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異世界に召喚されたのに、銀貨三枚で追放されました  作者: 高橋 淳


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12/13

第12話 生きたい

《第九門》

《最終花――生》

《開放条件》

《死を選択せよ》


「進まないでください」


イリスの手が、私の腕を掴んでいる。

痛いくらい強い。


「イリス」


「駄目です」


「まだ何するかも」


「駄目です」


私の言葉を遮った。

顔を見る。

青ざめている。


第六門で神々と戦った時より。

ベルディアの記憶を見た時より。

怖がっていた。


「……離して」


「嫌です」


「イリス」


「嫌です」


子供みたいだった。


「門に入るだけかもしれないじゃん」


「《死を選択せよ》と書いてございます」


「見えてる」


「でしたら」


「でも」


私は第九門を見る。


暗い。何もない。


「ここまで来たんだよ」


八輪。

あと一つ。


「これを越えれば」


東京へ帰れる。


かもしれない。


世界も助けられる。


かもしれない。


「行かなきゃ」


「嫌です」


三回目。


「イリス」


「澪様」


今度はイリスが私の両肩を掴んだ。


「地球へ帰ることを諦めてください」


「……え」


「九花も」



「……」


「世界境界も」


「……」


「全て」


声が震える。


「もう、どうでもよろしい」


私は何も言えなかった。


「どうでもよくないよ」


「私にはどうでもよいのです」


「東京が壊れる」


「……」


「アメンも」


「……」


「神々が戻ってくる」


「……」


「たくさん人が死ぬかもしれない」


「それでも」


イリスが言った。


「澪様が死ぬよりは」


胸が痛い。


「そんなこと言わないで」


「言います」


「イリス」


「私は」


涙。


「一度」


落ちる。


「あなた様が世界のために死ぬところを」


もう一滴。


「見ております」


千年前。


ミオは1人で世界を裂いた。


「二度も」


声が掠れる。


「同じことをさせるために」

私の肩を掴む。


「千年探したのではございません」


「……」


「逃げましょう」


「どこに」


「どこでも」


「世界が融合したら」


「私が何とかします」


「無理だよ」


「やります」


「神三人いるよ」


「殺します」


「できるの?」


「できなくても」


黒炎が揺れる。


「死ぬまで戦います」


「それじゃ意味ないじゃん!」

声が響いた。

イリスが黙る。



「私が死ぬの嫌で」


「……」


「イリスが死んだら」


「……」


「同じじゃん」


「違います」


「違わない」


「違います!」


初めてイリスが私に怒鳴った。


「私はよいのです!」


「よくない!」


「私はもう千年以上!」


「関係ない!」


「澪様はまだ二十数年しか!」


「だから何!」


最悪。

こんなところで喧嘩。

先にイリスが泣いた。


「……嫌なのです」


小さい声。


「もう」


肩から手が落ちる。


「嫌なのです」


俯く。


「あなた様がいなくなるのが」


何も言えない。


「世界など」


「……」


「どうでもいい」


「……」


「私は」



「……」

「あなた様ほど優しくありません」


「知ってる」


「……」


「王国燃やすし」


「今それを仰いますか」


「ごめん」


少しイリスが笑った。

泣きながら。


「でも」


私は手を握る。


「行く」


笑顔が消えた。


「澪様」


「死ぬためじゃない」


第九門を見る。


「生きるため」


《生》


「だって」


文字を指す。


「最終花、《生》なんだよ」


「しかし条件は」


「《死を選択せよ》」


「はい」


「変じゃない?」


イリスが黙る。


「死んだら」


花は咲かない。


「《生》じゃない」


私は門へ向く。


「多分」


「……」


「何かある」


「危険すぎます」


「うん」


「戻れない可能性も」


「うん」


「死ぬ可能性も」


「怖い」


本当に怖い。


「でも」


イリスを見る。


「一緒に来て」


イリスの顔が歪んだ。


「……ずるい御方です」


「ごめん」


長い沈黙。

そして私の手を握る。


「絶対に」


「うん」


「手を離さないでください」


「うん」


「何があっても」


「分かった」


二人で第九門へ入った。


音がない。光も。身体も。


「イリス?」


返事なし。

手を握っていたはず。

ない。


「……また?」


真っ暗。


そして声。


『選べ』


目の前に二つの光。


一つ。


東京。母。父。家。大学。いつもの駅。


もう一つ。


アメン。イリス。アルバ。花瓶。旅。


『一方を救うため』


『一方を捨てよ』


「嫌」


即答。


『選べ』


「両方」


『不可能』


「じゃあ考える」


『時間はない』


東京の空に亀裂。


アメンでは大地が割れる。


人が。

逃げている。


『選ばなければ』


『双方が滅ぶ』


「……」



『地球を選べば』


アメンが消える。


イリスも。


『アメンを選べば』


東京。消える。母。父。


「ふざけんな」


『選べ』


「嫌」


『ならば』


三つ目。

光。

私。


『汝が死ねば』


文字。


