ダメだったけど・・・・・・ポジティブ!
はぁ……と折角吸った息がもったいなくなるくらいの大きなため息を零してしまう。真虎君の家の前から離れて、バス停に着くまでの歩道を歩いている最中に、一体何度ため息をついてしまうのだろうか。それくらいには何度も何度もため息をついていた。
肩も腕が重くなったみたいでちっとも上がらない。目に見えて落ち込んでいると今の自分を見れば、私でもそう思う。そのせいか、立木君は道中、口を開かなかった。
いや、立木君自身も落ち込んでいるのかもしれない。彼は少しもそんなそぶりを見せているわけではないけれど、真虎君に、親友だった人に辛く当たられて、落ち込まないわけがない。押し黙っているのは、そのせいもあるんだろう。
「ったくよぉ~、なんてヤなやろうだアイツは!」
一人、大口を開けて粗暴な声を上げるのは泥沼だ。
「あのヤロー、妙な事ばっか言ってのらりくらりとかわしやがって……あーゆー人のことを考えねー奴をムシンケーって言うんだよなぁ~!」
泥沼は自分の取り巻き達に同意を求めると、そうですね、だとかうぬ、だとかの返事が返ってくる。
全く、どの口が言うんだか。そもそも全くの無関係なはずなのに、勝手について来て……。そりゃあ、私たちの味方をしてくれた時は、うれしかったけど、顔つきや体つき通りの乱暴な振舞のせいで、折角のチャンスを台無しにしちゃってくれて。なんだか、思い出すだけでもむかっ腹が立ってきた。
「無神経なのはあなたの方じゃないの。そのせいで真虎君が返っちゃって……どうしてくれるのよ!」
自分で言うのもなんだけど、私はそんなに怒ることは無いと思う。でも、すっかり落ち込んで、しかも無神経なことを散々言っているのが耳に入って、相当イライラしていたから、箍が外れたみたいに責を切って口から出てしまった。
私が急に怒鳴って、びくりと泥沼たちが驚いた。だけど、泥沼は驚いたのはほんの一瞬で、すぐに眉間にしわを寄せて反論を寄越す。
「ンだよ。テメー、俺の所為にすんのか!? 八つ当たりすんじゃねえよ!」
凄みの利いた声に、私もひるんでしまう。
「八つ当たりって、だってあなたが……」
だからと言って、それだけで尻ごみするつもりもない。私も言い返そうとするも、言葉は途中で、野太い声にかき消される。
「だから俺のせいじゃねえっての! いいか、良く考えてみろよ。俺が何もしなくてもよアイツはテメーらの言うことを聞くつもりなんてなかっただろうがよ!」
そう言われてはっとする。真虎君が私たちの言うことに対して、聞く耳を持っていなかったのは事実だ。何かを言おうとしても、拒絶するように真虎君は刺々しい事を口にしていた。挙句の果てには、何も聞かずに戸を閉めてしまいそうにもなった。
彼の言うことにも一理ある。そう思ったら、その時の状況なんか放っておいて、指摘したくなるのはもしもの話だ。
「でも、もしかしたら……」
あの時泥沼が割って入って来なかったら、まだまだチャンスがあったかもしれない。もしも、そのチャンスがあれば何とか真虎君を繋ぎ止めることができたかもしれない。
ただ、そうは思っても次の言葉は言えなかった。
「はいはーい、もしもの話はナシナシ。そんなことよりこれからのことを考えようぜ?」
私と泥沼の間に、立木君が割り入って、私の主張を押し留めた。
かなり明るく、おちゃらけたような言い方だった。それが、あまりにも意外で、止められてしまったこと以上に言葉を失ってしまう。
なんで、あんなにショックなことがあったのに、ダメだったのにそんな風に振舞えるの? 立木君は真虎君に辛く当たられて、落ち込んではいなかったの? 落ち込む素振りも見せていなかったのは、そうするまでもなかったからなの?
様々な疑問が頭の中を巡る。でも、口から出たのは、彼が言った一つの言葉に対する疑問だった。
「これから?」
「そうそう、これから」
オウム返しにこれから、と返答する彼は笑っていて、余計に理解できなくなる。なんで、どうしてさっきのことがあったのに、先のことを考えられるの?
