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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
4章 王座奪還
49/65

46 激闘の末

横浜が負けすぎて執筆する気がかなり失せてました

すいません


「タイムお願いします」


迷った浪川が審判に左手を挙げて打席を外す。


そこに甲斐谷が話しかける。


「なんで君の考えわかったか教えてあげようか?」


浪川は頷かなかったが甲斐谷は続ける。


「初球は自信のあるストレートでストライクを先行させて2球目に制球力に不安のある変化球を投げさせる。そう思ったんだろう?君ほどのバッターになるとさっきの太郎の打席を見てたらそう思うのも必然さ」


確かに太郎の打席で投じられた13球のうちボールとなった球は全てスライダー。しかし最後のスライダーはヒットにされたとはいえ、打ち取った当たりだった。


試しに投げさせるためにまず初球でストライクを取りたかったところだったが、ボールとなったため甲斐谷は作戦を変更。


「次、君の大好きなインローの真っ直ぐ行くよ」


なんと球種、更にコースまであえて予告する大胆な行動に出る。


浪川は甲斐谷がなにをしたいのか理解できず混乱する。


「俺のことなめてるんですか?」


「ははは!違うよ。むしろ君が怖いからやってんの」


「怖い?」


「当たり前だろ。現状日本最強打者だもん」


浪川の日本シリーズの成績は驚異的なものだった。打率は4割、本塁打は4本、打点は11でOPSは1.300。


普通に勝負してはあまりに危険すぎると判断した甲斐谷は言葉で揺さぶることにしたのだ。


(そうそう。そうやって迷えばいいんだ。その状態で自分のスイングはどんな大打者だろうができないのさ)


杉原から投じられた球は予告通りインローの真っ直ぐ。しかし浪川は中途半端なスイングになってしまいワンストライク。


「はい、次アウトローにフォークね」


再び甲斐谷が予告し、ミットを構える。浪川もその体制で待つが、今度は逆をつくようにインハイにストレートを投じてきた。


浪川はなんとか反応するが、バットの根っこでファール。3球で追い込まれてしまった。


根本で打ったせいでバットが折れてしまったため、ベンチに戻り新しいバットを受け取る。


(どうする…?甲斐谷さんの予告の意図がわからない)


和人がスプレーを渡すと、浪川が悩んでいることが顔からにじみ出ていたのか彼の頭をポンと叩く。


「…なにふざけてんだよ」


「いや、考えすぎてそうな顔してたから心配でね」


「そら考えもするだろ。この場面で何も考えないやつはただのバカ…」


「それじゃ甲斐谷さんの思うつぼ。多分あの人君のこと揺さぶるためだけにあんなこと言ってるだけだ。君みたいな頭いい人って勝手に無駄な深読みするからね」


和人のシンプルな答えで浪川はやっと目が覚めた。


そうだ。この場面いくら考えてたって仕方がない。


何にも惑わされず来た球を打つ。ただそれだけ。


「…サンキュー。この打席だけはお前と同じようにバカになってみるわ」


「うんうん…うん?待て、今さらっとディスらなかった?」


なんの迷いのなくなった浪川の背中を見て和人はニコッと笑って率先して声出しをする。


「よっしゃースタンドまでぶち込め浪川!!」


その様子を見て甲斐谷が感心する。


「おー、佐々城いい声出すじゃん。そういえばお前あいつと仲いいんでしょ?…ん?」


なんとも反応しない浪川を見てふーん、と頷くと


「次インハイにストレート」


と、また予告する。しかし浪川は全くと言っていいほど動じる様子は無く甲斐谷は少し焦る。


(なるほど…なら俺も小手先での勝負はやめるか)


ミットをパンッと叩いて広く来いと投手の杉原にアピールすると低めのフォークを要求。


狙いと同じようにストライクからボールゾーンへの球になったが、浪川は反応せずに見送る。


手が出なかったというよりはボールだと分かって見切っていたと見た甲斐谷は思い切ってストレートで勝負することにした。


コースはアウトロー。杉原も頷き、この一球で決める気でいた。


しかしそれは浪川も同じだった。


そして投じられた運命の一球。スピードは完璧だったがコースが構えたところより中に入ってきた。


杉原と甲斐谷はヤバい、と瞬時に目を見開いた。


そして浪川は迷うことなく自分のスイングで振り切る。


完璧に捉えた打球は横浜ファンの歓声とともにスタンドの上段に打ち込まれた。


その瞬間本塁打を確信した浪川はバットをベンチの方に少し投げて雄叫びを上げた。


『ストレート打ったぁぁぁ!!チームの悲願を乗せて、打球はスタンドに消えていった!これが浪川泰介という男っ!24歳で既に球界のスターです!』


ダイヤモンドを一周すると浪川が頭を抱える甲斐谷に向けて呟く。


「次の回の先頭甲斐谷さんですよね?初球、インローの真っ直ぐでいきますから」


それを聞いた甲斐谷は苦笑しながらマスクを被り直した。


ベンチで手荒い祝福を受けると一度ベンチに座って深呼吸する。


そこに和人が喜びのあまり彼の背中を叩く。


「いやぁ、まさか僕の指導で逆転ホームランになるなんてね!コーチの素質あり?」


「知るか…まぁいいアドバイスではあったと思うが…」


「…軽い冗談だよ。真に受けるなって。君の打撃がお見事だっただけさ」


そう言うと和人は照れ隠しのためかベンチの裏に下がっていった。


浪川もその姿を見てやれやれ、と呆れつつ心の中で彼に感謝していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一方、浪川の母・由季は山梨の実家から夫である泰知の遺影を抱きしめながらテレビで観戦していた。


