ゴールデンウィーク・・・・・・前日!?
学校はいつも騒がしい。けど、今日ばっかりはその騒がしさに翌日に控えたゴールデンウィークへの興奮が色濃く反映されていた。
「バイク旅楽しみだぜー」
「ジュンだけは原チャリだけどな」
「うるせー! 金が無いんだよ金が!」
「計画的に金を貯めればいいのに。ま、俺はちゃんと彼女にプレゼントを買う金も残ってるからなー」
「てめ、彼女いたのか!?」
「おう。明日の遊園地で特大のぬいぐるみを買って帰る約束をした……」
「死ね!! リア充!!」
「ぐほっ!? なんで殴る!!」
と、こんな感じの声が教室のあちこちから聞こえてくる。……やっぱり、いつも通りな気もするなぁ。でも、ところどころに明日以降の予定の話をする辺りにだけ浮足立っているような感じもするかな?
私も、ワンちゃんと話を付けないといけない。昼休みにでも話しかけようかな? ワンちゃんからは何も言ってくれないし、私から話をしないと……。
昼休憩になって、私はすぐにお弁当を持って立ち上がった。ワンちゃんはすぐにいなくなるから、その前に声を掛けるつもりだ。
立ち上がって後ろを振り向く際、窓際の方へ一瞬目が行った時に、このみちゃんと目が合った。
「……」
このみちゃんは何も言わないで、椅子に座ったままむすっとした顔で目線を逸らした。
「ねーねー、ミトッチー」
このみちゃんの元に、彼女の友達が集まる。あの事件までは私と一緒にご飯を食べていたのに、今ではもう私の方には誰も来てくれなくなっていた。私はまた元の一人ぼっちに戻っている。あのときは仮初の関係だったけど、それでも私は嬉しくって、だから、今になって私のもとに来てはくれない彼女たちを見ると、悲しさに胸を締め付けられてしまうんだと思う。
「はぁ」
これで何回目のため息なのかな。あ、そうだ。それよりもワンちゃんを……。
ワンちゃんの席を見ると、もう彼はどこかに行ってしまった後だった。
「ワンちゃん、どこにいるんだろう」
お弁当を片手に廊下を出て、私はワンちゃんを探し始めた。どこにいるのか見当が全くつかないせいで、十分もうろうろしていた。階段を登ったり下りたりして、立ち止まったのは一階に降りたときだった。
「や、叶恵ちゃん」
「作治君」
ばったりと作治君に出会った。彼は相変わらず購買部で買ったパンを何個も抱えていた。またパシられているみたいだけど、笑顔を全然崩していない。
「今日もたくさんだね」
「そうそう。下中君が今日はやけ食いするんだって。きっと、モテないからそのうさ晴らしだよ」
良く見ると、パンの種類は全部メロンパンだった。下中君、メロンパン好きなのかな。
「ところで叶恵ちゃんは、ゴールデンウィークにどこか行ったりするの?」
「え? あ……うん」
「どこに行くの?」
「隣の県の遊園地に……行く予定」
ああ、どうしよう。つい歯切れの悪い返答をしてしまう。一応行く予定、なんだけど、ワンちゃんが本当に行くかどうかまだわからないし、もしもワンちゃんに断られてしまったら、一人で行くのも恥ずかしくてできないし……。
「へぇ、いいなぁ。遊園地」
作治君に羨ましがられちゃった! ま、まだ確定していない予定なのに……。い、行かないかも、とは言い辛い雰囲気に……。
「さ、作治君はどこか行くの?」
な、なんとか緊急話題回避をしなくちゃ……って、そう言えば、この前もこんな風に話題を変えようとして私地雷を分ずけちゃった気が……。
「はは、僕はどこにも行かないよ……家の手伝いしなくちゃいけないし……それに、誰も誘ってくれないし……」
あああああ!!! やっぱり地雷ふんじゃった! 作治君がネガティブモードに!!
「だ、だだだ、大丈夫大丈夫! 私だって行けるかどうかまだわかんないし、ワンちゃん誘って付いて来てくれるかまだわかんないし」
「へぇ、大神君と一緒に行くつもりなんだ……」
あ!! まだ作治君のネガティブが治らない!? もしかして、「大神君は誘ってくれるのに、僕は誘ってくれないんだ、はぁ」って、余計に思わせちゃった!? やばい、やばいよぉ、これ以上落ち込ませると、また作治君が白くなる!
