24 浪川のデート その1
横浜負けすぎて頭おかしくなりそう
オースティン早く戻って来て
※浪川視点
【午後6時 横浜スタジアム】
ラビッツとの首位攻防戦の最終戦
スタジアムに多くの観客が集まるものの横浜市全体に大雨警報が出されてプレイボールが延長されていた
しかしその延長の間に、より雨が酷くなり雷も鳴り始めた
「あー...こりゃだめだな...」
ライトでの出場が予定されていた俺はグラブをパンパンと叩いてぼそぼそ呟いていると審判が出てきて試合中止を宣言した
足を運んだ両軍ファン達のため息が球場に溢れる
「このまま終わりだとせっかく来てくれたお客さんも後味悪いでしょう。誰かパフォーマンスでもします?」
筒号さんがそう提案すると陽気で笑いをとるのが好きな矢野さんが直ぐに立候補した
「あ、俺ダンスやります!」
「お!あれやんの!?っしゃいけいけ!」
矢野さんがロッカーで急いで靴を履き替えるとグラウンドに出てダンスを披露する
何故かやけに上手いステップに観客席からだけでなく両軍のベンチから笑い声が飛び交う
「だははは!マジでいつあれ教わったんだよ!」
「前ロッカーでやってましたよね。腹めっちゃ揺れてましたけど」
爆笑する田中さんを横目に俺は動画を撮って佐々城に送りつけた
なんやかんなあったがこれで横浜は首位攻防戦を2勝で暫定トップに立ち、この試合は後々に持ち越しとなった
そして翌日の試合の事を考えながら大浴場に浸かっていた俺はふと、この前名和が言ってた優香里が俺に会いたいという話を思い出した
やもやするしちょっと連絡先探してみるか...別にあいつと久々に顔会わせたいってわけじゃねぇけど
俺がそう考え事をしていると聞きなれた高い声が浴場に響く
「お、浪川くんと時間が被るって珍しいなぁ。僕大体試合終わったらすぐ入るけど君はちょっと練習してから入るもんね。野球バカすぎるっていうか...」
あーあ面倒なのが入ってきやがった
「お前はそこに「野球」すら入らないけどな」
「な!?まったく失礼なもんだ...そういえば君は彼女とかいないの?だからそんな野球にしか打ち込めないんだよ。君は早くそういう人見つけないとなんかパンクしそうで怖いよ」
俺がさっき考えていた事と似たような事を佐々城に言われ少し驚く
「...お前は思考盗聴でもできんのか?」
「え?」
きょとんとする佐々城を見てはっ、と我に帰る
「な、なんでもねぇよ」
「おいおい、君のなんでもないはなんでもなくないんだよ。笑わないから話してよ。すっきりしない」
真面目な眼差しで俺を見つめる佐々城に折れてため息をついて話す
「元カノが俺に会いたいって言ってたらしい。名和情報だから詳しくは分からんが...」
「ほー、名和ってあのサブマリンの?」
「そう大学の日本代表...そういやあれはお前辞退してたのか」
「肩の違和感でね。でも有名だったから知ってるよ。それはそうと元カノに会うってなかなか気まずいね。そもそも連絡先残ってるの?」
「それを風呂出たら確認しようと思ってた...つーかのぼせそうだしそろそろ出るわ」
「じゃあ僕も出てそれ手伝うよ」
そして俺達は俺と神茶谷さんの部屋に入る
「あれ、珍しいな佐々城。こっちの部屋来るなんて」
神茶谷さんが二段ベットの上で少し驚く
「あ、はい。ちょっと浪川君と話したい事があって」
「ほーん。あ、そうだ、明日の声だしで「誇張しすぎた佐々城和人」やっていい?」
「そりゃもちろん。爆笑かっさらって下さい」
「サンキュー、そんで浪川と話したい事ってなんだ」
「あぁ、はい浪川君の元...」
元カノと言いかけた瞬間、俺が口を押さえる
あぶねぇ、こいつはなんでもかんでも喋りやがるから本当にヒヤヒヤする
「来週のこいつの初先発でちょっと心配な点をどうするかって話です。二人で話し合うんで神茶谷さんはお気になさらず」
「なるほど、じゃお二人でゆっくり話あってくれ。あ、でも12時前には部屋戻れよ」
やっと俺が口から手を放すと佐々城がニコニコと笑って答える
「はーい」
そして部屋のイスに腰掛けると囁き声で俺が佐々城にキレる
「バカ野郎。神茶谷さんに喋ったらぜってぇ話のネタにされんだろ」
