背中を押すのは・・・・・・誰?
黒に近い灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降ってきそうな鈍い空模様……なのは、私の心の中だけ。今日も相変わらず外の天気は私の心情を反映する気もないようで晴れ晴れとしている。
朝だと言うのに、日陰から日向へ一歩足を踏み出せば、頭の上をじりじりと焼くような強い日差し。うんざりする。学校に行きたくないなぁ。暑さも相まって、そんな気持ちが一層と強くなっているみたい。
学校に行きたくないと思う一番の理由は、やっぱり真虎君とワンちゃんのこと。私はどうすればいいのか、結局一晩考えても結論はでなかった。
ワンちゃんと仲良くもしたいし付き合いたい。それに真虎君のためになることもしたい。私にとって、どちらが大事な事なのか。私の気持ちはどうなのか……。そんなの、両方とも大事に決まってる。でも、どうしても両立できないこと。だって、付き合うなら一人だけ。ワンちゃんを選べば、真虎君はどうなるのだろうか? 学校に来るために付き合った、とは言えども、一度した約束を反故にされたら、どう思う? 私だったら、嫌だ。そんなことをすれば、真虎君は……。
そんな想像をしつつも、家で考えていても結論なんて出るわけない。私は結論を出すのを嫌がっているのだろうか。だから、学校に行きたくないんじゃないだろうか。どうしても、二人に顔を合わせなくちゃならないし……。
はぁ、憂鬱だ。それでも学校に行くのは、真虎君のためだ。だって、学校に来いって言った張本人が嫌だって理由だけで学校に来なかったら、説得力もなにもないじゃん。それに、自分のためにも、学校くらいには行っておかないと。
重たい足をとぼとぼと動かしながら、学校に向かう。ネガティブな気持ちを抱えて歩いているのに、なんだかあっという間に教室までたどり着いてしまった。ずっと足元を見ていたのかも、周りの景色を見ていたのかも、分からない。気が付けば、もう教室の前だったって感じ。
教室の扉は閉じられていた。この先に行けば、ワンちゃんも、真虎君もいるかもしれない。顔を合わせるのが、少し怖い。そう思うと、どうしても手が伸びない。ただ、扉の前に立っているしかできないでいた。
「何してんのよ、叶恵」
そんな私に声がかけられた。声をする方を見ると、このみちゃんが隣に立っていた。
「ほんと、あっついわねー。やんなっちゃうわ」
手をパタパタと仰ぐ。シャツの胸元はだけさせ、汗がうっすらと浮かんでいる鎖骨がちょっぴりセクシーだ。
「あ、このみちゃん。おはよう……」
私があいさつをすると、このみちゃんがきっ、と食いしばった歯を見せた。眉間にしわをよせて、私のことを訝しそうに見る。
「元気ないわね~」
「そ、そうかな?」
できるだけ、頑張って元気あるように声を出したつもり、なんだけど……。
「はぁ、数少ない取り柄なんだから、元気なくしちゃダメじゃん」
「か、数少ないって……あと、どれくらいあるの?」
このみちゃんは考えるように「う~ん」と唸りながら、指を一本、二本と立てる。私のいいところを数えてくれているのだろう。右手の指を全部立てて、左手の指を二本立てたところで、納得したように、うん、と頷いて私に言った。
「一個だけ!!」
「ちょっと!! 指で数えていた意味は!?」
な、七本分指挙げてたじゃない!! どこが取り柄なのか、少しの間考えた時点ですでにちょっとだけショックだったのに、その上一個だけ、だなんて言われちゃうと、余計にショックな感じするよぉ……。
「そうそう。そんな感じで元気出してるのがアンタには一番じゃん?」
このみちゃんがほほ笑む。あれ、もしかして……。
「私のこと気遣ってくれたの?」
「仕方ないじゃん。後姿から「私のこと心配してよー」ってオーラ出しまくりなアンタぐらい、気遣って当然じゃない」
「え!? そ、そんなオーラ出てた?」
あはは、つまりは誰からどう見たって気分が沈んでるの丸わかりってことかぁ……このみちゃんに、いらない心配かけちゃったかも。
「出てた出てた。で、どうしたの? 湯川のことで悩んでんの?」
このみちゃんが明るく聞いてくれた。相談に乗ってくれる、気の優しいお姉ちゃんみたい。そう思うと自然と口が開いた。
私は、真虎君のこと、どうして付き合うことになったのか、どう思っているか。そして、ワンちゃんとのことも、全部吐露した。どんなことを言い返して欲しいとか、悩みを解決するのに一役買って欲しいとか、そんなことは考えずに、親に甘える子供みたいに、全部の思いを打ち明けていた。
