ワンちゃんと・・・・・・デート!?
日本の季節は、いつの間にか春が短くなったらしい。まだ五月前だっていうのに、なんて暑さなの? 五月に入れば夏服移行期間になるからこの厚い紺色のセーラー服を脱ぐことができるんだけどなぁ。まだ四月だ。
その上、私がいるところは異様なぬくもりを持っている。その理由はすっごく単純。
「ばう!!」
「ぶー」
「にゃー」
「きゅるきゅる」
私の周りに、ゴールデンレトリバー、ミニブタ、猫、カピバラがいる。四匹とも暑さにばてているのか畳の上にごろんと寝転んでいる。畳は冷たくて気持ちがいいよねぇ、それはね、すっごくよぉく分かるんだけどね、なんで体の一部を私にくっつけるの? 足はミニブタと大型犬の頭、お尻のあたりにカピバラの背中、猫がなぜか尻尾を私の腕に巻きつけているし。
もふもふもっこもこで雲の中にいるような肌触りの良さなのに、みんな体温を持っているから異様に熱い。
よそのお家だからクーラー付けて、なんて言えないけど……さすがにこれは蒸し地獄。まだ梅雨にも入っていないのに、こんなに熱いだなんてぇ……死にそう……。
「よっ! カナちゃん!」
居間の戸が開いて、顔を出したのは千和さんだった。
「ごめんねー、待たせちゃって……って、あれ、一和は?」
きょろきょろと居間を見渡す千和さんだけど、肝心のワンちゃんはこの部屋にはいない。いるのは私と動物達だけ。
「まだ、いないですね」
「あいつ! 折角私が重大発表するってんのぃ!!! こうなったら突撃だーー!!!」
再び廊下の方へ千和さんが出て行くと、すぐに千和さんの姿は見えなくなって、どたどたと階段を登る忙しない足音が鳴った。
「コぉラ!!! 一和!!! アンタなにちんたらやってんのよ!!」
「あ、姉貴!!? おい! 勝手に入ってくんなっつっただろうが!!」
「ほら、さっさと降りる!! カナちゃん待ってんだから!!」
「ちょ、掴むな姉貴! まだ着替えの途中なんだって……うわっ!!?」
何枚かの壁を隔てても聞こえてくる、ワンちゃんと千和さんの声。ほんとに仲がいいんだなぁ……。
そう、ここはワンちゃんの家。私は千和さんに重大発表がある、と呼び出されてきたんだけど……どうやらそれにはワンちゃんも関わっているみたい。一体、どんなことを発表するんだろう?
「くぅん」
「ちゅんちゅん」
タンクトップに半ズボンのジーンズをはいたワンちゃんが私の隣に座る。彼の足もとには、この前拾った子犬こと、カルボナーラちゃんがいて、肩には真っ白の文鳥が乗っていた。ワンちゃん、また新しいペット拾ってきたの!?
「ねぇ、ワンちゃん。その文鳥の名前は?」
「……カラアゲ」
「揚げちゃった!!」
また、変な名前を……っていうか、ワンちゃん家の夕飯の献立は拾ってくる動物をあらかじめ分かってた上で考えられてるの? 偶然にしては嫌な重なり方してるよ。
「あ、あー、諸君、静粛に静粛に」
私たちの前に立った千和さんが、まるで演説をする人みたいに慇懃に話し始めた。
「今日君たちを呼び出したのは、他でもない。この私が、この私がとてもとてーも大事な発表をするためである! それはなぜか!!?」
「いいから早く言えよ姉貴」
「あーもう! 一和ってばいいところで止めないでよ~」
「早く勉強に戻りたいんだ。勿体ぶるなら今すぐにでも部屋に帰るぞ」
「せっかちだなー、もう……じゃあ、折角の気分を台無しにして言います」
「ちょっとくらい待ってあげても……」
「アホか。お前は一時間も無駄にしたいのか?」
「え、一時間も? そ、それなら別にいいかな……」
あ、でも、そうしたらワンちゃんと一時間一緒に居られるかも……? でも、ワンちゃんがそれを望んでないし……あれ、もしかして、ワンちゃんは私とそんなに一緒に居たくないのかなぁ……。
「はぁ」
「何ため息ついてんだよ」
「そんな! そんな落ち込み気味なカナちゃんが元気になる重大発表をします!!」
千和さんが、ポケットから二枚の紙きれを取り出した。それは細長い長方形の紙で鮮やかな色で何かがプリントアウトされている。
「じゃじゃーん!! なんと、隣の県の遊園地、エリーゼ公園の入場チケットでーす、しかもペア券!!」
「遊園地の」
「ペア券?」
「そうそうっ」
「どこでそんなもんパクってきやがった」
「人聞きの悪い事言わないでよ一和! これはね、私が会社でもらってきたの。日頃からお仕事頑張ってる大神ちゃんはたまには恋人と遊んできなさいって」
「千和さん、恋人いるんですか!?」
「姉貴にいるわけないだろ」
「ああっ! もう、まぁたそんなこと……お姉ちゃん拗ねちゃうぞ!」
「姉貴が拗ねたとこなんざ見たこと無いっての……で、それを自慢するために呼んだのか?」
「ほんとせっかちなんだから……一和の言うとおり、私には恋人なんかいないわ。折角もらったチケットなんだけど、私には一緒に行く相手がいないのよ」
千和さんはそう言いつつもちっとも悲しそうではなくて、急にびしっとそのチケットをワタシとワンちゃんの前に突き出した。
「そこで! アンタ達二人にこのチケットをプレゼントします!!」
「……え?」
「……は?」
えっと、チケットを貰って……二人で遊園地に……ってことはもしかして……。
ワンちゃんとデート!!!?
