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異世界に召喚されたのに、銀貨三枚で追放されました  作者: 高橋 淳


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11/13

第11話 怒りが満ちる

ベルディアが燃えている。


三年前の夜。


黒い炎が家々を舐め、石畳を這い、王城を包んでいた。


逃げる人。

叫ぶ人。

泣く人。


その全てが過去の残響。

私たちに触れることはない。

それでも。


「……ひどい」


思わず言った。

イリスは何も答えなかった。


隣に立って燃える街を見ている。


自分が燃やした街を。


「イリス」


「はい」


「何があったの」


長い沈黙。


「行きましょう」


それだけ。

私たちは炎の中を歩いた。


大通り。

兵士たちが走っている。


『魔女だ!』


『西門を閉じろ!』


『王族を地下へ!』


『住民はどうする!』


『構うな!』


その言葉にイリスの足が止まった。

過去のイリスが道の向こうにいる。


黒いドレス。

黒炎。


今と同じ姿。

でも顔が違う。


怒っている。


そんな簡単な言葉じゃ足りない。


兵士が剣を向ける。


『止まれ!』


過去のイリスは止まらない。


『それ以上近づけば――』


黒炎。

兵士の剣だけが消えた。


『……え』


『逃げなさい』


低い声。


『私が殺したいのは、あなた方ではありません』


兵士たちが逃げる。


今のイリスが小さく言った。


「最初は」


「うん」


「王国そのものを滅ぼすつもりはございませんでした」


「じゃあ」


「王族と研究者」


燃える王城を見る。


「それだけで終えるつもりでした」


嫌な予感がした。


「終わらなかったんだ」


「はい」


景色が変わる。

地下。


記憶の中で見た場所。


異界研究施設。

鉄格子。

魔法陣。

血。

資料。


でも前に見た時よりずっと長い。


イリスがここへ来て、人体実験を見て怒って、王国を滅ぼした。

それだけだった。


今回は。


一人の少女が檻に入っている。

十二歳くらい。

痩せている。


首輪。


『被験体二百七十三号』


研究者。


『異界魂への人工接続を開始』


少女が震えている。


『嫌』


誰も聞かない。


『帰りたい』


魔法陣が光る。


『お母さん』


私は目を逸らした。


悲鳴。


そして静かになった。

研究者が紙へ書く。


『失敗』


それだけ。


次。

少年。

次。

老人。

次。

女。


「……何人」


「記録上」


イリスが答える。


「二百七十三名」


「全部?」

「はい」


「死んだの?」


「生存者は七名」


「……」


「その七名も」


イリスの声が少し揺れる。


「人として生活できる状態ではございませんでした」


気持ち悪い。


「何のために」


「地球へ至るためです」


私はイリスを見る。


「地球?」


「ベルディア王国は、世界境界の存在を発見しておりました」


「いつ」


「約四十年前です」


「じゃあ」


「地球そのものは知りませんでした」


イリスが資料を見る。


「ですが、境界の向こうに別世界があることは把握していた」


「それで人体実験?」


「異世界へ接続できれば」


過去の研究者たちが話している。


『未知の資源』


『未知の技術』


『新たな領土』


『ベルディアは大陸最大の国家となる』


私は黙った。


「……それだけ?」


「はい」


「二百人以上殺して?」


「はい」


腹の奥が熱い。

でもまだイリスの話は終わっていなかった。


研究所の最深部。巨大な装置。

中央。

透明な結晶。

その中。

光。


でも見た瞬間分かった。


「……これ」


胸が痛い。


「私?」


イリスが頷く。


「澪様の魂魄波形です」


「なんで」


「実験の過程で」


イリスが装置を見る。


「偶然、世界境界の外側に存在する魂を捕捉した」


東京。

三年前。

普通に生活していた。


「じゃあベルディアが」


「澪様を発見したのです」


「でも」


「直接接触することはできなかった」


世界境界がある。

だから。


「観測だけ?」


「最初は」


嫌な言い方。


「その後は?」


イリスが答える前。

過去の研究者が話した。


『対象魂魄』


『生命神ミオとの一致率九九・九九七』


別の研究者。


『あり得ない』


『生命神はこの世界にいるはずだ』


『ならば直接調べてみる他ない』


『回収できれば』


『神格の再現も可能では?』


空気が変わった。


『召喚する』


「……」


『この魂を』


私は動けなかった。


『世界境界から引きずり出せ』


イリスの黒炎が隣で揺れた。


「これ」


私はやっと言う。


「アルヴェリアじゃないの?」


「召喚そのものを行ったのはアルヴェリアです」


