第66話 ミステリーの時間7
ミゲルの告白。いや自白を聞き、それでもラムダは冷徹な眼差しを変えようとしない。彼は冷静に問いかける。
「眠るように。一体どんな毒物です」
「ああ、こんなもの聞いたこともないだろう。ガジという植物を知っているだろうか」
「いえ」
「ギルド領にしか生息しない植物だ。しかもシュピルツ山脈の高地にしか生息せず、正式な学名はまだ付いていない。ガジの根に強い毒性があることが分かったのは最近の話だ」
ギルド領の高地にのみ生息か。妙な話だが、我々の知らないことはこの世に山程ある。ラムダは取り調べ染みた形にならぬよう努め、更に確認する。
「強い鎮静作用があり、更に毒性がある。証言が得られると仰ったのは、冒険者ギルドに確認すれば判明するという意味でしたか」
「そういうことだ。証拠の残らない極めて危険な毒物だ。ただし、解剖し胃の内容物を調べれば露見するだろう」
「重ねて確認します。回復魔法は意味を成さないのですね」
「そう聞いている。蘇生魔法ならば話は変わるかもしれないが、ご存じの通りこの城に教会はない。高度な蘇生魔法を使える者はいないのだ」
ミゲルの表情が柔和になってきた。自白した彼は、やはり重荷と緊張感から解放されたのだろう。しかしラムダは変わらない。
「今一つ重ねてお尋ねします。その毒物、一体どうやって手に入れたのです」
「うん、ギルドの連中から譲り受けた。購入したわけではないが、研究の一環として手に入れた。極秘とまでは言わないが、内々にだ。だが調べれば分かるだろう」
「いつ頃です」
「そうだな……最初は一年程前だろうか。興味本位で手に入れたが、結局研究もろくにせず放置していたよ」
最初は? とするとつまり、と思うがやはりラムダに任せる。
「つまり改めて、今回特別に用立てたということですね」
「そうだ」
「なぜです」
「君達が王宮で起こした騒動がきっかけだ」
ミゲルはそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。決して我々を責めているわけではないと言いたいのだろう。
「父はエルカ殿に協力しなかった。父なりの考えもあったろうが、エストマ三国に主力を送り込んでいる以上協力しようがないのだ。ライン騎士団も同様だろう」
「二週間前の騒動から、グランバッハ大公家はただでは済まないと判断されたわけですね」
ミゲルは素直に首肯し、あらかじめ準備していたことを認めた。当事者の一人であるラムダだが、やはり顔色一つ変えない。一つだけ間を置いた後、ラムダは更に続けた。
「決断された最終的な要因を教えて下さい」
「そうだな……君達と父の会談後、父はエルカ殿を高く評価していたよ。すまない、ラムダ君についての評価は芳しくなかった」
「構いません」
ラムダは問題ないと一蹴し、ミゲルも頷いた。
「ラムダ君はゲッツア殿下からの使者だ。一方エルカ殿は陛下からの使者と私は考えた。父も同じ解釈であり、会談においてはいかにエルカ殿を納得させるかを重要視していたらしい」
「そう思います」
「私は会談に同席していないが、父は石を投げたと表していた。牽制という意味だろう。グランバッハの私的外交に非はなく、仮に非があったとしても自分に責めは及ばないと結論付けていた」
「それはいつの話です」
ラムダの問いは鋭く簡潔なものだ。ミゲルも今更誤魔化す気はないと思える。深く頷きラムダと向き合う。
「君達との会談後、夕食会の前になる」
「そこで決断されたわけですね」
「そうなる。陛下が事実上謹慎状態にあるエルカ殿を送り込んできたのは、これ以上グランバッハの私的外交を認めない、という意味だと私は受け取った。無論父にも意見はした」
「しかし受け入れられなかった」
唇を噛みしめそれでもミゲルは応じ続ける。
「父が王都に登城するなら話は変わる。だが父は王家と駆け引きしようとしたのだ。何を悠長なと思ったよ。有力諸侯の半数を味方に付けたエルカ・ライン・アールブルト嬢を甘く見過ぎだ」
まあ当たらずとも遠からずかな。エストマ三国が崩壊すれば南ルナリアの西側は制圧されたも同然。西と東の中継地、アルタニアが占領されれば我々は矢面に立たされる。これが分からない騎士修道会はライン王国に存在しない。
ミゲルは拳を握りしめ強く言葉を紡いだ。
「父の余裕が不愉快極まりなかった。挙げ句に人質ときた。私が人質となり、それで許されるなら王都でもどこにでも行こう。しかし意味があるのか? 魔族に助力しエストマ三国を追い詰めた。露見した時ライン王国の立場はどうなる? グランバッハだけの話ではないのだ。だから実行した。これが答えだ」
怒りと哀しみ、父親を止められなかった悔恨を込めミゲルは悲痛に俯く。
謀殺、暗殺、粛清。
その罪と無力を彼は一人背負い込むつもりなのだ。
それが跡取りとしてその手を汚した者の責務であると。
では一方の私はどうか。私が考えるのは、この場にライン騎士の男がいなくてよかったという安堵感である。初めて隣にいるのがラムダでよかったと思える時がきた。まさかこんな思いを感じるとは世の中何があるか分からない。
ライン騎士の男。あいつがこの場にいたら、きっとこう口にしていただろう。
――お前はさっきから何を言っているのだ、と。




