アルバイトって・・・・・・え、何するのっ!?
「じゃ、四時半くらいに駅前のデパートの入り口に雇い主の人がいるから、後はその人の指示に従ってね」
水戸さんは私にそれだけを告げると、用事があるからと先に教室を出て行ってしまった。
教室は私と静かな机と椅子だけが残っていた。
「うーん……作治君の言ってたことも気になる……でも、このみちゃんとの約束はきちんと話さないと……」
このみちゃんは友達。そして作治君も友達。約束は約束で大事で、作治君のアドバイスも……嘘は言ってないと思う。
でも……やっぱり、約束はきちんと果たさないと。作治君の言っていたことが一体どういう意味を持っているのか、それを考えるのは今日のバイトが終わってからでいいよね。よし、さっさと終わらせちゃって、晩御飯食べに帰ろう! 時間に間に合うように、私は鞄を持って、足早に教室を出た。
駅前のデパートは最近さびれ気味みたい。私がいたころにできたはずなんだけど、すっかり他の全国区のデパートにお客さんを取られちゃったみたいで、今や近所に住んでいる人達か、不良(同じ学校の生徒)ぐらいしか利用してないみたい。映画館もなくなってるみたい。昔は入り口あたりに大々的にポスターがあったのになぁ、今じゃローカルアイドルの等身大ポスターがあるだけだった。
入口できょろきょろとあたりを見回しているのは私ぐらいで、他の人達はどんどんデパートに出入りしている。時折、がんを飛ばされるのは、なんでだろう?
「……遅いなぁ」
すでに四時半になっている。十分前にはいなくちゃダメだったかなぁ。もしかしたらすれ違いになっちゃったのかも……。このままバイトできない、なんてことならないよね……。
「バイト失敗!? アンタどーいう了見してんのよ! 相当なアホね!! これはもう絶交だわ!!!!」
このみちゃんが目尻を九十度くらいに釣り上げてそんな風に私を罵る姿が容易に想像できる。ダメ! 絶対バイト成功させないと、友達が減るのなんて嫌!!
私がてこでもバイトの人が見つかるまでここを動かないぞ、と決心をしたときだった。
入口の前の道路、本当なら駐車禁止のところなんだけどそこに一台の車が停止した。見るからに高級そうな車。真っ白い車体で、シャープなフレーム。テレビで見たことがある……もしかして、ベンツ?
停まったベンツから、スーツを着た男前のおじさんが降りてきた。スマホを片手にちょうど私の居るあたり、デパートの入り口を見回した。
「あ」
「あ」
目が合う。髭も生やしていないし、髪も綺麗な形に整えられている。ぎりぎり青年暗いのおじさん、と言った方がいいかもしれない。
彼は私のほうに歩き出した。もしかして、この人が雇い主さん?
「あの……水戸このみちゃんって子、知ってる?」
「あ、はい!」
スーツの青年さんは少しためらいがちに聞く。
「もしかして、水戸さんのバイト先の……」
「えっ!? あ、ああ、そうだよ。うん、バイト先の」
良かった、この人で合ってたみたい。
「あの! 私咲宮叶恵です。水戸さんの代わりを頼まれてここで待ってました!」
私はお辞儀をする。
「君で間違いないんだよね……本当に水戸このみさんの紹介?」
「はい!」
絶対にバイトを成功させる、そう思うと自然に返事に力が入った。
「……やったああああ!!!」
「えええ!?」
おじ……もとい雇い主さんは、大声を上げてガッツポーズを取った。煩そうに他の人達が彼をちらりと見る。けれど、彼はちっともそれを気に留めてい無いようで、私の手を取った。
「良かった。君みたいな子なら、制服も似合う! うんうん! さ、早く車に乗って、現場に急行しよう」
「え! あ、ちょ!!」
ぐいぐいと引っ張られて私は車の後部座席に乗せられた。指示に従えってこのみちゃんも言ってたからこれでいい……よね?
車のドアが閉められて、運転席に雇い主さんが乗り、キーを捻ればあっという間に車は動き出した。
「いやー、ホントに良かったよ君で、うんうん、すっごく可愛いし、僕の好みだよ!」
「そ、そんなことないですよ。このみちゃんの方が可愛いですし」
「それはない! あの子なんてケバくて制服アレンジしまくって女子高生の風上にも置けないって!! あんなとなんてできないできない!」
突然に声を荒げる雇い主さん。友達を貶されてる気がして、ついむっとしてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「あ、ああ! なんでもないよ、なんでもない……ところで、叶恵ちゃんは経験者?」
経験? アルバイトの経験かな?