「じゃあ」


「術式の基礎理論」


イリスが低く言う。


「それを作ったのがベルディアでした」


繋がった。


三年前のベルディア滅亡。異界魂研究。


私を発見。召喚術式。

そして三年後、アルヴェリアが私を召喚した。


「何でアルヴェリアが術式を?」


「ベルディア滅亡後」


「……」


「研究資料の一部が流出しました」


「誰が持っていったの」


「当時のベルディア宮廷魔術師」


「そいつが?」


「アルヴェリアへ亡命しました」


最悪。


「じゃあ」


「私がベルディアを滅ぼしたことで」


イリスの声。


止まる。


「結果として」


「術式がアルヴェリアに渡った」


「……はい」


イリスは俯く。


「私のせいでもございます」


「違うでしょ」


即答した。

イリスが私を見る。


「でも」


「資料盗んだやつが悪いじゃん」


「私が」


「イリス」


「……」


「それまで自分のせいにするのやめて」


「しかし」


「じゃあ私が世界分けたせいで全部起きたって言ったら?」


「それは違います」


即答。


「同じ」


イリスが黙った。

「それは後悔の門でやったでしょ」


「……はい」


「今は」


燃える街。

黒炎。


「怒りの話」


過去のイリスが資料を読んでいる。


一枚。

二枚。

三枚。


手が震えていく。


『対象魂魄への干渉実験』

『接続成功率〇・〇〇〇一』

『干渉強度を上昇』

『対象の精神状態に一時的乱調を確認』


「待って」


私は紙を見る。


「精神状態?」


イリスが。


何も言わない。


『実験日』


日付は三年前。


東京。


覚えている。


大学帰りの電車。


突然息ができなくなった。


理由もなく。


怖くなった。

駅のトイレで一人。

泣いた。


何で泣いてるのか自分でも分からなかった。


翌日には普通だった。

忘れていた。


「……あれ」


声が出ない。


「こいつら?」


「はい」

何かが切れた。


「ふざけんな」


自分でも驚くくらい低い声。


イリスが私を見る。


「何それ」


紙を掴もうとする。


触れない。

過去だから。


「勝手に」


腹が熱い。


「人の頭弄って」


「澪様」


「二百人殺して」


黒い炎。

イリスじゃない。

花瓶。

第八花の蕾。


「自分たちが強くなるため?」


蕾が黒赤く光る。


「ふざけんな」


イリスが少し笑った。


「何」


「いえ」


「何で笑うの」


「同じことを」


過去の自分を見る。


「あの日、私も申し上げました」


王宮。玉座。


過去のイリス。


一人。


王の前。


『研究を止めなさい』


王が笑う。


『何者かと思えば』


『魔女風情が』


『二百七十三名』


イリスの声。


『何人殺せば』


黒炎。


『満足するのですか』


『必要な犠牲だ』


『何の』


『国の発展』


『……』


『神の力が手に入れば』


王が笑う。


『ベルディアは永遠となる』


イリスの顔から最後の表情が消えた。


『永遠』


『そうだ』


『随分』


黒炎。


『安い永遠ですね』


王が立つ。


『捕らえろ!』


何十人もの騎士。


過去のイリスは動かない。


『一つ』


静か。


『お尋ねします』


王を見る。



『被験者の中にあなたのご家族はいらっしゃいましたか』


王は笑う。


『いるわけがなかろう』


『左様ですか』


その瞬間。

黒炎が王宮を包んだ。


「そこから?」


「はい」


「王国全部?」


「……」


イリスが目を伏せる。


「私は」


炎を見る。


「止まれませんでした」


研究所。王宮。軍施設。貴族街。


それだけじゃない。


炎が広がった。


住宅街。商店。教会。


「住民も」


「はい」


声が小さい。


「殺した?」


「……はい」


胸が冷える。


私が知っていたのは王国を滅ぼしたという言葉だけだった。


でも今目の前に見えるのは。


逃げる母親。子供。老人。兵士じゃない。研究者でもない。


ただ、住んでいただけの人。


黒炎。



「何人?」


「……」


「イリス」


「正確な数は」


声が掠れる。


「分かりません」


私は何も言えなかった。


イリスも何も言わない。


遠く、家が崩れる。


泣き声。


『助けて!』


過去のイリスは歩いている。


止まらない。


顔。


泣いていた。怒りながら。泣いていた。


「……なんで」


「何でしょう」


「なんで止めなかったの」


聞いた。


責めたいわけじゃない。

でも聞かなきゃいけない。


「研究者を殺した」


「はい」


「王族も」


「はい」


「そこから先は」


「……」


「関係ない人じゃん」


「はい」


イリスは言い訳しなかった。


「怒っていたから?」


「はい」


「それで?」


「はい」


「……」


「私は」


イリスが炎を見る。


「怒りを理由に」