「ちょうどゴールデンウィークがあるじゃない? いい機会だと思って行ってきなよ。ちなみに拒否権は無しねっ」
と、言うわけで、私とワンちゃんのゴールデンウィークの予定が決まっちゃったのだった。
「……と言うわけなのよ、お嬢」
「へぇ……いいなぁ、遊園地でデートなんて最高じゃないですか」
私は帰宅してから、ベッドに横たわりながらお嬢に電話を掛けていた。ちょうどこの前連絡先教えてもらったから、相談相手にはちょうど良かった。
「でも、ワンちゃんは私と一緒に遊園地に行って楽しいのかなぁ」
「楽しいに決まってます」
「そうかなぁ……ワンちゃん、あの後すぐに部屋に戻って行っちゃったんだもん。当日の予定とか話したかったのになぁ」
「きっと照れてるのですわ。あの子、順一に似てクール気取ってるでしょ?」
「きど……そんなはっきりと……」
まぁ、そうなんだけどね。
「思春期の男の子特有のアレですわ。ともかく、叶恵ちゃん! デートに行けるのなら、これは紛れもないチャンスですわ」
「ちゃ、チャンス?」
あれ、お嬢、だんだん口調に熱が入って来てるような……。
「そう! 一歩前進するのです! もう友達以上恋人未満みたいな関係から卒業しなくちゃダメです!」
「ちょ、友達以上恋人未満だなんて、まだそんなに関係は進展してないよぉ」
あ、あくまで幼馴染くらい……。うん……あー、自分で思ってて切ないなぁ。
「じゃあ、デートで友達以上になりましょう。最低ラインで恋人くらいですわね」
「え!? それは飛び過ぎ……っていうか、そんなの無理だよぉ」
「大丈夫、あのタイプの男の子ならガンガン押していけばコロッと落ちちゃいますわ」
電話越しに胸を張って自信満々にアドバイスしてくるお嬢の姿が目に浮かぶ。
「ホントかなぁ……順一君とは全然進展してないお嬢のアドバイスだからなぁ……」
「な、ななな!? 何を言ってるの、叶恵ちゃん!! 私はそんな、順一のことなんて……」
「好きじゃない?」
「……それは……その……好きだけど……」
「あ、やっぱり」
きっと、お嬢照れてるんだろうなぁ。顔とか真っ赤にしながら。
「でも、順一との仲が進展しないのは順一のせいですわ」
「そうなの?」
「ええ。私が猛アプローチをかけているというのに、順一ったらいっつも怒鳴ったり知らんぷりしたり……」
お嬢の猛アプローチか。嫌な予感がする。
「例えば、どんなことするの、お嬢は」
「毎朝食パンを咥えてぶつかったり」
「懸さんと同レベル!?」
「いもけんぴを順一の髪の毛に突き刺したり」
「何それ!? どう考えても嫌がらせじゃない!?」
「カンフーの舞で愛情表現をしたり」
「どうしてカンフーなの!? っていうかそれで愛情表現できるの!? もしかしてお嬢、それって……漫画に書かれてること?」
「ええ。あのご本の中ではうまくいっているのに、全然うまくいかなんですもの……困ったわ」
「そ、そりゃそうでしょ、お嬢」
「そろそろ順一も「お前がナンバーワンだ」って私に言ってくれてもいい頃なのに……」
「それどこのツンデレよ!? っていうかそんな告白ありえないでしょ!」
「どうも、うまくいかないんです……はぁ」
「それは、お嬢のアプローチの仕方に問題があるような」
「そうですか? でも、私はうまくいきませんけど、叶恵ちゃんならきっとうまくいきますわ! 自信を持って思いっきりやりましょう!」
「……そうだね。うん、私頑張ってみる!」
こうやって、お嬢が背中を押してくれると、なんだかすごく勇気がわいてきた。
「その意気ですわ! それじゃあ、この辺で」
「うん、今日はありがとうね、お嬢」
「構いませんわ。私たち、拳を交し合った仲じゃないですか」
「……なんだかそれだと語弊があるような気がするけど……ありがとうね、お嬢」
お別れの挨拶を済ませて、電話を切る。リビングの方から、お母さんの笑い声が聞こえてくる。テレビでも見てるのかな。
