第84話 終幕 星空の瞬きに
この男ガチでふざけやがって……疲れてるに決まってんだろ! いっそ胸倉を掴んでやろうかと思ったが、むしろラムダが近づいてきた。そうして私の顔を覗き込み「暗くてよく見えない」と呟いた。
うわ、どうしよう凄く殺したい。
ラムダの手が肩に触れようとしたのを払いのけ、怒りを現す。
「あなたよくもぬけぬけと、全部知ってて黙っていたわね!」
「ああ、仕事だから」
ラムダはそう言って、にこやかな笑みを浮かべた。
って「仕事だから」の一言で切って捨てやがった! 涼しい顔つきで抜かしやがって、どういうつもりだ! こうなったらはっきり言ってやる!
「ラムダ、あなた仕事と私とどっちが大事なの!」
「約二週間と五日以上前なら君と言っていた。話す機会がそもそもなかったので伝えられなかったが」
そうなんだ……愛されてたんだ、私。気付いてなかった。どうして気付かなかったんだろう……私達は互いに想い合って……って違う! なんか色々間違えてる! あれ? 私、どこをどう間違えてるの?
「えっと、何を間違えたんだっけ」
「いや、疲れただけだろう」
「そうかな……私達って婚約してなかったっけ?」
「そういう時期もあったような気はするが、過去に囚われても仕方ないと、転生者ですら言うと思う」
「そうよね。こう、なんか色々と悪役令嬢呼ばわりされたり、歩くハラスメントとはお前にこそ相応しい、とか言われた記憶もあるんだけど?」
そうは言ってみたものの、どうもしっくりこない。私ハラスメントなんてしたことない系女子だし。むしろされる方? 被害者の会の代表を務めていた記憶すらあるんだけど。
「僕はそんなこと決して言わない。女性にそんな暴言を吐く奴は、魔法で炙り焼きにされても文句は言えないだろう」
「そうよね。こいつは歩けば人を傷つけ、口を開けば人を罵る悪役令嬢。嘘偽りを身にまとう、歩くハラスメントとはこいつにこそ相応しい。なんてあなた言わないわよね」
「当然だ。前世の記憶か何かじゃないのか」
そうよね。ちょっと疲れが溜まり過ぎたのかしら。
「じゃあ、なんだこの裏切り者! 無断外泊常習犯! は?」
「なんだか芝居くさいな。いやしかし、否定はしませんが、慰謝料の話に戻りましょう。と言っていた奴はいた気がする」
「そうよね。黙れ下郎! 家財没収の上追放だ! 一族郎党路頭でさまよえ! 語呂もいい! って、言われた気がする」
「語呂はともかく、それを決めるのはあなたではないわ、か。なんの芝居だったかな。どこかの舞台に観劇にでも行っただろうか」
「ううん、私そんな暇じゃなかった」
「そうか。では全て気のせいだろう」
そうよね、全て気のせい……なわけねーだろっ!
明確に胸倉を掴み、顔を突き合わせる。
「よくもふざけたことが言えたものね。どういう教育を受けたらそうなるの! 親の顔が見てみたいわ!」
「お互い親の顔なら散々見たろう。教育って、僕は情報のスペシャリストだ。最初は君の動向探る為だったが、気が付いたら諜報組織に組み込まれていた」
へー知らなかった。婚約者だったのに、全然知らない。これはどっちが悪いんだろう。
「言っておくが、今更どちらが悪いとかそういう話はやめてくれ。不毛過ぎて意味が見出せない」
ラムダの予防線にカチンときたが、だったらと方向性を変えてみせる。
「じゃあお聞きします情報のスペシャリストさん。あのライン騎士は一体何者?」
「スペシャリストであるがゆえ、答えられない。素人くさい質問はやめてくれ」
誰が素人だ! 偽情報流し過ぎて殿下に怒られたわ!
――けどこの様子から察するに、ラムダは知っているな。
そしてそれは、私の勘とそう遠くないとみた。
「一つ、殴られたくなかったらヒントだけちょうだい」
精一杯下手に出ると、彼は苦笑交じりで溜め息をついた。
「君の勘は当たっている。これでいいだろう」
それでは困る。どうやら私の気はこれでは済まないらしい。はっきりと言葉にしろと目で伝えると、ラムダは困り顔でかぶりを振った。そうして、
「僕はよく知らないしここには僕しかいない。そう、人間という定義を超えた存在はもはや人ではないとするなら、ここには一人しかいない」
そっぽを向きうそぶく彼の口から出たそれは、
「ミドルネームは君と同じだ、エルカ」
――やはり想像していた通りのものだった。
どうやらかつての婚約者と、当てつけ合いをしている場合ではないらしい。参ったな、だから謁見の間か。というか当たり前過ぎる。ここは旧の王都。謁見の間はかつて玉座の間だった。
さてと……改めて黄金色の髪をたなびかせる、ラムダ・フィン・クラウザーを確かめる。言い残しがあっては、次の機会は永遠にこないのかもしれないのだから。そうして先んじたのは、
「ちなみにだがエルカ、あれからまだ二週間と五日程しか経ってないので、顔を合わす機会は嫌と言う程あると思う。急いだ方がいいんじゃないか?」
そうだった。
ハラルド陛下が出国するまで私、この国出られない。
終わったー完全に終わってて終わってる。
大公家の次は王族同士の権力争い。
最悪だ。
完全に陛下と殿下の思うつぼ。
いいように使われてる。
ねえ、私そんな悪いことした?
おかしいでしょ、私いいことしかしてないって。
なんでこうなるの?
馬鹿馬鹿しい、くだらない。
もうどうでもよくなって、ラムダに問いかける。
「ねえラムダ、私そんな――」
しかしそれは最後まで言えず塞がれて、私達の唇は重なり合った。とても短い時間が妙に懐かしく、記憶に焼きつかれる。そうしてかつての婚約者は耳元で囁いた。
「相手に不足はないだろう。ライン王国のみならず、南北ルナリア大陸の命運は君が担うものだと僕は信じている。だから行くんだ。肩書きなど飾りに過ぎない。殺戮勇者と渡り合うんだろう? さあ、君に相応しい舞台は整った。僕らが整えてみせる」
彼はそうして、私から離れていく。
背を向けた彼は、躊躇いもなく迷いも感じられない。
きっとこの瞬間を、私が忘れることは一生ないだろう。
前の婚約者に唇を奪われるという失態は、心と身体に刻まねばならない。
だから私は微笑んだ。
精一杯の笑みを、星空に広がるように微笑んでみせた。
星空が瞬くよう、きっと私は輝いている。
「2章、侯爵令嬢の華麗なる推理劇。完結にあたり」2024/9/15。9/16
ここまでお読みいただきありがとうございました。
異世界本格ファンタジーミステリー作品として再始動し、無事長編として完結を迎えることが出来ました。
異世界ファンタジー、ハイファンタジーは「なんでもありの世界」なので、そもそもトリック自体が「機械仕掛けの神」と呼ばれるご都合主義になりかねません。当初本作品の本格的なミステリー化は難しいと考えていましたが「そうでもないな」と長編化しました。皆さんに楽しんでいただけたなら、作者として本望。
以降物語は続きますがそれは第3章の始まりを意味し、先の話になると思います。
では、再びエルカの景気のいい啖呵をお見せ出来るその時まで。
心からの感謝を。ありがとうございました。