「なら、応援しないとね」
不安は的中、しなかった。作治君はすっかり元通りの普通の笑顔の彼に戻っていた。
「え?」
「え? って、もう、さすがの僕にだって、君が大神君のことを好きなのには気付いてるよ」
「え、ええええ!? いつの間に!?」
「ふふ。それは内緒。そうそう、耳寄りな情報を言うとね、大神君は昼休憩になるといつも体育館の裏にいるんだよ」
「ほんとに!?」
「ホント、ホント。何か用があるなら今でもいると思うから」
「ありがとう、作治君!」
私は作治君にお礼を言うと、すぐに走り出した。
「廊下は走っちゃダメだよ」
作治君の先生みたいな言葉に私は振り向いて頷いた。けど、走るのは止められなかった。
「……全く、我ながらしょっぱいことしたかな」
前を向くときに、作治君が何か口を動かしていたけど、それは私の耳には届かなかった。
体育館裏、と聞けば、青春青春といつも言っている懸さんでなくても、告白するときに呼ぶ場所、みたいな人気がないイメージを浮かべると思う。犬走りがあって、ざらざらと白くて細かい砂の地面があって、なんてところを私も思ってたんだけど、この学校は少しだけ違っていた。
体育館まで行くのに、まずトタン屋根の付いた板葺の渡り廊下があって、そこを抜けて行った体育館の周りには、たくさんの緑が生い茂っていた。芝生とか花畑、なんかとは全く違う、名前も知らない雑草たちがひしめき合っているだけなんだけど、鼻に香ってくる緑のみずみずしくておいしい空気に満ちていた。荒廃した学校の中での唯一のオアシス、みたいな場所だ。
その体育館への道を少し外れて、体育館の周りのコンクリートの犬走りへと足を踏み出す。こういうところって、不良のたまり場とかになっているような場所だから気を付けた方がいいかも、と思ったけど、そもそもこの学校自体が不良のたまり場みたいなものだし、わざわざここでこそこそ何かをする人なんて、そうそういるはずがなかった。
きっと、いるとしたら、一人が好きなニヒルでクールを気取っているような陰気な……って、こんなこと思っているけど、ここにはワンちゃんがいるかもしれないんだった。べ、別に私はワンちゃんにこんなこと思ってはいないよ。ある意味正しい評論かもしれないけど。
犬走りを歩いていると、角にぶつかった。そこを曲がると、ちょうど校舎側からも死角になる場所、つまり体育館裏と呼ばれる場所になる。そこを私は体育館の陰から恐る恐る顔だけ出して覗いてみた。もしものことがあるかもしれないからね。ここで煙草を吸ってる人に出くわす、とか三馬鹿トリオみたいな人に出会うとか。
でも、そんな心配は無用だった。
真っ先に目に入ったのが、壁に寄りかかって座っているワンちゃんの姿だったからだ。
「あ、ワンちゃ……」
呼びかけようとしたけど、彼が規則正しく胸を膨らんだり縮んだりさせていて、目も瞑っていたから、言葉を飲んだ。ワンちゃんはこの体育館裏の日陰の中で、静かに眠っていた。
「起こす……のは止めとこ」
私は、足音を立てないようにゆっくりと歩いて、彼の隣に座った。起こしはしないけど、起きた時にお話ししたいからそれまではここで待っているつもりだ。
私はお弁当を左側に置いて、ちょこんと三角座りをする。ワンちゃんとの距離は大体拳三個分くらいだ。目線を横にずらすだけで、ワンちゃんの寝顔が良く見えた。
なんていうか、寝顔って一番無防備な表情だと思う。怒っているときのとげとげしい感情も、笑顔の時の暖かい優しい感情も存在しない、一番無垢な表情、それが寝顔なんだと私は思う。だからかな、ワンちゃんの寝顔が凄く可愛らしく見えるのは。なんだかんだですごく世話になっている、いつもは頼りがいのあるかっこいい顔なんだけど、今だけは可愛いって感じてしまう。
見ていると、私の欲望が擽られる。もうちょっとだけ、近くで見たい。少し、ほんの少しだけ、拳の一個分、いや、一個の半分くらいの距離だけ詰めても、大丈夫……だよね?