私は寝返りを打って、白い天井を見上げる。明日がゴールデンウィーク前の最後の登校日だ。なんとしても、ワンちゃんと話して打ち合わせしないと。デート、行きたいし。
普通なら今からでもメールなりラインなりで連絡取るんだろうけどなぁ、まだ、ワンちゃんのアドレス知らないし……まだ、連絡先交換してないんだもんなぁ。こんなんで、本当に遊園地に行ってくれるのかなぁ。
はぁ、折角お嬢に後押しされたのに、また憂鬱に戻っちゃった。あー、明日が楽しみでも、辛くもあるなぁ。
同時刻。相変わらず学校の駐輪場に、彼らは集まっていた。電燈の灯った明るい駐輪場には、高校の敷地内とは思えないほど多数のバイクが集っていた。
「……よし!」
その中でも一番大きなバイクに座った竜美懸が、数え終えた札束を封筒に詰め込んだ。封筒はぱんぱんに膨れていた。
「資金は十分に集まった!」
「くぅ……俺達、勉強もせずにバイト頑張った甲斐がありましたね~、アニキ」
「バカジュンはバイトしてようがしてまいが勉強なんてしないでしょうに」
懸の横には下中と水戸このみがいた。このみはついさっきまでバイトをしていたために、疲れた顔であくびを洩らした。
「これで、俺達はゴールデンウィークに青春バイク旅だあああああ!!!」
集った十数人が歓声を上げる。
「みんなの頑張りがこの封筒にある! みんなありがとう。でだ、行き先はまず、初日に隣のS県にあるエリーゼ公園に行こうと思う」
「おおおお!!」
男達の歓声が上がる。
「俺、行った事なかったんだ……」
「遊園地……くぅ、楽しみだ」
浮足立つ男達。それを達観したような眼で見ているのは、このみを含む女の子たちだった。
「あきれた。もう子供じゃないんだから、遊園地程度で喜ぶなっての」
「とか言ってミトッチー、結構楽しみなんじゃないのー?」
「別に」
済ませた態度を取るこのみであったが、実際は楽しみだった。最近、可愛がっていた子犬がどこかに行ってしまうというショックな出来事はあったらしい。だが、その悲しみを払拭できるような楽しみとして、この旅行があった。それに、もう一つ、この旅行で果たしたい目的もあった。というか、ほとんどそのために彼女はいままで頑張ってきたのだった。
「その目的とは……やっぱりさ、こくは……」
「サミちゃん。人の心読まないの。それから勝手に答えを口にしないで」
「でも、これで決めちゃわないと夏までにはあの人の心を奪えないの!」
「……分かってるわよ、アズ」
懸に告白する。この学校では修学旅行なんて気の利いたイベントが無いせいで、ちょうどいい機会に恵まれない。それどころか、懸自体、いっつもいっつも「青春だあああ!!」とどこかにふらっと行ってしまうことがある。告白をする機会は、この旅行ぐらいしかないのだ。
「でもねぇ……」
そう言って、ため息をついてしまうのは、目下の悩みがちょうどこの春から浮上してきたせいだ。
「そんなこと気にしちゃダメなの!」
「そうそう、ここは全力でおしていくんだよー」
「頑張るさ!」
このみの応援に色めき立つ女子たち。その横で白けた顔をしているのは全く持てないチビな男、下中だった。
「アニキー! やっぱり旅行中の告白とかは無しにしましょうよー」
この状況がつまらない心までも小さな男は、懸にそう訴えかけた。
「ちょ、何言ってるのよバカジュン!」
「だってよー、告白してフラれでもしたら、旅行中気まずい空気が流れるだろ? それで旅行台無しにされたら折角金ためた俺らの努力が水の泡だもんな」
「あんたってやつは……」
思いっきり蹴りを入れて黙らせてやろうと、足に力を込めた矢先、懸が口を開いた。
「告白だって!!? そんな最高の青春イベント禁止にできるわけないだろ!!」
懸は話の分かる男だった。ほっと安心するこのみと、ちっ、と舌打ちする下中。
「で、誰が告白するんだ?」
「えっ!?」
突然、話頭がこのみに向けられた。
(な、なんでそんな話を私に振るのよ!? ど、どどど、どう答えれば……ここで告白しちゃう!? しちゃう!?)
