着いた遊園地で・・・・・・またぁ!?
朝日を遮る雲が無い爽やかな快晴だった。うん、デートには最良の日だ。もうすっかり歩きなれた駅までの道中なのに、足取りはなんだか初登校日のような、緊張と期待が入り混じってふわふわとした夢の中にいるようだった。
大丈夫かな、私服変じゃないかな……そう言えば、ワンちゃんの私服を見るのはなんだかんだで戻ってから初めてかも……それも楽しみだなぁ。
なんて思っている間にあっさりと駅にたどり着いて、駅前広場を見回す。
「ワンちゃんは、どこにいるのかな?」
アドレス交換しておけば……なんて後悔をする間もなく、ワンちゃんはあっさりと見つかった。
「……」
静かにガラス張りになった改札の前の壁に寄りかかってワンちゃんが立っていた。黒のズボンに白のタンクトップ。いつも学校で見る色合いに、カーキのジャケットを羽織っている。わずかな違いでもすごく新鮮に思えた。私は彼のもとに駆け寄った。
「おはよ、待った?」
「ン……ああ」
あ、否定しない。そこは待ってても「待ってない」とか言って欲しいような……。見上げているとワンちゃんと目が合った。今日はちょっとだけ、ワンちゃんの顔が近い。
「……今日は背、高いな」
ワンちゃんは私の足もとに目線を移す。えへへ、気付かれちゃった。
「分かる? 今日はシークレットブーツ履いてたんだけど、すぐにばれちゃった」
照れくさくて、掌を半分くらい隠すカーディガンの袖を握りしめる。本当にちょっとしか変わっていないはずなのに、それに気づいてもらえるのは嬉しかった。
『間もなく、九時三分発の……』
駅内のアナウンスが聞こえてきて、ワンちゃんが駅の中の方へと顔を向けた。
「これ、乗るぞ」
「うん」
ワンちゃんが歩き出して、着いて行く。ふと、ワンちゃんがさっきまで寄りかかっていた壁の方を見ると、私の姿が映っていた。小さな花柄のワンピースの上に、赤いカーディガン。はためくワンピースの短い裾の下からは茶色のホットパンツが少しだけ覗いている。私の服の中でも一番いいと思える勝負服。……ストッキングはかぶれるから避けて腿から黒いブーツに隠れる膝までは生足も出しているんだけど……。
「服装に関しては感想なかったなぁ」
ガラスに映った私の顔は、ちょっとだけ不満そうだった。
電車の中で隣り合って座っていても、昨日と同じ微妙な距離感があった。声は簡単に届く距離なのに私は口を開くことも躊躇っていた。こうして二人っきりになると、気まずさを感じてしまうのは、私が意識しすぎてるから?
「……ふぁ」
ワンちゃんがくわっと大口を開けてあくびをした。つい彼の顔に視線を送ってしまう。ワンちゃんも私の方に横顔のままで潤んだ目だけを私に向けていた。
「……すまん」
ワンちゃんは謝って自分の口を手で覆った。
「あ、いいよ」
もしかして、私が何も話さないから、あまりにも退屈でワンちゃんがあくびを……こ、これはなんとしても会話の糸口を探さないと……えーと、えっと……。
ワンちゃんの横顔を見ると、涙のたまった眼尻の下、ぷっくりと膨れた涙袋に沿って影のように薄い隈ができているのを見つけた。
そう言えばワンちゃん、家では勉強してるんだ。
「もしかして、昨日の夜も勉強してた?」
「ン」
口を押えながら、ワンちゃんがあいまいな返事をする。少しだけ顎が下に向かって動いて頷いていた。
「そっか。なら、寝ていてもいいよ。目的地に着くまでまだまだ時間かかるし」
すぐに返答をする代わりに、ワンちゃんは手を下して、私の方を見た。
「いや、寝るのは遠慮する」
片側の目の下にも隈ができているのを私は見逃さなかった。
「いいよ、私のことなんか気にしなくて。無理せずに休んで」
私のためにわざわざ時間を作ってくれたんだもん。楽しい時間は後にあるから、今は少しでもワンちゃんに休んでてもらいたい。それが私の実直な思いだった。
「違う。そうじゃなくて……」
でも、ワンちゃんは少し慌てたそぶりで否定して、ちょっとだけ間を開けて答えた。
「寝顔を見られたくない……から」
恥ずかしそうにワンちゃんはまた私に横顔を向けた。それだけでは物足りないのか、腕組みをしたり、解いたりしてワンちゃんは忙しなく動いていた。
昨日、寝顔を見られたこと気にしてる? っていうか、ワンちゃん寝顔は恥ずかしくて見られるの嫌なんだ……かわいいちょっとした弱点みたい。
「それに、昨日はそんなに勉強してないんだ」
