第45話 大公城事件7
さすがは閣下のお子と感心はしよう。この子は端からこれが狙いだったのだ。今回の検死、解剖において最も高いハードルは心理的なものである。大公という地位、学識や社会通念、信仰の観点すら見越しているのだろう。周囲の理解を得られるはずがない。後々何を言われるか分かったものではない、と。
だが簡単に引き下がるわけにはいかない。
「出来る者がいたとすれば、問題ないわけですね」
そんな私の言をせせら笑うよう、
「いません。今一つ、我が国では認められない」
彼は少年を演じることをやめてみせる。
「でしたら王都から国王陛下の命をもって、責任ある解剖医をお連れしましょう」
「お断りします。陛下も無理は仰らないでしょう。今、お忙しいでしょうし」
あどけなさを演出し、自らの外見すら把握した上で利用する。末恐ろしいガキだ、うんざりしてしまう。薄気味も悪ければ気分も悪い。今やこの場の手綱は、十五歳の少年に握られてしまった。これでは埒が明かない。何か打開策を講じないと。
ふっとラムダを確かめると、冷めた目で場を眺めていた。フリートに意表を突かれたが、特に思うところはない。そんな顔をしている。そうして彼は口を開いた。
「では皆さん、検死、解剖は拒否されるわけですね」
「今そう話していたよ」
いかにも少年らしくフリートが応じると、ラムダは興味なさげにその少年を見た。
「この件、記録に残りますがそれで構いませんね」
「ご存分に」
「そうですか。では、今朝行った見分についてお尋ねしたい」
ラムダが話を変えたことで、場に漂っていた異質な緊張が一時的に緩んだ。フリートは苦笑しながらも肩を竦め、一歩後ろへと下がる。上手く退場させたものだ。少しばかり助けられた。そして確かに、今朝行われた実況見分、対応の記録は必要だ。私はともかく、ラムダは詳細を殿下に報告せねばならない。これ以上私の勝手は許されないか。
ラムダは各自に、今朝方行われた対応、見分の確認を進めていくが特段目新しいものは出てこなかった。グスタフ氏は、必ずしも偽りを述べていたわけではなさそうだ。相応に対応したらしい。でなければ、早朝からあんな騒ぎにはならないか。
次にラムダは、そもそもの話として閣下も含め昨夜の様子を確かめた。各自のアリバイを確認する為だろう。確かにグランバッハ領内、或いはエーガー城内、そして一族の間に何かしら問題があったかもしれない。
しかし分かったことは、夕食会後長兄ミゲル氏がアウグス閣下と話す機会があったことぐらいで、その他は皆、閣下と顔を合わせていないらしい。体調にも異変はなかったという。
近衛、侍女は先に聞いた通りで、衛士達に確認しても閣下のお姿を見たのはミゲル氏との会談後、ぷつりと切れてしまっている。要は寝室に戻り眠りについたということだ。
そして大公閣下はお亡くなりになった。
彼らは正気なのだろうか。本当にそう報告しろというの? わざわざ私が来ておいて?
むしろ私が訪問したことが後々問題となるだろう。いや、そうされる。ここまで無茶を重ねてきた私の敵は数多い。もちろん味方もいるが、私とラムダしか面会していないという事実が重いのだ。どんな風聞が流されるか分かったものではない。
一通り話し終えたのか、ついにミゲル氏が切り出した。
「お二人には悪いが、我々は喪に服し父を弔わねばならない。陛下や王宮にもご連絡せねばならない。しかしそちらに頼むのは筋違い。こちらからレイラ・ノヴァにも伝令を遣わせる」
そうして我々を追い払おうとミゲル氏が立ち上がった。それに対し、
「私はそれでも構いません。けれど、君はどうなんだ」
ラムダがこちらに向き直り問いかけてきた。あくまで興味がないと言った風を装って。だから答える、
「お話になりません」
ただただ簡潔に。ミゲル氏はしかめ面を浮かべ、グスタフ氏は眉間に皺を寄せている。そしてフリートは、口角を上げ冷笑を浮かべていた。
「すまないがご令嬢、もう充分に話し合った。これ以上どうしろと言うんだ」
今や当主代理となったミゲル氏は困惑気味にこちらを見るが、私の主張が全く分からないとでもいうつもりか。かぶりを振り、呆れた表情で言葉を返す。
「でははっきり申し上げます。検視を行ったのはたった一人の医師。現場検証もまともにされず、実況見分すら口頭で済ませる。正気とは思えない」
一体誰が亡くなったのか、こいつらは理解しているのか。いや理解出来ていない、したくない、そもそも考えたくもない。詳細な理由や事情、立場や関係性こそ関知しないが、しかし自分の父親であろうと関係ないときたか。これがどれだけの重大事で、私がどれ程の存在かすら考慮しないと。だったら無理やりにでも理解させてやろう。
怒りが、憤りが私を奮い立たせる。
「そうさな、解剖の拒否は受け入れてやる。ただし、こちらの調査に協力し一切邪魔立てしないというのなら、だ」
傲然と言い放ち、肩書きと見た目だけはご大層なグランバッハ一族の前に出る。ミゲル、エミール、グスタフ、エリザベート、クリスティアン、そしてフリート。それぞれに一瞥くれてやり、
「好きなだけ監視するがいい。ずっとそうしていたのだろうしな」
「へえ、でも断ると言ったら? そもそもそんな権限、あなたにあるのかな?」
フリートのふざけた物言いに、この腐りきった部屋を去る前に応じてやる。
「そのような選択肢は存在しない。どうしても拒否するというなら力尽くでやるがいい。このライン屈指、三本の指に入る悪役令嬢を止められたならば、陛下が直々にお褒め下さるだろう。ついでに私も誉めてやる」
命懸けで阻止する勇気が、貴様らにあるならば。




