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異世界に召喚されたのに、銀貨三枚で追放されました  作者: 高橋 淳


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6/13

第6話 銀貨三枚の神様

アルヴェリア王国が見えたのは、それから四日後だった。


「……煙出てない?」


私はアルバの背中から王都を見る。


遠く。


城壁の向こうから、黒い煙が何本も上がっている。


私が追い出されたときには、もっと綺麗な街だった。


白い城壁。

赤い屋根。

大きな神殿。


今は。


城壁の一部が崩れている。


空には、何かが飛んでいた。


「鳥?」


「魔物です」


イリスが即答する。


「やっぱり?」


「はい」


近づくほど、状況が分かってきた。


城壁の外。


大量の人が避難している。


荷物を抱えた住民。


怪我人。


泣いている子供。


騎士たちが必死に誘導している。


そして。


空。


巨大な亀裂。


青い空が割れている。


その向こうに、暗い何かが見えた。


「ルクスで見た門と似てる」


「第三門が不完全に開いております」


イリスが亀裂を睨む。


「不完全?」


「本来、九門は九花に呼応して開くもの」


「でも私、第三花もう持ってるよ」


花瓶を見る。


白。

青。

金。


三輪。


「澪様が開いたのではございません」


「じゃあ誰が?」


イリスが王都を見る。


「おそらく」


嫌そうな顔。


「聖女でしょう」


エレノア。


名前が浮かぶ。


「どういうこと?」


「神聖魔法は神から力を借りる術です」


「うん」


「それ自体が悪いものではございません」


「でも?」


「大量に使えば、神と人との繋がりが強くなる」


私は空の亀裂を見る。


「つまり」


「閉じていた扉を、内側から叩き続けたようなものです」


「……最悪じゃん」


「まことに」


アルヴェリアは、エレノアを《真の聖女》として持ち上げた。


きっと使ったんだ。


神聖魔法を。


何度も。


何度も。


「それで第三門が?」


「おそらく」


「エレノア本人は知ってたのかな」


「分かりません」


それなら。


全部を彼女のせいにする気にはなれない。


「行こう」


私はアルバから降りた。


イリスが振り返る。


「王都へ?」


「うん」


「追放された場所ですが」


「知ってる」


「銀貨三枚で」


「それ何回言うの」


「重要ですので」


「イリス」


「はい」


「今日は絶対燃やさないでね」


「……」


「返事」


「善処いたします」


「駄目」


「承知いたしました」



城門前は混乱していた。


「次!」


騎士が叫ぶ。


「怪我人を東側へ!」


「治癒術師はどこだ!」


「もう魔力切れです!」


「北門からまた魔物が!」


私は人波を避けながら進む。


「すみません」


騎士に声をかける。


「王都へ入りたいんですけど」


「今は封鎖中だ!」


「でも」


「帰れ!」


見覚えのある顔だった。


城門の騎士。


あの日。


私に「行け」と言った人。


向こうも気づいた。


「……お前」


「どうも」


騎士の顔が変わる。


「なぜ戻ってきた」


「用事があるので」


「王都には入れない」


「第三門を探したいんです」


「何を言っている」


「だから」


そのとき。


騎士の目が私の後ろを見る。


顔色が消えた。


「……ま」


振り返る。


イリス。


普通に立っている。


「魔女……」


騎士が剣を抜いた。


「黒炎の魔女!」


周囲がざわつく。


「魔女だ!」


「逃げろ!」


「騎士団!」


イリスの眉が僅かに動く。


黒炎が出た。


「イリス」


「まだ何もしておりません」


「出てる」


「自然現象です」


「消して」


「……はい」


黒炎が消える。


騎士が震えながら私を見る。


「なぜ、お前がそいつと一緒にいる」


