私の知らない・・・・・間の話?
閑散としている、という訳ではないが、地方の駅前は土日ともなると、通勤や通学に利用する人が来なくなるために、どうしても寂しい景色となる。
バス乗り場でバスの到着を待っている人もおらず、終点の駅まで乗り継ぐ人もほんのわずかだ。
その本のわずかな数は、具体的には三人。泥沼、海鞘蕗、殿面の学校にもろくに行かない癖に何故か学ランを着ているトリオだった。
「あ~あ、今日は散々だぜ」
バスを降りるなり、パチンコにでも負けたおっさんみたいにイライラとしながら泥沼はそんなことを言う
それに続いて海鞘蕗と殿面も降りてくるが、海鞘蕗は財布を広げながら少々不愉快そうな表情をしていた。
「それはこっちのセリフですよ泥沼。あなた、いい加減に小銭を僕から借りるの止めてくれませんかね?」
日本の指で財布の小銭入れを開いてみるが、使用用途の殆どない一円玉ばかり。さっき泥沼の分の運賃を払って、すっからかんになってしまったのだった。
「いいじゃねぇか。まとまったらそのうち返すからよぉ~」
「とか言いつつ、もう四千九百七十円にもなってるんですが、もう十分まとまっているかと」
全く悪びれる様子を見せない泥沼だが、海鞘蕗も食い下がる。仕方がない、と泥沼はも尻ポケットから財布を取り出して広げてみる、がもともと小銭を持っていないから海鞘蕗に払わせたのである。入っているのは大き目の札ばかりで、四千九百七十円だなんて中途半端な金額を払える細かなものを持っていなかった。
「見てのと~り、俺は札しか持たねえ主義なんだ」
その財布を海鞘蕗にも見せる。なるほど、確かに札しか持ってはいない。しかし、それが借りた金を返さない理由にも、ましてやいちいちバスに乗るたびに自分に支払いをさせる理由にもならない。もちろん、明らかに貸している金額以上は持っている。
「……金、あるなら、両替すればいい」
口数の極端に少ない殿面も、泥沼の財布を覗きこんで、しれっと指摘する。
「ンなことしちまったら、財布に小銭をいれなくっちゃいけなくなるだろ! 小銭を一枚、二枚と数えながら丁寧にお支払だなんて、男らしくねぇだろ! 両替なんて誰がするか! もちろん、海鞘蕗に借りた金も端数がある内は返さねぇからな」
やれやれ、借りた金を返さないのと、小銭を持つの、どちらが男らしくないと聞けば、十中八九前者の方が男らしくないと答えるだろう。全く訳がわからない。
一年近く海鞘蕗も殿面もつるんではいるが、泥沼は馬鹿でアホで粗暴で言っていることとやっていることが滅茶苦茶で、どこからどこまでが本気なのか良く分からない。現に今だってそうだ。
まだまだ当分はバスを使うたびに金をせびられることになるだろうが、また大台に乗ったら返してもらえばいい、と海鞘蕗はこれ以上の追及は止めておいた。
「それにしても、良くここに来ようだなんて思いましたね」
海鞘蕗に言われて、泥沼はあたりを見渡す。子供の頃から形の変わらない、年季の入った赤茶色のコンクリート造りの米原駅、誰も座っていないバス停の木のベンチ。ちょっと目線を移せば、高くそびえる時計台と、空に向かって記者が昇って行くオブジェクトが飾られた広場。なんの変哲もない、見慣れた駅前だ。
駅前、そういやなんかあったような、と頭の隅に引っかかる何かを泥沼が思い出しそうになったとき、
「あなたと駅前に来るのは、確か大神にぼこぼこにやられた時以来でしたっけ?」
と言い切り、泥沼の思い出しかけていた嫌な記憶を、忘れるという行為によってしっかりと鍵を掛けていた屈辱的な思い出を復活させてしまった。
「アアァァァ!!! テメー、嫌なことを思い出させてんじゃねーよ!!!」
海鞘蕗も、泥沼が思い出したと聞いて、彼がすっかりそのことを忘れていたのを知った。ぼこぼこにされてから、トラウマになったかのように駅前に近づこうともしなかったくせに。よっぽど今日のことにイラついたんだろう。
ただ、海鞘蕗にも彼について分かることが一つだけあった。このように怒鳴り散らしているときは、泥沼は相当イラついているということだけだ。朝のことと前のことを思い出してのダブルパンチ。結構利いているようだ。
「俺様はよぉ~~、今日はたまんねーくれぇにイラついちまってんだ!! あの湯川真虎の奴にナマ言われて、そんでもって大神のツレの女の……」
これはもう相当キテいる。自分でイラ立っていると言うだなんてよほどにおかしいことだ。
