第43話 大公城事件5
鳥のさえずりが聴こえる。心地よく耳に響くが、誰もそんな心持ちではないだろう。
ラムダの問いに当事者達は異を唱えなかった。つまり、第一発見者はこの侍女と近衛騎士の面々。彼らを疑うわけではないが、事後対応には疑問が残る。
一つ間を置きラムダは更に問いかけた。
「発見時刻はいつ頃です」
声色が変化した。この聴取に遠慮は必要ないと、ラムダの口振りが雄弁に語っている。しかし、
「早朝、六時前といったところだ」
お相手をしたのはグスタフ氏だった。ラムダを見据え、ラムダもまたグスタフ氏を見据えている。今朝の再現とならなければいいのだが。
「六時前。我々が閣下の寝室に伺ったのは六時半過ぎ。皆様はその間に駆け付けたということですね」
グスタフ氏は殊更ゆっくりと首肯した。だからどうしたと威圧するようだ。しかしラムダは動じない。
「その間、どのような処置を施したのかお聞かせ下さい」
「既に手遅れだった。手の施しようがなかったのだ」
返答は思わぬところから飛んできた。見守っていたミゲル氏が応じたのだ。沈痛な面持ちは物憂げにも見え、憔悴ぶりが伝わってくる。ラムダは向き直り、ミゲル氏に問いかける。
「全て手遅れであったと」
「そうなる。報告を受け、私が真っ先に駆け付けた」
「その間どの程度時を要されましたか」
「発見から十分程と聞いている。私の居室が一番近い」
状況を確認したミゲル氏はすぐに医師を呼び、侍医が駆け付けるのに五分の時も要さなかったという。合わせれば十五分程、か。
「ご侍医にお尋ねします。当時の閣下の状態を詳しくお聞かせ下さい」
水を向けられ、侍医の男は苦しげに応じた。
「脈も呼吸もなく、血色を失った状態でした。治療のしようもなく、蘇生処置も困難な状態であったと言わざるを得ません」
「困難、不可能、どちらです。正確にお願いしたい」
「不可能と、判断しました」
「死後どの程度の時間だったと考えられます」
「既に死後硬直が始まっていたことから、最低二時間以上は経過していたと推察します」
専門医の説明を受け、ラムダはわざとらしく天を仰ぎ見た。動作とは対照的、無表情なそれを受け取り、
「そうでございましたか。手を尽くされた皆様のご尽力には心打たれる思いです」
私はまず、労いの言葉をかける。終始ラムダがリードすると思っていたのだろう。突然の言に侍医も皆も不意を突かれたようだが、すぐ簡易的な礼で応じてみせた。グランバッハの一族を除き。それを確認し、
「ところで、このお城に教会はありますか」
誰ともなしに語りかける。誰への問いか分からず、また唐突な問いかけに皆の表情がそれぞれ変化した。ただ一人、
「この城に教会はない。だが教会は近くの街、また領内に多数ある」
グスタフ氏だけが悠然とこちらを見ていた。ならばと続ける。
「エーガー城は珍しいお城とお見受けします。周囲に都市がなく、ただお城だけが建っている」
「父の意向だが、珍しくはないだろう。エルカ殿ならば知っているはずだ。都市を排したものは国内のみならず隣国にも存在する」
彼は冷静そのものだ。そして名前で呼ばれるとは思わなかった。加え、確かにその通りでもある。だからこそ確認する。
「では神父やシスターはいかかでしょう。司祭、なんなら司教でも構いませんが」
一瞬、室内がしんと静まり返った。理由はグスタフ氏が説明してくれるだろう。案の定、
「この城に教会はないと言った。教会の関係者は皆街にいて、ここにはいない。父の意向だ」
彼は簡潔に事情を説明してくれた。そう、だから治癒や治療に特化した教会関係者がいなかったわけか。教会との距離感、徹底しているな。今回はそれが裏目に出たわけだが。
ひと思案していると、グスタフ氏が更に続けた。
「言っておくが回復魔法を使える者は当然いる。俺も含め、手練れは揃っている」
なぜか自慢げに話すので、微笑みをもって返答とする。そうして改めて問う。
「で、その回復魔法の使い手は現場にどれほどおられたのでしょう」
「俺も含め五、いや六人はいたはずだ」
「正確な数を訊いている」
切り裂くよう告げた。それは、もはや侯爵令嬢のものではない。今、平時の仮面など付けていられるか。一瞬で空気が凍り付き、衛士や侍女が私を睨みつけてくる。だが、意外にもグスタフ氏は冷静だった。溜め息こそついているが、自身の瑕疵を自覚しているのだろう。
「正確にだな」
「そうです」
「まず近衛騎士二人。近衛はその役割から回復魔法が使えねば話にならん」
そうだろうと小さく首肯する。
「真っ先に駆け付けた中に二人。続けて俺とその従者。次に隊から専門とする者が二人。その場に居合わせたというなら、この六人になる」
言い終え、グスタフ氏は冷めた目で私を見ていた。文句があるなら言ってみろ、という顔つきだ。
「なるほど、六名の回復魔法の使い手により、回復魔法は意味を成さないと判断されたわけですね」
「そうだ」
「医師は」
回復魔法の使い手がいたのは理解した。他にもいたろうが恐らく関われていない。彼らの言うよう時すでに遅かったか、そもそも現場に入っていないのだろう。では医学の専門家はどうなのだ。
この問いに、グスタフ氏は渋面を浮かべた。
「侍医が一人のみだ」
「たった一人。たった一人の診断で大公閣下の死亡を確認したと、そう仰いますか」
「我々とて専門家だ。自分だけが特別だと思うな。回復魔法を使うなら、生と死の見分けぐらい誰でも出来る」
誰でも、は言い過ぎだと思うが一理ある。だが肝心なのはそこではない。だから今一度、私の要求を形とする。
「皆々様、検死の必要性ありと判断します。生死回復の是非でなく、死因を特定せねばなりません」
検死。その言葉を再び耳にし、さざめくよう不穏の波が広がっていく。私とラムダだけが、ただ平静と彼らと向かい合っていた。