「はい! 中学の時からやってました」
「中学の頃から!? はー、やっぱり今時の子は早いねー」
「そうですか? あ、でも、家は家庭の事情があったので、お母さんにも許可をもらって……」
「お母さん公認!?」
「え、ええ、お母さんが病気でどうしようもなくて、入院費と生活費のために……」
「君も、結構大変だったんだねぇ……」
「でも、お仕事自体は楽しかったですし、人に喜んでもらうの好きですから、全然苦じゃなかったです」
「……好きなんだね、よろこんでもらうの」
「はい!」
話しているうちに私たちを乗せた車は、大通りから離れたビルの立ち並ぶ少し薄暗い通りを走っていた。小さいころからここには近づいちゃダメって言われて、ほとんど来ることのなかった場所。歩道を見ても、歩いているような人はいない。こんなところにお店とかってあったかな?
雇い主さんの車は、ビルの裏口から地下駐車場に入って行った。
「なんだかすごいビルですね……まるでお城みたいな」
「だろう? 友達がここの管理人と知り合いなんだ。おかげでただで場所を借りれてるんだ。さ、そんなことよりそこのエレベーターで上がってしまおうか」
私は雇い主さんの後に付いてエレベーターに乗った。雇い主さんは何やら大き目の紙袋を持っている。
「これ、なにが入ってるんですか?」
エレベーターが上がっている最中に聞いてみた。
「ん? ああ、この中には制服が入ってるんだ」
「制服?」
あ、このみちゃんに似合わないって言ってたやつかな。
「でも、袋パンパンですよ?」
「い、いっぱい種類があるんだよ、種類が」
「へー」
ちょっと楽しみかも。可愛い制服だといいなぁ。
エレベーターが止まって、ドアが開く。
「きゃっ!?」
開いたドアの目の前に西洋甲冑が立っていた。絨毯を見てもちょっと不思議で不気味な模様だし、音楽も何も流れていないしん、とした廊下だった。
「……なんか、変?」
「そ、そうかな。普通だよ、この手のビルなら」
私が戸惑っている間に、雇い主さんはすたすたと歩いて行く。怖気づきながら、私も着いて行った。
「さ、この部屋だよ」
エレベーターを出て右手にまっすぐ歩いた突き当りにある部屋の前で雇い主さんが扉を開けて待っていた。
「中に入ればいいですか?」
「そうそう」
部屋の中はまずまずまっすぐな木目の床の廊下で、靴を脱いでもこもことした白いスリッパに履き替えて先に進んだ。途中、二、三のドアが合ったけど、しっかりと閉じられているみたいだった。
そして、一番奥にまたドアがある。
「さ、そこを開けて」
促されて私はドアを押した。ここは鍵もかかっていなく、あっさりとドアは開いた。
「お! いらっしゃーい」
「こ、これは……すごくいい感じなんだな」
……え? 広めの部屋だ。ソファーが三つあって、そこに二人の男の人、一人は頭が寂しいことになっている中年の男性で、もう一人は太っていて眼鏡を掛けた、脂ぎった顔をハンカチでぬぐっているおじさん。
その二人の座るソファの向こうに、大きなベッドがある。ダブルベッドだ。
「こ、ここ、ここって……!?」
窓もない閉じきった部屋。大型テレビがあって、冷蔵庫があって、ソファがあって、テーブルがあって……極めつけにダブルベッド。
「へへへ、気付いちゃった?」
がちゃん、と後ろのドアが閉められた。振り向くと、雇い主さんがにたにたと片方の口角を上げた悪趣味な笑い方をしている。
「制服紳士さんよぉ、例のブツは持ってきてくれたんだろうなぁ?」
ハゲのおじさんが、煙草を吸いながら言った。せ、制服紳士ってなに!?
「ええ、ここに、ほら」
雇い主さんが持っていた紙袋をぽい、と投げる。制服紳士って、雇い主さんのこと!?
