3.幼馴染ヒロインなんて現実にはいない
俺たちは駅から少し離れたコラボカフェに移動した。
店の前には主人公とヒロインたちの等身大のパネルが置かれている。
早紀はメインヒロインと主人公の二人が画面に収めるように写真を撮る。
「まずね、主人公とメインヒロインのカプが良いじゃないですか」
「しっ!カプとかあんまでかい声で言うな」
「このヒロインってツンデレどころかツンツンツンツンデレじゃないですか。そんなヒロインにどんなにツンツンされても献身的に尽くし続ける主人公がよくってぇ……」
早紀は俺の言葉を気にせず語り続ける。
俺が顔を顰めていると、後ろから店員さんに声をかけられた。
「良いんですよ、ここはオタクしかいない空間なので。
いいですよね、この作品の主人公とメインヒロイン。主人公はたくさんの女の子に好かれてもメインヒロインに一途でぇ……」
この手の店の店員にしてもやりすぎなくらいなオタク語りに驚き、振り返って頭を下げようとすると、そこにいたのは……
「遥香!?」
「え、あ、あ……」
アニメグッズ専門店併設のカフェの店員用エプロンを着た俺の幼馴染・天海遥香だった。
俺と遥香は幼い頃から家が近く、小中高を共に過ごした。
大学も遥香が他の大学の前期試験で不合格になったことで同じところに通うことになった。
しかし、俺たちはニ年生の春以降、ほとんど会話していない。
俺たちは気まずくて互いに目を逸らす。
「アニメとかラノベは嫌いなんじゃなかったのか」
遥香はそっぽを向いた。
「ふ、普通のカフェだと思って応募したらここだったのよ。しょうがないでしょ」
俺がラノベ同好会を立ち上げた理由。
それは、遥香に誘われて入った文芸サークルにいられなくなったからだ。
俺は普段、オタクであることを隠している。文芸サークルや、幼馴染の遥香相手でもそれは同じだった。
純文学にも一定の知識のある俺は、周囲からは文学青年に見えていたようで、文芸サークルの人ともある程度仲良くなっていた。
二年生になった直後、誕生日を迎えた俺はサークルの食事会で酒を飲んだ。
それが失敗だった。
サークルメンバーに話していない趣味はあるかという話になり、つい調子に乗ってラノベと答えると、遥香は激昂した。
気持ち悪い。そんなのが趣味だとは思わなかった。オタク。変態。
趣味を全否定され、俺はそのまま幽霊部員となった。
二年生の後期に俺の趣味を受け入れてくれる場所を作ろうとラノベ同好会を立ち上げ、今年になって早紀が入ってきたのだ。
「あ、あの……」
遥香はミルクブラウンの横髪をいじりながら、おずおずと俺を見上げてきた。
早紀ほどではないが、女子の平均くらいの背丈の遥香も男の俺に比べると小さい。
「あの女の子は、なに」
遥香の視線の先には、主人公のパネルとツーショットを撮ろうとするも身長が足りずぴょんぴょんと跳ねる早紀がいた。
「その前に俺になにか言うことがあるんじゃないのか」
趣味を馬鹿にされて、俺は確かに傷ついたのだ。
この件に関して俺に非はないし、謝ってもらう権利があると思う。
「あのときは、その……」
「せんぱーい!」
遥香がなにか言おうとローズピンクの唇を小さく動かした瞬間、早紀がスマホを持って駆け寄ってきた。
「身長が足りなくて撮れないので、お願いします」
スマホを手渡し、早紀は俺の腕にまとわりついた。
「だからやめろって」
振りほどこうとする俺の腕に早紀はさらに抱きつき、頬ずりをする。
「いいじゃないですかぁ、私たち、付き合ってるんだし」
「は……?」
あくまで仮にだろ、と言おうとしたとき、鋭利に研ぎ澄まされた氷のような声が小さく空中に放たれた。
「今なんて……」
遥香は俯き、綺麗にカールしたまつ毛のしたの、アーモンド型の形の良い目を歪ませる。
「お似合いね。気持ち悪くてダサいオタクで恋人同士なんて」
……流石にカチンときた。
仮にも幼馴染だし、向こうが謝ってくるなら仲直りしたかったけれど。
遥香はなにも変わっていないようだった。
俺は怒りで震えそうになる声をなんとか絞り出す。
「おまえ、今のもう一回言ってみろよ」
「……だから、ダサくて芋くさい見た目のオタク同士でお似合いって言ったのよ!」
遥香は早紀をつま先からてっぺんまで見回す。
「服と髪とバッグがちぐはぐだし、カラコンも大きすぎ。大学デビュー?」
遥香の唇がゆがむ。
それは、他人を蔑む者の唇の歪み方そのものだった。
「……やめろよ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
この声を出せば、昔から遥香は止まるはずなのだ。それでも今日は止まらなかった。