泥沼は話の途中でふと、口を止めてしまう。海鞘蕗は、どうやら大神のツレの女の名前を言おうとして、思い出そうとしているのではないか、と勘付く。というかそもそも、泥沼はあの女の子の名前を知らないのだ。
「咲宮叶恵ですか?」
海鞘蕗が指摘する。
「そうだ! あの小憎らしい女に八つ当たりまでされてよぉ~~、これがイラつかずにいられっかよ!!」
そうだ、なんて名前を今初めて知った癖に。と、海鞘蕗がそんなことを思っていると
「……どうして、名前?」
今度は殿面からの指摘が来る。そう言えば、殿面も咲宮叶恵の名前を知らないのだ。知っているのは海鞘蕗だけなのだが、その理由についてはそう口にしたいものではないらしい。
「気にしないでください」
海鞘蕗の端的な拒絶に、殿面はこれ以上の追及はしなかった。
「ちっくしょ~、ムカつくぜぇ~。わざわざ駅前に戻ってきて、思い出したくもないことも思い出しちまうなんてぇ~~~」
イライラする、イライラすると、見れば分かるようなことを泥沼はしきりに呟く。そんな気持ちを言わなければ気持ちを鎮められないのだろうか。
海鞘蕗も殿面も、こんな様子の泥沼を見るのは初めてというわけではない。そういう癖なのだろう、と二人とも思ってはいるのだが、ひたすらに気持ちを口にしているだけで、その感情が鎮まったところを見たことが無い。
もしかすると、イライラしてるから俺の気持ちを鎮めてくれよ。という意思表示なのではなかろうか。
やれやれ、と海鞘蕗はあたりを見渡す。このままの泥沼と一緒にいるのは、彼自身にとっても望ましい事ではない。
何か、泥沼の気を引けそうなものはないか。とあたりを見ていると、少し離れたところで、他校の生徒だろう。水色のスカーフが特徴的なセーラー服を着た、二人の女子高生が自転車で進んで行くのが見えた。
今日は土曜日。きっと部活に行くのか、もしくは帰りのどちらかだろう。しかし、これを使わない手は無い。
「まぁまぁ、折角ここまで来たんですし、ここならいつもの町はずれと違って、可愛い女の子に出会えそうですよ」
海鞘蕗の好みの女子高生ではなかったが、泥沼にそう言って、二人のいる方向を指さす。それをちゃっかりと泥沼は目で追う。まさに興味津々と言った感じで、二人の女子高生が見えなくなるまで見続けていた。
「よっしゃあ!! そうと決まりゃあ、早速ナンパじゃあ!!」
あっという間に、泥沼は苛立ちを吹き飛ばし、元気を取り戻してしまう。何も決まっていやしないのに、やれやれ本当に訳が分からない、と海鞘蕗は肩をがっくりと落とす。
しかし、泥沼がいつものペースに戻ったのは……良かったこと、だろう。苛立っているのを見続けるよりは多少はマシ、と海鞘蕗は考えることにしておいた。
「ぜってぇJK落とす……」
「何をおっさんみたいなことを言ってるんですか。あなたも一応高校生でしょうに」
やる気に満ち溢れた泥沼はのっしのっしと偉そうに歩いて行く。それに取り巻きの二人ともついて行く。どうせ、ナンパは失敗するんだろうが、と思ってはいるが二人ともそれを口にすることは無かった。
そんな、泥沼たちの三人を、二人の少年が怪訝そうな目で伺っていた。この二人は、駅前の片隅でたむろしている、五人ほどのグループの内の二人なのだが、実に特徴的な格好をしていた。
格好、と言っても服装に関しては特に珍しいところは無く、Vネックにシルバーのドクロや十字架のアクセサリ、中途半端な丈のズボンと、オーソドックスな服装である。
しかし、首から上は違う。一人は顔中のいたるところに、磁石で取り付けたかのようにピアスが付けられており、もう一人は90年代のミュージシャンのようなモヒカンに、坊主の部分にタトゥーが入れられている。
二人とも、つい先日咲宮叶恵によって喧嘩を止められた、あの一年坊であった。
「山田よぉ、あの三人ってうちの学校の奴らか?」
モヒカンの方、田中はピアスの山田に、周りに聞こえないようにするためか小声で尋ねた。
「だろうな。不良なんて、この辺じゃウチの学校にしかいねぇだろ」
山田も小声で返す。五人ほどでたむろしているが、二人は明らかに他の仲間の中の一人をちらちらと見て、意識している。その人に聞こえないように、というのが彼らが小声で話している理由なのだろう。
「気になる名前、言ってたな」
「あの人の名前だ」
山田は抽象的な言い方だったが、それでも田中には通じたようだ。
「一体どんな関係なんだ?」
「知るかよ。でも、もう一人の名前も気になるぜ」
「湯川真虎だっけな? でもどうしてだ? 俺は聞いたこともねえぞ?」
「俺らが入学する前の話だ。なにやら一悶着あったらしい。そいつとうちらのグループと」
