いつものままの・・・・・・昼休み?
授業が終わり、次の授業が始まる。高校生だって、休まる暇はあまりない。そんな忙しい砂漠のオアシスが、昼休みだ。
そんな昼休みにも、あの人は突然現れる。まるで突然に発生した砂嵐みたいに、突然で勢いのある人だ。
「叶恵ちゃあああああん!! いるだろ!!!!」
昼休みになった直後に、私が席を立とうとすると、教室の前方のドアからとてもとても嬉しそうな顔をした懸さんが入ってきた。
「か、懸さん……」
私も含め、みんなが懸さんに注目している。彼は、何やら可愛らしいものを手に持っており、それを私に向けるようにして突きだしていた。
「何しに来たのよ、懸」
懸さんに声を掛けたのはこのみちゃんだ。懸さんはこのみちゃんに答えるように、というよりは私へ向けて宣言するように言った。
「シュークリームだ!」
「いや、それは見りゃわかるって……なんでそんなもの持ってきたのよ」
「俺は、甘いものが苦手だ!」
「知ってるわよ。ビターチョコだって甘いって文句を言う位、甘いものが苦手なのはよぉく知ってるわ」
あ、そうなんだ。
「だが! 俺は知ってしまったんだ、女子って奴は甘いものが好きだってな!!!」
「つまり、どういうことよ」
「このシュークリームを食って、叶恵ちゃんとデートをする!!!」
急に私の名前が呼ばれてびっくりしてしまう。っていうか、全然話の脈絡が見えてこないんだけども……。
「約束してくれえええええ!!! 俺が見事にこのシュークリームを食べきったらデートしてくれるって!!!」
え、約束してくれて……ど、どうすればいいんだろう。ちらっと、このみちゃんの方に指示を仰ぐように見てみると、このみちゃんはすっかり呆れ顔でため息をついていた。私になのか、懸さんになのか、それとも両方に呆れているのか。
「よおおおおし!! 決まりだああああ!!! 俺は、この試練を乗り越えて見せるぜえええええ!!!」
「ちょ、私何も言っていないけど!!?」
懸さんは私の反応なんてちっとも気に留めず、シュークリームを袋から取り出した。
「うおおおおっ!!! 青春だあああああ!!!!」
懸さんが雄々しく叫んで、シュークリームにかぶりつく。そんなに気合を入れて食べる物じゃないってシュークリームは……。
大きく開けた懸さんの口は、手のひらサイズのシュークリームの半分くらいをいきなり食らいついた。一応、懸さんは甘い物苦手なんだよね、一口でそんなに食べて大丈夫なのかな。
「……」
懸さんの動きがぴたりと止まった。気が付けば、周りの誰もが懸さんの次の行動を固唾をのんで見守っている。そんな風に見守るように事ではないと思うんだけど。
あ、でも、懸さんの表情が目まぐるしく変わり始めている。見開いた目が充血して、顔中を真っ赤にさせている。もしかしたら、シュークリームを口に含んだ状態で息を止めているのかもしれない。鼻をつまんで味を感じさせないようにするのと同じように。
「……ム、ぐぼぉぉっ!」
と、思ったのだけれど、実際は息を我慢していたわけじゃなくて、味を我慢していたみたいだ。口から思いっきりクリームと噛み千切られた記事が飛び出て、懸さんの足もとに落ちる。む、無理するからだよ。
「もう……」
すぐに動いたのはこのみちゃんだった。手にはハンカチを持って、懸さんの元に歩み寄る。
「ほら、口拭きなさいよ。誰か、ぞうきん持ってきなさい!」
「……くぅ、俺は……自分を乗り越えられなかった……」
「バカみたいなこと言わないの!」
このみちゃんは項垂れる懸さんの口元をハンカチで拭う。嫌な顔一つせずにすぐにそんな行動にとるなんて、なんだか懸さんのお姉さんみたいだ。
そうだ、教室の後ろ側には私が一番近いんだ。掃除用具入れもすぐそこにあるし、私が持って行ってあげよう。
そう思って行動に移そうとしたときに、このみちゃんが私に目線を送った。
不機嫌そうに眼を細くして、目だけを動かし、視線を私の横の方に向ける。その方角を見れば、廊下の方。目線で指示しているようだった。
「あ……」
私はこのみちゃんの目配せが、アンタは余計なことはしないで大神の所へ行きなさい、と言っていることに気が付いた。そうだね。このみちゃんとしては折角のチャンスなんだもんね。私が何かをすると、懸さんはまた何かを言いそうで、このみちゃんは気が気じゃないのかもしれない。
私は声に出さずに頷いて返事をする。このみちゃんはわずかに目と頬を緩めてくれた。懸さんのことはちょっと心配だったけれど、私は廊下に出て、ワンちゃんのいるいつもの場所へと向かった。
ワンちゃんは一体、どんなルートで体育館裏まで行っているのか、いつも不思議に思う。授業が終わって気が付いたらいなくなっているし、私が追いかけてもいつの間にか見えなくなり、私が体育館裏に着くころには、ずっとそこにある置物みたいに佇んでいる。もしかしたら、裏道でもあるのかもしれない。
ただ、今日は懸さんの謎チャレンジがあったから、当然ワンちゃんが先に着いていてもなんらおかしなことはない。