《生命神残存魂魄を回収》

《天城澪消滅》

《生命神ミオ再構築》

《神格完全復元》

《世界境界再構築可能》


「……」


これ。

九花の先。

イリスが隠してた可能性。

私が消える。


ミオが戻る。


そしてミオなら二世界をまた分けられる。


『一人の死で』


『二世界が救われる』



「……」


『選べ』


東京。

アメン。

私。


三つ。


分かりやすい。

あまりにも。


「これが」


私は聞く。


「死を選択するってこと?」


『然り』


「私が死ねば」


『全て救われる』


「イリスも?」


『生存する』


「ママとパパも?」


『生存する』


「アルバも?」


『生存する』


「みんな?」



『然り』


「……そっか」


だったら簡単。


私一人。


前もそうした。


ミオもきっと同じだった。


「分かった」


手を伸ばす。


《天城澪消滅》


そこへ触れる。


東京。


母がいる。

父がいる。


アメン。


イリスがいる。

みんな。

生きる。


私だけ消える。


悪くない。


むしろ一番被害が少ない。


「……これで」


いいはず。


『選択を確認』


『天城澪の消滅を――』


「待って」


自分の声。


「……待って」


手が震えている。


嫌。


「ちょっと待って」


怖い。


第六花。

恐怖。

死ぬ。

私が消える。

何も見られない。


ママにも。

パパにも。

会えない。

大学にも帰れない。

イリスとも。

話せない。

写真も増えない。


「……嫌」


声。

小さい。


『選択せよ』


「嫌だ」


涙。


『二世界のため』


「嫌」


『多くの命のため』



「嫌だ!」


手を引く。


「死にたくない!」


声。

暗闇。

響く。


「私だって!」


泣く。


「生きたい!」


景色が変わった。


千年前。


ミオ。


世界境界で一人。


『魂まで使う』


あの場面。

でも前とは違う。

今回はミオの心が聞こえる。


――怖い。


私は固まった。


ミオ。


笑っている。


イリスを地球へ送る。


『生きて』


『幸せになって』


でも。


――嫌だ。

――死にたくない。

――私も行きたい。

――イリスと一緒に。

――もっと生きたい。


ミオが一人。


世界を裂く。

泣いている。


――誰か。

――止めて。


光。


――助けて。


私は息ができなかった。


「……同じじゃん」


神様でも怖かった。

死にたくなかった。

でも選んだ。

世界を。

自分より。


「馬鹿」


私はミオを見る。


「なんで一人で決めたの」


答えは分かる。


他に方法がなかったから。


「でも」


今は違う。


私はミオじゃない。


「私」


涙を拭う。


「死にたくない」


はっきり言う。


「世界も救いたい」


「東京にも帰りたい」


「アメンも残したい」


「イリスにも生きてほしい」


「ママとパパにも会いたい」


息を吸う。


「私も」


胸を押さえる。


「生きたい」


その瞬間に、声。


『ならば』


暗闇。


『何を選ぶ』


「全部」


『不可能』


「それ」


私は笑った。


「さっきも聞いた」


『世界には対価が必要』



「誰が決めたの」


『理である』


「神が?」


返事はない。


「神が作った理なら」


八輪の花が浮かぶ。


「変えればいい」


『人に何ができる』


「知らない」


慈悲。


「でも考える」


追憶。


「間違えるかもしれない」


誕生。


「怖い」


愛情。


「一人じゃ無理」


孤独。


「失うのも嫌」


恐怖。


「後悔もする」


後悔。


「怒る」


憤怒。


八輪。


私の周りを回る。


「それでも」


最後。


「生きる」



光。


一本の真っ白な花が咲いた。


――第九花、開花条件達成。

――死を選択。

――自己犠牲を選択。

――その結末を理解。

――なお。

――死を拒絶。

――他者の生と等しく。

――己の生を望む。

――第九花。

――《生》。

《九/九》


私は笑った。


「やっぱり」


死ぬことが答えじゃなかった。


死を選べる状況でそれでも。


生きたいと言えるか。


それが最後の門だった。


光が戻る。


「澪様!」


イリスに抱きしめられる。


「生きてる」


「はい」



「私」


自分の身体を触る。


「生きてる」


「はい!」


イリスが泣いている。


「よかった」


私も抱きしめる。



「ごめん」



「何が」


「一回」


「……」


「死ぬ方選んだ」


イリスの身体が固まった。


「何と?」


「でもやめた」


「……」


「イリス?」


離れる。

顔が怖い。

ものすごく。


「誰が」


黒炎。


「その選択肢を」


「門」


「燃やします」


「門を?」


「はい」


「落ち着いて」


「燃やします」


「もう終わったから!」


「関係ございません」


「イリス!」


九輪の花が光る。

その光に黒炎が消される。


「……」


「ほら」


「花瓶にまで止められました」


「初めてだね」


「不愉快です」


でも泣きながら笑っていた。


九つの花が全部咲いた。


白。

青。

金。

桃。

紫。

赤。

青灰。

黒赤。

そして、真白。


花瓶には文字。


《九/九》

《九花完成》

《世界境界中枢への接続を開始》


空間が震える。


神々の領域。


