第30話 殿下の嫌がらせ
これから何が起きるのか、私には全く予想出来ていなかった。
ゲッツア殿下に苦情を出さねば、と思っていたのに、当の殿下から新たな役目を申しつけられるなんて。
ライン王国西南に位置するグランバッハ大公領エーガー城に赴き、その領主と面会し書簡を渡す。まるで、こちらの苦情を察知していたかのような突然の命だ。しかも、よりにもよってアウグス・グランバッハ大公とは……。
グランバッハ大公は、ライン王国において最大の領土を治める領主である。ライン王国において大公の肩書は彼のみであり、ハラルド陛下の治世が始まる以前は、現在の旧王都にてゲッツア殿下と共に国政を執り仕切っていた。功績を認められた彼は、以降大公となり広大なグランバッハ大公領を有する存在となった。王家を除けば最大の勢力であり、位人臣を極めた最有力者である。しかも、これを一代で成し遂げたのだ。並の者ではあり得ない出世英達。実力も地位も肩書きも、決して伊達ではない。
一方、大公は私と共同歩調を取る存在ではなかった。
大公は私の存在を黙殺し、味方することもなければ敵対もしない道を選んだ。言わば日和見中立派である。そんな彼に、なぜ私が使者として会わねばならないのか。
というかだな……私には常に十人の騎士、警護という名の監視役がついている。それはいい。この二週間、毎日のよう「明日から全員チェンジ」と告げられ、その度入れ替わる彼らの心中を察すれば、気の毒であると共にざまあない。これこそが正しいざまあ。と言いたいところだが、彼らとて正直私の監視などしたくもないだろうし、警護が必要ないことも理解しているはずだ。問題はそこではない。
――揺れる馬車の中、終始俯き加減だった私は視線を上げ、苦々しく口を開いた。
「なぜあなたがここにいるの……」
唐突な問いかけに、それでも彼は動じない。
「殿下の命だ。君と同じだよ」
視線の先には眉目秀麗、黄金の髪をなびかせるラムダ・フィン・クラウザーその人がいた。あの出来事、そして先日の秘密会議のことなど気に留める様子もなく、彼は続ける。
「殿下は大公閣下の早急な登城をお望みだ。実際、継承問題を話し合うのに大公閣下不在では体裁が整わない」
そう言うと、彼は視線を落とし何やら書類に目を通している。同乗する騎士達は黙り込み、馬車の中はしんと静まり返る。道を噛む歯車が刻む音と振動だけが響いていた。
この際開き直るのはいいとして、せめて別の馬車に乗れよ……みんな色々察して、気まずいを通り越した空気になってるだろ。婚約破棄された私の心の傷を癒せと命じられた騎士達の沈黙を、この男はなんとも思わないのか。
ほんと、殿下の嫌がらせには辟易する。
何をどう考えたらこの人選に至るのだ。そもそも、
「私に使者の任を与えても何も起きない」
低く平板に告げると、
「何を言ってるんだ。君こそ適任じゃないか」
ラムダは視線を上げ、私を「キミ」呼ばわりした。この短時間で二度もだ。もう婚約者ではないというのに。というか、あの別れは一体なんだったのだ。連日顔を合わせるなら、手紙など書く必要もない。歯ぎしりする思いでラムダを見据える。
「私は侯爵令嬢であちらは大公閣下。位に差があり過ぎます」
ついでに言うと、悪役令嬢呼ばわりされた記憶もあるのだが? と、強い視線を向けたが、
「それを言うなら僕もだが、君はライン屈指、三本の指に入る実力者なんだろう? 格はともかく威嚇には使えるさ。とはいえ失礼のないように。それから、他意はない」
そうして、ラムダは興味なさげにまた視線を落とした。
なんだそれは、格と威嚇をかけた気か……? 上等だよ喧嘩売ってんのか……憤怒のオーラが馬車の中に広がろうとしたその時、
「エルカ様、一つよろしいでしょうか」
隣に腰掛ける、年若い騎士が気まずそうに割り込んできた。眉間に皺を寄せ仕方なく見やる。
「この任務、恐らく泊まりになるでしょう。しかもエーガー城までは丸二日掛かります。となると、もうチェンジは出来ません。少なくとも旧王都に戻るまでは」
騎士はそう話すと、口元を固く結びあらぬ方向に視線を向けている。そんなに気まずいのか。しかし、そういやそうだな……今までみたいに簡単にチェンジとはいかない。嫌がらせへの憂さ晴らしが出来なくなるとは、この任務やはり殿下の嫌がらせ。一体何がしたいのか。
「そういうわけですので、しばらくよろしお願いします、ご令嬢」
空気を一転させるよう、明るい口調でラムダの隣に腰掛けていた騎士が、こちらに笑顔を向けてきた。ラムダはどこまでも素知らぬ顔だ。怒りも冷め気が抜けてきた。溜め息を交え致し方なく応ずる。
「あなた方お名前は」
簡潔な問いかけに、ラムダの隣に腰掛ける無駄に明るい騎士が応じた。
「神殿騎士団所属、ロイド・ヴァレンシュタイン。年は二十五になります。お見知りおきを」
年齢は聞いてないし、ここは社交場やお見合いの場でもない。陛下と殿下がいらんこと言うから、全く。まあでもこの男二十五か、改めて見るといい面構えをしている。清潔感もあるな。ラムダとタイプは異なるが、騎士らしい精悍さが感じられた。頷き、続いて隣を確かめると、
「教会騎士団所属、ヴィクトル・クーベリック。年は、二十二になります。どうぞよろしくお願いします」
ロイドと三つ違うだけなのに随分幼く見える。てっきり同い年ぐらいかと思っていた。真面目な性格なのだろう、緊張が手に取るよう伝わってくる。しかし悪くない優男っぷり。ご婦人に受けそうだ。ま、私には関係ないが。
「そう、年齢とかどうでもいいけど、どうぞよろしく」
ラムダにかけるそれとは違う声色で挨拶を済ませた。
馬車は揺れ続け、グランバッハ大公領、エーガー城へと走り続けていた。歪さを乗せ草原を進み行く。




