私の・・・・・・失敗?
学校への前の一本道で呆然と立ち尽くす私の見上げる、空は酷く青い。雲一つない快晴だ。足腰が立つようになるまでに、校舎の方から明るいチャイムの音が届き、空の向こうに消えてしまっていた。
教室にもどらなくっちゃ。
そうは思っても、足は動かない。がっくりとうなだれると、目元からぽとりと涙が落ちて、アスファルトの上に染みを作る。でも、すぐに乾いた。何度も、いくつも、涙も鼻水もアスファルトに落ちていって瞬く間に乾く。日光を照り返すアスファルトにそんなことをしても無駄なこと。無駄なことをしている。
無駄なこと。それはさっきまで、私がしていたことも同じなのかな。真虎君を助けたい。私は誰かを助けたいと願い、それを叶えるチャンスがすぐに転がり込んできた。それで奔走してみたのだけど、やっぱり駄目だった。私は、真虎君のためには何もできなかった。彼を救うことができなかった。残念なのは、助けられなかったことじゃない。本当に彼のことを考えてあげられなかったことだ。今朝まで悩んでいたことも、決して彼のためのことでじゃない。私のことで悩んでいただけだった。
そんな自分に何ができるというのだろうか。私はできもしない無駄なことに挑戦して、無駄なことで悩んで、失敗した。真虎君は帰ってしまった。ワンちゃんとは喧嘩してしまった。私がやってきたことは何もかもが、無駄だった。
段々と悲観的な思いに沈んでしまう。やっぱり、自分の選択が間違っていたのかな。ずっとあのままで、真虎君と付き合ったままでいればよかったのかもしれない。悲観は後悔に変っていく。自分自身を刺々しく責める。私が、私がいけなかったの。全部私がダメだったの……。下唇を強く噛みしめる。歯が刺さって痛い。
遠くから自動車かバイクのエンジン音が聞こえてきた。だんだんと近づいてきている。この道を通るつもりなんだろう。どかなくちゃ、と至極まっとうな思いと共に、このままこの道に突っ立っていたいと非常識な思いも浮かんでいた。この世から消えてしまってもいい、何もできない無駄な存在な私なんか、死んでしまっても構わないでしょ。
その間にもどんどんエンジン音は近づく。かなりの速さみたい。来る方向は前方だ。前からどんどん、私に迫るのだろう。車なのかバイクなのかは、まだ見えていない。この道の先は蛇行したカーブを幾重にも描いているから、私にも見えるころにはかなり近づいていることだろう。
私は、その乗り物がやってくるのを待っていた。もう一つの選択肢を私は選ばなかった。本当に死ぬ。それでもいいと、私の足は地面に生えた木のみたいに、全く動かない。
道の先から見えてきたのはバイクだった。どれくらい離れているだろうか。百メートルか、もうちょっと長いか。バイクはその距離をぐんぐんと詰めてくる。
そのバイクには、見覚えがあった。バイクの運転手も、ヘルメットの奥の眼から私を捉えているだろう。驚いたように、上半身を仰け反らせる。
そして、バイクは急停止した。思っていたよりも遠くにぽつん、とバイクは立ち止まっている。結局、私は死ねないんだ。がっくりと肩を落とす。遠くで、バイクから運転手が下りて、ヘルメットを外した。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!! 叶恵ちゃああああああああああああああああああん!!!!」
ヘルメットの下の坊主頭と表情をキラキラと輝かして大声を上げたのは、懸さんだった。
「懸……さん?」
懸さんがバイクを押して、私の近くによる。
「どうしたんだ叶恵ちゃん!? もう遅刻確定の時間だぜ? 早くいかねぇと、遅刻のせいで、留年しちまうぜ。俺みたいに!」
ぐっ、と親指を立てて、まるで自慢話みたいに懸さんが言う。明るい。まるでこの青天の空みたいに底抜けに明るい。
「いやいや、まさか……俺ともう一年一緒に居たいがために、ここで遅刻しようとしているのか!? い、いじらしすぎる。青春さいこおおおおおおおおお!!!」
いつも通りの、懸さんだ。見上げると、本当に眩しい表情をしている。
「……どうした?」
懸さんが私の顔を心配そうに覗き込む。私が懸さんの顔を見て、また涙を零しちゃったからだろう。
「うっ……懸さぁあん」
声を出すと、箍が外れたみたいに、止めどなく涙があふれ出てくる。
「うえっ!? おいおい、ホントどうしたんだよ、叶恵ちゃん!!?」
懸さんが酷く狼狽する。目の前で女の子が泣き出したら、誰だってそうなるだろう。そう気付いたのは、ひとしきり泣き喚いた後のこと。しばらくの間、私は彼の前で子供みたいに泣きじゃくっていた。
