第74話 解決編7
この台詞を使うのは二度目になる。
突き付けられた言葉の刃に、しかし殿下はさしたる反応を見せない。皆を見回し静かに告げる。
「そちらに五人、私を入れて六人。この中に犯人がいるとエルカ嬢、貴殿は言うのか」
「私はそう考えます」
この言葉に反応し、ライン騎士が極めて分かりにくい戦意を発露させた。ロイドとヴィクトルはそれに気付き、僅かながらゲッツア殿下の傍に近づいた。ラムダは二人の反応を見て勘付き、ライン騎士と殿下の間に入ろうとした。だが、
「ラムダ君、気にするな構わん。ライン騎士団からすればアウグス大公閣下は第二の主。ハラルド陛下に続く主と変わらんのだ。これがライン騎士団の団長であったとて、同じ感情を持つだろう」
ゲッツア殿下は何事もなく受け止めている。そうくるか……私もライン騎士も、一旦矛を収めるしかないのか。一瞬の躊躇いに付け込むよう、
「しかしエルカ嬢、ではなぜミゲルは自白などしたのだ。エーガー城にスズキ・マイケルのような者はおらんのだろう」
殿下は疑問を呈した。致し方なく応じる。
「そうですね。ですがそれこそ、ご自分の胸に手を当て考えられてはいかがです」
「はて、私がミゲルに自白を強要したとでも?」
「そうは言いません。しかし遠回しに、似たようなことをされたのではないですか」
「エルカ嬢、憶測はいかん。私が求めるのは事実であり真実だ」
事実? 真実? 殿下の言は一見真っ当に聞こえるが、その立場で口にするとは驚きだ。であるならば容赦の必要もない。
「殿下は事実と真実を欲してらっしゃると」
「無論である。グランバッハ大公家の行く末を鑑みれば、ミゲルの行いは父殺し。どのような理由や主張があろうと主を殺したのだ。跡取りの行うものではない。これを裁かずにおいては内外に示しがつかん」
思わず鼻で哂ってしまいそうになった。あえて口角を上げ向き合う。
「その点は全くご心配に及びません」
「なにゆえそのようなことが言える。貴殿の言い分が真実であるならば、ミゲルもまた殺害に加担した犯人ではないか」
「なるほど、確かに私は一族の中に犯人がいると言い続けていましたね」
「そうであろう。ミゲルは違うと申すか。証明出来るのなら話は変わる」
証明ねえ……さて、どう言えばいいのやら。殿下はどこまでも余裕を崩さない。護衛はロイドとヴィクトルのみ。ラムダを頭数に入れてはいまい。そして陰に近衛騎士などの護衛もいない。この第二の執務室の周囲には恐らく誰も存在しない。誰も近づくなと命を下したのだろう。
そもそも宰相閣下に論戦を挑むつもりなどない。であるならばこう言うしかあるまい。
「ご存じありませんでしたか」
「何をだ」
「ミゲル氏はアウグス大公閣下の実子ではありません」
静謐とは程遠い一瞬の静寂。だが誰もその事実に驚きはしない。ゲッツア殿下とて眉間に皺を寄せ、ただただ私を見つめるばかりだ。
「無論ラムダの報告書にそのようなことは記載されておりません。また、ミゲル氏自身もそのことを知らない」
「なんと……どういうことか」
殿下の猿芝居、いや居直り開き直る姿はいっそ清々しい。であるならば事実を突き付けてやろう。
「この事実はハラルド・ライン・ウォーシュタイン陛下がよくご存じのはず。殿下、もしかして陛下から何も聞いておりませんか」
室内に奇妙な空気が流れ始めた。ライン騎士の微かな戦意は未だ保たれ、ロイドとヴィクトルの二人はそれを警戒し続けている。殿下を除けば唯一、ラムダだけが私の話に集中しているのだ。
その殿下は至って真面目な顔つきで、何事もないかのよう口を開いた。
「ふむ、聞いたかもしれん。が、記憶にないな」
「どこの異世界政治家ですか。いっそ日本国とやらに転生し政治家を目指されてはいかがか」
「どうやって? 方法が分からん。可能なのか」
ふざけたことを……と言いたいところだが、それはお互い様だ。一つ落ち着き、肩の力を抜く。
「ゲッツア殿下と大公閣下が共に大臣職を勤め、互いにこの国の政を執り仕切っていたのは十年前のこと。始まりとなれば二十年も前になります。これを調べる為、私はここにいない騎士達を急ぎここレイラ・ノヴァ、及び王都へと帰らせました」
「ほう、それでこの面子か。君の望み通り十名の騎士達を常に付けておいたのに、なんとも勿体ない」
「心配には及びません。殿下が思う程私は日照り続きの女ではありませんので」
「そうなのか。そう、聞いたことがあるな。病院騎士団にはそれはそれは巨大なエルカ嬢のファンクラブがあり、熱狂的支持を受けているとか。実に羨ましい。これは浅慮軽薄であった」
このおっさん舐めてんのか? と、顔に出したところでもはや問題なかろう。ふざけた言動はやはりお互い様。とことん付き合ってやる。
「殿下も齢六十。亡き大公閣下は五十五歳。二十年前となれば実に男盛り。同時に仕事盛りのご年齢。特に文官、官僚、大臣職となれば本領が発揮される頃合いでしょう」
「左様。武官武人、兵士や戦士達、魔法を駆使する騎士諸君とはどうも馬が合わぬ。将軍閣下ならば多少話は通じるが、武骨なものは相性が悪い」
そうだろう。今このようにいがみ合うのも頷ける。そしてそれは、実の甥であるハラルド陛下であろうと変わるまい。そして亡きアウグス・グランバッハ大公閣下とて、大公の位を得てからは肌が合わなかっただろう。
文官、中央官僚として竹馬の友の如く歩んだ仲であったとしても。