「ごめんごめん。それはいいから早くスマホ開いて見つけようよ」
「ったく...」
こいつは本当に都合のいい野郎だ
佐々城に呆れながら電話帳の「や」の行を調べる
「や、ゆ...あ、普通にあったわ」
「え!マジ!?」
「うっせぇバカ。静かにしろよ」
佐々城が俺のスマホを覗きこんで確認する
「おー...この優香里って人?」
「あぁ」
「ほーん、なら早速電話したら?」
「こんな夜分遅くに電話したら迷惑極まりねぇだろ。するとしても明日だ」
「えー、ほんとにそれが本心?その優香里ちゃんって子に君がビビってるんじゃないの?」
「別にそういうわけじゃ...」
「やっぱ意気地無し童貞なんだね」
温厚(?)な俺でも流石にこの発言にはぶち切れた
「さて、お前のパソコンへし折ってそこら辺に捨てるか」
「あはは、嘘です冗談ですほんとすいませんマジでやめてエロゲーのデータ入ってるんです」
俺の脅しにびびり佐々城が下手に出る
「はぁ...調子こきやがって。連絡先見つけたんだからこれで話は終わりだろ?さっさと帰れ」
「へいへい。かみちゃさん。お邪魔しました」
「うぃー、おやすみ」
神茶谷さんが返事をすると佐々城が元気そうに自室に戻る
そして翌日、俺が朝のウォーミングアップの休憩をしていると佐々城がダッシュして俺の近くに来る
「浪川君!元カノに連絡しないの?」
「うっせーな、今やろうとしてたんだよ」
「なにその母親とかに勉強しろって言われたときの中学生の反応みたいなの」
俺が佐々城の謎の例えに首をかしげながら露骨に嫌そうな顔をする
「普通にだるくねぇか?過去の女といつまでもだらだらしてて何かいいことあんの?」
「そんな言い方ないだろ。その人とは事情があって別れることになったんじゃないの?」
「...まぁな、あいつは遠距離が嫌だからって言ってたが...恐らく本音は違うだろう」
「なんで違うと思うの?」
「あいつの家は代々続く歴史ある茶屋でな。おそらくお見合いかなんかで親に結婚相手決められちまったんだろ。かーわいそうにな。そんで最後に元カレだった俺に久々に会いたい...って感じだろ?」
「浪川君てちょいちょいそういう妄想癖あるよね」
ほんとにこいつの発言はいちいち鼻につく
「妄想じゃなくて推測だっつーの。もう連絡しないとお前がいちいちめんどくせぇしもう電話するわ」
「お、マジで?やっぱり浪川君も男だね」
俺が発信すると5秒程度で相手に着信された
『...もしもし?』
昔と変わらない透き通るような声に謎の安心感を覚える
「もしもし、久しぶりだな優香里。名和からお前が俺に会いたがってたって話聞いてな」
『だいぶ遅報ね。その話彼にしてからもう3ヶ月くらい経ってるわよ』
「悪いな、どうもやる時間がなくて」
『そうじゃなくて私と話すのがめんどくさいからずっと連絡してなかったんでしょ?あなた人付き合い嫌いじゃない。そのくらい元カノとしてわかってるわよ』
「まぁ正直それもあるが...なんで俺に会いたいって話になったんだ?」
『理由ってこと?...まぁ、ずっと会ってないからちょっと会いたくなったってだけよ...あくまでちょっとよ』
おいおい、そんなに「ちょっと」って強調されるとさすがの俺でもショック受けるぞ
「つってもお前大阪に居るんだから会うのシーズン終わってからじゃないと無理だろ」
『...奇遇にも今ちょうど横浜に居るのよ』
「は?なんで?」
『まぁそれは後でいいでしょ。試合ナイターだから昼なら会えるわよね?』
こいつは昔から随分人の話を聞かない
勝手に自己解決するのも変わってないみたいだ
「別に構わねぇけど、俺みたいな女心分からんヤツとデートして楽しいか?」
『楽しくないこともないわよ。野球の話なら分かるし。それにあなたみたいな変人には友達がいなくて退屈でしょう?素直になりなさい』
友人がいないのは否定しないが変人は違うな
いま絶賛隣でヘラヘラしているオタクこそ本物の変人だ
「お前こそ素直になれよ。本当はまだ俺のこと引きずってんだろ?だから突然会いたいって言い出して...可愛いいもんだな」
恋心とかには疎い俺でも分かる
明らかに態度がそれだ
