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異世界に召喚されたのに、銀貨三枚で追放されました  作者: 高橋 淳


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7/13

第7話 お願い、ママ、パパ



《第四門――記憶界》

《開放対象――天城澪》

《接続記憶――誕生以前》

《対象――母》

《対象――父》


花瓶に浮かんだ文字を、私は何度も読み返した。

意味は分かる。


分かるけど。


「……誕生以前って何?」


私はアルバの背中で呟いた。


「私、生まれてないよね?」


「はい」


隣を歩くイリスが答える。


「じゃあ私の記憶じゃなくない?」


「おそらく」


「おそらく?」


「第四門は、澪様ご自身の記憶だけではなく、魂と強く結びついた者の記憶へ接続するのでしょう」


「それって」


私は花瓶を見る。


「ママとパパの記憶を見るってこと?」


「その可能性が高いかと」


「勝手に?」


「……」


「それ普通にプライバシー侵害じゃない?」


「ぷらいばしー?」


「何でもない」


イリスが真面目に考え始めたので止めた。

王都アルヴェリアを出て、まだ数時間。


空は夕焼けに染まっている。


さっきまで大勢の人に見送られていたのが嘘みたいに、街道は静かだった。

私はスマホを取り出した。

圏外。


当たり前。


でも画面には、母から最後に届いたメッセージが残っている。


『雨降りそうだから気をつけて帰りなよ』


何度見ただろう。


「……今頃どうしてるかな」


「ご両親ですか」


「うん」


スマホを閉じる。


「私がいなくなって、もう一週間以上経ってる」


警察に届けてるかもしれない。


大学にも連絡がいってるかもしれない。


事故だと思われてるかもしれない。


最悪、死んだと思われてるかもしれない。


そう考えると急に息苦しくなった。


「澪様」


「大丈夫」


「しかし」


「考えてもどうしようもないから」


帰る。


九輪の花を集めて。

門を越えて。


必ず。


「第四門って、どこにあるの?」


答えたのはイリスではなかった。

花瓶が光る。


《第四門座標――未確定》


「未確定?」


次の文字。


《接続条件――血縁》


「血縁って……」


私ここに一人なんだけど。


「地球にいる両親が必要ってこと?」


「それでは開けようがございません」


「だよね」


さらに文字。


《代替経路を検索》

《検索完了》

《血縁情報を保持する物品を要求》


「物品?」


私は首を傾げる。


「両親に関係あるものってことかな」


「何かお持ちですか?」


「ないよ」


こっちへ来た時に持っていたもの。


スマホ。

財布。

学生証。

家の鍵。

イヤホン。

リップ。


「あ」


家の鍵。

でも血縁情報?


違う気がする。


財布を開く。


日本円。

カード。

学生証。


そして。


小さな写真。


「……これ?」


数年前。


家族で旅行した時の写真。


母。

父。

私。


三人。


別に大切に持ち歩いていたわけじゃない。

財布へ入れたまま忘れていただけ。


「澪様?」


「家族写真」


イリスへ見せる。

イリスがじっと見る。


「こちらが、お母様とお父様ですか」


「うん」


「……」


「何?」


「いえ」


「何か変?」


「澪様が」


少しだけ笑う。


「とても幸せそうなお顔をしておられます」


写真を見る。


確かに。


笑っている。


今見るとちょっと恥ずかしい。


「昔だから」


「ほんの数年前では?」


「昔なの」


その瞬間写真が光った。


「え」


花瓶も。


《血縁情報確認》

《第四門座標を確定》


空間が歪む。

道の真ん中。


何もなかった場所へ巨大な扉が現れた。


石ではない。

黒い。


表面が鏡のように光っている。


「ここで?」


「そのようです」


私はアルバから降りた。


門へ近づく。

三つの花の窪み。


《慈悲》

《追憶》

《誕生》


それぞれが光る。


扉がゆっくり開く。


向こう側。

暗闇。


「イリスも来る?」


「もちろんです」


「よかった」


少し安心する。


でも一歩踏み出した瞬間。


文字。


《血縁記憶への接続》

《対象者以外の侵入を拒否》


「え」


私の身体が門へ吸い込まれる。


「澪様!」


イリスが手を伸ばす。

私も掴もうとする。

届かない。


「待って!」


「澪様!」


門が閉じる。


最後に見えたのは珍しく本気で焦っているイリスの顔だった。



「……また一人じゃん」


暗闇。

完全に。


何も見えない。


「イリス?」


返事なし。


「花瓶?」


それもない。


手元を探る。

なにも持っていない。


身体だけ。


と思った瞬間、明かりがついた。


「え」


病院。

白い廊下。


知っているような知らないような。


壁の文字。

日本語。


「東京……」


戻った?


