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気触れるカカオ

短編

かぶれるカカオ

 

 6がつ7にち きょうのにっき


 ちょこれーとのおねえちゃんが、いました。

 おねえちゃんは、ちょこを、ぽいぽいたべててました。

 おねえちゃんは、たべれれないとゆいました。

 おねえちゃんは、しにました。



君御(きみ)くん、これはお話を書いたの?」


 小学校の昼休みである。小学二年生とは元気なもので、男子も女子もほとんどグラウンドに出てしまって教室には大人しい女子が三、四人残っているだけだ。

 そんな中、外にも行かず、友達とも一緒にいない男子がいる。これはいつものことで、担任である優花は彼の人間関係と人一倍遅い言葉の発達について悩んでいる。

 その児童、大原君御は穴を覗くような目で優花を見上げた。


「きのうあったこと」


 端的にそう答えた。事実であったと言いたいらしいが、いつもと変わらぬ無表情な顔はむきになったり信じて貰えないのを不安がったりするような「子供」の様子を一切映さない。

 ただただ無防備に口を小さく開けている。


「そうなの? …この『おねえちゃん』は、どうなったの?」

「しんだ」


 うーん、と優花は唸った。「死ぬ」の意味を彼がわかっていないはずはないのだが、だとすればこの日記にある「おねえちゃん」は昨日死に、しかも君御はそれを見ていたということになる。けれどそんな事実があったのなら、事故にしろ事件にしろ学校に連絡は行くはずだし、君御の母親なら、君御を労って休ませそうなものだ。

 それにこの文章を読む限りでは、「おねえちゃん」がチョコレートで満腹死したように思える。まさかそんなことはないだろうが。


「…君御くんは、そのおねえさんが死んじゃうところを見たの?」

「いっしょにいて、いきてて、」

「うん」

「いえいって、しぬ。いまはしんだから、しにました」


 目をきょろきょろとさせながら、彼はものを数えるように言った。

 余計分からなくなりそうだったが、つまり「一緒にいた」ときは「生きていた」らしい。「家に行って」の「家」はおそらく「おねえちゃん」の家だから、「行って」は「帰って」の意味なのだろう。

 これで言いたいことはわかったが、状況はますます把握できなくなった。

 仕方ない。一度話を変えよう。


「君御くん、そのおねえさんはチョコレートを食べていたんだよね?」

「ぽいぽいたべててた」

「『ぱくぱく食べていた』かな?」


 訂正してやると、彼は口の中で「ぱくぱく」と繰り返す。


「そうそう。…ねえ、そのとき君御くんは、一緒にチョコレート食べてないよね」

「たべない。たべるってゆったけど、たべれれないってゆった」


 それを聞いてほっとする。君御はチョコレートアレルギーだ。手に持つだけで発疹がでてしまう。昔、一粒食べて倒れたという話だから、彼は自分がそれを食べられないことも、食べると死んでしまう可能性があることも知っている。

 だからこそ、むやみやたらに「死ぬ」なんて言葉を使わない子なのだが、


 気が付くと教室に生徒が大分帰ってきている。一人の男子児童が構って欲しそうにこちらを呼んだので、取り敢えずこの件は保留にすることにした。

「またそのときのお話、聞かせてね」と言いながら日記帳を君御に手渡し、もう三人もくっついてきている生徒たち一人ひとりの頭を撫でながら、優花はその場を離れた。


「ぼくがしぬときは、ちょこれーとをぱくぱくたべる」


 君御が呟いた言葉は、他の子供達の喧騒にまぎれて優花に届かなかった。



(食べる?)(たべれれない)(そう……私も、食べられないの)


(バイバイ。)

20100512

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