なりともの心配をよそに、真虎君の家の前に到着する。相変わらず、車庫には車が入っておらず、日曜日だというのに、家の中は真虎君が一人でいるようだ。
二階の窓を見上げる。あの部屋に真虎君がいる。その、はずなんだけど……今日は少し様子が違っていた。
カーテンが、ほんのわずかだけど開けられており、外からの陽射しが差し込んでいる。思い出せば、あの部屋に入ったのは立った一度きりだけど、まるで一足早く日が落ちてしまったかのような薄暗さを常に保っているような場所だった。
それに、カーテンが開いていたことは、今までに一度もなかった。ちくり、と針が胸を刺すような、嫌な予感がする。
「どうしたの? 叶恵ちゃん」
表情に嫌な予感がしたのが表れていたのだろう、立木君が心配そうな目で尋ねてくる。
「ううん、何でもないよ。それよりも、早く……」
気にするほどのことでもないよね。嫌な予感、って言っても、それが必ず当たるわけじゃないもん。
私と立木君が先頭に立って、ドアの前に立つ。口の中がからからだ。昨日とは違って、今日言うことは決まっていて、何かにしくじったらバレてしまう可能性もある。そうしたら、全部が無駄になってしまうかもしれないから、責任重大だ。
「じゃあ、押すよ」
確認をすると、立木君は力強く頷いた。それに背中を押された気分で、インターフォンに指をかけ、チャイムを鳴らす。
いつものように、すぐに反応は帰ってこない。
「ねぇ、真虎君。あのさ、今日もね立木君に来てもらってるんだ」
聞こえているかどうかは分からないけれど、真虎君の耳に届いていることを願って、インターフォンに話しかける。
しぃんと静まり返る。二人も固唾を飲んで見守っており、静かにしてくれている。家の中からの気配も全くない。
昨日は立木君の名前を出せば、すぐに家の中で真虎君が近づいてきているのが、音で分かったのだけれど、それもない。やっぱり、警戒されているのだろうか。
それなら、次の言葉につなげなくちゃ……。
ちょっと視線を落とし、次のセリフを思い出す。ええっと……なんだっけ? 視線を巡らせながら、頑張って思い出そうとしてみるが、緊張のせいか一気に飛んでしまったらしい。
どうしよう、これじゃあ、私のせいで失敗して……。と焦っているときだった。
ふと、視界の端にきらりと映るものが目に入った。それも、光源がある場所が特殊だったせいか、そちらに意識が集中する。
「叶恵ちゃん? どうしたの?」
何も言わないことに対してか、それとも私が何かに気付いたことを知ってか、どちらかは分からないけれど、立木君がまたも心配そうに聞いてくる。
「ごめん、ちょっと待ってて……」
私は視界に映ったそれが妙に気になってしまい、一旦真虎君へ言うことを考えるのを止めて、手を伸ばす。
それはドアのキーを差す錠前に刺さっていた。ほんのちょっぴりだけ見えているそれを、手でつかんで、引っ張って見る。
途中で引っかかったりしたけれど、存外あっさりと抜くことができた。
「これって、針金?」
酷く歪にぐにゃぐやと曲がってはいたが、金属のそれは針金に違いなかった。
立木君に針金を見せつつ、彼の反応を伺ってみるも、彼もいったいなぜ針金が、と思っているように、きょとんとしていた。
そこへ、
「ンあ? 今回の作戦はピッキングもするの?」
と、本来は黙っていなければいけないはずの泥沼が、針金を見ながら言う。
「ピッキングだなんて、そんなことしないよ。これはそこに刺さっていたの。だよね、立木……君?」
泥沼に返答し、立木君へと目線を戻すと、私は困惑してしまった。
彼は、眉に皺をよせ、唇を少し巻き込んで、かなり怪訝そうに針金を見て、
「ごめん、叶恵ちゃん、前を失礼するよ」
と、ドアノブに手を掛けた。
ドアノブに手をかければ、後はそれを回してドアを開けるだけ。普通はそう考えて当然だと思うけれど、ここは真虎君の家で、彼が降りてくるまでは、鍵が外れることはないから、こちらからドアを開けることは不可能な、はずだった。
しかし、私の予想に反して、ドアがあっさりと開いてしまう。鍵が、かかっていなかった。
私は少し後ずさって、立木君が動かすドアの邪魔にならないようにする。
そのためか、真っ先に部屋の内部を見れたのは、立木君じゃなくて私だった。
ドアが開かれて、殆ど明かりの無かった室内に、陽光が張り込んで行く。初めは、部屋の大まかなシルエット、上り框やフローリングなどが見えていただけだったけれど、それらの細かな様子までもが、明るくなったおかげで分かるようになった。
フローリングの上に、少し大きめの砂がぱらぱらと乗っている。それに、わざと傷をつけたように、いくつかの傷による線が、光を反射して存在感を現していた。
こんなの、前に来たときはなかった。いいや、砂なんて、フローリングに上がることなんてほとんどないのに……。
それに、鍵がかかっていなかったことを考えると、その理由もまた至極単純に思いつく。真虎君が自分から開けたわけじゃない。誰かに開錠させられたんだ。この針金で。
じゃあ、誰が?
