第75話 解決編8
どこまでもふざけた態度を取る御仁に、さて何から突き付けてやろうか。この殺人事件は闇が深く、また因縁も長く遠い。まず一つ片付けておくか。あえて態度を一変させ、敬意を演出する。
「殿下はご存じないかもしれませんが、残念ながらミゲル氏は犯人ではなく、また大公閣下の実子ではありません」
「根拠を提示願おう。確実にそれと言える証拠はあるのか」
ゲッツア殿下もまたその姿勢を元に戻した。
「残念ながら傍証でしかありませんが、ミゲル氏は根本的なところを理解していない」
「よかろう言うてみよ」
「極めて優れた魔法の使い手、或いは一定の水準を超えた使い手に、毒物など意味を成しません。効果もなく機能すらしないのです。毒殺など出来るはずがない」
ここで私は、ラムダを含め全員に見解を求めた。ただ視線だけで伝わるはずだ。ライン騎士は戦意を保ったまま、
「知らぬ馬鹿はおるやもしれませんな」
ゲッツア殿下を見据えながら応じた。神殿騎士ロイド・ヴァレンシュタインは警戒心を維持しつつ、
「残念なことに毒殺薬殺は下々の話。我ら騎士には通用しません」
明確な線引きをを行い、教会騎士ヴィクトル・クーベリックは、
「教会騎士団は暗殺を生業としておりません。ですが、優れた魔法の使い手は大抵回復、治癒魔法も会得しております。体内に毒物が入ったとて特段支障はありません」
断言してみせた。そして、
「殿下、毒殺が可能であるならば殺戮の勇者もその標的となっているでしょう。魔王や転生者とて同様。そして何より、ハラルド陛下に毒物薬物が効くとは考えられません」
ラムダまでもが反駁してしまった。それでも殿下は心ひとつ乱さない。
「ミゲルの無知はなるほど理解した。しかしそれと、彼奴が大公の実子でないと言い切れることとなんの関係がある。話をすり替えておるだけではないか」
呆れてものも言えないとはこのことだな。殿下は泰然自若と振る舞っておられるつもりだろうが、そんなはずはない。仕方ない、口を割らせよう。
「ミゲル氏が誰かを庇い偽りを述べた、という観点は検討せずともよいのですね」
「それは分からん。まだ事実関係を完全に把握出来ておらんからな」
「では確実にこうと言えるものを提示致します」
冷たい視線を向けられ、それでも殿下は身動ぎもしない。一体どこからその自信が湧いてくるのやら。疑問はさておき指摘する。
「約十年前、殺戮勇者との旅を終え一人の冒険者がライン王国に舞い戻りました。先王の跡を継ぐ為戻ったその人物は、自身が不在の間政務を司っていた二人の処遇決めねばならなくなった」
第二の執務室に酷く落ち着いた空気が出来上がる。ライン騎士は相変わらずだが、皆私の言葉に耳を傾けざるを得ない。
「一人は自分の叔父であり既に宰相の地位に就いていた。血縁であるがゆえ役割は変わらない。しかしもう一人の男を初めて見た冒険者は、すぐさまその男の正体を見破った。こいつはライン王国の出身ではない」
演技がかった身振り手振りに語り口、殿下の目付きに不快感が滲み出ている。
「しかし外国人の登用など陸続きの南ルナリアにおいては珍しくない。問題はそこではなかった。真に問題となるのは、その男が聖魔法の使い手であるということだった。なぜ聖王国ナルタヤ、ナルティア家秘伝の聖魔法の使い手がライン王国において大臣職を務めているのか。無論優秀であったから。加え、誰も聖魔法の使い手と気付かなかったからです」
私の長広舌に、ついに殿下が視線を逸らした。痺れを切らしたか。当然逃がすつもりはない。
「さて、この聖魔法とは一体どんなものか。性能は言うまでもないでしょう。ジョルダード教が秘匿する古代魔術をも上回る万能の魔法。それは、ナルティア家の血縁者でなければ会得出来ない特殊性を帯びている。であるならその男は、ナルティア家の血を受け継ぐ者ということになる」
越えてはならない一線。私はそれを悠々と踏みにじってみせる。
「経緯はともあれ事実は変えられない。その男が大臣として軍務、外交、内政で手腕を発揮していたことは誰もが知っている。しかしここで一つの問題が起きた。冒険者からライン王国の国王となる人物は、その大臣の息子、長兄と対面を果たしたのです。そして優秀過ぎる冒険者は一目でそれと見抜いてしまった。こいつはこの男の実の息子ではない、と」
ハラルド陛下にしてみれば他愛ないことかもしれないが、分かってしまうものは仕方ない。私は未だその領域に達することも叶わないが、陛下は違う。
「さてどうしたものかと有力者に相談の一つもしたでしょう。例えば、叔父とか」
もはやそっぽを向いていたゲッツア殿下は、事ここに至り深く大きな溜め息吐いてみせた。そうして、
「それがどうしたというのだ。ミゲルが実子でなくて何が不都合か」
ただただ開き直ることを選択した。




