ひとつの……結末
「いや~~~~。意外と死なないもんだな~~~~! これも青春のおかげだぜ! は~はっはっは!」
……。
「人の気も知らないで笑ってんじゃないわよバカぁあああああああああああああ!!!」
……。
えーっと、これ何か言う必要ある?
たったこれだけでもある程度察してもらえそうだけど、多少説明をすると懸さんは無事でした。病院で治療したらすぐに元気に青春言ってます。心配していたこのみちゃんが怒ってます。以上。
私も心配で病院、というか診療所みたいなところに来たわけだけど、心配しなくても良かったみたい。
「懸さん」
「お! 叶恵ちゃーーーーん!」
「怪我人なんだから叫ぶな!!」
ばしっ、とこのみちゃんが懸さんの頭を叩く。はは、いつも通りだ……。
「懸さん。さっきはありがとうございました」
頭を下げる。結果的には心配無用で済んだみたいだけど、懸さんに救われた。お礼はどれだけ言っても足りない。
「いいっていいって。それよりよ、叶恵ちゃん」
顔を上げると、懸さんは右手親指をぐっと上げて、満面の笑みを私に向けていた。
「青春、してこいよ!」
懸さんらしい励ましの言葉、なのかな。
「こっちはアタシがいるから、アンタはいくべきとこにいっちゃいなさい」
このみちゃんからも背中を押されちゃった。心配してきたつもりが、逆に心配されてる?
「うん。分かった……じゃあ、いってくる」
踵を返して歩き出す。さぁ、いこう。今度はワンちゃんの元へ、もう一度。
旅館の客室のような和室。そこが一和に用意された部屋だった。家具は全くなく、だだっ広いだけの空っぽの部屋。そこのど真ん中で一和はちょこんと座っていた。
体は重い。横になれば今すぐにも眠れそうだった。布団も部屋の奥の襖の奥にある。いつでも眠れる。
起きているのは、なんとなくここに叶恵がやってくるだろうと予感していたからだった。
「ワンちゃん、いる?」
案の定、戸の向こうから叶恵の声がした。
「……ああ、いる」
答えると戸が開いた。許可も何もしていないのに遠慮なく。
「怪我は、どう?」
「大丈夫だ」
「そう、良かった」
叶恵は和室に上がり込んで、一和の目の前に座った。
「教えて……くれるかな?」
かしこまっているのか、叶恵が正座する。そうまでして聞くことなのか、と一和は思った……が、彼女にとってはそうなのだろう。そのために、あの場所までやってきたのだ。
話せる……のか?
自分の勝手に付き合わせた。ただ一人で何もかもを忘れようとしたことに巻き込んだ。けじめ。それが叶恵に話すこと。
……。
それで全てが元に戻るだろう……。
戻したい、のか? そもそも俺は……。
一和は、忘れようとしていた。あの親父のことを、親父に苦しめられた日々のことを。
逃げようとしていた。なのに、本気で逃げるつもりもなかった。払ったと捨てたと思った日々が戻ろうとしている今現在に安心してる。完全に逃れようともしていなかっただろう。でなければ、もっと手ひどく親父のことを痛めつけていただろう。
ただの現実逃避。それに叶恵を巻き込ませてしまった。
なんて……なんて、情けないのだろうか。
「ワンちゃん?」
叶恵が心配そうな顔で一和の顔を覗き込んでくる。自分の顔に何かあるのだろうか。
触ると冷たいものが指先に当たった。
涙。そう認識するまでに時間が要った。気付くとぼろぼろと涙は勝手に溢れてきた。
「どうしたの? 話しづらい?」
「違う……情けないんだ。自分が……情けない」
苦しかった。これまでで一番、苦しい。
父がいなくなって、母が死んで、独りになって……。あのときに忘れたかった苦しみとは比べようにならないほど。
それほどに自分が情けない。
この苦しみは自分自身の内から湧きあがってくる。これは忘れられないだろう。一生、付きまとってくるだろう。自分自身に源泉があるのだから。
「……大丈夫?」
叶恵が優しく問いかける。耳に響く優しい声が、余計に涙を誘った。悲しい涙とも、嬉しい涙とも違う。悔し涙に一番近い。
「……悪い、情けなくて……」
自分自身の情けなさを自覚して、それ以上にその情けない姿を叶恵に見られている。そして涙を抑えられない。
まるで自分自身の情けなさを見せつけてるようで、その相手が何よりも情けない姿をみせたくない相手で……。
「いいよ。情けなくても……」
叶恵の手が、自分の手に重ねられる。
「言ったでしょう? 私、どんなワンちゃんでも受け止めるって。情けなくたっていい。そんな一面があっても、ワンちゃんはワンちゃんだから。どんなあなたでも好きだから……ね?」
もう、涙は止まらなかった。
「悪い……悪い……うぅ……」
泣いて、泣いて、堪らなく情けない姿。それでも叶恵は一和の手を取り、それから抱きしめる。
体温と優しさが全身に伝わってくる。
「ありが……とう」
「うん。今日は話しづらい、かな?」
「……多分」
「分かった。じゃあ、また今度話、聞かせてね?」
「分かった」
「あ……でも、一つだけ訊かせて?」
「何を?」
「先生と……お父さんと仲直りできそう?」
「………………ああ。できる」
一和は言った。嘘偽りはない。受け入れがたいことではあったが、受け入れるのが一番だと思う。
そうすれば全てが丸く収まるだろうし、そうすることで全てが元通りになるのなら……。
叶恵と一緒にいられるのなら、それでいい。
ども、作者です。
次回、最終回のエピローグ。




