第46話 エルカと調査隊
居館を後にした我々は、一旦あてがわれたゲストルームへと戻った。どうやら聞き耳を立てていた、或いは声が漏れていたのか、道中衛士達に厳しい目を向けられたが知ったことではない。こちらの気分とて最悪なのだから。
とりあえずとソファに腰掛け、十人もいる護衛達には適当に座れと指示を出す。しかし誰も腰掛けない。彼らもあの中の雰囲気ぐらいは把握しているのだろう。しかしこうなると、中央のベッドが邪魔だな。普通に腰掛けてしまえばいいものを、皆遠慮しやがって。
私は今、これから戦地に向かう戦士のような表情になっているだろう。獰猛で恐れ知らずの猟犬は、噛み付けば二度と離さない。そもそも私は、猟犬ではすまんぞ。
というかあのガキ……あの生意気なガキ、思い出しただけでムカつくあの面、あいつマジ!
「あんのクソガキ! フリートとかいう名前のクソガキ! 舐めた態度取りやがって! 今すぐぶっころ――」
大声を出そうとしたが、ロイドとヴィクトルに口を塞がれ最後までは言えなかった。二人は冷や汗ものと顔に出しながらも、首を振って見せる。そうしてロイドは、顔を近づけ言う。
「エルカ様、名指しでの大声ぶっ殺す発言はさすがに物騒です。我々には何があったかは分かりません。ですがそれでも、堪えて下さい。どうしても、どうしても本気で殺るというなら大公家との戦になりますが、陛下の許可を得ねばなりません。殿下にもお伝えし、承諾を得た後実行に移しましょう。我々は身を賭してでもエルカ様を護衛するのが役割。ご指示さえあればどこまでもお付き合いします」
浴びてみれば、なんとも長い冷や水である。ロイドとヴィクトルはゆっくりと手を離し、不敬を詫びるよう頭を下げてみせた。なんて無様、これで侯爵家の令嬢を名乗れようか。父や母が見たらさぞ嘆くだろう。
情けない。ライン屈指、三本の指に入る人格者だと自負していたのに、四位に落ちてしまった。ミーシャやアリスに「あの日、私は四位だった」と報告する有り様は、先輩としてみっともなさ過ぎる。だからしたくないし、しないでおこう。
そんな可愛い後輩を思い出し、少しずつ切り替える。少しずつ、そう少しずつ。ミーシャの盛り癖とアリスのヘタレっぷりを思い浮かべる。うん、笑えるなあの子達。可愛い後輩に感謝し、私は完全に切り替えた。
わざとらしく溜め息一つ、気を取り直し騎士達に尋ねる。
「ところで、ラムダはどうしたの?」
「自室に入られました」
ヴィクトルが応じ、壁の向こうを手で指し示す。なるほど隣りの部屋にいるのか。では丁度いい、ここには我々しかいない。騎士達は全員、朝方の見分に加わった。だから先の話し合いはともかく、何があったかは把握している。
「君達に尋ねる。閣下のご遺体を拝見した上で、検死、解剖は必要と考えるか」
息を整え問いかけると、全員が躊躇いなく首肯した。なるほど、では次だ。
「その上で聞きたい。検死、解剖したならば何か出てくると思うか」
これには全く異なった反応が見られた。躊躇いが見られる。各騎士団を代表し、殿下直々に選抜したと思しき騎士であっても判断に困るということが証明された。
一方、ロイドとヴィクトルは意思を明確にした。
「検死、解剖すれば状況は変わるでしょう」
ロイドは言い切り、
「検死や解剖の仕方にもよりますが、何かは出てくるかと」
遠慮はあるがヴィクトルも明言した。そしてもう一人、
「解剖せずとも、検死でよろしいと存じます。必要とあらば、解剖も行えばと私は考えます」
武具甲冑からライン騎士と分かる男がそう主張した。そういえば、今更ながら護衛の構成が今までと違う。それぞれの騎士団からバランスよく派遣されていたのに、今回は王国騎士団員が一人もいない。ライン騎士団からは目の前の男が一人のみ参加。残りは神殿騎士団、教会騎士団、病院騎士団が三人ずつ組み込まれている。
何か理由があるのかと考えたが、とにかくと唯一ライン騎士団から派遣された男に確認する。
「解剖の必要もないと言うのね」
「ええ、必ずしもという意味ですが」
「しかし検死の必要性は認めると」
「そう思います」
彼は飄々としており、それでいて自信が感じられる。そういえば彼の名前すら聞いていない。後で確認しよう。
改めて整理する。簡単なやり取りではあったが、少なくともここにいる全員が検死、もしくは解剖の必要性ありと判断している。他方、結果が得られると考える者は三人。
ロイドは状況が変わると言った。
ヴィクトルは何かは出てくると述べた。
ライン騎士団の男は解剖よりも検死でよいと言う。
では私はどうか。当然主張は変わらない。よし、と手を叩く。
「誰か、ラムダを呼んで来て下さい」
だが、騎士達はこちらの様子を窺うばかりで動かない。何をちんたらしてんだと思ったら、
「申し訳ありませんエルカ様、結局話し合いはどういった内容だったのでしょうか?」
遠慮がちなヴィクトルに指摘され、頭をかく羽目になった。ロイドが指摘してくれたのに、そういえば中身を伝えていなかったわね。あれだけ待たせて揉めたあれを。そうね、そうだった。まだ冷静ではなかったか。なんか悪いことしたな。みんな何があったか知りたいよね。うん、これは私が悪い。でも謝らない。だって私、ライン王国人格者ランキングまだ四位だし。