懸の年に不相応な純粋そうな目がこのみに向けられる。それが彼女を余計に狼狽させてしまう。
「あ、告白すんのはそいつっすよ」
無粋な横槍を入れたは、このみを指さす下中だった。
「ちょ!! こんの大バカジュン!!」
げしっ! と彼の背中を思いっきりローファーで蹴りつけた。
「ぎゃっ! 何すんだよ、絶好のパスをしてやったのに!!」
「最低のパスよ!!」
「そうか。このみが告白をするのかー。うーん!! お前も青春真っ盛りだな!!」
ぽん、と懸がこのみの肩に手を置いた。
「頑張れよ、このみ! 俺はお前の青春を応援してるからな!!!!」
懸から言われたのは激励の言葉だった。それは同時に、このみが自分に告白をするつもりだなんて、懸が露程も思っていない確固たる証拠だった。
「俺も告白されたいなーー!! 叶恵ちゃんに告白されたらなぁ……薔薇色のサイッコーの青春になるんだけどなー!!!」
しかも、懸は別の女の子の名前を言う始末である。
「やっぱりうちの番長は鈍感すぎるの」
「だねー。ミトッチかわいそー」
女子たちも、ちっとも女心を分かっていない懸には非難の嵐だった。
このみの目下の悩みは、先ほど懸が口に出した女のことだった。懸はすっかりその子にお熱だ。こちとら何年も思っているというのに、少し前に現れた女に、好きな男の気持ちをかすめ取られてはこのみの気持ちも立つ瀬がない。しかもほとんど懸が片思いしているに過ぎないことも、余計に彼女を苛立たせる。さっさと諦めて欲しい、という思いとあの女がいなくなれば私にも気を向けてくれるはずなのに、という思いを二人に向けていた。
その上、後者の思いはついこの間実践に移したばかりだった。うまくいくはずの作戦だったのに、あろうことかそれを阻止した人物達に懸がいたということをこのみは知っていた。
懸は鈍感ではあるが、異常な馬鹿でもない。自分が咲宮叶恵を不快に思っていることぐらいは知っているはずだし、その件に関して自分が関与していることに感付いていないはずはない。
だが、そのことについて懸は一切咎めてこようとはしない。とにかく自由に好きな事をやる、それがたった一度の青春の過ごし方だ! というのが、懸の掲げた信条であり、自分たちが彼に惹かれる最大の魅力でもある。だから、このみも好きにやった結果叶恵をはめて、懸も好きにやって叶恵を助けた、という言い分なら、彼もそのことに関しては一切咎める気も、義理もないと思っているのだった。それを、このみも何となくは理解していた。
理解しているからこそ、咎めないのが嫌だった。せめて、なんでそんなことをしたのか聞いてほしい。ちょっとだけでも自分の方に目線を向けて欲しい、という複雑な乙女心だ。
「……しっかりしないと」
じきにこの集会も解散になって夜が明ける。夜が明ければ、次の日には旅行に出発だ。告白をすると決めたのだし、友人たちも背中を押してくれている。このみはもう、後には引けない。
「よっしゃ!! 全員で最高の思い出を作るぞ!!」
〆の音頭を取る懸の生き生きとした顔を見ながら、このみは深く息を吸った。膨らんだ胸に詰まっているのは、半分ずつの期待と不安だった。
ども、作者です。少し忙しかったけれども、何とか金曜日の内に投稿できました!!