「じゃあ、俺はもうカンケーねーな。んじゃ、ここでおさらばさせてもらうぜ。海鞘蕗、殿面!」
「はい」
「……うぬ」
先の話をするのには自分はもう関係ないと思ったのだろう。泥沼たちはさっさと先に言ってしまった。
私たちは立ち止まって見送る。私の目つきは、相当悪くなっていたことだろう。
「勝手について来て、余計なことをしたくせに関係ないだなんて」
本当に身勝手。なんて思っていると、自覚しない間にぼやきがこぼれ出てしまう。
「はいはい。泥沼のことを非難するのはそこまで。君だって、おれらじゃ結局ダメだった。泥沼が乱入してこなくちゃ、もっと早くに真虎は引っ込んだと思うだろ?」
「それは……」
さっき、泥沼に対して反論しようとしたとき、まだまだチャンスはあったかもしれない、と思った。だけど、そのチャンスをきちんと生かし切れたかどうか。正直なところ、はっきりとそれができると断言できるだけの材料は全然思い当たらない。きっと、泥沼の言う通り、真虎君に聞き入れてもらうことはできなかった気がする。
でも、それを認めるのは少し難しい。肯定してしまったら、今よりももっと後ろ向きに考えてしまうんじゃないか。それが怖くて、頷き返すことも、返答することもできず、口を閉ざしてしまう。
「じゃ、これからの話をしようぜ」
私の反応を待たずに、立木君は言った。
立木君は、かなり前向きなんだろう。でも、私にはそれについて行きかねる。
「立木君も、今日の私たちじゃ結局真虎君を説得するのは無理だったって思う?」
早く次のことを話したい、と思っている人に、こんなことを聞くのは酷く興ざめだと思う。だけど、聞かずにはいられない。やっぱりダメだったことをしっかりと理解しないと、私は前に進むことができないと思っているからだ。
「まあな」
予想通りの返答が立木君は言う。しかも、即答だった。
どうして、そんなすぐに無理だったと言えるのに、これからのことを考えられるのか。私は余計に分からなくなる。どうすればそんなに前向きに「次」のことを考えられるのだろうか。
「今の私たちでも失敗したのに、これからを考えるだなんて」
できない。とても、とても不安だ。また失敗してしまうんじゃないか。今日みたいに、次に行っても、また何も聞き入れてくれないに違いない。私に導き出せる答えは全てが否定ばかり。今のことも、前のことも、ずっとずっと失敗が続いていて、これからのことを考えていても、その影がずっと尾を引いている。
「叶恵ちゃん。結構ネガティブだね。だめだめだめ、そんなんじゃ何も好転しないよ。ポジティブに考えようぜ?」
私の考えを笑い飛ばすように、立木君はニカッ、と笑う。そんな気遣いが、嬉しいと同時に申し訳ない気持ちにさせる。
「私にはちょっと……立木君みたいには」
「そりゃそうさ。俺にはポジティブになれる根拠があるからな。それを聞けば、叶恵ちゃんだってポジティブになれるさ」
どん、と立木君は自信ありげに自分の胸を叩いた。
「根拠?」
「そ。今日も真虎に会える根拠があるって言ったろ?」
そう言えば、確かに根拠があると言っていた。その根拠が何かは聞いていないけれど、実際に真虎君には会うことができた。
「今日のと同じで、結構自信があるんだ。もしも、叶恵ちゃんがおれの言うことを信じてくれるっていうのなら聞いてくれるかい?」
信じがたい、とは思えなかった。
「うん、聞かせて」
立木君が言うのなら、十分に信じられる。真虎君に出会えたし、何より今彼が前向きに考えていられる理由も知りたかった。
私の返答に、立木君は満足げに微笑む。
「その根拠っていうのはだな、今日の真虎の行動を見て分かったことなんだが。真虎の奴は、おれの知っている頃とちっとも変っていない」
まだ、本題には入っていないのだろうけど、立木君の言ったことはかなり意外だ。
「変わってない? だって、その……私の知らない例のことがあって、真虎君は今、一人でいようとしているんだよね。それなら、今の方が変わってしまっているんじゃないの?」
