第41話 大公城事件3
正式な使者であるラムダも来た。ならばと今一度要求を形にする。
「大公閣下のお身体を拝見してもよろしいですか、ミゲル様」
これにラムダは、ミゲル氏よりも先に反応し、弔意を表すかのよう目を閉じた。私も、ロイドもヴィクトルも黙礼をもって弔意を表し、その後ミゲル氏をしっかと眼に捉える。
諦めたのか、こちらの立場を慮ったのか、ミゲル氏は小さく首肯した。ならばとロイドとヴィクトルを残し、私とラムダはベッドの反対側へと移る。ミゲル氏と侍医は不快感を押し殺し、それでもゆっくり後ろへと下がっていく。
目の前には大公閣下の亡き骸がある。一代で大公にまで上り詰めた傑物がある。だからこそ我々はデュベを手に取り、ゆっくりとめくっていく。やはり着衣の上にはなんの異変も見て取れない。促す為、向かいにいる騎士二人に頷いて見せる。
騎士二人が「失礼します」と周囲への配慮を言葉にし、上着を脱がせる。ガウンは徐々にはだけ、閣下の上半身が露わになっていく。
一目見て、立派なものだと感嘆する自分を見つけていた。
――いくらなんでも立派過ぎる。
思わず言葉にしたくなるほど、五十を過ぎた男性の身体とは思えなかった。ロイドもヴィクトルも凝視している。一つも見逃すまいと。
ふっと視線を上げる。入り口付近には閣下のお子達、衛士と侍女達が厳しい眼差しをこちらに向けている。遥か格下の侯爵令嬢と令息風情が、父親であり主の亡き骸を弄んでいる。そう見えても仕方ない。格だけで言えば事実なのだから。
問題はここからだ。どう切り出すか悩むところだが、恐らく私が適任だろう。ふっと息を吐き振り返る。
「ミゲル様、全身を確認したいのですが、よろしいですね」
ただでさえ不快感を隠さずにいたミゲル氏の表情が、不自然なほど強張った。こいつは何を言っているのだ、と言わんばかりに。それでも切り替え「いやそれは」とミゲル氏が口にしたその時、
「貴様どういうつもりだ。さっきから何を言っている」
主を失った室内に、低い怒声が響く。次兄グスタフ氏が怒りを滲ませ私達、正確には私を睨みつけていた。夜会では終始素っ気なかったのに、今は憤怒を隠そうともしない。なるほど閣下譲りの迫力はあるが、こちらにも譲れないものがある。視線を合わせ、態度で表明してみせる。
「実況見分です。不要と仰いますか」
「既に済んだ。無用だ」
グスタフ氏は吐き捨てるが、それは見逃せない。こちらの都合とて譲れないのだ。
「全身をくまなくお調べになられたと。なるほど、いつ行ったのです」
的確な反論だったらしい。反駁は聞こえてこない。ならばとミゲル氏に再度要求する。
「抵抗がおありになるのは重々承知しております。それでも、漏れがあっては閣下ご自身も納得されないでしょう」
死者の立場に立つ。些か卑怯だが事実でもある。私もラムダも、ロイドもヴィクトルもじっとミゲル氏を見つめていた。いや、譲らないと姿勢を示さねばならない。
嘆息し、ミゲル氏は小さく「了承した」とだけ呟いた。何か強い反発があるかと思ったが、見守る面々は口を開かない。急遽責任者となったミゲル氏が折れた。顔を潰さない為か。
ロイドとヴィクトルに向かい頷いてみせると、二人はガウンを完全に脱がせ、閣下の全身を露わにさせた。当然、死者の下半身に興味があるわけではない。それでも、自然と目が向く箇所がある。あらぬ疑いを掛けられぬよう、意識的に足元から確認していく。
順になぞっていくと、閣下のお顔が再び目に入る。本当に、本当にお亡くなりになったのだ。私はこの時、ラムダ、ロイド、ヴィクトルの意思を確認する為視線を送った。
ラムダは淡々と観察し、冷淡なほど冷静さを保っている。大したものだ。こちらの視線に気づいていない。
ロイドとヴィクトルは私の視線に気づき、ロイドはほんの微かにかぶりを振って見せた。ヴィクトルはそれを認め、ミゲル氏とグスタフ氏の様子を窺っている。
考え込む余裕はない。グスタフ氏はいきり立っており、いつ着火してもおかしくない。だから、
「私の護衛は全員揃っているな」
わざとらしく声を張り「確認しろ」と命じた。これには皆驚き、グスタフ氏はもちろん、ミゲル氏ですら抗議の声を上げようとしている。だが、
「ミゲル様、検死が必要と思われます」
私の一言でそれは静寂へと移ろう。突然のことに戸惑うミゲル氏に、容赦なく再度告げる。
「検死の必要性を認めます。他に医師はおられますか。専門としている者は。用意出来ぬというのなら、王都から呼び寄せます」
私の主張が唐突過ぎたのか、ミゲル氏は固まってしまった。当然の如くグスタフ氏は声を荒げるが、こちらも頑として譲らない。なんとしても騎士達が確認する時間を確保せねばならない。だから続ける。
「皆、背面も確認するように」
死者を転がしうつ伏せにしろということだ。ついにグスタフ氏がこちらに歩み寄ってきた。怒髪冠を衝く勢いで顔を近づけようとしたが、
「お控えください。必要と私が認めたのです」
身を挺し、ラムダが間に割り込んだ。向かい合うラムダとグスタフ氏の表情は、対照的と言わざるを得ない。冷静さを欠くグスタフ氏を兄ミゲル氏が止めようとするが、彼は止まらなかった。
「たかが侯爵家の人間が好き勝手なことを……! 今すぐ出ていけ!」
家格の違い、やはりそうきたか。しかし、これに対しラムダは、
「たかが王家の名代と、そう仰いますか。なるほど、是非とも王都で発言されるがいい」
努めて冷静に反駁してみせる。見事なものだ。そして二人がいがみ合うのは計算出来ていた。これでいい、後は……。騒々しくなる中、私はこの部屋自体を観察していた。何一つ見落とさないようにと。