違う。

私は床を見る。


足が透けている。


「……幽霊じゃん」


嫌だ。


目の前の扉が開く。

若い女の人が出てきた。


私は固まった。


「ママ?」


若い。

今よりずっと。


二十代くらい。

私と同じくらい。


母が廊下の椅子へ座る。


隣には父。


こっちも若い。


「パパ……」


二人とも私に気づかない。


当然。

過去だ。


母が手に紙を持っている。

父が隣から覗き込む。


「本当に?」


「うん」


「マジで?」


「何回聞くの」


母が笑う。


「本当だって」


父が見たことない顔をした。


嬉しそうで。

怖そうで。


「……どうしよう」


「何が?」


「俺、父親になるんだ」


「そうだよ」


「やばいな」


「何がやばいの」


「全部」


母が笑った。


「頼りな」


「いや、頑張るから」


「何を?」


「全部」


「雑」


また二人で笑う。


私はその前に立っていた。


「……私?」


この時。


もうお腹にいたんだ。


知らなかった。


当然知るわけがない。



場面が変わる。


家。


今の実家じゃない。

もっと小さい部屋。


母が床に座っている。


お腹が少し大きくなっている。


父が本を読んでいる。


「名前どうする?」


「まだ早くない?」


「早くない」


「女の子かも分かんないじゃん」


「女の子な気がする」


「適当」


机の上。

名前の本。


父がページをめくる。


「あ」

「何?」


「澪」


私の呼吸が止まる。


「みお?」


「うん」


「漢字は?」


父が見せる。


「澪」


母が少し考える。


「いいかも」


「でしょ」


「なんで?」


「水の道って意味なんだって」


「へえ」


「船が通ったあとにできる道とか」


母が笑う。


「この子が自分で道を作れるように?」


「……それいいな」


「今考えたでしょ」


「うん」


「じゃあ私が決めたことになるじゃん」


「二人で決めたことにしよう」


くだらない会話。


でも私は動けなかった。


「……私の名前」


知っていた。

もちろん。


でもこうして決めたんだ。


私が生まれる前。


二人で楽しそうに。



また。


時間が進む。

母のお腹が大きい。

父が小さな服を持っている。


「これ小さすぎない?」


「赤ちゃんなんだから」


「こんな小さいの?」


「知らない」


「お前も知らないじゃん」


二人とも何も知らない。


初めて。父親。母親。


完璧じゃない。

神でもない。

未来も分からない。


それなのに私が生まれるのを待っている。


「……ねえ」


私は呼びかけた。


当然聞こえない。


「ママ」


母は小さな服を畳んでいる。


「パパ」


父が横で何か手伝おうとして邪魔している。


「私さ」


声が震える。


「何で生まれるの?」


言った瞬間自分でも驚いた。


ずっと心のどこかにあった問い。


「何のため?」


二人は答えない。


「何か意味があったの?」


母は笑っている。


「私が生まれたら、何かすごいことするって思ってた?」


父が笑う。


「世界を救うとか」


笑ってしまう。

皮肉。


私は前世では神だった。


世界を二つにした。


それで人間に生まれた。


意味。


あるはずだと思った。


何か大きな運命。

使命。

理由。


「ねえ」


涙が出る。


「教えてよ」


声が強くなる。


「お願い」


母を見る。


「ママ」


父を見る。


「パパ」


二人の間に立つ。


「この世に生まれた意味を教えてよ」


答えはない。


当たり前だった。



景色が変わる。

病院。

夜。


母がベッドで苦しんでいる。

父が廊下を行ったり来たりしている。



そして赤ん坊の泣き声。


「生まれましたよ」


看護師の声。


父が動きを止める。


「……え」


私は自分の声を聞いていた。


赤ん坊の私。

母の隣。

小さい。

赤い。


泣いている。


「女の子ですよ」


父が近づく。


母は疲れ切っている。


でも笑っていた。


父も泣いていた。


「何泣いてんの」


「お前も泣いてるじゃん」


「私は疲れたの」


「俺も疲れた」


「何もしてないでしょ」


「ずっと待ってた」


「それだけじゃん」


二人が笑う。


父が赤ん坊の私を見る。


「澪」


母も。


「澪」


ただ名前を呼ぶ。


それだけ。


「……それだけ?」


私は呟く。


誰も使命なんて言わない。


「世界を救ってね」とも。


「すごい人になってね」とも。


「何かを成し遂げてね」とも。


ただ。


「生まれてきてくれてありがとう」


母が言った。


私は動けなくなった。


「……え」


父も赤ん坊の頭へ触れる。


「本当に」


小さな声。


「ありがとう」


胸の奥で何かが崩れた。


「待って」


二人に近づく。


「それだけ?」


声が震える。


「私が生まれた理由って」


母は赤ん坊を抱いている。


「それだけなの?」


何の使命も。


意味も。

目的も。

知らない。


ただ生まれてきたから。

嬉しい。


それだけ。


「……そんなの」


泣いた。


「そんなのでいいの?」



景色が止まった。


父も。母も。

赤ん坊の私も。

動かない。


声。


花瓶の声。


――第四門。

――問。


空中に文字が現れる。


《汝の誕生に、意味は存在したか》


「……」


分からない。


《汝は何のために生まれた》


答えられない。


「知らない」


文字は消えない。


「知らないよ」


もう一度。


「ママもパパも知らなかった」


二人を見る。


「ただ子供ができて」


「生まれるの待って」


「名前考えて」


「生まれたら喜んで」


それだけ。

涙を拭う。


「何のために生まれたかなんて」


私は首を振る。


「最初から誰も決めてなかった」


文字が揺れる。


《ならば》

《汝の生は無意味か》


胸が痛んだ。

無意味。


そうなの?