声が震える。


「人を殺しました」


「……」


「澪様を探して千年」


「……」


「何も見つからず」


「……」


「ようやく見つけた手掛かりが」


研究所。


「人の命を使い潰した果てに得られたものだった」


「……」


「そして」


私を見る。


「その者たちが」


「……」


「あなた様にまで手を伸ばしていた」

黒炎が揺れる。


「許せなかった」


「うん」


「全てが」


「……」


「人間も」


「……」


「神も」


「……」


「世界も」


「……」


「私自身も」


最後のそれが。

一番強かった。


景色が変わる。


王都、夜明け。


燃え尽きている。


過去のイリスは一人。


広場には黒い灰が空から降っている。

雪みたいに。


「……」


過去のイリスが。

手を見る。

黒炎。


『何を』


声。


『しているのでしょう』


誰も答えない。


『ミオ様』


空を見る。


『私は』


泣く。


『あなた様が守った人を』


膝をつく。


『殺してしまいました』


黒炎が消える。


『……ごめんなさい』


それでも死んだ人は戻らない。


私は隣のイリスを見る。


今のイリスも同じ場所を見ていた。


「三年前から」


「はい」


「ずっと後悔してた?」


「はい」


「じゃあ何で第7花じゃなかったの」


「……分かりません」


私は少し考える。


「多分」


花瓶。

黒赤い蕾。


「後悔だけじゃないから」


「……」


「まだ怒ってるんでしょ」


イリスが私を見る。


「ベルディアに?」


「違う」


私はイリスを見る。


「自分に」


沈黙。当たった。


「許せない?」


「……はい」


「三年前の自分」


「はい」


「殺した自分」


「はい」


「じゃあ」


私は花瓶を見る。


「どうしたらいいんだろ」


その瞬間。


景色が変わった。

燃えるベルディア。


消える。


暗闇のなか、中央に一人。


過去のイリス。


そして向かいには今のイリス。


二人。


同じ顔。


過去のイリスが剣を持つ。


『許すのですか』


今のイリスは黙る。


『私を』


「……」


『罪のない者を殺した』


「……」


『子供も』


「……」


『老人も』


「……」


『あなたは』


黒炎。


『私を赦せるのですか』


イリスが答えない。


私は口を挟まなかった。


これはイリスが答えること。


長い沈黙。

やがて。


「いいえ」


イリスが言った。


過去のイリスが笑う。


『なら』


「赦しません」


「イリス?」


「私は」


今のイリスが過去の自分を見る。


「あなたを赦すことはできません」


『なら殺せ』


「それもいたしません」


『なぜ』


「死ねば」


一歩。


「終わるからです」


『……』


「私が殺した方々は」


一歩。


「戻りません」


『……』


「私が死んでも」


「……」


「戻らない」


過去のイリスの剣が揺れる。


「なら」


自分の胸へ手を当てる。



「生きます」


『……』


「覚えて」


一歩。


「背負って」


一歩。


「二度と同じことをしない」


『それが償いだと?』


「分かりません」


『都合がいい』


「はい」


『生きたいだけだ』


「……はい」


過去のイリスが止まる。


今のイリスは泣いていた。


「生きたいです」


私は初めて聞いた。


イリスが自分からそれを。


「澪様と」


私を見る。


「もう少し」


声が震えている。


「生きていたい」

胸が痛い。


『罪人が?』


「はい」


『許されると?』


「分かりません」


『ならなぜ』


イリスは私を見る。


そして小さく笑った。

「それでも生きたいからです」


過去のイリスが剣を下ろした。


でも消えない。


「……まだ?」


花瓶。蕾。

開かない。


文字。


《憤怒》

《未完》


「何が足りないの」


その瞬間、声。


『美しい』


アルディア。


空が割れる。

黄金の目。


『実に人間らしい』


イリスが私の前へ出る。

黒炎。


『罪を犯し』


『自らを赦し』


『なお生きたいと願う』


「赦してない」


私が言う。


アルディアの目。


こっち。


「イリスは赦してない」


『同じこと』


「違う」


腹が熱い。


『罪人を庇うか』


「庇ってない」


『ならば』


光。

『我が裁こう』


黄金の雷が落ちる。



「待って」


私は前へ出た。


「澪様!」


雷。目の前。花瓶。七輪。光。防ぐ。衝撃。

腕が痺れる。


でも立つ。



『なぜ庇う』


「うるさい」


『その者は人を殺した』


「知ってる」


『罪人だ』


「知ってる」


『なら』


「だからって」


私は空を睨む。


「お前が決めるな」


空気が止まる。


『何?』


「何で」


腹の底。


ずっと溜まってた。


