第44話 大公城事件6
私の言う検死が「遺体の解剖」を意味することは、皆気付いているだろう。早朝、遺体を認めた時点で私は同じ主張をしてみせた。だが、結局採用されることはなかった。心情は察するがこれでは解決しないのだ。死因を特定しないことには、曖昧なまま全てが宙に浮いてしまう。
考えたくもないが、今の北ルナリアなら解剖など躊躇いなく行っているだろう。
「あなた、自分が何を言っているのか理解しているの?」
真っ先に意見したのは次女エリザベート氏だった。不思議な物体でも見るよう、まじまじとこちらを見つめている。愛くるしいお方だと思っていたが、今朝の様子から情緒が安定していないように思える。
気の毒には思うが、波風立たぬよう応じる。
「もちろん。死因を確かめねばなりませんので」
「病気でしょう。それ以外何があるの?」
「ですのでそれを確かめねばなりません」
「その為に、わざわざ身体を切り刻んで……そう言うのね」
一転、エリザベート氏から明確な憎悪を感じ取り慌てて抗弁する。
「検死、解剖とはそういうものです。このままでは不審死、原因不明の死として扱われます」
「だから、病気だと、それ以外一体何があるというの……」
今度は声を詰まらせ、エリザベート氏は涙で目を潤ませている。やはり情緒が乱れ冷静に話し合える状態ではない。視線を長兄ミゲル、次兄グスタフへと向けるが妹に同情の念こそあれ解剖に関しては我関せずと顔に出ていた。やはり南ルナリアで検死はまだ早いというのか。拳を握り込んだ次の瞬間だった。
「検死、すればいいじゃないですか」
唐突に訪れたそれは、まだあどけなさが残る四男フリート氏から発せられたものだった。
「要するになぜ死んだかはっきりさせないと、僕らもあなた方も都合が悪い。そういうことですよね」
続けて発せられたその言葉に驚き入ったのは私だけではなかった。私もラムダも、ミゲル氏も衛士達も皆もまだ少年の面影残るフリート氏を凝視していた。
これだけいてたった一人の少年だけが本質を言い当てた。違う、少年だからこそ無垢に放言出来たのだ。都合が悪いなどと我々は口に出来ない。
それでも渡りに船と言葉を発しようとしたが、
「兄様姉様、どうしてやらないのです」
先んじられたフリート氏の疑問に、
「おい、お前は黙っていろ」
グスタフ氏が強く言葉を投げ掛けた。しかし、
「黙れと言うなら呼ばずにおけばいいではないですか」
「だから、この二人が我々の意思を確認したいと言うから――」
フリート氏の素朴過ぎる言い分に、グスタフ氏が言い聞かせようとした刹那のことだった。
「――使者が無茶を言うので唯諾々と従い大公家の恥を晒す道を選んだと、兄君は仰る」
重く低く告げられたそれに気圧され皆言葉を失っている。
私はこの光景に大公閣下の面影を見ていた。フリート氏のそれはまさにアウグス・グランバッハ大公の血を受け継いだものだ。生前の閣下は若かりし頃、きっとこうだったに違いないと思わせるに充分な威厳に満ちている。
外見と相反するその内面。早熟過ぎるかもしれないが、だからこそこの後彼がどう話を進めていくか私には手に取るよう分かった。
「ゲッツア殿下からの正式な使者だ。フリート、落ち着きなさい」
ミゲル氏は場を取り成そうとするが、グスタフ氏は認めない。フリート氏の眼前に立ちはだかり、大上段に見下ろす。二人の距離は近く向き合う形になるが、こちらからでは表情が確認出来ない。
「もう一度言ってみろ」
「嫌です」
「お前は父上の身体を家畜のように解体しろというんだな」
「兄様の得意分野ではありませんか」
軽口に激怒したグスタフ氏が弟の胸倉を掴もうとし、周囲がなんとか制止しようとする。グスタフ氏はそれを振りほどこうとするが、さすがに多勢に無勢。何より我々がいる。状況を察し冷静になったのか、彼はもうフリート氏に近づこうとはしなかった。だが激しい軋轢は続く。
「お前は何も分かっていない。ガキは黙っていろ」
「嫌です」
「貴様、いい加減に……!」
あまりの対立に衛士達が浮き足立つ最中、
「そう、いい加減に……」
フリート氏は反論ついでと言わんばかり、混乱の中からひょいと顔を出した。そうしてはっきりと言葉にするのだ。
「そんな事が出来る奴はそもそもいない、とお使者殿に伝えればいいではないですか」
彼はにこりと笑みを浮かべ私達二人を見ていた。まるで道理の分からぬ子供を見るような目つきで。
・人物名の誤りを訂正。
・投稿話数間違い訂正。