意味が決まってないなら。


生きる価値がない?


違う。


「分かんない」


正直に。


「まだ分かんない」


でも。

赤ん坊の私を見る。


「無意味だったら」


母。父。


「こんなに喜ばないと思う」


答えになってないかもしれない。


「生まれた意味は分からない」


私は言う。


「でも」


自分の胸へ手を当てる。


「生まれてきたことを、喜んでくれた人はいた」


その瞬間。

世界が光った。



目を開ける。


花畑。


でもアメンじゃない。


どこでもない場所。


目の前。

一本の花。

淡い桃色。


私は近づく。


触れる。


花が光へと変わり胸へ入る。


――第四花、開花条件達成。

――誕生に理由を求めず。

――与えられた愛を認識。

――第四花。

――《愛情》。


「愛情……」


花瓶が現れる。


三輪の隣。


桃色の花が咲く。


《四/九》


そして。


新しい文字。


《第五門座標――天哭平原》

《第五花――未定義》

《感情反応――孤独》


嫌な単語。

その瞬間。

門が開いた。


向こう。

イリス。


「澪様!」


私が出るより早く、イリスが抱きしめてきた。


「うわ」


強い。


「ちょっと」


「ご無事ですか」


「大丈夫」


「怪我は」


「ないって」


「精神汚染は」


「たぶんない」


「記憶欠損は」


「イリス」


「はい」


「苦しい」


「あ」


離れる。


珍しく本当に焦っていたらしい。


「ごめん」


「いいえ」


「心配した?」


「当然です」


即答。


少し嬉しかった。


「どうでしたか」


「ママとパパ見た」


イリスの表情が柔らかくなる。


「そうでしたか」


「若かった」


「それは」


「あと、パパ泣いてた」


「お生まれになった時に?」


「うん」


思い出す。


また少し泣きそうになる。


「私さ」


「はい」


「何のために生まれたのか聞いたんだ」


イリスが黙る。


「答えてくれなかった」


「……」


「というか」


私は笑う。


「二人とも知らなかった」


空を見る。


夕方。


アメンの空。


「神様だった私も知らない」


「はい」


「親も知らない」


「はい」


「じゃあ誰が知ってるんだろうね」


イリスは少し考えた。


「誰も」


「え?」


「誰も、知らないのではないでしょうか」


私は彼女を見る。


イリスが続ける。


「少なくとも私は」


微笑む。


「澪様が何のために生まれたかなど存じません」


「千年探したのに?」


「はい」


「じゃあなんで探したの」


「生きていてほしかったからです」


簡単に言った。


私は何も返せなかった。


「理由が必要でしょうか」


イリスが聞く。


「……分かんない」


「では」


歩き出す。


「分かるまで生きればよろしいかと」


「何それ」


「駄目でしょうか」


「いや」


ちょっと笑う。


「悪くないかも」


アルバが鼻を鳴らした。


花瓶には四輪。


慈悲。

追憶。

誕生。

愛情。


残り五輪。


まだ半分にも届いていない。


なのに少しだけ。

最初より帰ることだけを考えてはいなかった。



その夜。


野営。


焚き火。


私はスマホを見ていた。


家族写真。

父。

母。

私。


「イリス」


「はい」


「写真撮ろ」


「またですか?」


「また」


イリスが隣に座る。


インカメラ。

私。

イリス。

後ろにアルバ。


「アルバも入ってる」


「良い写真になりそうですね」


「じゃあ撮るよ」


シャッター。


一枚。


画面を見る。


三人。

いや、二人と一頭。


笑っている。


「保存」


「消さないでくださいませ」


「分かってるって」


同じことを言う。


私はスマホをしまった。


夜空を見る。


アメンには星がたくさんある。


東京とは全然違う。


綺麗。


「ねえイリス」


「はい」


「地球に行けたら」


言ってから。


止まった。


イリスを見る。


「何でしょう」


「……何でもない」


「そうですか」


言えなかった。


地球に行けたら。


一緒に来る?


そう聞こうとした。


でも。


何となく。


聞いてはいけない気がした。


花瓶が微かに光る。


《第五門――天哭平原》

《感情――孤独》


風が吹く。

遠く。

どこかで。


鐘が鳴った。


ゴォン――。


そしてその音の向こうに。

誰かの泣き声が聞こえた気がした。

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