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「やあ、新月のお嬢さん。君は、まあ、大変な、気狂いだねえ」


 ヤミは名前の通り闇色をしている。現代離れした服を纏って、今日もベランダの上から落ちてきた。

 ふわりと降り立ったりはしない。落ちてくるの。

 私はまたヤミに会えたのが嬉しくて嬉しくて、急いで窓を開けた。当然のように部屋に入って来た彼の手には、滴りそうなくらい新鮮な血で染まったナイフが握られていた。

 それで私はびくっとしたんだけど、彼に嫌われるのが嫌だったから見て見ぬふりをしたの。それから挨拶した。「こんばんは」って。

 そうしたらヤミはさっきの台詞を言った。

 意図が掴めなかったから首を傾げると、どうしてか彼は嬉しそうな奇声を上げた。


「駄目だよヤミ。お母さん達が起きちゃう」

「こ、ろ、し、に、き、た、よ!」


 誰のものか分からない血を付けたナイフが弧を描いて私に触れようとする。でも多分わざと、ヤミは私を切らなかった。

 まだ余興の範囲なのかもしれない。


 殺しに来た——かあ。約束だったもんね。仕方ないかもしれない。


「いいよ」


 言葉を発してから、どきどきする。頭の端に現実がちらついた気がした。

 ヤミはしばらくナイフの柄で自分の頭を殴っていたけど、やがてぴたりとその動きを止めたから遂に殺されるんだと思った。

 けれど彼は、凄く優しい顔をしただけだった。


「—— —? ———?」

「なあに?」

「—— ——」


 ヤミは私が分からない言葉を喋った。もしかしたら英語だったかもしれないけど、ぼそぼそ喋りだったし私には聞き取れなかった。

 手に持っていたナイフを口に加えて、彼は胸ポケットから何か取り出した。

 それを私の手の平に乗せて優しく握らせる。


「これ、なあに?」


 聞いても「静かに」のジェスチャーをするだけ。

 私は手の中にあるものを見つめた。

 ピンク色の、マニキュアの入れ物みたいな小瓶。黄色いラベルに黒いアルファベットで何か書いてある。

 顔をあげるとヤミが開けるように促す動作をしたから、私はコルクの役割をしている瓶と同じ素材の詮を抜いた。

 途端に辺りに優しい匂いがたちこめて、私は眠くなる。倒れ掛けた体をヤミが抱き留めてくれた。私の頭は急速に睡眠の体勢に入っていく。


 眠ってしまう直前、彼の声を聞いたと思う。

20100615

改題・一部文章変更

変更箇所は素材サイト様からお借りしていた言葉たちでした

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