第31話 大公領、エーガー城にて
平野に立つ堅固な平城。エーガー城の外観は威風堂々と言った感がある。
数えればきりがない尖塔、高い城壁に狭間の数々。広大な大公領は、南ルナリアを東西に分断するシュピルツ山脈にまで達する。海にこそ面しない内陸地だが、他にも城塞を多数構え、戦となればこの平城が中心となるだろう。
私が攻め込むことはないので、どんな城構えをしていても関係ないけれど。
旧王都、レイラ・ノヴァからの報せは既に届いており、到着した我々は滞りなく城門をくぐることが出来た。城内に入り迎えの兵士に案内されたのは、城主の居館となる中央のキープではなく、その隣に立つ議事堂だった。どちらも豪奢な建物ではあるが、さすがに居館とは格差がある。
エーガー城の内部は広く、馬車のまま庭園を横目に議事堂へ案内された。議事堂に横付けされた馬車を降りると、我々は議事堂の奥へと先導されたので、黙って付き従う。
深閑とする議事堂内部を通り過ぎ、奥にある応接室に向かう途中、私は少しの時間と小部屋を借りることにした。単純に身なりの問題である。普段なら軽装だが、大公閣下がお相手となれば正直悩む。致し方なく持って来たのは数少ないサテンのドレスであり、どうも使者といった感がない。女性用仕事着の選択肢がないのはいかなることか。と言って男装の麗人扱いされても困る。ま、先の騒ぎの際これで問題なかったのだから、文句を言われることはないだろう。
小部屋から出ると、護衛の騎士達と共に再び先導され応接室へとたどり着いた。護衛とはここでお別れとなり、中を覗くと既にラムダがソファに腰掛けている。些か緊張した雰囲気をまとっているがただの使者、お使い同然の役割だ。何を張り切っているのか。
名前を覚えた神殿騎士ロイド・ヴァレンシュタインと教会騎士ヴィクトル・クーベリックに軽く手を振り、中へと入る。ラムダとは大分距離を取って同じソファに腰掛けると、兵士の一人が、
「しばらくお待ちください。閣下の耳には既に入っております」
と告げ、皆丁寧に礼をし立ち去った。
扉が閉められると、私達は二人きりになってしまう。
つい先日婚約破棄した者同士がただ待つこの空間、なんだこの罰ゲーム。こういうのを、BPOに苦情を出すべき案件というのだろうか。BPOがなんなのか、私にはよく分かっていないのだけれど。PTAだったか……いや、WHOだったかもしれない。こんな時、異世界日本人はどう振る舞うのだろう。やはり決闘一択か。しかしそれでは弱い者いじめと変わらず、決闘ハラスメントとまた騒がれては敵わない。ではやはり、話に聞くBPO行き?
思案ついでに室内を眺めていると、
「エルカ、落ち着きがないぞ。失礼のないように」
そう言ってラムダは、もっと自分の傍に腰掛けるよう促してきた。緊張は去ったのか、顔色一つ変えずに。こいつ……何どさくさに紛れて「ちこう寄れ」的なこと言ってんだ。今更よりを戻したいとでも? そんなに復縁したければ今すぐ魔王ぶっ殺してこい。そしたら指先ほどは考えてやる、と顔に出ていたのか、
「この距離でどう大公閣下と向き合うんだ。不自然だろう」
呆れ顔でラムダは嘆息した。冷たさまで宿しているのは気に入らないが、なるほど確かに離れ過ぎだ。間に何人も座れそう。けどそれは、大公閣下がお召しになってからでいい。本来私達の間には海よりも深く、シュピルツ山脈よりも高い溝と壁があるのだから。
待たされる時間は苦痛以外の何ものでもない。ただそれは、思いのほか早く終わりを告げた。私達が入ってきた扉の正面、反対側の扉が開き、堂々とした体格の人物が入室してくる。グランバッハを表す大鷲が刻まれた紋章のバッジから、すぐにその人物と悟る。
胸元を飾る濃く赤いタイ、軽装ながら整った姿を認めた私達は立ち上がり、顔を真っ直ぐに向ける。そうして、
「いや何お待たせしたかな。そう堅苦しくなることはない。掛けてくれて構わない」
堂々たる明朗さを放ち、その男性は声を発した。だがそういうわけにもいかない。ラムダを横目で見ると、すぐさま、
「お初にお目にかかります大公閣下。この度ゲッツア殿下の命により参じた、ラムダ・フィン・クラウザーと申します」
淀みなく告げると、ラムダは礼法に則り右腕を胸に当てた。満足そうに頷く大公閣下を認め、私も続く。ただし、
「初めまして大公閣下。エルカ・ライン・アールブルト、殿下の嫌がらせにより馳せ参じました。ゲッツア殿下への苦情はなんなりとお申しつけ下さい。わたくしの分も含め包み隠さずお伝え致します」
カーテシー付き、私の口上を受け大公閣下は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐにんまりと笑顔を浮かべてくれた。なるほど、ユーモアは通じそうなお方だ。再び横目でラムダを見ると、目を剥き唖然とした後、頭を抱えるような有様だった。それでも礼法にはならっている。場に相応しくないユーモアは含まれているが。
そしてこれも、一つのざまあである。
ラムダの汚名返上や出世争いなんて、私は知らない。