二人っきりで居れる場所に、今日は私とワンちゃん以外にもお客さんがいるようだった。
犬走りを歩いて、角を曲がると相変わらず体育館裏の涼しげな影の中に、真っ黒な学ランを着たワンちゃんがいつものように座っていた。
胡坐のワンちゃんの足の上に、少しくすんでいるけれど、白い毛の塊が乗っていた。それをワンちゃんが撫でている。すぐにそれが動物なのだと気が付いた。だって、ワンちゃんの表情は学校生活の中では決して見せることの無い、幸せそうな顔をしているんだもの、私は、その表情が動物たちにしか向けられないことを良く知っている。
なんだか、動物相手なのにジェラシーを感じてしまう。私といてもたまに笑ってくれるくらいで、後の殆どは仏頂面。私と一緒にいるときだって、同じような顔をして欲しいのにな。
と、遠くからワンちゃんと毛玉の様子をうかがっていると、毛玉からひょこっと顔が現れた。縦長の瞳を水晶玉みたいな丸い目玉に浮かべた、常に不機嫌そうにしているのではないかと思われる顔立ちは、他ならぬ猫だった。
猫は私を見つけると、驚いたようにすぐにワンちゃんの足から飛び退いて、雑草の生えた場所から、私を警戒するように睨みつけていた。
猫の視線を追うように、ワンちゃんも私に顔を向ける。なんだか、ワンちゃんと猫の時間を邪魔してしまったみたいで、苦笑いを浮かべてしまう。
ワンちゃんも、さっきまでの表情はすっかりと冷めてしまったみたいだ。いつもの仏頂面に戻って、顔を別の方に向けてしまう。
「邪魔しちゃったかな?」
「……いや」
ワンちゃんの隣まで行って腰を下ろす。ワンちゃんは猫の乗っていたあたりを手で払っていたけれど、猫の白い毛は黒い学生服の上に残って、きらりと輝いていた。
顔をそむけたワンちゃんの顔を覗くと、それに気が付いたみたいで、さらに顔を背けられてしまう。でも、ほんのちょっとだけ彼の表情はうかがえた。ばつの悪そうな顔で、なんだかちょっとだけ子供っぽいような気が……あ、もしかして。
「ちょっと照れてるの?」
「……」
顔を背けたままの沈黙。多分、いや、間違いなく図星だ。ワンちゃんのことも最近はちょっとだけ分かってきたような気がする。ワンちゃんは、ちょっとだけ猫みたいな気難し屋さんだ。ワンちゃんなのにね。
そう言えば、本当の猫もここにいるんだった。猫はもっと距離を取るわけでもなく、近づく訳でもなく、さっきと同じところで私にピンク色の口を大きく開いて見せている。尖った牙が攻撃的で、鳴き声こそ出していないけれど、威嚇されているのが良く分かる。
その猫は遠目から見てもかなり綺麗な猫のように思う。顔立ちは猫っぽい不満そうな顔なんだけど、毛が長くって、血統書でもついていてもおかしくない。けど、本来は真っ白なはずの毛もくすんでいるのが、人とは生活をしていない野良だってことを物語っている。
憎たらしい顔をしてはいるけれど、ちゃんと見れば結構可愛い。それに、撫でたらきっともふもふしていて気持ちいいんだろうなぁ。特に、膨れているお腹の辺り……って、あれ?
「ねぇ、ワンちゃん。あの猫のお腹って……」
「……妊娠してる」
やっぱり、私が来た途端に逃げ出したのも、あんなに気が立っているみたいに威嚇しているのも、それが理由なんじゃなかろうか。そんな猫を見事に可愛がっていたワンちゃんはとんでもなく凄いようなことをやっていたみたいだ。
「どこで子猫を生むのかなぁ。学校の近くかな」
「さぁな。人の目に触れないところで産んでほしいな」
「誰かに見つかって保健所に連れていかれちゃったら嫌だもんね。ワンちゃんが見つけたら、家に連れて帰っちゃいそう」
ワンちゃんならそんなことでもしそうだなぁ、と思って冗談みたいに言ったつもりだけど、ワンちゃんは首を左右に振って答えた。
「そんなことはしない」
「……どうして?」
「自然で生まれた生き物は、自然の中で生活するに限る。すべての猫が人と生活できるわけではないし、全ての人が猫と一緒に生活できるわけでもない。もともと別の場所で生きてきた命同士なんだ。必要以上に手助けしようと、人間側から近づきすぎる必要はないさ」
もちろん、いろんな考え方はあるけれど、とワンちゃんは続けた。それを聞いて、私はふと真虎君のことを思い出していた。私も、必要以上に彼に手助けをしようとしているのではないのか、と不安になる。
「自然の中での話だ。あいつのことはお前が一番だと思うことをすればいい」
まるで私の考えていることを見透かされていたみたいにワンちゃんが言った。彼の顔を見上げると、優しそうに微笑んでいる。ちょっとだけ、猫に向けていたときの顔みたいだ。
「うん。私はもう決めたもん。悩まないよ」
微笑んで返答をする。がさ、と音がしてその方を見てみると、猫が四足の足で立ちあがっていた。こっちを見ていて、もしかしたら来てくれるのかな、と思ったけれど、お尻の方を向けて、モップみたいな尻尾を揺らしながら、林の中に入って行った。
ども、作者です。更新をすっかり忘れていました。




