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侯爵令嬢の華麗なる追放劇  作者: 文字塚
大公城事件編
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第39話 大公城事件

 扉を叩く音が聴こえる。まだ眠いというのに一体誰か。連日の移動でこちらは疲弊しているというのに。意識は一瞬目覚めたが、無視して再び眠りにつこうとした。しかし、明らか扉が開く音が鳴り、足音が近づいてくる。乙女の眠りを妨げ許可もなく入ってくるとはいい度胸だ。

 ドスの利いた台詞でも投げつけてやろうとしたが、


「失礼しますエルカ様」


 声量こそ抑えているが、この声は神殿騎士ロイド・ヴァレンシュタインだ。なんだ急用か、と致し方なく身体を起こす。ロイドはさり気に手を添え支えるが、私は王族でも要介護でもない。

 陽の光が窓辺に差し込む中、ロイドは「失礼」と述べてから耳元で囁いた。


「城内に異変あり。居館が騒がしくなっています。今ヴィクトル等を向かわせていますが、何か起きたのかもしれません」


 その口振りから緊張感が見て取れる。数日しか共にしていないが、彼は元来気の良い、もっと気軽な人物だと思っていた。それだけの騒ぎらしい。全く朝っぱらから、という愚痴を心に仕舞い、


「分かりました。着替えるのであちらを向いていて」


 告げ、髪も整えぬままベッドから降りる。「外ではなく?」とロイドは呟いているが出たければ出ればいい。とにかくと手早くドレスをまとい、鏡に映し簡単な確認を済ませる。髪ぐらい梳きたいな、などと思っていたら扉の向こうから再び声が届く。


「エルカ様、急ぎの用件。入室のご許可を」

「構わん入れ」


 とロイドが応じたことで扉は開かれ、教会騎士ヴィクトル・クーベリックが入室する。私の許可はどこに……まあいいけれど。ヴィクトルは私の姿を確認すると一度跪いた後、立ち上がり顔を近づけ、声を落とし告げた。


「居館で異変。騒ぎが大き過ぎます。今他の者に詳しく確認させております」


 声が少し震えている。ヴィクトルはまだ若い。私より年上ではあるが、冷静さを失ってはならない。しかし異変とはなんなのか。


「具体的に何が起きたの。閣下にはお知らせしたの」


 こちらは努めて冷静に応ずる。まだ眠いというのもあるが。だが、ロイドもヴィクトルも私の平静さなど意に介さない。まるで本物の護衛のよう私をガードする態勢を取り、


「はっきりと確認したわけではありません。ですが、閣下の身に何か起きたと思われます」


 ロイドの言葉で、ようやく私も状況を理解した。まさか、閣下が狙われた? 懐中時計を手に二人の間を通り抜け、


「ついて来なさい。居館に向かいます」


 返事も聞かずすぐさま廊下に飛び出る。なるほど、気を付けてみれば早朝というのに確かに騒々しい。あてがわれたゲストルームを足早に去り、騒がしい方角へと向かう。どう考えても居館の様子がおかしい。

 居館の入り口に着くと、当然衛兵が正面玄関を封じていた。緊迫した空気をまとい、私達の前に立ちはだかる。警戒感を隠さない衛士に、


「何があった」


 挨拶もせず確認するが、彼らは答えようとしない。居館の内部は混乱しているらしく、慌ただしさが伝わってくる。


「何があったと訊いている」


 今一度強く言って聞かせると、一人の衛士が、


「い、今はお入りになれません……」


 と臆しながらも口を開いた。何を、こちらは何があったと尋ねているのだ。顎を上げ、視殺するよう衛士達を見据え、そうして告げる。


「そう、ではお邪魔して確認するとしましょう」


 衛士を撥ね退け扉を無理やりこじ開ける。当然抵抗されたが相手が悪い。誰だと思っているのだ。止めようとする衛士達を二人に任せ、素早く居館の中に入ってしまう。閣下の身に何かが起きた。だとすれば閣下の寝室、もしくは執務室。どこにあるのか分からないが、とにかく人が多い場所だ。


 見たところ少なくとも一階ではない。五階建ての建物どこか。廊下を右手に真っ直ぐ進み、突き当りから議事堂に近い階段を順に上っていく。もちろん衛兵に見つかり咎められたが「急用と伝えてある。ミゲル様はいずこです」とはったりを述べると、一人の衛士が「ミゲル様なら最上階に」と零してしまった。他の衛士はすぐさま止めようとするが、当然無駄である。ほんと、誰だと思ってんだ。


 最上階に着くと、騒ぎという次元ではなかった。皆右往左往しており、衛兵達は青ざめている。私を見ても止めようとしない。まさか。すぐさま廊下の奥に目を向けると人だかりが見えた。昨夜紹介された閣下のお子達の姿を認め、足早に近づく。次兄グスタフ、長姉エミールの傍に歩み寄ると、二人もようやく気付いたらしい。


「エルカさん、どうしてここに……」


 そう零したエミール氏の顔からは血の気が引いている。衛兵だけでなく、ご家族まで狼狽している……。事ここに至り、私は最後の遠慮をかなぐり捨て、皆をかき分け部屋へと踏み込んだ。

 部屋の中には長兄ミゲルと男が一人。

 寝室というには広過ぎるその中央に、一つのベッドが置かれている。ミゲルと知らぬ男の視線をものともせず、私はそれに近づいた。

 そこには、まさしく血色を失ったグランバッハの主が横たわっていた。言葉も発さぬその姿は、死者を思い起こさせるには充分であり、


「ミゲル様、これは……」


 言葉を振り絞ると、長兄ミゲル氏は沈痛な面持ちでただただかぶりを振り、青白い顔をこちらに見せた。物言わぬグランバッハ大公の遺体が、間違いなくそこにはあった。

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