と山田が言ったときだった。先ほどまでは小声で話している二人に対して、われ関せずと言った感じで、黙っていた他の三人の、特にその中でも二人が声ができるだけ届かないようにと意識していた一人の男が、唐突に口を開いた。
「ヤダわ~~~」
しゃべってるのは男だ。しかし、そのしゃべり方はまさに女のそれで、低めの男らしい声も相まってか、テレビなどで良く聞くオカマの声を思い出させる。
もっとも、この人はオカマなのだが、田中と山田にとってはそれは大して大きな問題ではない。
二人は顔を見合わせ、「ゲ」とまずそうに言う。二人にとっては、この人のしゃべったことの、その言葉のアクセントが最も大きな気がかりだった。
ヤダわ~、の「ヤ」の部分にアクセントがついている。この人がそんなしゃべり方をするときは激しくイラ立っている時なのだと、二人はよぉく知っていた。
小声で話しているのがばれたせいで、怒っているのではなかろうか。二人が思いつくのはそれぐらいしかない。自分達で決めた規律やルールに厳しい性格だとも、二人は良くしっていた。
「ヤダわ、ヤダわ~~。湯川真虎だなんて、一生利きたくもない名前なのに、耳に入っちゃったじゃないの~~」
男、利根田は頬に手を当て、大ぶりな方をすくめる。髪形は片方がブロック、もう片方の方に前髪を流しているショートだが、顔つきはどちらかと言えば中性的で、化粧でもすれば女装バーかなんかで働けばある程度の財を築けそうなほどだ。
しかし、体つきは嫌に大きい。田中や山田たちの二つ年上、ということもあるが、二人にとっては利根田はかなり大きく見えており、それがオカマ口調で話すとあっては、恐怖に限りなく近いうすら寒さを感じずにはいられない。
「利根田さん、アンタ湯川って知ってんの?」
そんな状況にもかかわらず、いや、そんな状況だからこそ、利根田のあまりの威圧感に気取られたせいか、うっかり、モヒカンの田中は利根田にそう尋ねてしまう。
「タメ口禁止!!!!」
オカマ口調はどこに行ったのか、乙女らしさの欠片も無い、雄々しい怒鳴り声。上下関係に口煩い利根田についタメ口を使ってしまった田中を、山田は睨みつける。
たまに何か大切なことが抜け落ちる点が、田中の大きな欠点であった。しかし、それが自覚症状がないために、治しようもない。
「す、すいません。えっと、ご存知であられますか?」
さらに学が無い。山田も同じような学力であることは自覚しているが、さすがにこの敬語はおかしいとは彼にも分かる。
ただ、利根田は特にそれは気にしていない様子で、ごほん、と咳払いをすると再びいつも通りのオカマ口調で話し始めた。
「知ってるわよぉ~」
前髪を撫でつけ、目を閉じる。閉じた目の裏では彼の記憶の中にある昔の光景がさまざまと浮かんでいることだろう。
「湯川はねぇ~、アタイの最愛の人を奪った奴なのよ」
山田と田中は再び顔を見合わせ、お互いが何とも言えない、微妙な顔をしていることが分かった。
最愛の人、この人の場合は男なのだろうか。というか、それを奪ったってことは、その湯川って奴もまさか……。お互いそんなことを考えているせいだろう。
「ヤダわ~~~、ずっとずうっと忘れようとしてきたのにぃ~~~!」
ハンカチでもあれば、キィ~~!! と噛みしめながら悔しがっているようなセリフを吐きながら、利根田は苦悶の表情を浮かべている。
「その湯川って奴、最近学校にも来たらしいですよ」
山田は情報通であった。自分自身の信念を実現するためにも、情報は必要なことだった。ただし、必要以上の情報の詮索はしない。よって、過去に湯川真虎と自分たちの所属するグループで何かがあったことは知っていても、それ以上のことは不要な情報としてシャットアウトしていた。
だからこそ、自分が言ったことが安易で、迂闊なものだったことに気付きはしなかった。
「なんですってぇ~!! ムッキー!! あの人がこれ以上手出しはするなって言ったから、アタイは何もしなかったって言うのに、アイツはノコノコと学校に復帰しやがったっていうのぉぉぉおおお!?」
ゴッ!! と怒りのあまり利根田は握りしめたこぶしを地面にたたきつけた。一瞬、周りの人達は地面が揺れたように感じる。それほどまでに力強い音が鳴り響いていた。
離した拳にも傷一つ付いていない。少なくともこのグループのリーダーである以上、暴力的な実力はかなりあるのだろう、と二人は改めて思った。
その様子を見ていた、山田と田中ではない残りの男たちが、山田のことを睨みつける。この二人も利根田と同じ三年生だ。