あのときと同じだった。
早紀の黒目がちな瞳が暗くなるのがわかる。
涙をこらえようとして、眉骨が浮き上がっている。コーラルピンクのリップが唇を噛みしめる歯についているのが見えた。
「なにその巻き髪、ぐちゃぐちゃじゃない。大学生にもなってコテ初心者なの?」
「ふざけるな!」
気がついたときには、喉にヒリヒリとした痛みが走っていた。
普段出さないような、荒くて大きい声。こんな声を出したのはいつぶりか……小学生の頃、クラスの男子が遥香をいじめていたのを見たとき以来かもしれない。
しかし、今は立場が逆転している。
すまない、という言葉が出そうになるが、ここで謝ってはいけなかった。
仮にも俺は先輩、こんなどうしようもないやつでも後輩なのだ。
「俺を貶すのは別にいい。けど、こいつを悪く言うのは許さない」
早紀は俺の腕から離れ、呆然と俺を見上げていた。
「こいつは努力してんだよ。俺にはメイクのこともファッションこともわからないけど、こいつはちゃんと努力して、周りに追いつこうって追い越そうって頑張ってんだよ」
遥香の顔が強張る。
「オタクはキモいよ。俺もこいつもキモいよ。
だけどさ、努力してる女の子の見た目を悪く言うのは違うって……おまえならわかるだろ」
遥香は高校生の頃からおしゃれだった。
前髪だってきちんとつくっていたし、これは女子たちの会話を盗み聞きして知ったことだが、スクールメイクだってしていた。
そんな遥香だって、小学生の頃はボサボサの髪で登校していたのだ。
そうやって地道にコツコツ努力してきた遥香が、追いつこうとする者を貶めるのは道理ではない。
「……謝れよ」
遥香はか細く「仕事に戻らなきゃ」と声を震わせる。
俺はその手首を掴んだ。
ピンクベージュの縦長のネイルがカチャリと音を立てた。
「逃げるなよ。謝れよ、こいつに!」
「あの、先輩、もういいですから」
早紀が俺の服の裾を掴んで引っ張った。
「でも」
早紀は店内を見渡す。客も店員も、全員が俺たちに交互に視線を移し、なにやら話していた。
「……ごめん」
しまった、早紀に恥ずかしい思いをさせてしまった。
早紀は俺の腕をしがみつくように引っ張る。
「行きましょ、先輩」
服の袖越しに、熱い雫が俺の腕に触れた。
「……悪かったな。せっかくのコラボカフェなのになにも食べさせてやれなくて」
コラボカフェを出て、俺たちは街を歩く。
道の両側にはたくさんの、アニメグッズショップやカードショップ、ゲーセンが揃っていた。
「いえいえ、かっこよかったですよ、先輩」
その「かっこいい」にいつもの冷笑は含まれていなかった。
「その……大丈夫か。泣いてただろ」
「いや、あれはどちらかと言うと……」
早紀は俺の数歩前に走り出す。
紡ぎかけた言葉を放り出して、早紀はいつもの生意気な笑顔に戻った。
「先輩、やっぱり私のこと、かわいいと思ってたんですね」
「いや、そこまでは言ってないが」
つい安心して、俺もいつもの軽口を叩いてしまう。
「先輩の嘘つき」
早紀は頬を緩ませる。
今日はいつもよりチークが濃いようだ。
「先輩、あそこのお店寄りましょうよ」
早紀は近くの、コミックスと同人誌が並ぶ店を指差す。
「さっきのお礼に、先輩の推しキャラの寝取られ同人誌買ってあげますね……あいだだだだ!」
俺は早紀のこめかみにぐりぐりと拳を押し付けた。
帰宅後、俺はパソコンの前でコーヒーを飲んだ。
ほっと息をつく。
デスクの上には早紀に押し付けられた、俺のソシャゲの推しの寝取られ同人誌が置かれている。
……脳が破壊された。三周ほどしたが、もう二度と読まない。
俺は小説投稿サイトを開き、先ほど投稿されたばかりの西瓜すいかの新連載の最新話を開く。
最新話は、容姿をなじられたヒロインを主人公が守り、ニ人の絆が深まるというストーリーだった。
どこかで見たことのあるような話だが、いい。
西瓜すいかの持ち味はやはり魅力的な主人公にあった。男の俺ですら、こんな男になりたいと思うほどだ。
ヒロインのセリフが、なぜか早紀の声で再生される。
……いやいや、早紀はこの小説のかわいくて清楚なヒロインとは似ても似つかない。
なんだか悔しくて、俺は西瓜すいかの最新話に低評価を押し、翌朝、後悔して普段は絶対にしない高評価をつけた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
また読み返したい、続きが気になるという方はブックマークをお願いします。
面白いと思っていただけたら☆5つ、そこそこだったら☆1つでもつけてくださるととても励みになります!




