真虎君に・・・・・・会える?
一歩一歩、私と立木君は真虎君の家へと向けて歩く。少し離れた場所にあったファーストフード店から、ほんの十数分で付く距離に真虎君の家に着く。
足取りは、心なしか少し軽い。きっと立木君がいるからだと思う。私が一人でここに来るときは、前向きに頑張ろう、頑張ろう、と思っていても、どうしても今日も会えないのかもしれない、と心の片隅で呟いていた。真虎君の家が近づくたび、その近くの家々の塀をすれ違うたびに、灰色の気持ちがちょっとずつ大きくなっていた。
でも、今日は違う。隣で歩く立木君が迷わずに、しっかりと足を踏みしめて進んで行く。しかも、自信満々な顔をしている。彼は真虎君に会える算段があると言っていたけれど、きっとそれが大きな自信になっているのだろう。真虎君に絶対に会えるという、確固たる自信に。
「どうして、あの二人についていくんですか、泥沼?」
「うるせぇ!! 声を出すな、気付かれるだろうが!!」
……今日は、立木君だけではなく、同行者がまだまだいるみたい。首を動かして尻目に背後を伺うと、塀や電柱の陰で、泥沼と取り巻きの二人が隠れている。隠れていると言っても、顔がほとんど出ているし、こそこそとしゃべっているのが、私たちの耳に聞こえてくる位のほんのちょっとの距離しか離れていないものだから、ついてきているのが丸わかり。
ほんと、この人達はなんでついてきているのだろう? まぁ、おかげで緊張感がほぐれているからいいのだけど。でも、失礼なこと言ったの私はまだ許していないからね。微妙なのは認めるけど……。
「気にしない気にしない。そんなことよりも、もうすぐで着くよ」
「え、もう!?」
立木君がいたからか、それとも後ろの三人に気を取られていたせいか、思ったよりも随分早く到着してしまった。
あ~、まだ全然心の準備ができてないのに……。あっという間に真虎君の家の前に立っている。
「よし、じゃあ会おうか、真虎に」
立木君はあっさりとそんなことを言う。
「も、もう!?」
私はというと、さっきまでの余裕や勢いはどこに行ったのやら、ちょっと及び腰になってしまっている。いやいや、無理もないよ。だって心の準備もできていないもん。それに、真虎君に本当に会えるのかどうか分からないし、これまでなんてずっと無視されてきたんだもん。
でも、立木君はそんな私の経験なんてつゆ知らず、自信満々だ。
「大丈夫、おれがいればアイツに会えるさ。そんなに不安そうな顔しないでよ」
湯立木君は私の顔を見るとやっぱり自信ありげに言った。
「そ、そんな顔してたかな?」
顔を両手で挟んでほっぺを揉み解す。
「うん。緊張し過ぎって感じの顔してたよ」
うへぇ、恥ずかしい。でもでも、やっぱり仕方ない……。いや、それじゃダメだね。立木君に協力までしてもらっているんだもん。仕方ないとか言って、ネガティブになりきってちゃダメ。
頬をパン! と音が鳴るくらい叩いて、気合を入れ直す。
「立木君、行こ!」
急にきりっとした表情になったせいか、立木君は私を見て笑みをこぼした。
「ああ」
私が先に出て、真虎君の家のインターフォンに指をかける。
「押すよ?」
「うん」
立木君の返事を待って、息を一息吐きだし、思いっきりインターフォンを押した。
ピンポーン、とどの家でも変わらない、何の変哲もないチャイムがやけに大きく鳴り響いた気がした。むしろ、指を離してから、ずっとずっと長い時間頭の中で反響していたような気がする。それ位に、真虎君に会えるかもしれない、会える可能性が少なからずここにある、と思った時間は長く感じた。
そして、それを今、口にする。もしかしたら、まだ真虎君の耳には届かないのかもしれない。けれど、これを告げて初めて、今日真虎君に会える可能性が、極めて高くなるんだ。
「ねぇ、真虎君。今日もまた来たよ。でも、今日はいつもと違うんだ。立木丈君って知ってるでしょ? 今日はね彼にも……」
「なぁ、真虎いるんだろ? 俺だ、丈だ」
