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慣れた宴より不意打ちの言葉が好き

短編

 

 席を離れてトイレに行くと、そのトイレは男女共同の一つしかないタイプだったから俺は扉を一歩入った手洗い場のところで今入っている人が出てくるのを待っていた。

 鏡には俺と、俺の後ろにある戸と、流しに置いてある花瓶くらいしか目に付くものは写ってない。先の扉は摺りガラスの丸い窓が、右上でオレンジ色に光っていた。


 少しして水を流す音が聞こえたから、俺は流しから少し離れた。出てきたのは俺と同じくらいの女子で、いくら店の喧騒が嫌だったからってこんな所で待つんじゃなかったと少し後悔した。

 その女子は俺を見てぎょっとした顔をして、多分無意識に軽く会釈をした。それで余計気分が悪くなって、こっちも会釈しておいた。

 彼女と入れ替わるように扉に向かうと、手を洗おうとし始めていた彼女が「ねぇ」と声を掛けてきた。予想外だったので思わず「は?」と口にしてしまった。

 彼女は中途半端に手を出したまま、「君、お誕生日会やってるとこの人?」と聞いてきた。


 居酒屋みたいなとこだけど、この店は予約すれば誕生日会が出来て、飯が安くなったりケーキが出てきたりする。会員のみだけど。

 で、今日うちはそれをやっている。多分、店の人が「お誕生日おめでとーございまーす」とか言いながら乾杯を促したのを見ていたんだろう。あまり嬉しくない。


「そうだけど」

「いいなー、私あれちょっと憧れてるの。一回やってみたい」


 何でか、彼女は少し笑んでみせた。あんなのに憧れる奴がいるのか。羞恥プレイもいいとこだぞ、あれ。

 返す言葉に迷ったので、「そう? うちはいつもあんな感じだけど」と適当に言うと、「毎年やるの?」と興味津々に追加質問してきた。


「毎年。でも、あんま面白いもんでもないと思うけど。ケーキは並の味だし、結果的に食うのも親とか兄弟の方が多いし」


 そう、特別な感じなんて全然しない。むしろ俺の誕生日って何?って状態になる。プレゼントがあるわけでもなく、こういう所に来るとハンドルキーパーなんて言葉が消えるから、車で来た癖に肩組んで歩いて帰ったりする。その面倒見んのも俺だ。道中吐くし。今年から姉も酒飲める歳になっちまったし。今年が今までで一番うざそう。

 なんてことを考えて勝手にイライラしそうになっていると、相手も相手でマイペースに「うーん、そんなものかなあ」と独り言を言っていた。

 それから聞いてもいないのに「私のうちは全部家で済ましちゃうから」と続けた。


「そっちのほうが、いいんじゃないの?」

「そう? 面白味に欠くと思うけど」


 何分か前の俺の言葉に似た文で言いながら、そこでやっと彼女は蛇口を捻って手を水にさらした。そういえば俺、まだトイレに入ってない。急いでないからいいんだけど。

 ここで少し会話が途切れた気がしたけど、ちょっと気になったから「どんなことすんの?」と聞いてみた。彼女はうーん、と唸りながら斜め上を向いて考えて、その姿勢のまま答える。


「お母さんかお姉ちゃんがケーキ焼いてー、夜ご飯の後にケーキ食べる…くらいじゃないかなあ」


 想像通りだったから、その内容よりこいつも姉がいるのか、とかそういうところに感想を持った。


「でも俺は、そーゆーのちょっと憧れる。」

「文化の違いかな」

「だと思う」


 彼女は「うん、そっか」と結論に満足するように言って、笑って、備え付けのタオルで手を拭いて出て行こうとした。だけど「あ」と何か思い出したように戸にかけた手を少し離して(忙しいやつだな、)もう一度こちらを向くと「誕生日おめでとう」と言って出ていった。

 なんか知らないけど、その一言は凄いうれしくて、自然に俺も笑っていた。

20100504

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