無言ではあるが、その目月から余計なことを言いやがって、と暗に非難していることを山田は感じ取る。
「許すもんですか。あの人がいなくなってからの悲しみ。極小グループに成り下がって辛酸をなめ続けたアタイらの気持ち……いいわ、教えてあげようじゃないの。アンタら、緊急集会よ。全員を集めなさい」
「全員って、何をするんですか?」
怒りに震える利根田の発言に、先輩の一人が問いただす。緊急集会だなんて、よっぽどなことではない、それに全員を集めようだなんて、それこそ利根田の最愛の人がいなくなってからは一度もなかったことだ。むろん、山田や田中はその当時は入学しておらず、そんなことは知らないが、先輩の慌てようから何やらとんでもないことになりそうだとは、察していた。
「決まってるじゃないの。湯川真虎への復讐よ!!」
利根田のグループの集会が終わったのは深夜を回ってからだった。急に呼び集められた仲間たちは初めこそ気だるげだったが、利根田の話す刺激的な言葉によって段々と活気を得ていき、最後には利根田の言う復讐に狂信者のように賛同していた。
ただ、山田と田中だけは違った。解散が宣言されて、ほぼ全員が明日の決行を待ち望んでいたのだろう、すぐに帰ってしまったのだが、二人は帰る途中でコンビニに立ち寄り、呆然としながら雑誌やら漫画やらを立ち読みし始めていた。
ぼんやりとした頭で、田中は内容がちっとも入って来ない漫画を見つめ続ける。どんな絵を見ても、どんな文字を読んでも、頭の中に浮かんでくる文字は「これでいいのか」という疑問だけだった。
「なぁ、山田」
「なんだよ田中」
隣で雑誌をめくる山田が答える。彼は嫌らしいグラビアの掲載された雑誌を見ているが、それに目を奪われている様子も無く、ほんのちょっと目にしただけで、ページをめくっている。
こいつも、俺と同じようなことを思っている。このまま、利根田の復讐に加担していいものかどうか、迷っているに違いない。
「お前はよぉ、今日決まったこと、男らしいと思うか?」
「さあな。俺は男らしいかどうかなんて興味はねぇよ」
「そうか。俺はよぉ、男らしくねぇと思うんだ。先輩たちは利根田さんのハッパでかなりやる気になったみたいだがよ、俺は何人もで一人に復讐、だなんて男らしいとは思えねぇんだ。だからよぉ、なんか乗り気になれねぇんだ」
そう告げる田中。男らしいがどうとかはちっとも気にはならないが、山田も利根田の言う復讐にはノリ気にはなれなかった。喧嘩から始まった関係だったが、妙なところでは気が合う。意見も一致しているのだから、山田も自分の考えを隠す気にはなれなかった。
「俺も復讐にゃ反対だ。うちらのグループは一悶着あったせいで、今や力のないただの烏合の衆だと思ってたんだ。そんなとこに居れば、そう簡単に敵はできない。俺は、できるだけ敵を作らずにいたいんだ。だから、あのグループに入ったってのに。復讐で敵を作るかもしれん」
「頭の悪い俺にも分かるように言ってくれ」
「どうやら、あの人と湯川って奴は何かしらの関係があるらしい」
「あの人って……」
「今日聞いたあの人だ。その人を敵に回すってことは、一大勢力の番長グループと裏番の大神を敵に回すことにもなりかねん。俺にとって、これ以上面白くない状況はない」
「そうか。あの人は番長も裏番も従えてるもんな」
「でだ。お前も乗り気じゃねぇんなら、俺達、あそこから抜けちまわねぇか?」
と、山田が提案する。山田の方からそんなことが聞けるとは、と田中は意外そうな顔をする。
しかし、それは思っても見ない提案だった。
「……悪くねぇな。でも抜けたら抜けたであのグループを敵にまわしちまうんじゃ……」
「大丈夫。俺にいい案がある……」
コンビニの中で、山田はその案を口にする。聞いた田中は、納得が言ったように笑い、雑誌を元に戻し、山田を連れて外に出た。
「じゃあ、俺はあっちを探す」
山田はそう告げ、コンビニの右側を指さす。
「分かった。それなら俺はあっちだな。うん、こっちの方が男らしいぜ」
田中は逆の方を指さし、嬉しそうに言った。
「どうだか。それより、必ず見つけ出して、今日のことを伝えろよ」
「分かってるっつの!!」
そうして、二手に分かれ、田中と山田は夜の町に消えて行った。
ども、作者です。この話を掻き始めてから、次までの作成期間が大分開きましたね。。。。
だから、ここで出来たキャラがどんなのだったかを思い出すのが大変で大変で(笑)
そんな思い入れのある話した。




