第36話 聖王国と聖魔法
続け大公閣下は悠然と言い放つ。
「勇者が聖王国に付いたということはライン王国を選ばなかったということでもある。我々は恥を掻かされた」
いや違う、そうではないと否定したい。しかしそれは王宮で話し合うべきことでありここではない。やはり私は不適格な人間ではないのか? 閣下の意図はともかく殿下の意図が読めない。私に何をさせようというのだ。この男を説き伏せろとでも?
戸惑う私、諦観に包まれたラムダ、二人を見て思うところがあったのか閣下の口振りが変化した。
「そう深刻に捉えずともよい。事実、聖王国とライン王国では国力が違う。ナルディニア地域全体で見れば全て聖王国の衛生国家。完全に身内で固めている。何より地理的に聖王国ナルタヤは我々に比べ遥か北。軍勢を用いるならより北にある国を選ぶのは当然とも言えよう」
「そう、思います……」
弱々しい肯定が室内に虚しく響く。本来ラムダが対応すべき状況なのだ。なのに彼は匙を投げたよう覇気が失せている。
「南ルナリアは東西に分断されている。南北を貫くシュピルツ山脈が大陸を分け隔ているからだ。今危険なのは大陸中央部、唯一東西を結ぶエストバル地方、エストマ三国とアルタニアであろう」
まるで子供に言い聞かせるような話だ。南ルナリアに生きる者なら誰でも知っている。なぜそんな話を? 疑問が浮かぶ中、閣下は冷めた顔で淡々と続ける。
「しかしエストバルに我が国との同盟国は存在しない」
そういう意味か……。つまり、魔族との争いが続く地域に対する責任がないと。言いたいことは分かるがそれは詭弁だ。聖王国が頭を下げてくるまでただ待つと? 閣下はそんなこと微塵も考えていないだろう。これ以上は無駄な言い訳を聞く時間になりかねない。このお方の本心はどこにある? まさかグランバッハ領内で何かあったのか?
考えても仕方ない。拳を握り締め確かめる。
「つまり、閣下はいつ登城されるのです」
「ふむ、ミゲルを登城させてからになろう。この書簡、ご令嬢は中身を知らされておらんな?」
丸まった書簡をひょいと持ち上げ、閣下は自らの首に当ててみせた。手玉に取られているようで気分が悪い。だが、それは言われるがままここにいる私のミスだ。一つ息を吐き出し、
「私はただ使者としての役目を全うする為にいます」
「子供の遣いではあるまいし、殿下もお人が悪い」
こちらの突かれたくないところを……だが、やはり閣下は察している。いや既に知っていた? 少なくともかつて大公閣下はゲッツア殿下と共に政務を執り仕切っていた。お互いよく知る間柄のはずだ。では私は何に巻き込まれているの?
その時ラムダが静かに呟いた。
「北ルナリアの惨状、我ら南ルナリアへの侵攻を鑑みればもはや選択肢はありません」
囁きとも言うべきそれに閣下は眉をひそめた。私とて同様でもっと堂々と振る舞えと声を上げたいぐらいだ。ラムダに覇気がなさすぎる。
閣下は一つ溜め息をつき平静と言葉を紡ぐ。
「ギルドによれば北ルナリアは整然としている」
「そんなはずはない。人が人を飼育する、魔族に捧げられる生贄として。いずれこの南ルナリアもそうなります」
ラムダの言葉遣いに気を取られすぐ閣下を確かめるが、泰然自若と受け止めていた。多少は目を瞑るというところか。それからしばらくの沈黙の後閣下は徐に語りだした。
「北ルナリアが整然としているというのは事実だろう。ただし表面上ではだ。殺戮の勇者が南ルナリアに転進したのはこれが理由と考えられる。もはや手がつけられないほど転生者の統治力が上回った。生贄という存在から目を逸らせばそれは大変平和な社会とも言える」
黙って聞くがやはり閣下は独自の情報網を持っている。それでいて私という存在を認めず殿下の意向を蔑ろにする理由はなんだ? 真意を推し量る為には耳を傾け続けるしかない。
「魔族と転生者を敵に回す以上殺戮の勇者は手放せん。だがライン王国の軍勢は南ルナリアでの活動が限界だ。追い払うことは出来ても北ルナリア解放戦線など夢物語と言ってよい。我々には海を渡る術もなく、南ルナリア全体すら把握出来ていない。それが文明力というものだ。なるほど異世界文明の力に抗うなら聖王国が妥当と言わざるを得ん」
この男……目を見張り、私は呆然とグランバッハ大公を見据えていた。
「聖ナルタヤ王国は教会が秘匿する古代魔術すら上回る聖魔法によって成立した国家だ。聖王国を含むナルディニアでの教会の肩身の狭さは哀れなほどよ。虚勢を張ってもナルティア家には勝てん。挙げ句勇者まで付いてしまった。聖王国からすれば勇者など必要なかろうが来てしまったものは仕方ない。挙げ句聖王国はジョルダード教を忌み嫌っている。と言って、正統派を謳うルナリア教会に属するわけでもない。奴らの好きにさせていいものか」
聖魔法で成立した聖王国ナルタヤ、及びナルディニア地域一帯の諸国家群。彼らにとって南ルナリアに浸透するジョルダード教は怨敵と言っていいほどだ。教会の軛から解き放たれた彼らこそ南ルナリア最大の勢力と言っていい。だが好きにさせるも何も、現実と向き合うことから始めねば話が進まない。しかし、幾度も思うがこれは王宮で話し合うべき事柄だ。追放の決まった私が意見するのなら、求められた時に限られる。
だからこそあえて形にして見せる。
「つまり閣下は聖王国と戦うおつもりなのですか? それとも勇者を奪い取るとでも? 聖王国の成立過程は一部の者しか知り得ないものです」
ジョルダード教会が脅されているなんて聖王国の住人ですら知らないはず。なぜ今ここでそんな話を。私の問いかけに閣下はかぶりを振り応じた。
「述べたであろう、聖王国に励んでもらうと」
「では主導権を渡すと?」
「そうは言わん。ライン王国に出来ることは限られている」
「ではどうするおつもりです?」
お互い踏み込んでしまった。もう後には戻れない。
「ご令嬢、これは文明の争いだ。事実上異世界文明との争いである以上まず南ルナリアから追い払うことを第一に考えねばならん。それが利口というものだ。海も渡れん我ら南ルナリアの国家が夢物語を追い求めることは、為政者として正しい姿と言えるのか」
諭すよう閣下は告げその後、
「ミゲルにはあらかた含めてある。エルカ嬢、有力諸侯の半分を切り取ったそなたの手腕見事である。しかしそれと外交は別物だ。追放の件なんとか執り成す。しばし待たれよ」
お褒めの言葉と壮大な勘違いを披露された。
止めようとしても、
「長旅ご苦労である。晩餐会とはいかんが料理人には腕を振るわせよう。我が家の者とも会っていきなさい」
そうしてグランバッハ大公は応接室から出ていった。その背中に言葉をかける暇もなく。




