放課後の……新たな日課
今日はいつもよりも遅れてしまった。遅れたとはいっても、作治君のおかげで、予想していたよりは早くここに着くことができたのだけど。
ごう、と背後を車が一台通った。町の方へ行くと車はごうごうと列を成して道路を走って行くけれど、ここは喧騒から離れた片田舎。バスで最寄のバス停まで来ても、それから十分くらいは歩かなくちゃいけなかった。
初めは、立った一度しか着たことの無い場所に、しかも車で連れて行ってもらったところに歩いていくことができるのかと思っていたけれど、周りが田園風景とぽつりぽつりとある住宅だけだったから、簡単にお目当ての場所までやってくることができた。
それを始めてから一週間くらいは経ったんじゃないだろうか。それでも、何ら成果は無し。今日も期待している訳ではないけれど、目の前にそびえる家のインターフォンを押した。
「真虎君、いるんでしょ? ちょっと話したいことがあるんだけど」
これも、一週間分は言ったことになる。もちろん、その返答が真虎君から帰ってきたことはいまだに無い。
無論、真虎君はこの家にいるはずだ。それなのに、インターフォンを押しても物音ひとつ返ってこない家を前にすると、まるで空家に呼びかけているみたいな気持ちになる。
今日までずっと、この調子だ。あれから、私は新しい日課として放課後に真虎君の家にやってきている。門前払いだから、まるで音沙汰の無い家に取り立てでもしているような気分になる。
「ねぇ、真虎君?」
インターフォンに呼びかけても、何一つとして言葉は帰ってこない。思わず、私は家の二階を見上げた。そこにカーテンで閉め切って、完全に中を見えなくしている窓がある。真虎君の部屋だ。
いるに違いないんだけど、ここまで完全に無視されてしまうと流石に……いやいや、私には落ち込んでる暇なんてない。今日もダメだったってだけ。いつか、何かのきっかけで真虎君がドアを開けてくれるかもしれない。それが私に今できる最善のこと。無理に行動をしようとしたって、できないことはできないんだから。
「今日も、そろそろ帰るね。じゃ、また明日」
今日はもう帰ろう。長居していたら、私も帰れなくなっちゃうし。それに、もう結構遅いから、お母さんが先に帰っているかもしれない。まいったなぁ、夕飯と休日の分の買い出しもしなくちゃいけないんだった。
一旦歩いた後で、もう一度真虎君の家を確認する。けれどやっぱり、入り口にも、二階の窓にも何にも変わったところはなかった。
今日の夕飯は何にしようか、と考えている内にあっという間にバス停に着いた。でも、時刻表を見たときに、私はまた、まいったなぁ、と呟いてしまった。
次のバスがくるのは、ちょうど一時間後だった。バス停に着いた時にしっかりと時間を確認しておくべきだった。
普通なら待つところなんだけど、かなりの悩みどころだ。ここから歩いて家の近くのスーパーに立ち寄ってから家に帰るまでの所要時間は、大体一時間くらいだ。時間的にはここで待っているよりはそっちの方がいい。
けど、私は今、だいぶ疲れている。学校に行って、掃除をして、ここまで来て、さらにこの後買い物をして私とお母さんの分の夕ご飯も作るとなると……くたくたで死んじゃいそうだよ。
ちょっとはバスに乗ってゆったりと帰りたい。でも、時間的にはかなり厳しい。お母さんのもう家に帰ってる頃だ。待たせるわけにはいかないよね。ちょっとだけでも早く帰らないと。
私が、徒歩で帰ることを決めた時だった。バイクが私の横を素通りした。なんか、外に出ると良くバイクに出会うなぁ。特に懸さんの。
でも、そのバイクは懸さんの真っ黒い大型のバイクじゃなくて、小さなバイクで、しかも荷台にラーメン屋さんが出前の時に容器とかを入れる岡持ちを乗せいていた。学生服でもなかったから、今回は大丈夫。
「あれぇえええええ!!? 叶恵ちゃんじゃないか!!!」
……嘘? 振り返って見てみると、さっきのバイクが停まっていて、運転手が私の方を見ていた。顔は、言わなくとも分かるだろうけれど、懸さんだった。
「どうしたんだ、こんなところに?」
懸さんは非常に、嬉しそうにバイクを手で押して私の方にやってきた。
「真虎君のことで……いや、私のことより、懸さんこそどうしてこんなところに、しかもあれ……」
私が視線を送る先にあるのは、岡持ち。決してこの中に教科書が入っているとか、そんなことは考えられない。
「あー、今出前中なんだよ。俺、実家がラーメン屋でさ。元気にバイク乗れるの俺だけだから、手伝ってんだ」
「実家のお手伝いで、働いて……」
結構以外かも。番長、って呼ばれてる人って、家のことなんて完全に放ったらかしな人ばかりなイメージがあるから。
「ま、親父はまだ俺が行くとか言ってんだけどよぉ、ここは俺の青春爆走中の若さに任せろっていつも変わってやってんだ」
「懸さんって、意外と家族思いなんだ」
「そうか? 普通だぜ、普通」
そう言えるのがすごいんだよ。「いや、待て。そう言えば雑誌に載っていた。家族に優しい男は女にモテるって、つまり、今俺は、叶恵ちゃんにこの上ないいい男アピールをしたってことかああああ!? うおおおおおお!!! 青春だああああああ!!!」
うーん、これさえなければ本当にいい人なんだけどなぁ。懸さんって、家でもこんな感じなのかな?