五分か、十分か、もっと短かったかもしれないし、長かったかもしれない。道路の端に寄って、泣きじゃくる私の隣に、懸さんはいてくれた。懸さんがいてくれたから、私は安心しきって泣くことができた。何台か車が通ったけど、それでもお構いなしに泣き続けた。
そして、やっと普通に喋られるようになった頃に、私は口を開いた。
「……私、どうすればよかったのかな? 私のしたことって全部、無駄だったのかな……」
私は洗いざらいすべてのことを懸さんに打ち明けた。真虎君のことも、ワンちゃんのことも。懸さんはときどき相打ちをしながら、いつにもない真剣な表情で最後まで聞いてくれた。
「どうすればよかったのか、とかそう考えるだけ野暮ってもんだぜ、叶恵ちゃん」
懸さんはできるだけ明るい声音で言った。
「でも、私のせいでまた、真虎君を引きこもらせる結果になっちゃったんだよ。それを避けられたかもしれないのに……。ほんと、どうしてこうなっちゃったんだろう」
「どうしてってそりゃあ、叶恵ちゃん。君が間違えたからだよ」
ぐさっ!! と、鋭いストレートが鳩尾に入ったみたいな衝撃が私を襲った。
「そ、そんなはっきり……」
か、かなり直接的に言わなくったって……。
「でも、実際にそうだろ? だったら、間違えたことなんて悔やんでいたって仕方ねぇだろう? くよくよしてちゃ、ダメだぜ」
なんだか、懸さんとこのみちゃん似てるなぁ。こんな風にこのみちゃんにも励まされたっけ?
「でも、悔やむ以外に、私、どうすればいいのかわかんないよ……。本当に、どうすればよかったんだろう」
「そんなの、あいつのことをもっともっと知ってやればいい! そんでもって、もう一回チャレンジすりゃあいいんだよ!」
また、ぐっ、と親指を立てる。
「もう、一度?」
「そうそう。誰だって失敗するもんさ。なんて、良くある説教みてーだけどな。そんな簡単に諦めちまったら、それこそ本当に無駄ってもんさ。そんなんじゃダメだ! 俺達の青春は一度っきり。後悔だって失敗だっていっくらでもする! だけどな、俺達には何度もやり直せるチャンスと、チャレンジする時間とパワーがあるんだ!」
懸さんが私の肩に、ぽん、と手を置いた。
「納得してるわけじゃないだろ?」
こくり、と頷き返す。納得なんてしていない。私だって、まだ、真虎君のために何かしたい。
「そう、今回は失敗しちまっただけだ」
「今回は、失敗しただけ……」
真虎君のこと、私はあきらめたくない!
「そうだ! 納得するまでやってやれ! それが青春ってーもんだろ!!」
力強く、懸さんが私の頭をわちゃわちゃと撫でる。撫でるというか、かき乱された。でも、その手の暖かさが、乱暴さが、なんだか私を元気づけてくれた。
「うん! 分かった。私、まだあきらめない。頑張ってみる」
「そうそう! その意気だぜ叶恵ちゃん!」
どうすればいいのか、具体的なことはまだ分からない。真虎君のために、何ができるのか、それを考える。彼について何も知らないから、知ろうとする。このみちゃんは彼自身から聞かなくっちゃ意味がないって言ってた。そのためにも、もう一度、真虎君と話せるようにならなくっちゃ。信頼関係を築かなくっちゃ。
「コツコツとだけど、頑張らなくっちゃね! よーし! 燃えてきた!!」
そうと決まったら早速もう一度真虎君の元に……。
私は歩き出そうとした。けれど、懸さんに「待った」をかけられる。
「おっと、叶恵ちゃん。湯川のとこにでも行くつもりか?」
「え? そうだけど……」
「その前にまだ、やることがあるだろ? もう一つ、お前が間違っちまったことあるだろ? そっちの方がすぐに済むだろうし、まずはそれを直さなくっちゃ」
「もう一つ……あ!!」
そう言われて、やっと思い出した。
「そうだ、ちょっと待ってな」
懸さんがスマホを取り出して、電話を掛けた。何コールか続いたけれど、相手は一向に取らないみたいで、懸さんが首をかしげた。
「あっれ? おっかしーなぁ」
懸さんがスマホを覗き込む。すると、すぐに着信音が鳴った。すぐに耳元にもっていかなかったところを見ると、メールか、SNSらしい。
「……あっちゃー、このみのやつめっちゃ怒ってる」
「え? このみちゃん?」
どうして、このみちゃんに連絡なんか……。懸さんがすぐに返事をすると、返信が帰ってきたみたいで、にかっ、と私に向かって笑いかける。
「よし! ワン公のやつ、学校には来ていないみたいだ!! 探しに行くぞ!!!」
ども、作者です。完全に忘れていました。ぎりぎり木曜日に投稿する予定だったのに・・・




