第73話 解決編6
深く頷きその異常性を知らしめる。これ以上の説明は必要ないかと思われたが、殿下は書類に目を落としながら顎で続けよと命じていた。確かに事件の全容はまだ明らかになっていない。やむを得ず一つ息を吐き出し再開する。
「この時の私の憤りは尋常なものではありませんでした。亡くなったのはライン王国において、王家を除けば最重要人物。にも関わらず王家の名代に対し説明の一つもしないと、彼らは判断したのです。事ここに至り私は強く宣言します。解剖の拒否は受け入れてやる。ただし、調査に協力し一切邪魔立てしないならばと」
ロイド・ヴァレンシュタインがこちら一目見て、さりげなく同意の意思を示していた。ヴィクトル・クーベリックも同様だ。ライン騎士は天井を見上げ、黙って聞くつもりらしい。
「フリート氏は我々にそんな権限があるのか、と疑義を呈してきましたが知ったことではありません。止めるなら力ずくで止めればいい。命懸けで阻止する勇気があるなら、そうすればいいのです」
まあ無理なのだが。実際止めようもなかった。
「そもそもこの殺人事件、不可解な点が多過ぎるのです。大公閣下に施された死に化粧から考えれば、激しい戦闘があったことは明白。ですが我々は誰一人、それに気付いていない」
戦闘があったならば護衛の騎士十人、そしてこの私が気付かないはずがない。だが実際気付けなかった。なぜ?
「殺人、戦闘は私やラムダが眠りについた後に実行された。これは間違いありません。しかしどこで実行したのかというのが全く分からない。殺されたのは間違いなくとも、場所が分からないのです。城外の可能性も考慮しましたが、闇夜の平城の周囲ではむしろ目立つ。視界が良すぎて見張りの兵に見つかってしまう。となると屋内しかない」
二通の書類に目を通しつつ、殿下は私の言葉に耳を傾け続ける。
「閣下の寝室からは何も見て取れない。であるならば殺害現場は他にある。一つの可能性として居館のどこかではないか、と考えました。そして我々が宿泊したゲストルームに問題があるのか、とも考えました。ですのでヴィクトル・クーベリックと病院騎士団の一人に、居館にて騒ぎを起こさせました。昼間にも関わらず、騒ぎはゲストルームにまで伝わり当然気付きました。これにより居館ではないと判断します」
実際は当てつけと挑発も兼ね、なんなら戦闘の一つも起こし分からせてやろうと考えていたのだが。まあこれは説明せずとも、殿下ならば薄々気付く。転生者の存在を一応考慮したこととて同様だ。
「では一体どこなのか。ここから不毛な調査が始まるかと思いきや、迎賓館にてグスタフ氏が我々の対応にあたることとなりました。あまりに露骨過ぎて呆れてしまいます。しかし確かに、私やここにいるライン騎士と対等に話せるのはグスタフ氏を置いて他にいない」
結果彼は屈辱を味わうこととなるが、あちらの都合など我々は関知しない。
「グスタフ氏は大公家の体面を保ちつつ、我々と取り引きがしたいというメッセージを発していました。一体どういう取り引きなのか。聞いてみれば要は調査には全面協力するが、それ以外は何も出来ないということ。これに隣のライン騎士が怒りを露わにしました」
「そうでもないですね。よくあること、普通です」
話題に上がったライン騎士は素気なく言うが、さてどうしたものか。ゲッツア殿下ですら、
「報告書にもあるが相手は大公家の次兄次男。些か言葉が過ぎると思うが貴殿にとっては通常か」
「平常運転ですな。そうとしか言えません」
困惑気味に確認したが、あっさりと否定されてしまった。彼に意見出来る者は、彼自身が決めるという姿勢は一貫されている。気持ちは分かるが実行するとは。正直感心してしまう。水を差す形になったが再開する。
「以降城内のあらゆる場所調査し続け、我々は議事堂へと向かいます。その際グスタフ氏と取り引きし、本会議場の中を確認することとなりました。そうしてようやく、事件現場を発見したのです」
殿下だけではない、ロイドもヴィクトルも、ラムダも私に視線を注いでいる。
「一目見てそれと分かる隠蔽工作に、私は呆れ立ち止まってしまいました。しばらく本会議場の入口から動けなかった程です」
あまりに馬鹿馬鹿しく、協力するなら最初からここを指定しろと、グスタフをぶん殴ってやりたかった。だがそうもいかない。彼からすれば針のむしろなのだから。
「本会議場のありとあらゆる場所に、聖魔法による戦闘の隠蔽工作が残されていました。今は分かりません。もしかしたら、もう取り壊しているかもしれないので」
「まさしく隠蔽か。それは困る」
ゲッツア殿下は今後を考え露骨に顔を歪ませた。王宮での騒ぎの際から気付いていたが、殿下は意外と顔に出やすいお人なのだ。
「仕方ありません。本会議場で一つ、私は大きな発見を致しました。ここにいるライン騎士が教えてくれたのです。議長席、大公席の背後に掲げられた巨大なグランバッハの旗は、北ルナリア製の物であると。これは報告書には記されていないでしょう。南ルナリアにあれ程精巧な織物は存在しないそうです」
納得したらしく、殿下は当然の如くと首肯し、対照的にラムダは何かを噛み締めている。
「ああそうかと私は気付きました。今更ながら大公閣下の情報網の広さと活動範囲、そして外交方針を理解致しました。なるほど確かに、グランバッハ大公家のみならず、ライン王国及び王家の理解が得られる範疇を超えているかもしれない」
一代で大公にまで上り詰める人物とは、ここまでやるものかと心底感心し、そして哀しみに覆われた。しかし今はその時ではない。気持ちを切り替え更に続ける。
「もはや否も応もありません、犯行現場を押さえ犯人も特定した。殺害方法は当初から明白。念の為ヴィクトルに大声で叫ばせましたが、外にいた病院騎士三名は、些細なこと一つなかったと答えています。また、エーガー城側からも先の居館での騒ぎとは違い、苦情はありませんでした」
「そうだったな、居館のガラスを割ったとか。なるほどその議事堂は、静音どころではない性能を有した造りになっている、ということか」
「そうなります」
だから我々は気付けなかったのだ。どれだけ激しい戦闘が起きようと、音はおろか殺気や魔法の気配すら外には漏れない。これでは気付きようがない。
さて、ここからが私の選択だ。
私には二つの選択肢がある。
一つ、事を穏便に済ませる為あくまで事実関係のみ述べる。
一つ、全てをつまびらかにする為背後関係を含め述べる。
結論は決まっている。意を決するまでもなく自然と口は開かれた。
「殿下、私はこの本会議場からグスタフ氏を追い出した後、騎士達に告げました」
「うむ、簡易的な会議が行われたと報告書にも記されておる」
鷹揚に応じる殿下に、
「改めてお伝え致します」
私、エルカ・ライン・アールブルトは、
「――犯人はここにいる」
刃を突き付ける。




