第37話 闇の中
日暮れの時間が過ぎ、夕食会の時間が訪れた。
居館の一室に招かれ私はラムダの隣に腰掛けた。今回のお役目はあくまでラムダが主役のはずだ。だからと主賓席に最も近い場所はラムダに譲った。彼も承服したようで、グランバッハ家の方々も気にする素振りはない。そもそもいち侯爵家の人間など知りもしないだろう。
長く大きなテーブルに、二十人ばかりが顔を向かい合わせていた。
それとこれは非常に気の毒なことなのだが、こちら側が二人ではさすがに数が合わない。私の護衛を勤める騎士から五人を選び席に着いてもらった。残る五人は背後で警護を続けている。当然グランバッハ一族の側にも護衛がおり一目で近衛と見て取れた。近衛騎士がいたのか……。
まだ食事は運ばれて来ず、また大公閣下も姿を見せていない。グランバッハの面々は笑みを浮かべ談笑し手慣れたものだが、こちら側はどうか。
ラムダは冴えない表情のままでせいぜい愛想笑いを浮かべる程度だ。まだ切り換えられていないらしい。選ばれた五人の騎士は当惑を隠せずにいた。当然と言えば当然でまさかの展開だ。それでもお役目と割り切ってもらうしかない。目の前に王家を除けばライン王国で最も力を持つ領主の一族がいようと。
では私はどうか。一応これでも侯爵令嬢、夜会や舞踏会を荒らしに行ったことは幾度もある。おとなしくすることぐらい造作ない。
時間が掛かりそうなので改めて室内を見渡してみる。この一室、舞踏会を開けるほどではなくとも十二分に広い。空いているスペースの方が多いのだからもてなしとしては豪勢に過ぎる。ドレスを持って来て正解だった。懐中時計を確かめると午後七時になる頃合いだった。
しばらくの後、ようやく主賓席の後ろの扉が開き大公閣下が姿を見せた。あの会見時と衣服は変わらず、着飾ったりはしていない。そういう主義なのだろうか。ご一族はそうでもないようだが。
皆が立ち上がり閣下に礼を尽くす。大公閣下は笑みを讃えつつ歩を進め、主賓席へと腰掛けた。我々もそれを確かめた後、改めて腰掛ける。そして食事が運ばれてきた。いかにもうやうやしく、御大層なほど優雅に。これが普段の夜会なら「さっさと運べよちんたらしやがって」と毒づいていただろう。さすがに今日はよしておくが。
――食事はまさかのフルコースだった。こちらの七人が面食らう中、大公閣下からグランバッハの方々のご紹介があった。
主賓席に最も近い席、ラムダの向かいにいる男性がミゲル・グランバッハ氏、二十七歳。ラムダと同じく黄金色の頭髪に細面、育ちがよいと姿形が主張している。大公閣下とは対照的だが、二代目と考えれば納得もいく。紹介されると、薄い笑みを浮かべ小さく首肯してみせた。こちらも頭を垂れる。そうして思う。たぶんこれ、全員分やんないとダメな奴だ。当たり前だが。
続け、私の正面に座るグスタフ・グランバッハ氏が紹介される。一目見て、こちら側の人間だと私は感じた。恐らく狩りの経験があるのだろう。グランバッハ大公領はギルド領にも近い。魔獣を狩るのもご一族の役割か。二十歳というこのお方は、簡素に礼をしただけで素っ気ないものだった。
更に続けて長姉、エミール・グランバッハ氏、二十五歳が紹介される。気品のあるお方で、同時に芯の強さを感じさせる瞳を宿していた。決して下品な衣装は纏わず、嫌味なほど嫌味のないドレスを着こなしている。見るべきはドレスではなく自分自身という主張、性格が読み解けるな。それにしても、二十五歳にして未婚なのか? 首を捻りたくもなるが、当然表には出さない。
そのエミール氏が口を開いた。
「皆様どうかお堅くなさらず。ゲストの方々が遠慮する必要はないのですよ。食事を楽しみましょう」
柔和な声色で語りかけるが、誰も応じようとしない。緊張もあるが、家格が違い過ぎて話にならないのだ。代表格のラムダも返答出来ずにいる。仕方ない、私の出番か。
「お招き心より感謝致します。男共が黙り込むのは、エミール様がとてもお美しく遠慮しているだけですので、どうかご容赦下さい」
私の返答に、エミール氏はにこやかに微笑んだ。それでも心の奥底にある「それはそうだろう」という自負は隠せていない。事実、こちらの騎士達は後ろの奴らも含め頷きまくっている。こいつら、レイラノヴァに帰ったら速攻チェンジだな。任務中に鼻の下を伸ばすな。
更に次女エリザベート氏、三男クリスティアン氏と紹介されたが、閣下もさすがに長いと感じたのか以降は名前だけを簡潔に呼び、省略された。事実、幼いお子達まで詳しく紹介されては困る。二度と会うことないだろうし。
エリザベート氏は愛くるしいお方で、十八歳の乙女である。姉とは違い着飾ることが好きなようだ。朗らかな笑顔を絶やさず、こんな場でなければ好感を持ったかもしれない。
三男クリスティアン氏も同じく十八歳。つまりそういうことだが、それはともかく精悍な顔つきで、十代ながら威風堂々と振る舞っている。騎士団の欲しそうな人材という印象だろうか。
夕食会は終始、グランバッハの側が我々に問いかける形となった。ゲストへの気遣いだろうが、騎士達はタジタジだ。気まずいのは私も同様。適当に応じていると、斜め端に腰掛ける可愛らしいお子が、こちらに手を振るのでこれには少し和らいだ。名前は全く覚えていないけど。
しかし改めて思う。閣下のお子達はスタイルがいい、顔も。絵に描いたような美形一族で、唯一閣下のみ年季と迫力を備えている。それだけの場数を踏んできたのだと、顔つきに出ている。若かりし頃は色男だったのだろうか。
一方気になることもあった。親類縁者や夫人達が一人も出席していない。お子達は紹介されても、夫人が出てこないというのは珍しい。何か理由があるのだろうか。急な話だったから、というならお子達が揃っているのはおかしい。
違和感を残しつつ、夕食会は終わりへと向かっていく。




