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Play ball again!  作者: 飛鳥 梨真
第5章 八月十日 金曜日, 八月十一日 土曜日
18/18

Play ball again!5-2

「うん。今日外見た?」

「いや、見てへんけど……」

 彼の言おうとしていることが掴めず、水奈は促されるままとりあえず窓へ向かった。今さら気づいたのだが、そういえば朝の九時にしては、心なしか外が暗いような気がする。

 窓にかかったレースのカーテンを開けたところで、彼女は文彰の言わんとするところを理解した。

「あー、雨か……」

 窓ガラスについたいくつもの水滴。それは、彼女が見ている間にも、どんどんその数を増している。


「わかった? 結構降ってるやろ?」

 彼女が天気を確認したのを見計らったように、言葉を投げかけてくる文彰。水奈はカーテンを元に戻すと、窓から離れて近くの椅子に腰を下ろした。

「せやなぁ……。ちなみに今試合って、どないなってんの?」

 言いながら、彼女はテーブルに置いていたテレビのリモコンを引き寄せる。電源ボタンを押すと、程なくして画面に雨の甲子園でプレーを続ける選手たちの様子が映し出された。

「一応まだ続行はしてるみたいやね。けどこの雨やろ、そのうち中断になりそうやなーと思って」

 おそらく同じチャンネルを見ているのだろう。耳に当てたスマートフォンから、彼の声に混じって自分の部屋に響くのと同じ応援の音が聞こえてくる。


 その音とテレビ画面に注意を向けながら、彼女はふとした疑問を口にした。

「ん? けど中断なら別に問題はないんちゃうの?」

「うん、中断で済めば、ね。問題はそのままコールドゲーム……、いや、確かまだ七回までいってへんからノーゲームかな……、なんせ第一試合が途中で終わっちゃった場合」

「どうなるんやっけ?」

「第一試合が途中で終わった場合、当然後の試合は全部中止。そうなったら、第四試合の三甲台も明日以降に順延になるやろ? それでどうしようかと思って電話してん」


「そっか。けどどうしようって言うてもなぁ……」

 そう言って、水奈は考え込む。

 大会の公式サイトによると、彼女たちが持っている「大会日指定券」は、第一試合がノーゲームとなり、第二試合以降も中止になってしまった場合、翌日同じ券で入場できることになっているらしい。

 しかし文彰はどうかわからないが、少なくとも水奈は明日仕事がある。それも朝十時から夜の八時までの、通称「ロング勤」。いくら三甲台の試合が第四試合であっても、仕事が終わる頃には既に試合も終わってしまっているはずだ。どう考えても、一緒に見に行けるとは思えない。


 と。ふと、水奈の中にある考えが浮かんだ。

(これ、もし今日の試合順延になったら、あたしそのまま道島と会わんでいいんやない……?)

 今日の試合に行かなかったからといって、そのまま文彰と音信不通になる確証などない。しかし今日明日のようなタイミングで会わなければ、落ち込んだ姿を見られる可能性が低くなるのも確かだ。


(聖地で試合観戦すんのに未練がないわけやないけど、それはそれ、これはこれやんな)

 水奈の心は決まった。無言で一つ頷くと、精一杯中止にならないよう望んでいるという風を装って、口を開く。

「こればっかしは、やっぱ様子見るしかないんちゃう? あたしらにできるのは、せいぜいてるてる坊主作って窓辺に吊るしとくぐらいやで」

「そうやなぁ……。天気を変えるなんてことできへんしなぁ……」

 そう言うと、今度は文彰が何事か考えるように黙り込んだ。電話の向こうの音に耳を澄ませてみると、なにやらキーボードを叩くようなカタカタという音が聞こえてくる。音から察するに、何やらPCをいじっているようなのだが――――


(何やってんのやろ……?)

 気にはなるが、なんとなく声をかけるのも申し訳ない気がして、水奈は文彰の次の言葉を待つ。

 しばらく無言でPCをいじっていた彼は、やがて「よし」と言うと再び彼女に話しかけてきた。

「じゃあこうしよう。正午の時点で今日の試合が続行されてたら、三時に甲子園の一号門前で待ち合わせ、正午に中止になってたら今日はなし。これでどう?」


 一見水奈にお伺いをたてているように見えるが、既に彼の中では決定事項なのだろう。

 自分には同意という選択肢しかないと察して、彼女は思わず不満げな口調になる。

「どうっていうか、既に道島ん中ではそれで決まってるんやろ?」

「バレた?」

「ちょっと考えたらわかるわ」

「そうやんなー」

 言うと、さして悪びれもせずにケラケラと笑う文彰。


(人の気も知らんで……)

 思わずそんな言葉が口をついて出かけたが、どう考えてもただの八つ当たりに他ならない。自らの度量の小ささに彼女が苛立っていると、ひとしきり笑い終えた文彰が「けどよかった」と言った。

「なんやの、急に? 何が『よかった』なん?」

「いや、布柄元気そうやしさ。こないだからメールとか電話とかしても全然反応なかったから、一応心配とかしててんで?」

「そ、そう……」


 彼の言葉に、水奈は戸惑った。

 今日まで彼女は、意図的に文彰を避けてきていた。しかしそんなことなど知る由もない彼は、彼女を心配してくれていたと言う。彼女が知っている文彰の人物像から想像すると、おそらくそこには一欠けらの嘘も下心もないだろう。そう考えると、心のどこかがチクリと痛む気がする。


(あたしに、道島に心配してもらえる資格なんてあるんやろか……)

 誰にともなく内心で問いかけていると、文彰が探るような声音で尋ねてきた。

「どうしたん? 急に黙り込んだりして」

「え、あ、いや。何でもない、なんでもない」

「ほんまに?」

 取り繕うように言う水奈に、彼はそう畳み掛けてくる。そして彼女がそれ以上返事をしないのを悟ったのか、何気ない口調でこう言った。

「まぁいっか。布柄の声も聞けたし、とりあえずはよしとしよかな」


 自分の顔がじわじわと紅潮するのがわかる。こういう不意打ちに、今まで何度してやられてきたことだろう。さらりとこんな発言をかましてくる人物だとわかっていても、言われる側は心構えがないとやはりパニックになってしまう。


「ち、ちょっと……! 今の何? どういうこと?!」

 動揺を隠すように、電話口で喚く彼女。対する文彰はのんきなものだ。

「えー、そのまんまの意味やけどー? まぁいいやん。細かいことは気にせんと」

「気にせんと、ってあんなぁ……!」

 なおも抗議する彼女だが、彼にそれを聞く気はないらしい。

「いいからいいから。そんじゃねー」

の言葉を残すと、彼女が何か言う前にあっさり電話を切ってしまった。


「何なんよ、あれ……」

 多少落ち着きを取り戻したものの、いまだ呆けたように通話の終わったスマートフォンを眺める水奈。「通話終了」の文字を表示するその画面の先に、屈託なく笑う文彰の顔が見える気がして、彼女は心臓の鼓動が早まるのを自覚する。


 一つ深呼吸をすると、彼女は物言わぬ通信機器に向かって呟いた。

「まったく……。さっきのはズルいで、道島……」

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