息子の雄姿に涙が溢れて止まらず、遺影にもぽつぽつと涙が付いていた。


「あなた…泰介はこんなに素晴らしい舞台で活躍して、沢山の仲間に囲まれて、誰からも認められる選手になりましたよ…上から見ててくれたらあの子も喜ぶと思います…」


その夜、彼女は笑顔で泰知との記憶を思い出を話して心を和ませた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


横浜一点リードで九回表、二死ランナー無し。


投手は守護神に返り咲いた山崎。打者は1番の中岡。


『打ち取ったレフトフライ!矢野が落下地点でキャッチして試合終了っ!!横浜シーレックス、ついに、ついに悲願の日本一!栄光からの転落から長い年月を重ねて立ち上がり、再び王座に輝きました!!その時代を一番知っていると言っても過言ではない三村監督はもうコーチと抱き合って涙を流しています!』


選手がベンチから飛び出してマウンドに集まり雄叫びを上げる。しかし浪川はまたしても興奮するというよりはやっとシーズンが終わった、とホッとしていた。


「よっしゃー!…な、浪川?なんでお前そんなに冷静なの?もっとこう…盛り上がれよ。人生何周目?」


太郎が若干引くと浪川が気を使う。


「あ、はい。やったー。日本一」


「すげぇ棒読み…」


「すいません。でもほんとにシーズンの疲れがどっと来た感じがして…」


いくら皇帝と言われし浪川とはいえまだプロ2年目。


フルシーズン正捕手として戦うだけでも普通なら困難なところ、日本代表にまで選出され、ポストシーズンまで戦えば疲労はかなりのものだ。


その疲労がシーズンが終わるまであまり来ないことも彼の驚異的な所と言える。


一方、同じプロ2年目で中継ぎとしてフル回転し、今日に至ってはかなり回を跨いだ和人はまだまだ元気が有り余っているようで、浪川はそこに感心した。


「ほらほら浪川くんも胴上げ参加しなよ!バンザーイバンザーイ!」


しかし、よく和人の顔を見ると頬の辺りに絆創膏が貼られていた。


ストレスと疲労でできたヘルペスを隠すためだ。浪川も大学時代にその経験があったためすぐに理解した。


「おつかれさん…お互いにな」


「な、なんだよーそんなに改まって!…お疲れさま。今シーズン長かったね。もう心身共に限界だよ」


流石に疲れが出てきたのか和人が苦笑いしながら弱音を吐く。


そこにキャプテンの矢野がよしっと胸を張る。


「お前ら明日焼肉連れてってやるよ。勿論俺のおごりでな!」


「おー、矢野さん太っ腹!それなら遠慮なく!」


「ありがとうございます。佐々城が迷惑かけるかもしれませんけど…」


「なに?君のほうが食べるだろ!」


「お前も大概だ。この前高級肉食いまくって太郎さんに大金払わせただろ」


二人のいつもの掛け合いを見て矢野が安心して笑顔になる。


(いずれ…いや、すぐにこの二人はチームの看板選手になる…でも今はまだかわいい後輩として二人を見てたいな…)


矢野の少し複雑な感情に同級生の太郎も察する。


「ま、後輩のために払う金なんて惜しくもねーよ。だから明日は矢野のために沢山食ってやれ。そうすりゃ矢野も喜ぶだろ」


「ちょ!お前よぉ…」


矢野がやれやれと笑って太郎の冗談に呆れる。


シーズンの本当のラストということもあり三村の胴上げ後のビールかけが狂喜乱舞となった。


また、そのため翌日には二日酔いとなった選手が続出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一方、アメリカ・ロサンゼルス


ここでは和人が知らないうちに大きな出来事が起こっていた。


白髪交じりの髭面の男に和人のピッチングの映像を見せているのはロサンゼルスドラゴンズの主軸になりつつある三角である。


「なるほど、彼が君の言っていたササキという男か」


「あぁ、レギュラーシーズンでは60登板以上で防御率は0点台、奪三振率は12割を超えてる。日本じゃ敵なしと言っても過言じゃない」


「背もかなり低いうえに線も細い…が、確かにかなりレベルの高い球も投げているし、先発としての才能もありそうだ」


男がうーんと唸った後、指を鳴らして決める。


「よし、もし彼が数年後にポスティングをするならば私がなんとしても最高額で入札して取るようGMや編成に伝えておこう」


それを聞いた三角はまるで自分のことのようにガッツポーズをして喜ぶ。


「マ、マジ!?やっぱあんた最高だぜボス!見る目あって良かったよほんと」


「そんなもん言われなくても分かってるよ」


ふん、と鼻で笑いながらリストに和人の名前を書き込む。


退出した三角は急いで和人に連絡をするが、丁度その頃ビールかけを行っていたため、着信できなかった。


「おいおい。せっかく俺がお前の人生を変える手伝いをしてやってるというのに…まぁいいや、折り返してくるだろうし」


そうスマホをズボンに突っ込むと、独り言をつぶやく。


「早くこっち来いよ佐々城。お前に日本は狭いぜ」

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