とりあえず、腰を浮かして右側に体をずらした。
「……ん」
ちょうど腰を再び下ろしたときに、ワンちゃんが声を洩らした。
お、起こした!? と、心臓が止まるような思いをしながら恐る恐る顔を覗き込むが、ワンちゃんが少しだけ首を動かしただけだった。
そのせいで、さっきまで横顔だったワンちゃんの顔が、正面を向いていた。少しうつむいているせいで、彼の睫が意外と長いことに私は気付いた。
「意外……。あ、眉毛もちゃんとセットしてるんだ」
私はここぞとばかりにワンちゃんの顔を観察する。だって、そんなにワンちゃんの顔をじっくりと見つめられる機会なんてないんだもん。役得だと思って……。
私が欲望に塗れている間に、事態は急変した。ぐらり、とワンちゃんの体が揺れた。そして、私の方に向かってゆっくりと倒れてきていた。
「え、わっ! 危ない!!」
私は彼の方に体ごと向けて、迫ってくるワンちゃんの頭を受け止めた。
うん、受け止めたはいいんだ。でも、受け止めた場所が、私の胸だった。
「……」
「……すぅ……」
良かった。ワンちゃんの安眠は守られたみたい。でも、でもーーーー!! ワンちゃんが、ワンちゃんが私の胸におでこに当ててる!!! うぅ、嬉しいような、でも、恥ずかしいし、起きていないから余計に残念なような……うぅ、とにかく複雑だ……。
「……すぅ」
でも、いっか。ワンちゃんは相変わらず寝てるし、それに、ワンちゃんの頭の丁度いい暖かさを感じるのも悪くなかった。甘えられているみたいで、嬉しい。というか、自然と彼の頭に手が伸びていた。
ごわごわとした髪の毛にそっと手を乗せる。髪の毛もきちんとセットしてたんだ。ちょっとだけべた付くけどそのまま手を上下にスライドさせる。ふふ、頭を撫でるって、なんて落ち着くんだろう。あ、これってもしかして母性!? 私、母性に目覚めてる!?
「……んあ?」
急にワンちゃんの頭が動いた。胸にあたっていた暖かさが離れ、頭に乗せていた手も、なだれ落ちるように離れて行った。
「……」
ワンちゃんが私を細めた目で見上げる。
「お、おはよう、ワンちゃん」
顔が近いよ。少し引いた顎にワンちゃんの鼻先が当たりそうだった。
「……ああ、おはよ」
そう言いつつもワンちゃんは、もう一度私の胸に顔を寄せる。あれ、まだねぼけるのかな……。まぁ、まだ時間はあるしもうちょっとこのままでもい……
「わっ!!?」
急にワンちゃんが顔を上げた。
「わっ!!? なに、どうしたのワンちゃん!?」
ワンちゃんは驚いた表情のままで顔を真っ赤に染めていた。もちろん、私もすごく驚いていたのだけれど、ワンちゃんのは私のよりもずっとずっとひどかったみたい。
がすん、と私のおでこにワンちゃんの手のひらがあてがわれる。あれ、これって……。
「おい……なんでいるんだ?」
ぐぐぐ、と私の頭を握ったワンちゃんの指に力が入る。ワンちゃんお得意のアイアンクローだ。
「痛い! 痛いよ、ワンちゃん!! ごめん、ごめんって! ワンちゃんを探してたの、だから離してええええええ!!」
私がそう言うと、ぱっと手を離してくれた。
「ちっ」
舌打ちをして、ワンちゃんは私から少し離れて、コンクリートの柱に肩を寄せて、そっぽを向いてしまう。そ、そんなに寝てるの見られて恥ずかしかったのかなぁ……でも、私の方が胸を枕にされてたりで恥ずかしい事させられてる気がする……なんかアイアンクロー損だよ。
「で、何の用だ」
「え?」
「探してたんだろ。なんか用があるんじゃないのか?」
ちょっと不機嫌そうに言うワンちゃん。ちょ、ちょっと言い辛いなぁ……でも、ここで話しておかないと。
「あの、ゴールデンウィークの、っていうかもう明日からの予定なんだけど……どうしよっか?」
「……どうって?」
ワンちゃんが私の方を見る。
「ど、どうって……そのぉ……千和さんからもらった遊園地のチケット、使わないともったいないでしょ?」
「……」
「その、明日から使えるチケットだし、えっと……一緒に行こうよ。ね?」
「……」
わ、ワンちゃんは依然黙ったままだ。うぅ、やっぱり乗り気じゃないのかな?