私にこれ以上しゃべらせないようにするみたいに、立木君は口を挟んだ。私は少し驚いたけれど、それを止めはしなかった。
私が言うよりも、立木君が自分自身の声でここに来たことを告げた方が、真虎君にしっかりと信用してもらえるかもしれないもんね。でも、今こうやってインターフォンに向かって話していても、それが真虎君に届いているかどうかは分かっていない。もしかしたら、全く意味のないことをしているのかもしれない。
それなのに、私は今日は、今日だけは特に真虎君にしっかりと私たちの声が無事に届けられているんじゃないかと思っていた。なんとなく、なんだけれど。
と、思っていた時だった。家の中から音が聞こえてきた。それはほんのかすかな、後ろで隠れているつもりの泥沼率いる三人の吐息を聞くよりも、小さな音。何かが動いて床がきしみ、一定のリズムで聞こえて、どんどん近づいてくる。
足音だ。そう気が付いた時には、目の前のドアの施錠ががちゃり、と外されていた。
ドアが開かれ、外の光が暗がりの家の中に差し込んでいく。
開かれたのは半分くらいだった。だけど、それで十分。半分開かれて見える薄暗い玄関で、ドアノブに手を掛けた真虎君が立っていた。
真虎君は、ちょっとだけ髪が伸びていたみたいだった。相変わらずぼさぼさの長髪で、前髪がほとんど目を隠していて、メガネも下のフレームがわずかに見えているばかりだ。
少し丸めた背のためか、身長も少し小さく思える。そんな真虎君が目の前に立つ私と立木君の二人を見比べるように、ほんのちょっと顔を左右に動かす。前髪の隙間から見える真虎君の目は、私が彼と初めて会ったときと同じような、警戒と嫌悪が複雑に絡み合っているような目だった。
そんな目が、私の視線と真正面からぶつかった。
「ふ~ん。君も、人を利用するんだね。僕と同じだし」
真虎君は、口元をにやりとさせると皮肉っぽく言った。
彼の言う「人」は恐らく隣に立つ立木君のことだろう。
「私は利用しようだなんて……」
思ってはいない。でも、意図は無くても今の状況ならどう? 真虎君に会うために、立木君を利用している。それはある意味では合っているのかもしれないし、むしろそうしたからこそ、こうやって会えたのだとも言える。
「でもさ、真虎君だって、立木君に会いたかったんじゃないの? だってほら、私一人だけだったら、ドアも開けてくれなかったじゃない」
「ふん。僕は別に会いたくはなかったし」
真虎君の目線が、立木君に向けられる。
「君も随分変わったし」
一度目線を下に落とした後、頭のてっぺんまで持ち上げる。真虎君はそんな大げさなことをした。まるで今の立木君の姿を非難しているかのような態度だ。
「まぁな。いろいろあって」
「いろいろ、ね。まぁ、高校中退した奴が辿り着く環境で適応するには、見た目だけでも強そうなやんちゃ者にならくっちゃダメだろうし」
皮肉っぽい、というか刺々しい。真虎君からひしひしと伝わってくるのはあからさまな不快感。その原因は、隣に立っているだけでも、立木君なのだと言うことも、嫌と言うほどに伝わってくる。
「このままじゃ、お前だっておれと同じところにくるんじゃないか?」
「御免だし。っていうか、君、まず何よりも先に言わなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」
立木君を見る真虎君の目は、私を向けられるものとは比べものにならないくらいに、憎々しげで、立木君に対する敵対心をこれでもかと言う位に溢れ出ている。口調も、だるそうなのはいつも通りでも、それが一層静かに怒っているようにも思えた。
どうして、こんなに立木君に対して刺々しいんだろう。そう言えば、立木君は真虎君の親友「だった」と言っていた。もしかして、この二人の間に何かがあったんじゃ……。そして、真虎君は彼のことを憎んでいるんじゃないか。
立木君が「真虎君と会う算段がある」と言っていたけれど、それって、自分を憎んでいるから、それを逆なでして会うことができる、という意味だったのかな?
