第76話 解決編9
こうも開き直られては、笑みの一つも湛えてやるべきだろうか。そうはいかない。まだ終わっていないと、更に踏み込むもうとしたその時、
「エルカ、ミゲル氏が大公閣下の実子でないことは皆知っている。そして恐らく犯行にも関わっていない。その理由も分かる」
殿下を除けば唯一、我々の会話に聞き入っていたラムダが割り込んできた。一瞥くれてやり、どういうつもりかと視線で確かめる。
「皆と言えば言い過ぎだろうが、諜報組織がある王都の一部は知っているんだ」
「だったら何?」
「大公閣下は、実子ではない者を人質に出すと言い出したんだぞ。そんなもの通用するはずがない」
「であるならば、それは死に値するとあなたは言うの」
凍てつく言葉にそれでもラムダは動じない。
「犯人は別にいる。誰が殺したかは別の話。これ以上ミゲル氏の話をしても意味がないだろう」
「いや待て、少し話しておこう」
壊れぬようそっと置かれたそれは、殿下が発したものだった。ラムダは目を剥き驚くが、ロイドやヴィクトルは静かに見守っている。ラムダに一つ頷いてみせ、目を閉じた殿下は何かを思い出すよう語りだした。
「そう、確かにあれはハラルドから聞いたものだった。十年前と言えばミゲルは十七か。私は幼き彼をよく知っている。アウグスも自慢の息子と可愛がっていた。魔法は使えぬが才はある。我々のよう、知恵で世に出る才覚があると」
遠い目をした殿下は、懐かしき日々を浮かべているのだろう。かつて共に歩んだ、仲間との記憶を思い出しながら。
「長姉エミールは二十五歳、次男グスタフは今二十歳だったな。ここで話が変わった。生まれついた時点で、エミールもグスタフも魔法の才能を宿していた。魔力を帯び、にも関わらずどの系統にも属していない。これは聖魔法の典型的な特徴だ。聖魔法は全ての属性を網羅し、同時にどの属性にも縛られない」
そう告げた殿下の顔に苦渋が滲み出る。
「だが私には、魔法のことなどさっぱり分からない。魔力もなく、使えぬ者にとって魔法の存在などあってないようなものだ。何より、ハラルドが帰還し王位に就く、これが最優先事項だった。たとえ、アウグスと私がどれだけ苦楽を共にした仲であったとしても」
やはり親しい仲だったのか。しかし殿下の告白に、怒りが混ざり始める。
「無事ハラルドが帰還すれば、当然面通しが行われる。私としても久しい再会だが、宰相として横に立つのはある意味清々しい気分であった。当然であろう。ハラルドは絶対に暗殺などされぬ。相手が殺戮勇者や魔王であろうと、奴だけは生き延びる」
確かにハラルド陛下ならば可能かもしれない。殺戮勇者や魔王が本気で来なければ。私の内心は当然吐露されず、ライン騎士を除き皆が殿下の話に聞き入っている。
「転生者が生きていたという異世界のことを、私は詳しくは知らない。だがあちらには魔法がないそうではないか。卓越した個の武力が存在しないという。首脳、為政者が呆気なく暗殺される世界とはどんなものか。想像するだに恐ろしい。その手の世界、社会、文明には殺されぬ為に殺すしかないという特徴があろう。事実、そういう歴史であるとハラルドから聞いたことがある」
私も聞いたことがある。冒険者ギルド、騎士団、そして殺戮の勇者から。
「アウグスがミゲルを連れここ、レイラ・ノヴァに登城した際、ハラルドは唖然としたという。エルカ嬢の言う通りだ。私は気付くことも出来なかったが、卓越した武人でもあったアウグスは、聖魔法の使い手であることをひた隠しにしていた。そしてその十七歳になる息子は、聖魔法はおろか魔力すら持っていない。これはあり得ないことだとハラルドは言っていた」
聖王国ナルタヤ、及びナルディニアにおけるナルティア家の血縁者。そう数は多くあるまいが、そのような事実があるとは。血縁者ならば絶対に聖魔法の使い手である、か。
「ハラルドは私に言った。あれはアウグスの実子ではありませんね、と。どういう意味かと問うたが、先に述べた通りだ。だがハラルドは委細関知しないと結論を下した。どのような経緯があろうと、重臣の血縁がどうだろうと、夫婦仲がどうであろうと、一夫多妻であろうと、一妻多夫であろうと奴は興味がないのだ」
なんともハラルド陛下らしいお話だ。最強の冒険者、若かりしハラルド陛下にとって南ルナリアは庭のようなもの。南ルナリア全土を駆け巡り、時に殺戮の勇者と組み北ルナリアにまで遠征を行った。妻子が大事というのなら、その妻と子の意思こそが尊重される。正妻がどれだけ浮気しようと、ハラルド陛下は何も言わないだろう。ご自分とて同様なのだから。まあ、陛下には跡継ぎが必要という理由もあるが。
「私とてアウグスの第一夫人の行いを責めるつもりはない。だが、それを隠すというならば話は変わる。友人を騙し他の子を身ごもっていたというなら、それは裏切りだ。しかし私に分かるわけがない。ハラルドに告げられ初めて知ったのだ。そして、奴が聖魔法の使い手であることが何よりの衝撃であった」
そうだろうな。私自身、会見の場で相対していながら魔法の使い手と認識出来なかった。まさか聖魔法の使い手であり、ナルティア家の血縁者などと考えもしない。
「ミゲルは書簡の中身を知らんのだろう。もしくはその意味を履き違えている。早急な登城に日時や兵の数を記さなんだは、そもそもアウグスには兵員どころか護衛すら必要ないからだ。必要と判断するなら、それはアウグス自身が決めるべきことである。我々も老いた。老兵には老兵のあり方がある」