そう思っていると、立木君が真っ先に部屋の中に飛び込んでいった、
「た、立木君!?」
彼は靴を履いたまま、フローリングに上がり、階段を登って行く。
「ま、待ってよ!」
私もそれに続いて、靴を脱いで進む。靴下越しでもざらざらと感じるくらいに、多くの砂がフローリングに上がっていた。
二階に上がるが、立木君の姿をすぐに見つけることはできなかった。代わりに、すぐに目に入った、開け放された部屋に視線が固定される。
そこは、真虎君の部屋だ。前に一度来た、夕闇みたいに薄暗い部屋。しかし、今はもうカーテンが完全に開け放されており、さらに廊下側のドアも開いているから、かなりの明かりが入り込んでいるらしく、部屋の様子が良く見える。
でも、部屋の中はかなり酷い状態だ。カーペットは捲られているし、ここにも砂が残っている。他には部屋に置いてあったのだろう、パソコンの周辺機器なんかが、散らばっていた。
「真虎!! いるか!? いるなら返事をしてくれ!?」
別の部屋から立木君が出てくる。どういうことなのか、私はさっぱり理解が追いつかないでいた。けれど、彼はもう何もかもを察しているようで、次は別の部屋のドアノブを掴んでいた。
いったい、何があったのか。落ち着いて、順を追って考えてみる。
鍵が開いていた。それもピッキングで開けられたようだった。家の中は砂が上がり、真虎君の部屋は荒らされている。そして、真虎君は部屋におらず、立木君が捜索中。
つまり、これってもしかして、ゆ、誘拐!? 真虎君が家に侵入してきた誰かに!? もしかしたら、他にも何か金品が盗まれていたりとか……最悪の場合は、この部屋のどこかで……。
「おいおい、酷く荒らされてやがんなぁ。ったく……」
泥沼が私の後からやってくる。それに気が付いた立木君が慌てたように、彼に話しかけた。
「他の部屋は全然手がついていない。真虎だけがいなくなってる……」
「つまり、狙いはアイツだけだったってわけか……ってことはよぉ、こりゃあ、旧番派の仕業ってぇことか!?」
「真虎に何かする連中なんて、アイツらしかいないだろう」
「こいつは面倒なことになったなぁ、おい!」
泥沼が苛立ちながらそう言う。どうやら、二人の間では今回のことを随分と理解しているらしい。だけど、私には全然、何が何やら分からない。真虎君が誰かに連れ去れれた? ということは何となく察せるけれど……。
「きゅう……ばんは?」
それが一番の謎だった。私が疑問符を浮かべていることに気がついたらしく、泥沼が舌打ちをしてから、それについて説明してくれた。
「旧番派ってのはよ、去年までいた前の番長をしたってるグループの奴らだ。ヤベぇぜこりゃあ、あいつらは最近は鳴りを潜めてやがったが……何がきっかけだったかは分からねぇが、湯川に手を出すだけの理由があるのは、アイツら以外には考えられねぇ!」
「もう手を出されているかもしれないな……クソっ! 今更になって何をしようってんだよ……」
「そんなの決まってんだろ! 旧番派の奴らは復讐するつもりなんだよ!」
まるで口げんかをするように、二人は言い合う。いろいろな言葉が出てきたせいで、私の頭の中は俄然こんがらがってしまう。
「ねぇ、二人とも、一体どういうことなの? 私、全然訳が分からないよ。真虎君が復讐されているの? そのせいで連れていかれてしまったの? そもそも、どうして真虎君がそんなことされなくちゃいけないの?」
私も置いてけぼりにされていたためか、つい熱っぽく質問攻めをしてしまう。それにすぐに泥沼が返答しようと、「そりゃあ……」と何かを言いかけるが、それにひっかぶせるように、立木君が代わりに言った。
「叶恵ちゃん。これはキミが首を突っ込む必要のないことなんだ。もしかしたら、結構危ないことをしなくちゃいけなくなるかもしれない。君の目的は、あいつを学校に連れ出すことだろう? だったら、ここは君だけは大人しく下がって、後は俺達に任せてほしい」
そう諭すように彼は言うが、全然納得できない。そもそも、聞いていることに答えてもらえていなかった。ただ、私を避けさせようとしているのは、良く分かった。
「俺達……って、俺も入ってるのか?」
「ああ」
「止めてくれよ、俺は旧番派とやり合う気なんて……」
泥沼はかなり及び腰になっている。旧番派、それ自体はまだはっきりとは知らないけれど、泥沼にそうさせるような、何かがあるみたいだ。
「……なら、いい。でも一つだけ協力してくれ。奴らの味とはあの頃と変わっていないのか?」