「一緒に旅してるから」


「意味が分からない!」


私も一週間前ならそう思う。


「とにかく入れて」


「駄目だ!」


「じゃあ別の入口探す」


「待て!」


面倒。


その瞬間。


上空から悲鳴。


「来るぞ!」


巨大な影が落ちてきた。


鳥。


いや、翼竜みたいな魔物。

体長は十メートル以上。


住民たちの真上。


「伏せろ!」


騎士が叫ぶ。


魔物が口を開く。


赤い光。


火。


「イリス!」


呼ぶより早かった。


黒炎。

一瞬。

魔物の頭上に黒い線が走った。


そのまま翼竜が真っ二つになった。


「……」


地面へ落ちる直前。


黒炎が全身を包む。


消えた。

灰すら残らない。


沈黙。


イリスが私を見る。


「燃やしてはおりません」


「今のは?」


「焼却です」


「同じでしょ」


「対象が王城ではございませんので」


「まあいいけど」


騎士たちは。


完全に固まっていた。


「入っていい?」


返事がない。


「入るね」


私たちは城門を通った。



王都の中は酷かった。


建物が壊れている。


怪我人。

魔物の死骸。

道端には治療を待つ人。


「これ全部」


「数日前からでしょう」


イリスが空を見る。


「亀裂が広がっております」


「閉じられる?」


「澪様なら」


「私?」


「第三門を正しく開くことができれば」


花瓶を見る。


三輪。


「じゃあ門を探そう」


「その前に」


イリスが指差す。


大通りの先。


王城。


「情報を集める必要がございます」


「……あそこ行くの?」


「はい」


「嫌だなあ」


「燃やしましょうか?」


「行く」



王城の門。


当然、止められた。


でも私の顔を知っている騎士がいた。


「……無能聖女」


小さく言われた。


聞こえてる。


イリスも聞いていた。


黒炎。


「イリス」


「何も」


「出てる」


「……」


「消して」


渋々消す。


「陛下に伝えてください」


私は騎士を見る。


「天城澪が戻ったって」


「なぜ陛下がお前などに」


「黒炎の魔女も一緒です」


騎士が黙る。


五分後、城内へ通された。


早い。



謁見の間。


懐かしい。

と言っても、まだ一週間くらいしか経っていない。


玉座。


国王ガルディオ。


その隣に大臣。


神官。


騎士団長。


そして。


「……」


エレノア。


前に見た時とは全然違う。


顔色が悪い。

目の下に隈。

白い聖女服。


でも疲れ切っている。


国王が私を見る。


「天城澪」


声。


以前より弱い。


「何の用だ」


「第三門を探しに来ました」


「第三門?」


「知らないならいいです」


「待て」


国王の目がイリスへ向く。


「なぜ黒炎の魔女がここにいる」


「一緒に来たからです」


「なぜ!」


「知り合いなので」


「知り合い……?」


イリスが一歩前へ。


騎士たちが剣へ手をかける。


「その手を」


イリスの声が冷える。


「剣から離しなさい」


誰も動けない。


「私があなた方を害するつもりなら」


黒炎が指先に灯る。


「すでにこの城はございません」


「イリス」


「事実を申し上げただけです」


「怖いって」


「申し訳ございません」


私にだけ普通。


周囲からすると余計怖いだろう。


国王が私を見る。


「魔女がお前を従えているのか」


「従えてないです」


「違います」


イリスが言った。


「え?」


私も見る。


イリスは国王へ向き直る。


「逆です」


「逆?」


「私が」


そのまま。


イリスは私の前で膝をついた。


「この御方にお仕えしております」


「ちょっと」


「澪様」


「今やる必要あった?」


「ございます」


絶対楽しんでる。


謁見の間がざわつく。


「魔女が……」


「あの黒炎の魔女が?」


国王の顔が引きつる。


「なぜ」


そのとき。


別の声。


「その花瓶……」


見る。


白髪の老人。


私を召喚した夜。