ワンちゃんがポケットからスマホを取り出して、私の方に見せた。
「何?」
「調べてたんだ。どこをどう回るか先に考えておいた方がいいだろ?」
スマホに映っていたのは、私たちが行くエリーゼ公園のホームページに掲載された簡単な見取図だった。
「あ……」
昨日の夜はどんな服にするかを必死に考えるので頭がいっぱいだったから、すっかり細かい予定を立てることを忘れていた。
「多分、混むだろうから、予定立てておいた方が行き当たりばったりで回るよりは目的のアトラクションを楽しめると思うが……」
周りを見てみると、他のカップルや家族連れの塊がたくさん目に入った。このうちのどれだけが同じところで降りるのかは分からないけど、混みそうなのは間違いなさそうだった。
「そうだね。じゃあ、今決めよっか」
私とワンちゃんは二人で一つの画面を覗き込んだ。
「どれがいいかなぁ……」
「一番込みそうなのにするか? 後に乗ろうとすると長時間待たされそうだし」
「そうだね。折角だから一番乗りしちゃおっか。じゃあ、ジェットコースター?」
「そうするか」
「あ! レストランができてる!」
昔は無かったのに、地図に表示されているレストランだけでも三つはあった。
「この中で評判がいいのはこの上のレストランらしい」
「お昼そこにする?」
さっきまでの気まずさが嘘だったみたいに、私たちはすっかり話し込んでいた。私の胸にはいっぱいの喜びが溢れていた。ワンちゃんが下調べしてくれていた。彼のマメな優しさが全身に染みわたるようで、私の心をぐっと掴んでいた。
「ああ。なら、昼前に乗るアトラクションは……」
ワンちゃんがそう言った直後、スマホの画面が突然ブラックアウトした。自動スリープで真っ黒になった画面はワンちゃんの指紋が付いた鏡のようだった。その小さな内側に私の顔とワンちゃんの顔が映った。
「あ」
私はつい声をもらした。すぐにワンちゃんが操作をして、画面は元の地図を映し出し、私の目を奪った光景をかき消してしまう。
「で、アトラクションだけど……」
ワンちゃんは気付いていないようで、そのまま話し始める。多分、二人の顔が映ったことは分かっているはずだけど、その距離感に関してまでは気に留めていないだけだなのだろう。画面に映った私たちは、頭が触れ合いそうなほどに接近していて、それどころか、今気付いたのだけれど、画面に映っていなかったお互いの肩同士も触れ合っていた。
つい意識してしまうせいで、ワンちゃんの話していることが良く頭に入らない。それに、私だけが意識しているから、急に離れようとするのも変だし……。このまま、肩をふれたままのいつ頭が触れ合うか分からない距離で熱く染まる表情と高鳴る鼓動を押し隠しておかなくちゃいけなかった。私も、ワンちゃんに似て照れ屋で、恥ずかしがりだ。
到着するまで、何とかこの胸のドキドキがワンちゃんに伝わらなければいいんだけど。電車はがたんごとんとわざとらしい音を立てながら車体を揺らしていた。
緊張と車体の揺れにくらくらした移動を終えて駅に降りる。ほとんどエリーゼ公園に来る人たちのために作られた駅では私たちを含めてほとんどの人が下車した。その人たちの後に付いて行けば、簡単に到着する。それもまるで商店街のような道の両脇をお土産ショップやファストフード店が立ち並ぶ一本道だったから、着いて行く必要も迷うことを心配する必要もなかったみたい。
到着したのは大きな道を挟んで遊園地を真ん前に控えた歩道だった。たくさんの人が居並ぶ横断歩道を渡ればすぐに遊園地に到着だ。
「もう開園時間は過ぎてるな」
ワンちゃんがスマホで時間を確認すると、午前十時十五分。思ったより歩く時間が長かった。
「でも、予定通りに回れるよ」
ワンちゃんは待ち時間を心配しているようだった。でも、私にとってはそんな待ち時間も、ワンちゃんと一緒に入れるから全然かまわないのに……。折角ワンちゃんが立てた予定も尊重したいから、できるだけ従うつもりだ。私のために考えてくれたんだもんね。
信号が青になって、無数の足音と一緒に私たちも道を渡った。多くの人がチケット売り場に行く中で、私たちはすぐに入場口に向かった。
「千和さんのおかげで待ち時間の心配はなくなったね」
「たまには役に立つな、姉貴も」
「またそんな言い方してぇ……」
ワンちゃんはまだ治らない反抗期みたいだった。でもぶっきらぼうな言葉の裏に素直な気持ちを隠してるの、私には分かるよ。
「はい、ではお二方ですね。こちらが本日利用可能なフリーチケットです」
