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第7話 丸の内のトップエリートと、地方中小の平社員(前編)

「……あんた、向こうで何やってた人?」


 品定めするように投げかけられた問いに、私は深く息を吐き出した。

 誤魔化すだけ無駄だ。目の前の男は、曖昧な言い逃れを許すようなタマじゃない。


「中道ともえ。二十六歳」


 腕を組み、背もたれに深く体重を預けて名乗りを上げる。


「地方の片隅にある、社員三十名足らずの建材卸売会社。そこで経理部の平社員やってましたけど。……何か文句でも?」


 開き直ってジト目で睨みつけると、大場――いや、自称エリートの男は「へえ」と面白そうに片眉を持ち上げた。


「中小の平社員、しかも現場叩き上げの経理か。なるほどね。道理で、数字の辻褄とコンプラ意識だけはやたらと研ぎ澄まされてるわけだ」


「そっちこそ、東京の大手デベロッパーで経営戦略気取ってた割には、同期の足引っ張りに気づかずホームから突き落とされた間抜けでしょ。脇が甘すぎんじゃないの」


「手厳しいね。まあ結果責任は否定しないよ。あの期末の社内政治は完全に僕のリスクヘッジ不足だった」


 男は傷つく風でもなく、肩をすくめてみせた。そのふてぶてしさが実に鼻につく。

 だが、まだ納得がいかない。


「で? さっきの質問に答えなさいよ。なんで私が中道ともえだって分かったの。王子の横領を突いた噂だけで、転生者だと断定できるわけないでしょ」


「ああ、それね。話の順序として、まずこっちでの僕の肩書を明かしておこうか」


 男は組んでいた足を解き、胸元に手を当てた。


「アルバート・レイドル・グラフェイル。この国のグラフェイル侯爵家当主にして、現宰相の補佐――いわゆる『右腕』ってポジションに就かせてもらってる」


「……は? 侯爵? 宰相の右腕?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 エミリアの記憶の台帳をめくれば、グラフェイル侯爵家といえば国家の財務と法務を差配する中央官僚の頂点だ。

 前世で大手デベロッパーの戦略室にいた男が、異世界で官僚トップの椅子に座っている。キャリアアップのスピードが露骨すぎて呆れる。


「二十代でその地位って、向こうの出世欲をそのまま異世界に持ち込んでんじゃないわよ」


「使える手札(リソース)は全部使うのがビジネスの基本だよ。で、本題だ。なぜ君が同類だと確信できたか――だけど」


 アルバートはジャケットの袖を引き、左手首の銀のボタンを外した。

 カフスを丁寧に捲り上げると、引き締まった手首の内側が露わになる。


 ――そこには。

 皮膚の下から淡い燐光を放つ、幾何学模様の奇妙な『痣』が刻まれていた。


「これが証拠。この痣はね、僕たち転生者にしか視認できない波長で光ってるんだよ。そして――」


 アルバートはすっと人差し指を伸ばし、私の右の鎖骨のあたりを指し示した。


「君のその鎖骨の痣も、僕にはバッチリ見えてるよ」


「――ッ!?」


 私は反射的に、ドレスの胸元を右手でバッと押さえた。

 そこは毎朝、鏡の前で高カバー力のコンシーラーをこれでもかと叩き込み、完全に肌と同化させていたはずの場所だ。


「……な、なんで見えてんのよ。今朝だってガッツリ塗りたくって隠したのに!」


「言っただろ、転生者同士にしか視認できない『波長』なんだって。皮膚の表面にミクロン単位の油膜をペタペタ塗ったところで、この光は素通りするよ。服の布地みたいに物理的な厚みで完全に遮光でもしない限りね」


「……赤外線カメラかよ、めんどくさい仕様だなもう!」


 脳裏に、毎朝のドレッサー前の光景がよみがえる。


『お嬢様、そこ……お怪我でもされたのですか? 何もないように見えますけれど』

『ん? ああ、ちょっと気になるくすみがあってねー』


 あの時のマリーのキョトンとした顔。

 隠すのが上手かったんじゃない。そもそも、この世界の人間には最初から何も見えていなかったのだ。

「あ……そういうこと」


「納得したかい? この世界の神様かシステムか知らないけれど、妙に親切なタグ付けをしてくれたものだよ。おかげで同類を探し回るコストが大幅に浮いた」


 アルバートは捲った袖口を戻し、銀のボタンを留め直した。

 そして、他人のスペックを隅々まで査定するような目で、私を真正面から見据える。


「さて、エミリア嬢。身元確認のフェーズはこれで完了だ。ここからが本題なんだけど――」


 アルバートはソファーの脇に置いていた革張りの書類挟みから、紫の封蝋が施された分厚い書面を取り出し、二人を隔てるローテーブルの上へと滑らせてきた。


「少し、『商談』をさせてもらえないかな?」

読んでいただきありがとうございます!


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