「神だからって」


黒赤い蕾。

震える。


「全部決めていいと思ってるの」


『我らは世界の秩序』


「だから?」


『人は我らが創造した』


「だから何!」


声が響く。


「作ったら何してもいいの?」


ベルディア。


人体実験。


神々。


人を管理。


アルヴェリア。


召喚。


全部。


重なる。


「親が子供作ったら!」


ママ。

パパ。


「子供の人生全部決めていいの!?」


『同列に語るな』

「同じだよ!」


花瓶が熱い。


「作ったものは自分のもの?」


「従わなかったら罰する?」


「気に入らなかったら消す?」


光。

「ふざけんな!」


自分でも驚く。


「私は!」


胸が熱い。


「お前らのものじゃない!」


蕾が開き始める。


「人間も!」


一枚。


「アメンも!」


一枚。


「地球も!」


一枚。


「イリスも!」


最後。


「誰のものでもない!」


黒赤い花が開く。


――第八花、開花条件達成。

――不正への怒り。

――他者への怒り。

――己への怒り。

――罪を消すためではなく。

――未来を選ぶために怒りを抱く。

――第八花。

――《憤怒》。


《八/九》


黒い炎が花から噴き出す。


「え」


私の腕を覆う黒炎。


でも熱くない。


イリスが目を見開く。


「澪様」


「何これ」


黒炎が私を包む。


イリスと同じ。


いや。


少し違う。


イリスの炎は光を食べる黒。


私の炎はその中心に白い光。


「ミオ様の……」



イリスが呟く。


アルディアの黄金の雷。


また落ちる。


私は手を上げた。


黒炎が雷を燃やした。


『……』


アルディアは初めて黙る。


「これ」


私は自分の手を見る。


「私も使えるの?」


イリスが私を見る。

そして笑った。


「どうやら」

黒炎。

隣で揺れる。


「私のものだけではなかったようですね」


「なんで?」


「千年前」


イリスが自分の炎を見る。


「私が世界境界で浴びたのは、澪様の神力です」


「あ」


「その力が私の怒りと結びつき」


黒炎。


「この形になった」


「じゃあ」


私の炎。


「元は私?」


「半分は」


「残りは?」


イリスは少し笑う。


「私の怒りでしょう」


「重い」


「千年分ですので」


「またそれ」


でも笑った。


ベルディアが崩れていく。


記憶が終わる。


過去の街。灰。空。


全部。


光へ。


その中。


人影。


さっきの少女。


被験体二百七十三号。


私たちを見る。

イリスが固まる。


少女は何も言わない。


赦すとも。恨むとも。

ただ消える。


イリスが頭を下げた。


深く。


最後まで。


そして世界が消えた。


第八門の外。


神々の領域。


アルディア。ネレイス。オルド。


待っている。


でも様子が違う。


八輪。花瓶。私の黒炎。


見ている。


『九花まで』


アルディア。


『あと一輪』


「うん」


『それを咲かせれば』


「知ってる」


『神へ戻る』


「戻るかもしれない」


『人の自我など』


「消えるかもしれない」


『それでも進むか』


私は少し怖くなった。


でも。


「進む」


イリスを見る。


「全部欲しいから」


東京。アメン。家族。イリス。自分。


「全部残す方法」


「……」


「最後まで探す」


アルディアは笑う。


『存在しない』


「まだ分かんないでしょ」



『神である我らが知らぬ』


「だから?」


私は黒炎を消す。


「神様って」


八輪の花瓶を抱える。


「思ったより何でも知らないじゃん」


ネレイスの顔が引きつった。


イリスが後ろで笑いを堪えている。


「笑った?」


「いいえ」


「絶対笑った」


「気のせいです」


その時。


最後の門。

第九門がゆっくり開いた。


《第九門》

《最終花》

《生》


そしてもう一つ。


《開放条件》


《死を選択せよ》


「……は?」


私は文字を見る。


何度見ても変わらない。


《死を選択せよ》


イリスの顔から笑顔が消えた。


「澪様」


「待って」


第九花。

《生》


なのには条件。

《死》


「何これ」


返事はなし。


門の向こう。


真っ暗で何も見えない。


そして、その奥から声。


私の声。


いや、ミオ。


『今度こそ』


『死ねる?』


イリスが私の腕を掴んだ。


強く。


「行かないでください」


初めてだった。


門が示した道をイリスがはっきり拒んだ。


「澪様」


手が震えている。


「これは」


声まで。


「これは、駄目です」


第九門。


《生》


最後の一輪。


その門の前で。

私は初めてイリスから。


「進まないでください」


そう言われた。

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