第40話 大公城事件2
馬鹿な……ライン王国の大公閣下であらせられるぞ。
こんな呆気なく、簡単に死んでいいはずがない。
だが物言わぬ存在となった大公閣下は、どれだけ話しかけても応じてはくれない。動揺し、思わず身体に触れようとしたその時、
「エルカ様の護衛と言っているのが聴こえんのか! 不服があれば国王陛下に申し立てするがいい! そこをどけ!」
この声はロイドだ。伸ばした手を反射的に戻すが、と言って死者を弔う気にもなれない。本当に死んでいるのか? 意識を失っただけではないの?
そんな想いは「どけと言っているだろう!」というロイドの声にかき消された。部屋の外、廊下は騒然としている。ベッドを挟み、向かいには長兄ミゲル氏がいて、必死に何かを堪えていた。もう一人の男は身なりからして侍医だろう。もはや脈も測ろうともせず、ただ立ち尽くしている。私は何も出来ない。もう散々話しかけた。まだ話すことがあったのに、どうしてこんなことに……。
大公閣下のお顔は綺麗なもので、苦しんだ様子は見当たらない。着衣に乱れはなく、シーツもデュベも整っている。
一つ間を置き、息を改め室内に視線を巡らせる。カーテンは開けられているが、これはミゲル氏の指示によるものだろう。灯りに乏しくてははっきり確認出来ない。家具、調度品は豪勢ながらも機能性が見て取れる。やはり乱れはない。入り口は扉が一つだけ。隠し扉でもない限りは。
唯一の入り口に視線を向けると、ロイドが衛士を押し退け部屋に入り込んできた。神殿騎士ロイドは駆け寄るよう私の下に近づいてくる。
「エルカ様、勝手は困ります」
その台詞は実に白々しいもので、当然彼も異変には気が付いている。だからこそ、私はベッドの上に視線を誘導する。意を汲んだロイド・ヴァレンシュタインは視線を大公閣下に定め、そして息を呑んだ。最悪の事態を目の当たりに、言葉を失う我々の後ろから再び、
「どけ。邪魔をしに来たわけではない」
ヴィクトルの声が届く。あまり勝手をされては困るが丁度いい。彼らの身勝手が、私の心を僅かながらも落ち着かせる。私はミゲル氏を見据え小さく頭を下げた。ミゲル氏にも不満はあろうが、それどころではないのだろう。何も言わず黙認してくれた。騎士達が入室し、ヴィクトルのみが私の傍に歩み寄った。そうして彼も目の当たりにするのだ。
大公閣下の死。
これが一体何を意味するのか、今の私には分からない。
沈黙が降り、誰も言葉を発せずにいる中、
「嫌よ! 私は見たくない! そんなはずないでしょう!」
叫びにも似た声の主は次女エリザベート氏だった。どうやらお子達が入室してくるらしい。拒む気持ちは分かるが、正直やかましく感じた。どうやら私も身勝手な人間であり、何より冷静さを取り戻しつつある。心を落ち着かせねば。一人泣き喚くエリザベート氏を廊下に残し、皆躊躇いがちに部屋へと足を踏み入れてくる。幾人か足りないが、お子達が入室したのを確認してから、私はあえてミゲル氏に確かめた。
「大公閣下を最後に見たのはどなたです」
問いかけられたミゲル氏は、眉間に皺を寄せ「侍女の一人らしい」と応じた。そうして部屋の入り口付近、人だかりへと視線を向ける。なるほど、既に調べていたのか。続けて確認する。
「大公閣下は持病をお持ちでしたか」
これにミゲル氏は、隣りの侍医と思しき男に視線を向けた。水を向けられた医師らしき男は「閣下の健康状態に問題は見られませんでした」と述べてから「持病もお持ちではありません」と付け足した。ここでようやく、ミゲル氏からこの男が侍医であると知らされ、互いに小さく頭を下げる。仮に側近がいたとして、病の有無を把握しているとは限らない。側近の有無は知らないが、今はいい。
改めて考える、アウグス閣下はゲッツア殿下よりお若い。だが五十代半ばともなれば、持病の一つあっておかしくはない。しかしなかったと医師は言う。ではどういうことだ。昨日はあんなにも壮健だったというのに……。
意を決しミゲル氏に告げる。
「失礼ながら、お身体を拝見させていただけますか」
自然、俯き加減だったミゲル氏の顎が跳ね上がった。不快感を表し、しかしその意味するところは理解しているだろう。既に確認し終えているとは思うが、こちらにも立場というものがある。
ミゲル氏が苦渋に顔を歪ませ、決断しかねている時だった。
「お邪魔する」
小さな声に振り返ると、ラムダの姿が見えた。人混みをかき分けこちらへと近づいてくる。もはや促すまでもなく、彼はそれを見て取った。ちらりとこちらに視線を向けるので、目だけで首肯する。そういうことなのだ、と。