「……俺と行って、楽しいか?」
ワンちゃんが私の目を見つめて聞いた。
「姉貴からもらったもんだからって、俺と行くのに拘る必要はないぞ」
「ち、違うよ。そんなどうこうって理由があるんじゃなくて、私は単純にワンちゃんと一緒に行きたいもん!」
……あ、こ、こここ、こんなにはっきりと、な、何言ってるんだろ。た、確かにワンちゃんとは一緒に行きたい、行きたいけど、こんなまるでムキになってるみたいな言い方をするなんて……。
「……そうか」
うぅ、なんかワンちゃんの反応も可もなく不可もなくって感じだし……。
「明日で、いいか?」
「え?」
「明日の……そうだな。きっと混むだろうから、早めに行った方がいいな」
戸惑う私とは違って、ワンちゃんは冷静に予定を組み立て始めている。
「いいの、ホントに」
「何が?」
「私と、一緒で」
「……ああ」
ワンちゃんの返答はほんの短い一言だった。でも、それだけでも私は嬉しかった。
「じゃあ、明日は九時くらいに駅に集合でいい? ほら、電車で一時間はかかるでしょ?」
「そうだな」
よし! これで明日の予定が決まった!! うん、やっと、やっとワンちゃんとデートに行ける!!
「~~~♪」
「そんなに嬉しいか?」
「え?」
「……ハミング」
「え!? う、嘘。そんなことしてた?」
わ、私ってば全然気づかないうちにそんな……。あ~、顔が熱い。やだもう、なんでこんな……。
「とりあえず、決まりだな」
そう言って、ワンちゃんが立ち上がった。
「もう、行くの?」
立ち去ろうとするワンちゃんに、私はそんなことを言っていた。
「……ダメか?」
ど、どうしよう。ワンちゃんと一緒に居たいけど、でも、何か理由が無いと、そのまままだ一緒に居たいって言うのは恥ずかしいし、恥ず死ぬし……えっと、なにか、なにか……あ、そうだ!
「あ、えっと……その……お弁当、一人で食べるの嫌だから……できたら、一緒にいてほしいなって……」
余計に顔が熱くなる。何言ってるんだろ、私。
でも、ワンちゃんはまた腰を下ろしてくれた。
「……分かった」
それだけ言うと、私の方を見ずに、ワンちゃんは片膝を立ててその上に腕を置いた。
「ありがと、ワンちゃん」
その後、私たちの間にはこれと言った会話は無かったのだけれど、とても嬉しかった。一人っきりじゃないだけじゃなくて、ワンちゃんと一緒に居られるってことの方が、大半を占める理由だったと思う。久しぶりのおいしいお昼ご飯だった。
その日の晩。高速道路に一台の真っ黒い車が走っていた。中にいるのも、黒ずくめのスーツの男で、これまた黒いスマホで通話しながら運転していた。
『すまない、お前ひとりに任せてしまって』
「構うもんですか若。ここは俺に任せてくださいよ」
『ああ。協力者は見つかったか?』
「見つかりましたとも。あの辺でヤクを売ってるバイヤーで高跳びをしたくても警備が厳しくて抜け出せないらしいです」
『そうか。報酬はこちらで手配しておこう』
「話が早くて助かりますぜ、若」
『頼んだぞ。少なくともあの場にいた三人は絶対に逃すな。やり方は好きにして構わん』
「わかりやした」
車は高速道路をまっすぐに進んで行く。行き先はS県のとある町。遊園地のある、活気ある町だ。
ども、作者です。三章はほんとに一節毎が長くなっているはずです。直しが大変で大変で……。ですが、なんとか続けていこうと言う気力だけは失わないようにやっていきますよ!