「いいや、前からあんな感じだったぜ。もっとも引きこもりになっちまったっていう状況は変わっちまったことに違いないけど。根っこはな、今も昔も同じさ」
根っこ……それは、きっと内面的なことだろう。
「なんか、すっごい真虎君のことを見抜けているみたい」
それは私には知り得ないことだ。真虎君が何を考えているか、とかちっとも分かんないし、言ってもらわなくちゃ分かりっこない。でも、立木君は違うみたい。
「見抜いているつもりさ。曲がりなりにも親友だったし。それでしか、叶恵ちゃんに協力できるモンは持っていないだろうしな」
立木君は自嘲気味に言った。自信満々な癖に、変に謙遜しているのがなんだか少しおかしかった。
だって、それだけなわけがないもの。今も、立木君の言ったことに、内心でほっこりできるほどに、余裕ができている。
「そんなことないよ。立木君がいなかったら、今もずっと落ち込んでたと思う。ああ、また失敗したな、明日もダメかなって、ずっとずっと思っていたもん。でも、今はちょっと違う。立木君と話せて、心に余裕ができてる。真虎君の親友って以上に、立木君に助けられてるよ」
思ったままを、私は言う。
「そ、そうか? へへ……そりゃよかった」
すると、立木君は絵にかいたように素直に照れた。
ほら、すぐに乗せられて。本当に謙遜していたら、恐縮です、とか言いそうなのに。やっぱり、自分が他のことでも役に立っているって自信があるんじゃない。でも、いいけどね。本当のことだし。
「で、どうしてそれが根拠になるの?」
そう言えば、まだ根拠についての話をちゃんとは聞いていない。私が言うと、話が横道に逸れていたことに気付いてた立木君が、ごほんと咳払いをして、真面目そうな顔になって続きを述べ始めた。
「あいつの根本ってのはさ、臆病で義理堅いところなんだ」
「う~ん、どっちも信じられないかも……」
真虎君のこれまでを考えてみると、そんな片鱗を見せたことがあったっけな、と疑問に思う。真虎君は懸さんにも怖気づかなかった死、人を利用するし、立木君の言う通りの性格の人ならば、そんなことはしないようにも思えるんだけど……。
「ちょっと……いや、かなりひねくれてるのさ、アイツは。そう言う本当のとこは人に見せないようにしているんだ。なんだけど、ひねくれてるって知ってたら、逆に根本の方が目立って見えて来るさ。変なトコで勇敢になるときもあるけど」
「そうなんだ」
変なトコで勇敢っていうのは分かる気がする。私に初対面で付き合って、とか言っちゃうところとか。
「で、だ。今日もそれに賭けたんだ。あいつの根本が変わっていないのなら、臆病な真虎は今の俺がどう思っているのか分からなくて怖がる。でも、元親友に対しての義理もある。俺が合いに来たってなら、どう思っているか気になることと義理もあって、顔くらいは出してくれるってね。これが今日の根拠」
「的中!」
「したな。ほんと、そこが変わってなくて良かったよ。でも、変わらなさすぎだ。もうちょっと大人になっていると思ってたんだが、あいつの眼が得ていることを見透かしているとバレたら、拒絶されちまったよ」
そうだったんだ。さっき、立木君がこだわるとかなんとかって言っていたけれど、それが一つの大きなきっかけになったみたいで、真虎君の表情も変わって、彼は一気に急き立てて立木君に非難をしていた。ドアを力強く閉じようとしたのも、それからだった。辻褄も合うだけに、そこまで見抜いていたのは、純粋にすごい。
「そんなとこまで分かるなんて、ホントにすっごいよ!」
「大したことじゃないよ。そいで、これからの話だ。次も真虎の変わらない臆病で義理堅いところを利用するんだ。それがこれからをポジティブに考えられる根拠さ」
やっと、立木君は根拠を口にする。それと同時に、これからのことも教えてくれた。
「り、利用って……」
