私に……できること!
走る。とにかく走る。殆ど暗闇だけど目も慣れてきた。多少曲がりくねった道も、坂道も、辺りにちらほらいる倒れている人も気にならない。
走りながら自分の頭の中に意識を集中する。
考えて、自分のしてきたこと、自分の考えたこと、自分の思ったこと。単純に考えて。
真虎君に言われたことを思い出しながら、思考の中に飛び込んでいく。頭の中に意識を集中していくのは、水の中に沈んでいくみたいだった。
さっきまでは、思考の水の中に潜ろうともしなかった。浮いているだけで、足の先まで全く見えない水の底を怖がっていた。
でも、今ならすいすいと潜っていける。
単純に考えればいい。そう思えば、暗い水の中に何かがぼんやりと見えてくる。
いくつかの景色、いくつかの声、いくつかの感情。思い出だ、ワンちゃんと出会ってから今日までの思い出。
真虎君を引きこもりから抜け出させたときの思い出もある。あの時は、真虎君の友達から話を聞いて、それから動いた。
どうにかしたいと心の底から思っていた。だけど何も知らなかった。何も知らなかったから話を聞けて、それでやっと動けた。
何も知らない。
いくつもの思い出が流れていく。今の私にはそれが頼りだった。四月に会ってから今日まで……。暑い日も寒い日もあった。懸さんやこのみちゃんとも会った。いろいろなことを知った。
でも、私は何も知らない。
そう、何も知らないんだ。
ワンちゃんとの思い出はたくさんある。だけど、ワンちゃんのことを私は何も知らない。いくつか知っていることはあっても、彼について私の知っていることは浅い。
単純に考えれば、それだけのことだった。
私がワンちゃんについて知らないことに気付いた。じゃあ、知らないと分かったのならどうすればいい?
真虎君のときは話を聞いた、教えてくれる人がいた。でも、今はいない。
それじゃあ、いないのならこれからどうする?
単純に考えて……うん。分かった。
まだまだ不安は残る。だけどこれ以上悩む必要なんてない。
思考の水はいつの間にか引いていた。私はもう、浸ってなんかいないし、浮かんでも、潜ってもいない。
ただ走って、走って、走って。
悩む必要なんてない。
だってもう、ワンちゃんはすぐそこに、いるから。
ども、作者です。
叶恵は言いました。ワンちゃんについて何も知らない、と。
作者もそう思います。