部屋の隅で花瓶を見ていた神官。


「あなた」


老人が震えながら近づく。


「その器を」


「知ってるんですか?」


老人の顔色がなくなっていく。


「あり得ない」


「何が?」


「《九花聖器》」


イリスの目が動く。


「知識は残っておりましたか」


老人がイリスを見る。

さらに震える。


「まさか」


視線が。


私へ。


「その御方は……」


イリスが笑う。


「お気づきになりましたか」


「イリス」


嫌な予感。


「まだ言わなくていいから」


「しかし」


「いい」


老人は私の顔を見る。


花瓶。

三輪。


そして何かを思い出したように。


私の髪。

目。

顔。


「……生命神」


小さな声。


謁見の間が静まる。


「何?」


国王が聞き返す。


老人は。


膝をついた。


「大神官?」


国王が立ち上がる。


老人は私へ頭を下げる。


「生命神ミオ」


声が震えていた。


「まさか」


額が床につく。


「御身が」


沈黙。


国王が笑った。


「何を馬鹿なことを」


誰も笑わない。


「大神官」


「陛下」


老人が顔を上げる。


涙が浮かんでいる。


「王家地下聖堂に残る神像をご覧になったことがあるでしょう」


「当然だ」


「生命神ミオの御尊顔を」


国王の顔が。


ゆっくり私へ向く。


「……」


理解したらしい。


「いや」


首を振る。


「あり得ぬ」


イリスが立ち上がった。


「何があり得ないのでしょう」


「生命神は千年前に消えた!」


「はい」


「ならば!」


「人として転生なさいました」


国王が固まる。


エレノアも。


周囲全員。


私はいたたまれなくなってきた。


「これ、私が説明する?」


「私がいたします」


イリス。


楽しそう。


「しなくていい」


「しかし」


「短くね」


「承知いたしました」


イリスは国王を見る。


「あなた方が異界召喚によって無理やり連れてきた女性」


一歩。


「魔力がないと笑い」


一歩。


「用途がないと判断し」


一歩。


「銀貨三枚を与えて追放した御方は」


国王の顔から血の気が引く。


「千年前」


黒炎が揺れる。


「あなた方の祖先が祈りを捧げ」


「イリス」


「今なお、この国の大神殿にて毎朝毎夕祈りを捧げている」


「長い」


「失礼いたしました」


イリスが少しだけ頭を下げる。


そして。


「生命神ミオ、その御本人です」


完全な沈黙。


私は天井を見る。


恥ずかしい。


ものすごく。


国王の口が開く。


閉じる。


また開く。


「……天城」


「澪です」


「澪……様」


早い。


切り替えが。


「先ほどと呼び方違いません?」


「それは」


「まあいいですけど」


エレノアが突然言った。


「嘘です」


私は彼女を見る。


「そんなの嘘」


震えている。


「だって」


自分を指差す。


「聖女は私です」


「うん」


「神から力を授かった」


「うん」


「あなたは魔力ゼロだった!」


「そうだね」


「だったら何で!」


叫ぶ。


「あなたが神なの!」


空気が重くなる。


イリスが動こうとする。


私は手で止めた。


「私も最近知ったから」


エレノアが固まる。


「え?」


「一週間前まで普通に大学生だったし」


「ダイガク……?」


「だから」


私は花瓶を見る。


「別に神様になったつもりもない」


「なら」


「でも」


私はエレノアを見る。


「あなたの力」


一瞬。


花瓶が光った。


エレノアの体から滲んでいる金色の光。

細い糸みたいなものが空へ伸びている。


「あ」


分かった。

神聖魔法。

神との繋がり。


「借り物なんだ」


エレノアの顔が強張る。


「違う」


「多分」


私は手を伸ばした。


「それ」


花瓶の三輪が揺れる。

金色の糸が震えた。


「使いすぎてる」


「何を」


「神様との繋がり」


その瞬間。

空の亀裂が大きく開いた。


ドォン――!