だけど、利用と言う言葉に私は拒否反応を示してしまう。それはちょっと、嫌かも……。真虎君にされたのと同じようなことは、できればしたくないんだけど。
「これは作戦さ。暴力的でもない。真虎に話を聞いてもらうためのな」
またしても、立木君は自信満々に胸を叩く。でも、立木君が真虎君の嫌がるようなことをするだんて思えないし、彼に自身があるのなら、信じてもいいはずだ。
「どんな作戦?」
「よし来た。これには後一人の協力者がいるんだが、それは後でいい。まず、今日みたいに真虎の家の前で、アイツを呼ぶまでは一緒だが、途中でおれが怒って逃げたふりをするんだ。でも、実際には協力者が俺の代わりに逃げてもらうように仕向けて、叶恵ちゃんにそれを追ってもらう。とびっきりの大声を出して、真虎に逃げているってことがはっきりと分かるようにしてな。で、実際にはおれは家の前にいる。するとどうだ、真虎は俺を怒らせた、と思ってびくびくしちまう。このまま放っておいていいのだろうか。でも、おれは一度もあいつにキレたことはない。義理堅い真虎はおれを追いに出てくるはずだ。そこで待ち伏せしているおれと鉢合わせって訳さ。後は叶恵ちゃんも戻ってきて、なし崩しに説き伏せるって寸法さ。説き伏せる役目は叶恵ちゃんに任せるよ」
長々と、立木君は作戦を私に教えてくれた。ちょっと、都合がよすぎるような気がしないのでもないのだけれど、立木君は顔で「この作戦には自信がある」と語っている。
「絶対にうまくいくって!」
ちょっと返答が送れた私に、念を押すように彼は言った。
「う、う~ん、分かった! やってみる」
もとより、協力をしてもらっているのだし、藁にすがるよりはよっぽど頼りがいがある。折角考えてもらったことでもあるのだし、頑張らなくちゃ。
そう思うと、なんだか勇気が湧いてきた。
「うん! 次は絶対に、何としても真虎君を説得して見せるんだから! ううん、次だなんて言うのは止めて、明日、明日にしよう! 明日こそは成功させて見せるわ!!」
「明日っ!?」
急に勇気が湧いてきて、何が何でもという思いが出てきて、ついつい明日と言ってしまったものだから、今度は立木君の方が驚いてしまっていた。
「だ、だめかな?」
よくよく考えれば、日曜日で部活とかバイトのない私と違って、社会人の立木君には明日必ず時間があると言う訳ではない。もしかして、明日はダメって言われちゃうかも。
「いいよ。明日も空いているからね」
でも、立木君は素直にうなずいて、困惑から元の頼りがいのある微笑みに表情を戻した。
「なら、絶対に明日、成功させよう! でも、後一人はどうしようか? いないと作戦できないでしょ?」
よくよく考えればそうじゃないの。明日急に協力してもらうために時間の空いている人を探すのは、結構大変かもしれない。やっぱり、ここで頼むのはワンちゃんがいいかな?
「泥沼でいいんじゃないか? 連絡ならおれからできる。どうせ暇だろうし、今日みたいなことをしないように釘を刺しておけばいい。なんなら、逃げさせた後は放っておけばいいしさ」
「それはちょっとひどい仕打ちかも」
でも、もしも真虎君を説得させられたら、泥沼に今日のことを謝らせたいという気持ちもある。私たちには悪いことをしたわけではない。ちょっと前は違うと思っていたけど、彼は真虎君の行動が、どうしても許せなかったのだろう。だから、ついあんなことをしちゃったんだ。でも、真虎君にしたってことは変わらない。それだけは謝ってもらわないとね。
「必ず呼び出してよ?」
「もちろん!」
立木君は力強く返答してくれた。これなら大丈夫。そう思わせてくれる。絶対に成功させる。私は何としても、真虎君を説得しなくっちゃ。
頑張らないと、私はしっかりとこれからを「次」をしっかりと見据えていた。そこには、これまでの失敗の影はちっとも見えていない。きっと、これが前向きに、ポジティブに考えられるということなのだろう。
ども、作者です。気が付けば更新を再開して3週間目。早い、早い。