『ふふ、そんなこと言って未だに私のこと引きずってるのはあなたもじゃないの?』
うーん。佐々城曰くこういうのは「クーデレ」というらしいが中々その「デレ」が来ない
やっぱりこいつは気難しくて奥が深い女だなと再認識して自然と笑みが溢れる
「まぁ確かに未練がないと言えば嘘だな...じゃ、どこ行くか?」
『そうね...じゃあ初めて来たから中華街でお昼でも一緒にしましょうか。12時に横浜スタジアム前の公園で待ち合わせで』
「横浜公園か。了解。そんじゃまたな」
そう言って電話を切ると佐々城が笑顔で背中をパンパンと叩く
「ちゃんと約束できてよかったじゃーん!」
「うるせぇ。ガキじゃねぇえんだからそんくらいできるわ」
「まぁ、君のことだからそれもそうか。ところでその優香里さんはどんな人なの?」
「どんな人...?まぁ頭良くて、スタイルよくて、美人っつーハイスペックで学年でも一目置かれてたな。なんで野球部のマネージャーなんてやろうと思ったのか正直俺にはさっぱり分からん。よりにもよって有名な茶屋のお嬢様がだぞ?」
「うーん確かに。というか君みたいな野球バカがどんな形でその人と付き合うことになったの?」
そう言われてみれば確かに謎だ
いつの間にか付き合って直ぐに別れた感じだったしあいつは一体俺のどこが良かったのか全く分からない
もしかしたら俺はあいつからすると所詮「友達のいない変人」としか見られてなかったのかもしれないし、本気であいつが俺にホレていたという証拠もない
「そうだな...たしか高1の夏の頃だったか?俺が仮病でサボって部室で堂々と本を読んでた時...」
頭の片隅にあった当時の事をふと思い出す
回りの奴らが真面目に練習をしている中仮病で一人読書をしていたのが気に入らなかったのか部室で前日の練習試合のスコアや成績を確認していたマネージャーの優香里が突っかかってきたのが初めての会話だ
『...あなた普通に元気でしょ。ちょっとガッカリね。元U15の4番打者がこんな不真面目な人だったとは思いもしなかったわ』
『勝手に失望してろ。今日は主にノックだろ?俺は必要だと思わない練習には参加しねぇ。無駄な練習で時間を潰すより絶対この『野々村ノート』を読んだ方がよっぽど有意義に時間を使えてると思うからな。知ってるか?野々村克也』
俺が優香里に本を見せて問うと当たり前だろうと言わんばかりにため息をつく
『バカにしてるの?歴代二位の通算657本塁打を放った大打者かつ名捕手かつ名将よ。有名な話は『ささやき戦術』で他にも今の球界の基礎を築いたと言っても差し支えない人ね』
『ほう...よく知ってるな。お前も読むか?面白いぞ』
俺が本を手渡そうとするとそれより、と話題を変更させられる
『もう仮病なら戻りなさい。ここの部の練習に無駄なものなんて無いわ』
『...はいはい、分かりましたよ...可愛いマネージャーさん』
俺が帽子を被ってキメ顔をして優香里の頭を撫でるという実に黒歴史じみたことをすると
『は?気持ち悪...』
当然のように不機嫌そうな顔を見せて威嚇された
『おー、こわ...』
少しショックを受けて苦し紛れにそう呟くと部室から出て練習に参加した
「...ってのが俺とあいつの初めての会話だ」
話終えると佐々城が目をぱちくりとさせ疑問を顔に浮かべる
「...え?全くもってイイ感じじゃないんだけど。これクーデレというか引かれてるだけじゃない?完全に最後の君の黒歴史のせいで」
「ほー、確かに今考えてみるとあいつからすれば俺の第一印象は良くなかっただろうな。そうなるとなんで余計俺なんかと付き合ったんだって話だよな」
「なんか君には分からない魅力があったんじゃないかな?顔とかスタイルとか」
「なるほどな。俺はあいつの性格は嫌いだが顔は好みだったんだが...そんな感じか?」
「そうそう」
「まぁ、よく覚えてないがこの会話から仲良くなってったって記憶はあるな...それはどうでもいいとしてデートってどうすればいいと思う?高校の時は練習で忙しくて遊ぶ暇もなかったから実際初めてのデートなんだよな」
考えてみれば別れてから初めてのデートってのもおかしなもんだ
まぁそれだけあそこの環境が過酷だったってことたでもあるが...