また、私には分からない話を立木君は続ける。
「多分な」
泥沼の返答は投げやりだった。けれど、立木君はそれで十分だったらしく、少し考え込む。
もう、何がなんだかさっぱりわからない。でも、一つだけ分かるのはこのまま放っておいちゃいけないってこと。真虎君が何かよからぬことに巻き込まれているのなら、ここで何もしなかったら、彼から信頼も何も得られるわけがない。
「ありがとう。じゃあ、ここからならバスで向かうのが一番早いな」
「ったく、面倒な事になりやがって。昨日も今日も散々だぜ。俺はもう関係ねーからな!」
と一足先に、泥沼は回れ右をして、階段を下りていく。
立木君もそれに続く。その背中に向かって、
「立木君、どこか行くんでしょ? だったら、私も連れて行って!」
と投げかけた。立木君は驚いた風に目を剥いた後、一瞬目を閉じてから、返答した。
「ダメだ。さっきも言った通り、危険なことをするかもしれないんだ。万が一にも、キミに何かが起こらないとも限らない」
自分のことを考えてくれている、とは痛々しい程に伝わってきた。でも、そんなことは重々承知だ。
「危険なことをしちゃうようなところに、真虎君がいるんでしょう? だったら、なおさら放っておけないよ。私に何ができるってわけじゃないけど、何の役にも立たないかもしれないけど、今も真虎君が苦しんでいるのなら、放っておくなんてできないよ」
真虎君に信頼を得るためだとか、そんなことはもうどうでもよかった。自分が何かをしたいでもない。ここで、何もせずに私だけ待たされるなんて、我慢ならないから。
「……分かった。仕方ない。何かあっても俺が守るよ。それでいいならきなよ」
肩をすくめて、立木君が許可をしてくれる。多分、迷惑なことで、凄くわがままなことだったけど、そう言ってくれた彼へ、心から感謝する。
「ありがとう」
「じゃあ、早速行こう」
急いで、真虎君の家を後にして、バス停に向かう。家の前では何故か泥沼が待っていた。理由を聞くと、「道案内まではしてやるためだ」なんてしかめっ面で言っていた。
早くバス停まで行って、バスに乗り込もうと思っていたけれど、十分程度はバスが来るまでに余裕があった。泥沼いわく、歩いて行くよりはバスを使った方がはるかに早い、とのことで待つこと自体には異論はなかった。
その手持ち無沙汰な時間に、私はふと考えを巡らせていた。
どうして、真虎君がその旧番派という人達に、襲われてしまったのか、ということだ。キーワードは復讐。この言葉はついこの間にも聞いた。真虎君の口から。
それは偶然なんかじゃないだろう。もし、この二つが繋がっているなら、真虎君と旧番派に繋がりがあるとすれば、この復讐、ひいては私の知らない、みんなが真虎君のことを嫌うようになってしまった、例の事だろう。
だから、私は思う。例のこととは真虎君が、旧番派に対して行った復讐なのではないか、と。何をしたか、どのような復讐だったかは分からないけれど、それが結果として今回の復讐を起こしてしまったのではないか、と。良くある、復讐が復讐を呼ぶと言うイタチごっこなのではないか、と私は推理していた。
きっと、相当思い悩んでいるような思案顔をしていたのだろう。立木君が優しい声音で私に声を掛けてくれた。
「ねぇ、叶恵ちゃん」
「何?」
「まだ、真虎の例のことは考えなくていいよ」
それに、私の考えていることをすっかりと見抜かれていたらしい。
「え、どうして私の考えてること……」
「ふふ、考え込んでいるから、そうなんじゃないかな、って。何となく思っただけだよ。今は目の前のことに集中しようよ。今日のは、あいつの本心とは全く関係がないんだから……」
本心? 立木君が何やら意味深なことを呟く。私の考えていることが、合っているのかあっていないのか、それはちっとも分からない。
けれど、きっと例のこととは関係があるのだろう。立木君の悲痛な表情を見つめながら、そんなことを思っていると、旧型のバスがのろのろとバス停の前で、大きな音を立てて停止した。
ども、作者です。長らく、忙しく、活動、寝る、活動、寝るの繰り返しで更新が遅れました。もしかしたら、今年中にストックを全部放出するかもです。遅れた分を取り戻そうかな、と。
しかも、この辺書いている最中もそうだったのですが、更新まで期間が開いてしまうとは・・・・・・策の予定を立てられるだけの十分なストックをかき上げられるようになりたいですねぇ……。