私はそんなことを考えながら、非難にも近い敵対心を浴びせられている立木君の方を見る。
「あ~、そうだった。ごめんな真虎」
彼は笑っていた。自分を憎む相手と出会ったときの顔だとは思えない、穏やかな表情と、あまりにも軽すぎる話し方。それこそ、久しぶりに友人に会ったときのような、懐かしさに笑みをこぼさずにはいられない、と言った表情をしている。
一方は恨み顔、もう一方は笑顔……う~~~ん、頭の中が混乱してきそう。どうして二人にこんなに温度差が出来てるのか、ちぃぃっとも分からないよぉ。
「ふん。謝っても許す気はないし」
親しげに話す立木君に対して、真虎君はそっけない。
しかも、そう言ったきり、彼はドアを閉めようとした。
「ま、待って真虎君!」
私はあわててそれを制止しようと、こちら側にあるドアノブを持つ。それだけでも、ぴたりとドアの動きは止まった。非力な私の力でも止められるくらいの、小さな力でドアは引っ張られていたみたい。
「まだ、話さなくちゃいけないことがあるの」
「僕にはないし。どうせ、学校に来いって言うだけだし。そんな気、ないし」
やっと巡って来たチャンスをここで潰すわけにはいかないんだから。でも、何をどう言えばいいのか。そんなことはちっとも考えていなくて、どうしても言葉が詰まってしまう。
「こんな女の子だってお前に学校に来いって言ってるんだぜ? いつまでも意地張ってないでさ、素直に行動してみたらどうだ?」
何も話せないでいると、立木君が割り入って助け舟を出してくれた。この助力をちゃんと生かさないと。
なのに、私は何も言えなかった。真虎君の顔を見ると、彼は私に見せたことのない、明確な表情を顔いっぱいに浮かべていたからだ。
頭を素早く動かし、真虎君は立木君の方へと視線を向けていた。顔いっぱいに湛えた怒りを、立木君へと示すように。
「気安いし。僕と君、もう何の関係も無いんだから、君の言うことを聞く義理無いし」
「冷たい事言うなよ。おれら友達……」
あまり向けられて嬉しくは無い感情を、彼自身もひしひしと感じていると思う。私にだって、分かるくらいなんだもん。
それなのに、立木君はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。本当に真虎君と会えて、かつての親友の今の姿を目の当たりにして、嬉しさを隠そうともしていない。
「違うし」
でも、真虎君からは立木君のような気持ちはちっとも感じられない。立木君の言葉に途中で被せて、はっきりと言い切って、立木君の気持ちを遮ってしまっているようだ。
ついに、真虎君は立木君からも、私からも表情が読めないように、うつむいてしまった。
「それに、学校に行けだなんて、中退した君が言うこと? 笑わせる気? 笑えるわけないし。全く、君は本当に気に食わないし」
真虎君はいつになく早口でまくしたてる。立木君の言うことなんて完全にシャットアウトしてしまいたいようだ。
しかも、彼はまたドアを閉めようとし始めたようで、取っ手を掴んだ私の腕が強く引っ張られてしまう。このままじゃ、折角のチャンスが水の泡になってしまう。このドアを閉めて、真虎君と外の繋がりを無くしてしまってはいけない。
そう思っていたのは、私だけではなかった。
「待てって!」
立木君が、ドアを直接掴んで、その動きを止めさせた。
「なぁ、もういいだろ。お前だっていつまでもこだわることは無いって、お前だってもう分かってるんじゃないのか? もう昔のことだろ。俺だってもう……」
真剣そうな顔つきで、まるで諭すように立木君は言っていたけれど、途中で言葉をとぎらせてしまう。
「忘れたって、言うの?」
そこへ、真虎君は立木君の言おうとしたことを言い継ぐように、口を挟んだ。そして、どんどん畳み掛けて次の句を口にし始める。
「こだわっているのはそっちの方だし。僕の友達だったことにこだわってるし。僕らはもうそう言う仲じゃないし。もう、関わらないで欲しいし」
真虎君が、もう片方の手を伸ばして、ドアを掴んでいる立木君の手を退ける。指を剥がされただけで、もしかしたら、真虎君自体はそんなに力を入れていないのかもしれない。だから、立木君だって簡単に抵抗できた可能性もあったと思う。でも、立木君はそんなことをせずに、なされるがままにドアから手を離してしまった。
ショック、だったんだ。友達じゃない、だなんて言われて、何も感じない人はそういないと思うし、何と言っても親友だったはずの相手にそんなことを言われたら……想像もつかないくらいに、ショックを受けてしまうと、私は思う。
またドアが引っ張られる。今度はかなり強い力で、私ではどうしようもなかった。このまま閉じられてしまう。
そう思ったときだった。再びドアが止められた。でも、今度は立木君は何もしていない。むしろ、立木君は弾き飛ばされて、横の方で尻もちをついていた。
代わりに、さっきまで立木君が立っていたところに、なぜかあの泥沼がいて、立木君と同じようにドアを掴んで制止させていたのだった。
「きゃっ!!?」
そのまま、ドアを思い切り開けてしまう。おかげで、私はドアノブから手を離して、一歩退いてしまった。
視線を急いで真虎君の方に戻す。真虎君はドアから手を離していて何にもなかったみたいだけど、泥沼によって胸倉をつかまれていた。
な、何事!? いったい何が起きているのか、なんでこんな状況になっているのか、私はさっぱり分からないんだけど!?