城が揺れる。


悲鳴。


「第三門!」


イリスが叫ぶ。


窓を見る。


空。


亀裂から。


巨大な腕が出てきていた。

人間じゃない。

石みたいな皮膚。


指だけで塔ほどある。


「なにあれ」


「門守です」


イリスの顔が険しくなる。


「第三門を強制的に開いた代償です」


王都中から悲鳴。

国王が私を見る。


「澪様!」


来た。

嫌な予感。


「お救いください!」


「……」


「この国を!」


ものすごい手のひら返し。

私は黙る。


「必要なものは何でも用意する!」


「……」


「金か! 領地か!」


「いらない」


「では地位を!」


「いらない」


「ならば!」


国王が玉座から降りる。


私の前で膝をついた。


「この国へお戻りください」


「嫌です」


即答。


国王が固まる。


「王家はあなた様を最高位の聖女として」


「聖女じゃないし」


「では女王として!」


「やらない」


「何をお望みなのです!」


私は少し考える。


「第三門の場所」


「……」


「それだけです」


国王が。


何とも言えない顔をした。


「私はここに戻りたくて来たわけじゃない」


あの日。


役立たず。

魔力ゼロ。

何もできない。


そう言われた。


悔しかった。

怖かった。


でも今は本当にどうでもいい。


「東京に帰りたいだけなので」


その時、外で大きな音がして窓ガラスが割れた。


門守の腕が城壁を叩き壊している。


「澪様!」


国王が叫ぶ。


「お願いします!」


私は窓の外を見る。


逃げる人。

泣いている子供。

怪我人。


「あなたを助けるつもりはないです」


国王の顔が絶望する。


「でも」


私は歩き出す。


「この人たちは」


城下町を見る。


「私を追い出してないから」


花瓶から、


白い花《慈悲》。

青い花《追憶》。

金の花《誕生》。


三輪が浮かび上がる。


イリスが微笑んだ。


「お供いたします」


「うん」


「城は?」


「燃やさない」


「……」


「イリス」


「はい」


「絶対」


「承知いたしました」


私たちは王城を飛び出した。



門守。


近くで見ると大きすぎる。


空の亀裂から上半身だけ出ている。


顔はない、石の巨人。


「どう倒すの?」


「倒す必要はございません」


「じゃあ?」


「第三門を正しく開いてください」


「どこ!」


イリスが指差す。


大神殿。

王都中央。


「神殿?」


「地下です!」


走る。


魔物が落ちてくる。


イリスの黒炎。


消える。


一体。

二体。

十体。


「便利すぎない?」


「千年の成果です」


「そういう問題?」


大神殿へ入る。


神官たちが私を見る。


そして固まる。


中央。


巨大な神像。

白髪。

金の瞳。

生命神ミオ。


私。


「……似てる」


というか。


完全に私。


ちょっと盛られてるけど。


「胸、大きくない?」


「神像ですので」


「私こんななかったよね?」


「……」


「イリス?」


「記憶が曖昧です」


嘘。


地下へ降りる。

巨大な扉。

九輪の花。

三つ。


光っている。


「これだ」


花瓶を近づける。

三輪が輝く。


でも扉が開かない。


「何で?」


文字。


《第三花――誕生》

《第三門開放条件》

《神より授かった力を返却せよ》


「神より?」


私は振り返る。

エレノア。


息を切らして階段を降りてきていた。


「待って!」


国王も。


神官も。


「エレノア」


彼女の身体から伸びている金の糸。


「多分、あなた」


「嫌」


即答。


「まだ何も言ってない」


「分かる!」


エレノアが自分の胸元を押さえる。


「これを取るんでしょう」


「多分」


「嫌!」


涙。


「これがなくなったら」


声が震える。


「私は何になるの」


私は何も言えない。


「ずっと言われてきた!」


エレノアが叫ぶ。


「特別でいろって!」


「……」


「家のために!」


「……」


「王国のために!」


「……」


「私は神に選ばれたんだって!」


泣いている。


「それまで全部なくなるの!」


この子も。


大変だったんだ。


たぶん。


「エレノア」


私は近づく。


「私」


言う。


「神様だったらしいけど」


「……」


「今、魔力ゼロだよ」


エレノアが私を見る。


「剣も使えない」


「……」


「治癒もできない」


花瓶を見る。


「でも」


「……」


「何とか生きてる」


エレノアの目から涙が落ちる。


「特別じゃなくなったら」


少し考える。


「普通になるだけじゃない?」


「普通……」


「悪くないよ」


私は笑う。


「結構」


エレノアがしばらく泣いていた。


そして。


「……取って」


小さな声。


「いいの?」


「怖い」


「うん」


「でも」


自分の胸元を握る。


「これのせいで、みんなが死ぬ方が嫌」


私は手を伸ばす。


花瓶が光る。


――神聖契約を確認。

――上位権限。

――生命神権限による契約解除。


「返して」


