第42話 大公城事件4
アウグス・グランバッハ大公閣下の死は、エーガー城を騒然とさせた。いずれグランバッハ領内、そしてライン王国全体へと波及していくだろう。周辺国も同様で、聖王国ナルタヤや殺戮勇者を含めどんな影響が出るか分からない。
今はっきりしているのは少なくとも前日、私が大公閣下と面会しているという事実だ。こればかりは隠しおおせない。いくら私にアリバイがあるとしても、どんな風聞が流れされるか。覚悟を決め、やれることは全てやらねば――。
居館の二階、その一室で私とラムダはグランバッハの一族と顔を合わせていた。実況見分という名の調査は終えたが、確認せねばならないことがある。主を失った面々には申し訳ないが、手ぶらでは帰るわけにはいかないのだ。
しかし改めて思う。グランバッハ一族、いや閣下はお子が多い。幼子の名前までは覚えてはいないが、上の六人の名は覚えている。
長兄ミゲル、二十七歳。
長姉エミール、二十五歳。
次兄グスタフ、二十歳。
三男クリスティアン、十八歳。
次女エリザベート、同じく十八歳。
後は皆お若過ぎる。十歳に満たないお子が四人。唯一四男フリート氏のみ十五歳だが、未だ少年の面影が残るあどけない顔立ちで頼りない。実際今も、落ち着きなく上着の裾を握っている。それにしても合わせて十人とは、ハラルド陛下に負けぬ種馬ぶり。精力旺盛、にも関わらず亡くなった。だからこそ問題なのだ。いっそ腹上死ならどれだけ気が楽か。閣下も納得の死に様だろう。しかしそれは、ありそうもない。
女性達がソファに腰掛ける中、男達は立ったまま我々と向かい合っていた。ただ一人ミゲル氏だけは椅子に腰掛け、執務机の向こうから見守っている。
一方我々の調査に激しい憤りを見せたグスタフ氏は、時も経ち熱も冷めたのかこちらを見てもいない。時折兄ミゲル氏の様子を窺うのみで、別人のようだ。私も同類なので分からなくはないが、熱しやすく冷めやすい、か。
時計の針が午前九時を回ったところで、残る関係者が入室してきた。侍女、それに侍医と衛兵達だ。そうして、ようやく話し合いが始まった。
「皆ご苦労。今更ではあるが、父が身罷られた。心中察するが、哀悼の意はもう尽くした。今はいい。私自身気持ちの整理も付かないが、王都から来訪されたお二人がどうしても話したいことがあるそうだ。お聞きしよう」
沈痛な面持ちで話すミゲル氏を確かめ、ラムダが一礼する。
「この度の訃報、まことに残念でなりません。心苦しくはありますが、いくつかお尋ねしたいことがあります。かかる無礼をお許し下さい」
再び頭を垂れるラムダにならい、私も深く頭を下げる。顔を上げると、一同から微かな緊張と嫌悪が見て取れた。それはそうだろう、今に始まったことではない。そもそも、夕食会の時点で我々は歓迎されていなかった。
気にも留めずラムダは問いかける。
「ではまず一つ。第一発見者はどなたです」
「侍女の一人だ。父と最後に合ったのもその者。昨晩の話だそうだ」
この問いに応じたのは、意外にもグスタフ氏だった。なるほど、ミゲル氏が応答しては格好が付かないか。仲の良い兄弟姉妹だ。上下関係がはっきりしているとも取れるが。
グスタフ氏に促され侍女の一人が前に出る。年若い娘、ただの侍女とは思えないほど垢抜けている。閣下の好みだろうが侍女までとは。その侍女は強張りながらも話し出した。
「昨晩、お休みになる閣下の夜のお支度をしに参りました。その際会ったのがわたくしで、そのままお休みになられたようです」
「何時頃です」
侍女の心境などお構いなく、ラムダは端的に問うた。気持ちは分かるが容赦ないな。
「夕食会が終わって、十一時頃だったと思います」
夕食会が終わりお開きとなったのは夜半十時頃。その一時間後には寝室に入ったのか。それはともかく、明確に足りない情報がある。
「そうですか。で、当然近衛の方々はお見かけしていますね」
そう言い、ラムダは兵士達へと首を向けた。近衛騎士は昨夜の夕食会で見ている。武具甲冑がただの衛士とは明確に異なり、一目でそれと分かる。侍女はほっと胸を撫で下ろすよう下がり、一人の近衛騎士が一歩前に出た。
「我々は夜半、その後朝まで交代制で護衛を続けておりました」
「ではあなた方も最後に目撃した存在と、それでよいですね」
「構いません」
そう、兵士が見ていないというのはあり得ない。通常なら、近衛騎士こそ最後に目撃している方が妥当と言える。閣下がこの侍女と寝室で何をしてようが、だ。ラムダは続ける。
「侍女の方の証言と食い違いはありませんか」
「ありません」
近衛騎士が明言したことで、閣下が昨夜いつ寝室に入ったかは判明した。夜半十一時。私はこの頃、既に眠りについていた。その後、朝までに異変があった。これに間違いはないだろう。後ろ手に組み、ラムダは再度問いかける。
「近衛騎士の方々にお聞きしたい。警備中、閣下の寝室から異変を感じませんでしたか」
前に出た近衛騎士は同僚に確認した後、
「何事もありませんでした」
端的に告げた。お亡くなりになっているのだが、何事もなかったと。些か呆れるが、閣下の死に顔を拝めば納得するほかない。悶え苦しんだ、体調に異変が起きたなどの形跡は確かになかった。
「では明朝、先程の侍女の方とあなた方が閣下の寝室に入り、ご遺体を最初に確認した。よろしいですね」
ラムダの問いかけにそれぞれが頷いた。さて、問題はここからだ。
我々が到着した時、既に見分は終わっていた。次兄グスタフ氏がそう述べている。偽りがないならば、彼らはどう対処したというのだ。医師はたった一人の侍医のみ。蘇生などの高等魔法はいざ知らず、回復魔法の使い手すら見当たらなかった。ただ手をこまねいていたはずはない。ここからは、私も口を挟まねばならないだろう。