「おめーよぉー、さっきからきいてりゃウダウダウダウダと、何ガキみてーなこと言ってんだあ!?」
荒々しい口調で、まるでカツアゲしているみたいだ。
「学校なんて俺にとっちゃあ行く気なんてこれっぽっちもねぇよ。そこはお前と同じだ。でもよぉ、テメーのダチ公がこんなに頼んでんだ! それに応えねーのはクソガキのすることだぜ!」
不良らしいいかつい言い方だけども、話している内容は、私たちの「側」に立っている。思いもよらぬ味方の出現は、ある意味ではラッキーなのかも……。
いや、でも、やっぱり不味い箇所はある。まさに今、泥沼が真虎君の胸倉をつかんでいるというこの状況。これはやっぱり……。
「何を言ってるんだか。ガキっぽいのはそっちの方だし」
真虎君は締め上げられながらも、臆することなく舌打ちをしてしまいそうなくらいに不機嫌な様相で、泥沼に言う。明らかに挑発しようという意図が色濃く表れている言動だ。真虎君はこうやって、人の気持ちを逆撫でするのが非常に上手い。
「なンだとぉー!!」
それに、内面を顔で表さずにはいられないと言ったような、単純明瞭をそのまま人間にしたみたいな泥沼であれば、間違いなく怒る。というか、今まさに怒って、もう片方の手を振り上げて、殴りかかろうとしている。
「止めて!!!」
とっさに、私は声を張り上げていた。びくり、と反応したのは泥沼だった。それと同時に、振り上げたこぶしをぴたりとそこで止めてもいた。
「お願い……手を出すのは止めて。真虎君からも手を離して」
「……お、おぉ……」
泥沼は、おっかなびっくり真虎君から手を離す。私の言うことを聞いてくれたのは意外だった。
「ふん。すぐに暴力。そっちの方がよっぽど子供っぽいし。これも、君の差し金?」
Tシャツの胸元を直しつつ、真虎君は私に冷たい目を向ける。
「差し金って、そんなこと考えてないよ!」
泥沼が味方をしてくれたのは事実だけれど、それは意図していたわけじゃない。でも、真虎君は暴力が嫌いだって言ってたし、なんにせよ彼に危害を被りかけてしまったことは本当のことだ。
「ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったんだけど……」
頭を深く下げて謝る。私のせいだとか、誰かのせいだとかそんなのじゃない。私が申し訳なく思ったから。
「だけど……何? 力づくが手っ取り早いのは本当のことだし。そうまでして僕を連れていきたかったとでも言うの?」
「違う……そんなことない!」
「ふん。どうだか……。じゃ」
真虎君はそう言って、今度こそドアを閉めてしまう。私たち三人は真虎君の家の前ですっかりと取り残されてしまった。
がちゃり、と玄関のカギがかけられる。その無常な施錠音が、私に対して今日はもう失敗だ、と断言しているように聞こえ、私は一人、がっくりと肩を落としてしまった。
ども、作者です。明日更新するつもりでしたが、今日にしました。なんとなくです。