入場口でワンちゃんがフリーチケットを二枚受け取る。
「ほら」
そのうちの一枚を渡してくれた。
「ありがと。じゃ、いこっか」
これから楽しい時間が始まる、そう思ったときだった。
ブオンブオン!! と、荒々しい音が聞こえてきた。
「……ン?」
「……なんだか、嫌な予感」
入場する直前にその音の方を見てみると、多数のバイクと一台の原チャリの集団があった。みんななぜか休みだと言うのに学ランとセーラー服を着ていた。ヘルメットをかぶって顔は隠しているのに、目に焼き付いたように見覚えがある制服のせいで、彼らが何者かが一目瞭然だった。
「……またか」
ワンちゃんがうっとおしそうにつぶやいた。
バイクたちはチケット売り場の近くにある駐輪場に停車した。
「よっしゃー!! 最初の目的地に到着だあああああああ!!!」
相変わらずの爆音波みたいな大声、年中無休のコンビニの蛍光灯よりも常時明るくて熱いテンション。外したヘルメットから現れた坊主頭は、紛れもない懸さんだ。
「さぁ!! 早速行くぜ……って、あ、ああああああああ!!!?」
懸さんが振り向くと私と目が合った。
「あ……どうしよ」
困惑しながらワンちゃんの方を見上げると、ワンちゃんも困った顔でやれやれとこぼしていた。
「うおおおおおおおっ!! 青春最高おおおおおおおおおっ!!! まさか、まさか君と会えるなんてえええええええ!!!」
懸さんは私の方へと走ってきた。例によって大声を上げるものだから、私たちへも好奇の目が向けられてしまった。
「あはは、どうも懸さん」
「あー!!! 私服だああああああ!!! いつものセーラー服もいいけど……赤いカーディガンもワンピースも、可愛らしい。良く似合ってるよ」
「そ、そうですか? あはは」
褒められると嬉しいような……。ちょっとだけ顔がにやけてしまう。にやけていると、私の手を懸さんが手に取った。
「もちろん! ここで会ったのも青春のお導きだ! 一緒に、遊ばないか?」
「え? あ、いや……それは……」
「おい!」
すぐに言葉を遮ったのはワンちゃんだった。私の手を掴んだ懸さんの手を振りほどかせて、私の肩を掴んだ。
「何すんだよワン公!! こちとらデートの誘いをしてんのによ!!」
「それはこっちのセリフだ!!」
ワンちゃんと懸さんがおでこがくっつくほどに近づいて、お互いににらみを利かせあう。これって、すっごく不穏な状況かな……。
「テメェ抜け駆けしてんじゃねぇぞ!!」
「した覚えはない」
「今デートしようとしてんじゃねぇか!!」
「ああ」
「この野郎!!! 俺を差し置いて……」
「誘ったのは俺からじゃない」
「なんだと!?」
懸さんの目が私の方を見る。
「あ、……はい、私から」
一応、それでいいよね? 厳密には千和さんがチケットをくれたからだけどね。
「ぐ、ぐぅうううううううう!! な、なぜだ……。この青春的ハンサムな俺じゃなくて、どうしてワン公を……」
がくり、と懸さんが崩れ落ちる。
「よし、行くぞ、叶恵」
その隙にワンちゃんが私の手を引いて入場口へと入って行った。なんだか懸さんは酷くダメージを受けていたようだったけれど、あのまま放置しておいて大丈夫かな?
「待て!!!」
中に入った私たちへ懸さんの声が投げかけられた。もうすっかり元気になっているようで、振り返ったら立ち上がってワンちゃんの方へ指さししていた。
「俺と、俺と決闘だああああああああああ、ワン公おおおおおおおおおおお!!!!!」
「……え?」
懸さんは夢の空間のようなこの場所には明らかに不釣り合いな言葉を私たちに向けて叫んだ。
うぅ、なんだかすっごい嫌な予感がする……大丈夫かなぁ。
酷く心配だった。でも、その思いを共感してくれる人はいたみたい。
「全く、懸ってばなにいってるのよ……」
「またあの子に邪魔されちゃったねー、ミトッチー」
「うっさいわよフーミン!」
かなり頭にきている様子のこのみちゃんが、懸さんの後ろに集った制服姿の人だかりの中で発見した。おでこに青筋を立てながら、彼女はいったん私の方を見た。
「……ちっ、また……」
小さくつぶやいた言葉ははっきりと耳には届かなかった。けれど、やっぱり彼女は私のことを良く思っていないことだけは、鮮明に伝わってきてしまっていた。
……なんだか、波乱万丈の予感がする。
ども、作者です。最近は日付が変わった時に更新できないですわ。ぐぬぬ……。