「あ、そうだ。私も急いで帰らなくちゃ……」
お母さんを待たせすぎちゃいけない。あの人は家事も料理も全然できないから、私がなんとかしないと。
「帰るって、叶恵ちゃん。もしかして歩きで帰るのか?」
「うん。バス待ってると遅くなっちゃうから」
「そりゃあダメだ。もう暗くなってきてる。俺としては、叶恵ちゃんを一人で帰らすわけにはいかないなぁ」
ってことで、と懸さんは言って、バイクの荷台から岡持ちを地面に下ろす……って、えええええええ!?
「よし、後ろ乗ってきなよ」
「いやいや!! 懸さん出前中なんでしょ!? それ、中身入ってるんじゃ」
「おう! でもそんなことどうでもいいさ! 俺が優先すべきは、自分の青春だからな!」
「ダメでしょそれじゃ! 中身冷めちゃうよ」
っていうかここで放置してたら冷めるどころか腐る、もしくは野良犬か野良猫に持ってかれるか、誰かに倒されて悲惨なことになる。
「大丈夫大丈夫、そんなこと、青春に比べればちっぽけなことさ」
「ちっぽけじゃないよ! お金もらってるんだからかなり大きなことだって!」
その後、私は断り続けた。何とかして、懸さんには私を送ることは諦めてもらった。けれど、十分に時間をロスしてしまった。きっと、あのラーメンを出前した人も起こっている事だろう。
近所のスーパーに立ち寄るつもりだったけれど、懸さんの登場で予想以上に時間を食ってしまったせいで、道中にあるスーパーに適当に立ち寄ることにした。
あまり使い慣れていないスーパーだから、どのくらいの金額になるのだろうか。必要なものは一応メモしてはいるけれど……今晩だけはちょっとだけ安上がりな献立になりそうだ。
どのくらいまで予算があるのか、鞄から財布を取り出して、中身を確認しながらお店に入る。
「おわっ!?」
「え……きゃっ!?」
手元の財布に集中してしまっていたせいか、出てくる人とぶつかってしまった。何も落としはしなかったし、転びもしなかったけれど……。
目の前にいるのは、髪を金髪に染めていて、体も鍛えられているお兄さんだった。顔も、うちの学校にいる人達となんら遜色のない強面をしている。
「す、すみません!」
私はすぐに頭を下げていた。こういうことは気を付けようって思っていたのになぁ。少なくとも、学校では気を付けていたよ、学校では! まさか、こんなところで……。
「あ、こっちもすんません。俺も不注意でした」
しかし、私が想像していた、ありとあらゆる学校で不良っぽい人にぶつかってしまったときのパターンとは、まったく違う反応が返ってきた。
驚きながら顔を上げると、お兄さんはにかっ、と白い歯を見せて、スーパーの袋を持って外に出て行ってしまった。
なんだか、拍子抜け、っていうかやっぱり私が日ごろからいる空間がおかしいんだ。そうに違いない。
普通はあのお兄さんみたいに、お互い謝ることになるはずなんだよ。謝ったらとりあえず「警察はいらない!」とかそんな昭和時代の漫画のお約束みたいなことを言うのは、明らかにおかしいの。
ふと、脳裏に先ほどのお兄さんのニカっと笑った爽やかな表情を思い出す。お兄さん、とは言ったけれど、その顔立ちはどこかあどけなくって、彼とはそんなに年齢が離れていないような気もした。
まぁ、私と同い年でも働いている人は普通にいるか。そんなことを考えているより、早く買い物を済ませて家に帰らなくっちゃ!
ども、作者です。人生は予定通りになんて行かないんだな、なんてことを思うショッキングな週末だったので、更新も予定通りに行かないでもいいよね、と思っちゃってました。