第九門。

全部。

崩れる。

その向こうに巨大な光の球。


「……あれ」



私だ。

いや、ミオ。

九十九・九七パーセント。

神格。

神体。

魂。

千年前に世界境界へ置いていった生命神の全て。


『戻れ』


声。

光の中。


『一つになれ』


身体が引かれる。


「っ」


イリスが私の手を掴む。


「澪様!」


『九花は揃った』


『生命神は再誕する』


強い光。


『人の器を捨てよ』


頭が痛い。

記憶。

流れ込む。


千年。


いや、もっと。


世界を作った日。

最初の人間。

神々。

戦争。

全部。


「うっ……」


「澪様!」


『戻れ』


白髪。

指先が変わる。

髪が黒から白へ。


「イリス」


「嫌です」


「私」


「嫌です!」


金色の視界。

変わる。


「ミオに」


「澪様!」


声が遠い。


『生命神ミオ』

『再構築率――十二パーセント』

『二十三』

『四十一』


「待って」


私、消える?


『五十八』


天城澪。

記憶が薄い。


『七十二』


母。

父。


『八十一』


大学。

東京。


『八十八』


イリス。


「……」


『九十三』


名前。

私の。

何だっけ。


『九十六』


誰かが手を握ってる。


『九十八』


声。


『ミオ様!』


違う。

違う。


「……」


誰。

私。


『九十九』


その瞬間。

頬。

痛い。


「澪!」


叩かれた。


「……え」


イリスが初めて。

様を付けなかった。


「澪!」


泣いてる。


「戻ってきて!」


私。


「……イリス」


『再構築――』


「私の名前」


「澪です!」


「……」


「天城澪!」


そうだ。


「澪」


私は自分で言う。


「天城」


記憶が戻る。


「澪」


光が止まった。


『異常』


『生命神再構築を継続』


「嫌」


『拒否権限なし』


「ある」


九輪の花が光る。


「これは」


花瓶を握る。


「私が集めた」


『生命神の神器』


「違う」


九つ。

全部。


人として得た。


「私の花」


九花が、光の球を囲む。


『何をする』


「戻ってきて」


私は光へ手を伸ばした。


「でも」


九十九・九七パーセントの。


私。


「私を消さないで」


『矛盾』


「うん」


『同一魂の二人格は成立しない』


「じゃあ」


笑う。


「成立するようにして」


『不可能』


「またそれ?」


九つの花が一斉に光る。


「神様って」


私は光を掴んだ。


「本当にそればっかり」


爆発。


記憶が全部入ってくる。


でも飲まれない。


ミオ。私。二人。違う。同じ。私は。


神だった。


そして人になった。

どちらも私。


でも今選ぶ名前は。


「天城澪」


光が身体へ。

神格が入る。


魂が戻る。


でも白髪は途中で止まる。


半分黒。半分白。


金の瞳も片方だけ。


もう片方は元の色。


「……変」


自分の髪を見る。

イリスが呆然。


「澪様」


「様戻った」


「……澪」


「それはちょっと恥ずかしい」


イリスは泣きながら笑った。


「澪様」


「うん」


「覚えておられますか」


「何を」


「私を」


私はイリスを見る。


千年前。


幼い。転ぶ。剣。振る。笑う。泣く。


世界境界。


戻ってくる。間に合わない。


千年探した。


そして。今。


「全部」


イリスの顔が崩れた。


「でも」


私は手を握る。


「今の私が一番新しいから」


「……はい」


「ミオって呼ばないでね」


「はい」


「澪」


「……」


「呼んで」


イリスが泣く。


「澪」


「うん」


それでいい。


世界境界中枢。

私の前には二つの世界。


東京。アメン。


融合。


残りわずか。


後ろ。


アルディア。


ネレイス。


オルド。


三柱。


『生命神』


アルディアが。


私を見る。


『神格を取り戻したか』


「うん」


『ならば分かるはずだ』


「何が」


『二世界を維持するには』


『どちらかを閉ざす必要がある』


私は二つを見る。


千年前。


ミオは地球を神から隔離した。


巨大なフラスコ。


でもそれは。


永遠じゃなかった。


「閉ざさない」


『ならば融合する』


「融合もしない」


『不可能』


「第三案」


『存在しない』


「作る」


私は九花を掲げた。


「神と人を」


アルディアを見る。


「切り離す」


沈黙。


『何?』


「世界を分けるんじゃない」


神々を見る。


「神を」


黒炎。


私の周囲。


燃える。


「世界から降ろす」



アルディアの顔が初めて恐怖に歪んだ。

『貴様』


「人間を作ったからって」


九花の光。


「支配する権利まで」


世界境界が震える。


「あると思うな」


神々が同時に力を放つ。


イリスは私の隣にいる。


「澪」


「なに」


「今度こそ」


笑う。


「一人ではございません」


私はその手を握った。


「うん」

九花は完成。

神格も完全。


天城澪。

人間。

そして。

神だったもの。


全部。


ここにいる。


「終わらせよう」


千年前の戦争を。


今度こそ誰も。


世界のために死ななくていい形で。


黒い炎が世界境界いっぱいに燃え上がった。

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