投げられた紙袋は灰皿を弾き出しながら、ソファーの前にあるテーブルの上に中身を零しながら乗った。
「あ、危ないんだな。汚れたらどうするんだな」
「汚れること無いっすよ。新品ですから、ビニールに入ってます」
ハゲのおじさんが、二人が言い合っている間に、そのはみ出た中身を取り出した。
「おっ!!! いい感じじゃねぇか!!」
ビニールに入っているそれを開封して広げると……。
「す、スクール水着!!?」
「あ、こっちもちゃんと用意してくれてるんだな」
今度は太ったおじさんの方が紙袋から何かを取り出した。それは……
「た、体操服!?」
しかもハーフパンツじゃなくてブルマだし!!
「あなたちの注文通りのものを用意しときましたよ、スク水紳士さんに、ブルマ紳士さん」
な、なに、こ、この呼び名!! やばい、間違いなく変態だ! そして、ここは……。言葉にするのさえぞっとする。やばい! に、逃げないと……。
踵を返そうとすると、がしっ、と肩を雇い主さん、もとい制服紳士に肩を掴まれた。
「おっと、逃げ出しちゃダメだぜ。お仕事、してくれるんだろ?」
「お、お仕事って、こんなの聞いてない!」
「言ってないしな」
肩を握る手に力が籠る。
「い、痛い! 止めて! 離して!! 私、このみちゃんと約束したバイトが……」
振りほどこうと肩をゆするが、全く振りほどけなかった。
「おいおい、まだ気付いてないの? これが水戸このみが差し向けた仕事なんだよ」
「……え?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
「もっとはっきり言おうか? お前は水戸このみに騙されて、俺達に売られたんだよ!」
「そんなことしないもん! 私たち友達だもん!」
「友達? 違うんじゃない? 水戸このみは、お前のことをどうにかして自分のテリトリーから除外したくてよ、俺達に連絡したんだぜ?」
「そ、そんなの嘘!!!」
「じゃあ、証拠見せてやろうか?」
肩を握っていないもう一方の手で、スマホを取って私の顔の前に持ってくる制服紳士。その画面に表示されていたのは、水戸このみの名前と、メールアドレス。それから、
『咲宮叶恵っていう見た目だけはアンタらのタイプの女いるからさ、アンタら買ってよ。うちらに十万くらいくれればいいよ。できればさ、学校に二度と来たくなくなるような心に深い傷を負わせるようなこと、ぜーんぶやっちゃって構わないから。そうしてくれた方がうち等も嬉しいし。じゃ、明日の放課後にそいつ駅前のデパートに仕向けるから』
という文面だった。
「……嘘」
「嘘じゃねぇよ。メールアドレスも間違ってないだろ? それに、今日ここまでの運びも全部アイツの筋書き通り。ま、JKに指図されるなんて嫌だがよぉ、あんなけっばい連中じゃなくてお前みたいな子がいたもんだから、ついつい従っちまったぜ」
「そうなんだな、あの子たちだと全然用意した服が似合わなくてテンションあがらなかったんだな」
「そうそう。汚いっていったら俺らぼこられちまったしなぁ」
「……そんな……」
これまでのこと、全部このみちゃんが仕組んだの? いつから? 友達になるって言ってくれた時? やっと友達ができたと、思ったのにぃ……。
がくり、と足から力が抜ける。
「お、チャーンス!」
私が崩れたときに、いきなり制服紳士に抱きかかえられた。
「……ちょ! きゃああああ!!!」
そのまま運ばれて、ベッドの上に放り投げられた。
「傷心中のところ悪いけどよぉ、俺達もそろそろ、限界なんだわ」
「ぐふふふ、ぜひ着替えて欲しいんだな」
「ほれ、制服紳士、お前の分だ」
ハゲの、スク水紳士がビニール袋に入った制服を渡した。昔流行ったコスプレの、水色と白のセーラー服だ。
「さぁ、着替えてもらおうかな、俺達の目の前でよお!!!!!」
三人が並んで、私に自分達の好みの服を押し付けるように差し出した。
「い、いやああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
どれだけ叫んでも、外に声の漏れることのない防音加工された壁に囲まれた部屋。誰にも届かない絶叫をする私に、悪夢のような出来事が降りかかろうとしていた。
ども、作者です。こういう展開ってどう? と自分でも疑問に思いながらも、まぁギャグやしえっか、と軽いノリで書きました。
それにしても一部あたりの長さが結構長くなっていますね。個人的には長い方が読み応えも書きごたえもあって好きなのですが、人に読んでいただく際には長いのっていやじゃないかな? と不安になります。でも、短すぎると、もっと書くこと無いの? いや、無い。と不安になります。ちょうどいい塩梅で書けることをしばらくの目標にしようかな?