それに対するこのみちゃんの最初のアクションは、大きなため息を吐いたことだった。ワンちゃんと同じでちょっと呆れているみたい。
「アンタ、湯川の奴に体よく利用されちゃってるわねぇ」
やっぱり、ワンちゃんと同じことを言われてしまった。
「ねぇ、利用ってどういうこと?」
私が聞くと、ぷっ、とこのみちゃんが吹きだす。
「そりゃあ、その言葉の通りよ。湯川の奴に好き勝手されちゃうって訳」
このみちゃんは手をわきわきとさせながら、とびっきりの笑顔で言った。
「そんな……」
好き勝手、という言葉を噛みしめる。このみちゃんの言いたいことは、ある程度想像できる。でも……。
「そんな酷い事するような人じゃないよ、真虎君も」
多分、というか、どっちかっていうと、あの子以外の不良の子達の方が怖いと思うし、それにそう言うことだって平気でしそうだもん。真虎君の方が安心できると思うんだけど……。
「ふっつーそんなこと思わないわよ。だってアイツ……あ、まぁ、仕方ないか」
このみちゃんは一呼吸置いて言った。
「アンタ、去年のこと知らないもんね」
去年のこと。それが、真虎君が不登校のきっかけなんだろう。
「ねぇ、去年あったことっていったい何なの?」
それがきっかけならば、そのために真虎君があんなに嫌われるようになってしまったのだったら、それを解決しないことには、真虎君が私抜きでも学校に来てくれることはないだろう。そのためにも、私は知りたかった。
「そうねぇ」
このみちゃんが片方の口角を上げて眉間に皺を寄せる。少し、うーんと考えている。ごくり、と固唾を飲んで、彼女の次の言葉を待った。
「やーだ」
ケロッと、おどけた態度でこのみちゃんは言った。
「そ、そんなぁ、どうしていじわるするのぉ?」
がっくりと肩を落とす私のおでこに、つん、とこのみちゃんの人差し指が押し付けられる。このみちゃんはにこっ、と私の顔を見つめながら微笑んだ。
「いい? 一年前のことはね、誰にとっても、私や懸でさえも思い出すのは嫌なことなの」
このみちゃんから目を逸らす。後悔が私にそうさせたのだ。何も知らなかったとは言え、そんなことを彼女の口から教えてもらおうとしていただなんて。自分自身の無神経さを呪う。
しかし、このみちゃんは「でも」と言葉を続けた。
「一番思い出したくないのは、あいつ、湯川のはずよ」
顔を上げて、もう一度このみちゃんを見る。まだ、このみちゃんの話は続いた。
「叶恵はあいつのためになることをしたいんでしょう? だったら、その一番つらいことを湯川自身から引き出せるくらいの信頼関係は築かないとダメなんじゃない?」
私は頷いた。
「そっか、じゃあ、このまま……」
このみちゃんの言う通りだ。真虎君との信頼関係を築かないといけない。そのためなら、このまま付き合っている状態を続けて……と決意を固めようとしていたら、こつん、とこのみちゃんにでこピンをされた。
「いたっ!?」
「アンタね、ちょっと結論を出すのが早計過ぎない? そんなんだから、あいつに付き合ってって言われてホイホイと承諾しちゃうんじゃない?」
ぎくっ! 図星だ。胸が痛い。
「まったく、良く考えない所がアンタのダメなところね」
ぎくぎくっ!
「あのとき、私に言ったことは嘘だったの?」
ぎくぎ……え? 私が、このみちゃんに言ったこと? それっていったい……あ、そうだ。私がこのみちゃんに言ったことって言えば、ワンちゃんに対する私の気持ちだ。
「あ、分かった。分かったよこのみちゃん!」
あの気持ちは絶対に嘘なんかなじゃい。私はこのみちゃんに対しても、私自身に対してもずっと、ずっと嘘を吐いていたんだ。
「私……やっぱり……決めた、決めたよ!」
ぐっ、と拳を握る。私の決意は固かった。
「どーせ、最初っからその答えは出てたんでしょ? 全く、手間かけさせちゃって!」
と、このみちゃんはまたこつん、と私にでこピンをした。
「いたっ! 痛いよこのみちゃん!」
「いーじゃん別に~。迷惑かけた罰ってことで」
「良くないよ~~」
言いながら、私もこのみちゃんも笑っていた。私は今日初めて笑顔になっていた。このみちゃんのおかげだ。
「あ、そうだ。教室にはアイツいなかったから。言いたいことさっさと済ましたいなら、ここに用はないわよ。行ってきなさい」
こんこん、と教室のドアを叩きながら、このみちゃんがそう教えてくれた。
「……ん! 分かった、じゃ、いってくる! このみちゃん、ありがと!!」
私は踵を返した。目指す場所は、これから向かうところは、校舎の外。そこで、これから来るであろう彼を、真虎君を待つ。そして、決めたことを告げるつもりだ。
ども、作者です。ちょっとだけ、短回が続きます。