私は言った。

金色の糸が切れた。


光が。

空へ昇る。


エレノアの身体から、神聖魔力が消えていく。


そして扉が開いた。


ゴォン――。


第三門。



門の向こう。


巨大な空間。

中央。

石の巨人の核。


花瓶が光る。


「どうすればいいの?」


――第三門正常化。

――三花認証。


《慈悲》

《追憶》

《誕生》


三輪が浮かぶ。


光が広がる。

王都全体。

空の亀裂。


止まる。


門守が動きを止める。


そして崩れた。


石が光になる。


魔物も一体ずつ消えていく。


王都を覆う光。


負傷者の傷が完全ではないが、癒える。

出血が止まる。

倒れていた人が起き上がる。

崩れかけた建物が支えられる。


私はその中心に立っていた。


「……すご」


自分で言った。

イリスが笑う。


「澪様」


「何?」


「王都中から見られております」


「え」


振り返る。


人。

人。

人。


神殿の外。

大通り。

窓。

屋根。


全員。


こっちを見ている。


「……帰りたい」


「まだ東京には」


「そういう意味じゃない」



その日の夕方。


王都の広場。


国王が民衆の前で退位を発表した。


理由は異界召喚の強行、私の追放、エレノアの力の濫用。


王都危機への対応失敗。

神殿も王家への支持を撤回した。


大臣たちも逃げられなかった。


「そこまでしなくても」


私はイリスに言う。


「必要です」


「そう?」


「当然でございます」


「イリスが裏で何かしてない?」


「事実を大神官へお伝えしただけです」


「どんな?」


「召喚に使われた費用が国民への臨時課税で賄われていたことなど」


「……」


「他にも」


「もういい」


怖い。


エレノアは聖女の座を降りた。


神聖魔法。

なし。

治癒適性。

E。

魔力。

十二。


普通。


本当に。


普通の女の子になった。

広場の端。


彼女が立っている。

私を見る。


「澪」


「様いらないの?」


「……嫌味?」


「違う違う」


エレノアが少し笑った。

初めて、普通に。


「これからどうするの?」


「分からない」


「そっか」


「あなたは?」


「門探し」


「東京へ帰るため?」


「うん」


しばらく。


沈黙。


「ごめんなさい」


エレノアが言った。


「何が?」


「あなたを馬鹿にした」


「ああ」


正直忘れかけていた。


「まあ」


私は考える。


「結構ムカついた」


エレノアの顔が青くなる。


「でも」


「……」


「もういいよ」


「それだけ?」


「うん」


「私、あなたが追放される時に笑った」


「覚えてる」


「なのに」


エレノアが王都を見る。


「助けてくれた」


「あなたのためじゃない」


「……」


「みんな死にそうだったから」


私は花瓶を抱える。


「それだけ」


エレノアは少し泣いて、


「ありがとう」


と言った。



城門。


元国王が待っていた。


「澪様」


「何ですか」


「……なぜ」


「何が?」


「なぜ」


王都を見る。


「救ってくださったのです」


私は少し考えた。


「あなたに追い出されたからって」


元国王を見る。


「私まで、あなたみたいになる必要ないでしょう」


それだけ言った。


アルバへ乗る。

イリスも隣。


城門を出る。


今度は誰も私を追い出さない。


むしろ両側。


大勢の人がいた。

頭を下げる人。

手を振る人。

泣いている人。


「生命神様!」


「ありがとうございます!」


「澪様!」


恥ずかしい。


「イリス」


「はい」


「速く行こう」


「承知いたしました」


アルバが走り出す。

私は振り返らなかった。


前に、銀貨三枚だけ持たされて一人でこの門を出た。


あの時はものすごく不安だった。


でも今は。


花が三輪。

隣にはイリス。

アルバもいる。


私は一人じゃない。


「澪様」


「なに?」


イリスが。


ものすごく満足そうな顔をしている。


「何?」


「いえ」


「絶対何かあるでしょ」


「実に」


笑う。


「良い一日でした」


「やっぱり楽しんでたじゃん」


「何のことでしょう」


「もういい」


私は笑った。


そのとき、花瓶が震えた。


三輪の花が同時に伏せる。


そして。


器の表面へ新しい文字が浮かび上がった。


《第四門――記憶界》

《開放対象――天城澪》


私は笑うのをやめた。

さらに文字が続く。


《接続記憶》


《誕生以前》


《対象――母》


《対象――父》


胸が。


止まりそうになった。


「……ママ」


東京。

家族。


イリスが私を見る。


「澪様?」


私は花瓶を握った。


次の門にあるのは神だった頃の記憶じゃない。


天城澪として。


この世に生まれる前の記憶。


私はまだ知らない。


その場所で初めてずっと心の奥にあった問いを、自分の両親へ投げかけることになる。


どうして。


私を生んだの。


私は。


何のために、この世に生まれたの。

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