「そうだなぁ、まず服装は整えたほうがいいよね。川畑くんにコーディネートしてもらったら?あの子高校デザイン科だったらしいから結構似合う服選んでくれるよ。僕もデートの時そうしてもらったし」
珍しくまともな佐々城の提案にうなずく
「はぁ、それは知らなかったな。とりあえずそいつのとこ行って服選んでもらうか」
そう言うと佐々城が川畑の部屋に俺を誘導する
「うーん...浪川さんの場合やっぱりクール系のこういう服とジーパンが似合うと思うんですよね...ほらやっぱり!」
川畑がドヤ顔で俺をコーディネートをする
「佐々城、俺にはよく分からんがこれ似合ってるのか?」
「うん!カッコいいと思うよ」
「なら良かった。悪いな川畑」
俺がお礼を言うと川畑が頭をかいて照れる
「い、いえ。俺のことなんか気にしないで大丈夫っすよ。それにその服が似合ってるのは浪川さんがイケメンでスタイルがいいからで...」
そんな謙虚になるとこっちが反応に困るな
その謙虚さをあのバカに分けてほしいもんだと切実に思う
まぁ、あいつがいきなり謙虚になってもそれはそれで気持ち悪いが
【午後0時 横浜公園】
到着時刻を待ち合わせの時間に合わせるように行くと優香里が先に待っていた
お忍びということでサングラスをかけているからか視線に気づかれていないことを利用して優香里の姿をチラチラと見る
昔とそれほど雰囲気は変わらないものの心なしか少し露出の多い気がする黒のワンピースから妙な色気や身長などの身体的な成長を感じる
「遅いわよ。女子と約束するなら大抵5分くらい早く待ち合わせ場所に来るものでしょ」
そんなことを言いながらクールな目付きで俺の姿をチラチラと見てくる
恐らくあいつも俺と同じようなことを思ってるんだろう
「ん、悪い。悪い」
「相変わらず野球以外の事に関しては本当に軽いわね...というかその服自分で選んだの?なかなか似合ってるじゃない」
「あぁ、これは川...」
川畑、と発しようとする自らの口をつぐむ
ダメだ。あいつのことだからここで俺が「後輩に選んでもらった」なんて言ったら絶対俺を軽蔑してきやがる
一端咳払いをして言い直す
「そうだよ、野球選手でもオフの時くらい洒落っけのある服くらい着るぞ」
すまん、川畑
あとでたっぷり美味いもんご馳走してやるからな
「へぇ、大抵ゆるーいTシャツとか着てるのかと思ってたわ」
本当はそのくらいの格好で行こうと思ってたんだが...なんとか命拾いしたな
本当に川畑様々だ
「それはそうと昼飯どこで食うんだ?」
「せっかく来たんだから有名なお店がいいわね。どこかおすすめのお店あるかしら?」
「んまぁ、そうだな...お前の口に合うかわからんが麻婆豆腐が美味い店がある。そこでいいか?」
「いいわね。そこにしましょう」
優香里の普段は見せない微笑に少しドキッとする
もし俺が早田大に行かずに大阪に滞在していたらはこいつと幸せに暮らせてたのかもしれないと考えるとなんだか優香里に酷いことをしてしまったかもしれないという気になる
それはそうとなぜ優香里が今横浜に居るんだ?
そのことに関しても飯を食べながらじっくり聞かせてもらうか...