嘘はつけない……本当の気持ち!
階段を二段飛ばしずつで、まるで飛び降りるみたいに駆け降りる。悩んでいたことに決着をつけるため。前向きに考えられるようになってか、足取りは軽い。途中、何人もの人にぶつかりそうになる。
「あぶねぇな! どこ見てやがんだ!!」
間一髪で急停止して、私へ怒鳴り散らすが、私はすぐに答える。
「ごめんなさい! 急いでるの!」
そして彼の脇をすり抜け、先に進む。走っていると背後からまた、同じ声で何かが聞こえるが、そんなことを気にしている場合ではない。十中八九私が悪いのだけど、仕方ないよね。
昇降口の下駄箱で靴を履きかえて、外に出る。何人も学校に向かってくる中、私だけが逆走する。昇降口から、すっかり緑色の葉を付けた桜並木の一本道の抜け、階段を、坂を下りる。そうして、一番下にたどり着いた頃、ちょうど、鉢合わせになった。
立ち止まり、膝に両手をつく。はぁ、はぁ、と息が上がっていた。ほんのちょっと走っただけなのに、かなり呼吸が乱れていた。ちょっと、運動不足だ。
私が息を整えている間に、私の前に立っている彼は、両耳に差し込んだイヤホンを外し、人差し指と中指にぐるぐる巻きにしている。それを外して、ちょうどきゅっ、と結んだところで、私はやっと彼に声をかけた。
「ま、真虎君……」
見上げると、彼は無表情に聞き返す。
「……何?」
言うことは決まっている。私が捜していたのは真虎君だ。彼に、私の思っていることを全て、告げるつもりだ。
「ごめんなさい! 私、やっぱり……やっぱり、自分自身の気持ちに、嘘を吐けない。私には好きな人がいるの! だから、真虎君と付き合っているのなんて、できないよ」
私はその気持ちをはっきりと言語化し、伝える。緊張していた。どんな返答が帰ってくるのか分からなかった。でも、まずは彼に伝えなければならなかった。
「……そう」
真虎君が口にしたのはその一言だけ。そして、残念そうでもなく、悔しがるでもなく、私に背を向けた。そのまま歩いて行く。
「待って!」
返ってしまう。そう思うと、私は彼の背中にもう一度声を掛けた。ぴたり、と真虎君は足を止める。
「お願い、帰らないで。私、あなたとは付き合えないけど、それでも、真虎君のためにできること、ちゃんとやりたいの!」
「やりたいって、具体的にどうやるし」
真虎君は振り返らない。イヤホンを再び解いて手に持っていた。
「それは……」
考えてはいなかった。どうしても言い淀んでしまう。そこへ、畳み掛けるように、真虎君が口を開く。
「僕のためって、何が僕のためになるし」
「学校で、友達と話したり、遊んだり……」
「あいつらが、僕と遊んだり話したりすると思う?」
みんな、真虎君を嫌っている。真虎君が教室に来たときのざわめき、懸さんや、その仲間達が真虎君を取り囲んでいたときの険悪なムードを思い出す。
「私が、説得して……」
「説得しても、あんな野蛮人らと話すの、僕からも願い下げだし」
「野蛮じゃないよ! 中には優しい人だっている。気にかけてくれる人だっているもん!」
気性の荒い人はたくさんいるけど、根はやさしい人もいる。このみちゃんやワンちゃんや、懸さんだってそう。真虎君はそれを知らないだけだよ。
「私だって、真虎君のことを気にかけてるよ。真虎君を、今の状態から救いたいの」
「でも、僕とは付き合ってはくれないんでしょ?」
……うん。一点張りの彼に私は力なく頷いて答える。
「全く……わがままだし。僕は君が付き合ってくれないと、学校には行きたくないし。それなのに、君は嫌だって言う。だったらもう、決裂。僕は学校には二度と行かないし」
片方のイヤホンが、右耳に付けられる。
「……わがままだけど、でも、それでも……、私は真虎君を助けたい。力になりたい」
「だったら付き合うしかないし」
「だから、それはできないって! それ以外の別の方法を……」
私も真虎君も譲らない。私だって、もう譲りたくはなかった。それが私の決めたことだったから。
「煩いし」
ぴしゃり、と私の言葉を真虎君が遮った。
「君って本当にダメだし。そんなんじゃあ、自分はなにもしないって、言っているようなもんだし。僕自身が望んでいることが、君の望む結果を得られるんだってこと、理解していないの?」
「私の、望む結果?」
「僕を助けるってこと」
「付き合えばってことでしょ? でも、それは……」
「できないなら、僕を救えない」
「そんなこと……」
「あるし。それに、そもそも僕は君に助けて欲しいだなんて言った覚えないし。君が僕を助けたいって言ったから、それに条件を出してただけだし。その条件を飲めないのなら、無理に決まってるし。いい加減気付けば? その助けたいっての、偽善だし。君のわがまま以外のなんにでもなし」
「そんなんじゃ……」
「君の独りよがりだし。まぁ、僕だって利用しようとしたから、別に咎めるきなんてさらさらないし」
利用。私が利用されているって、みんな言っていた。でも、そうじゃないって心のどこかで思っていたのに、はっきりと、本人から言われてしまった。
「利……用?」
「そう」
やっと、真虎君が振り向いた。真虎君は冷めた目で、私をじっと、睨みつける。
「っていうか、君のやったことも僕と同じだし。君の望みを、誰かを助けたいってことを望んでいたんでしょ? それに白羽の矢がたったのが僕だっただけだし。君だって、僕を利用しようとしていたんだし」
違う、そう言おうとしたとき、彼は私にかぶせるように言った。
「君は「誰かを助けたい」の? それとも「僕だけを助けたいの」?」
言葉が詰まった。何も言えなかった。
「やっぱり、君は誰でも良かったんだ。僕も誰でもよかったけど……同じだし。ふん、違うって言えるの? 僕も君も、お互いを利用していただけってわかったでしょ? お互い、利用されるのなんて嫌だし。君もそれを分かっているから、僕を拒絶したんだし」
真虎君はからからと笑いながら、左耳にイヤホンを付けた。
「じゃあ、さようなら」
待って、とも言えなかった。遠ざかって行く真虎君の後姿を見ながら、歯茎から血が出そうなくらい、歯を食いしばっていた。
悔しい。彼の言っていたことは、本当にその通りだと、痛感していた。信頼関係を築かなくちゃいけなかった。私は真虎君のこと何も知らなかったから、教えてもらおうと思っていた。でも、私は彼の提案には乗れない。自分の気持ちになんて嘘をつくなんてできなかった。
だから、本当の気持ちを告げたのに……私の行動に、彼が見抜いていた事実を、私も彼を利用しようとしていたことがあったことを、思い知らされてしまった。
もちろん、そんなつもりも、自覚も無かった。それなのに、違うと否定できなかったのも、彼の後を追いかけることもできないのは……私自身、彼のことをきちんと考えることも、知ろうともせずに、ただ、言われただけのことをこなそうとしていたと、自覚してしまったからだ。
誰かを助けたい。私にあるのは、その気持ちだけ。その「誰か」が真虎君だっただけ。
私は彼のことを何も知らないから、間違ってしまった。
全身から力が抜ける。地面に膝をつく。日に当てられて、熱を持ったアスファルトに膝に当たり、熱かった。
涙が、薄らと目に浮かんだ。滲んだ視界の先には、もう真虎君の姿は映っていなかった。
ども、作者です。ストックが足りなくなってきたぞ。




