2. 新たな日常と非日常
数週間後の日曜日、俺は早紀と大学から少し離れた駅で待ち合わせをしていた。
軽く寝坊をして焦ったが、早紀は早紀で巻き髪に失敗して電車に乗り遅れたらしく、事なきを得た。
むしろ俺のほうが早く到着しているまである。
俺はスマホで時間を確認してから、駅の改札を出たところにある適当な柱に背を預けた。
待ち合わせ時間を十分ほど過ぎている。
「せんぱーーーい!」
程なくして、早紀が駅の階段を降りてきた。
ピンポーン!
ICカードの残高が足りなかったらしい。改札で引っかかって早紀は乗越精算機へと向かう。
少ししてから、早紀が改札の近くまでやって来た。
「せんぱぁい、一万円札崩したくないんで小銭ください」
「なにやってんだ」
「えへへ〜」
「えへへじゃない」
ため息をつきながら財布を開け、五百円玉を渡す。
「ありがとうございます。先輩大好き、かっこいい〜!」
言うやいなや、早紀は精算機へと向かって行った。
やっとのことで改札から出て、早紀は俺の前に立っ。、
「おはようございます、先輩!」
「今は昼の一時だぞ」
今日の早紀はデコルテの見えるひらひらとしたワンピースにヒールのあるサンダルを履いている。
髪はコテかなにかで緩く巻いていた。
なるほど、彼女はこれを完成させるのに苦戦したのだろう。
「芸能人は昼でもおはようございますって言うじゃないですか」
ガーリーな装いと不釣り合いな大きなバッグからクシを取り出し、早紀は前髪を整えた。
早紀は荷物を小さくまとめることができない。
こういうところに絶妙な垢抜けなさを感じる。
「おまえは芸能人じゃないだろ」
「でも芸能人級にかわいくなる予定なんで」
あくまで予定であるところにかろうじて残った謙虚さを感じる。
「行こうか」
「は〜い!」
ヒールのおかげか、早紀の頭がいつもより少しだけ高い位置にある。心なしかテンションまで高い。
早紀と俺は並んで歩き始めた。
そう、今日は俺たちの初デートの日なのだ。
「せんぱぁい!」
早紀に告白された翌日の昼。大学の最寄りの駅で降りて改札を出ると、聞き覚えしかない声が背後から飛んできた。
バシン、肩を叩かれる。
「うわぁ!?」
早紀は俺の隣から上半身を前のめりにして俺の顔を覗き込む。
今日の早紀は胸くらいまである黒髪をストレートにして、少し身体のラインの出るぴたっとした白のトップスにジーンズを履いていた。
こうやって見ると早紀は身長と肩幅の割に胸が大きい。いや、いくら大きかったところで中身がこれでは意味がないのだが。
「あ、よかった。ちゃんと先輩だった。間違ってなかった……」
「間違ってたら気まずいと思える感性があるから叩くなよ」
えへへ、となぜか(本当になんで?)得意げに笑いながら、早紀は俺の腕にまとわりついた。
「おわ!? ちょっと、なにやって……」
「照れないでくださいよぉ。私たち、恋人なんですから」
早紀は俺の肩に頭を預けてくる。
触れ合っているところが熱いが、早紀はいつもこのくらい体温が高いので特段 照れているわけではないのだろう。
「あくまで仮のな。ほら、離れろ」
俺は早紀を振りほどく。
あまりこいつに構いすぎると授業に遅れる。
二限は寝坊して欠席したので、せめて三限には間に合わせたい。
「え〜。先輩は嬉しくないんですか、私と付き合ってるって周りに思われたら」
「いや、全く嬉しくないね」
「え〜、なんで!」
早紀はそこそこかわいいし、学部の同期にサークルの後輩だと言って写真を見せると羨ましがられる。
そういうとき、俺は密かに少しの優越感を覚えていた。
ただ、周りに早紀と付き合っていると思われるのは満更でもなかったが、早紀に調子に乗られるのは勘弁してほしかった。
「じゃあ反対に、おまえは嬉しいのか。俺と付き合ってると思われて」
「嬉しいですよ、そりゃ」
早紀は立ち止まり、己の胴を両腕で抱きしめる。
両親の影響で幼少期からアニメを見て育っている彼女は、よくこういったアニメっぽい仕草をするのだった。
「『早紀ちゃん、男の人と歩いてる! なになに彼氏!?』ってみんなに羨ましがられちゃうんです!
は〜……素敵」
早紀は両手のひらを重ね合わせて胸の前に持ってくる。
「昨日も言った通り、モテたいっていうのは承認欲求なんです。
みんなから羨ましがられたいんです、私は」
しかし、少しすると早紀は肩を落とした。
「……あ、でも先輩と付き合ってても誰も羨ましがらないか」
俺は早紀の頭にげんこつを落とす。
「いだぁっ!? 酷い! 動物愛護団体に通報しますよ!」
「ああ、おまえは鳴き声のうるさい動物みたいだからちょうどいいな」
「ひど〜い!! 私、先輩のことデートに誘ってあげようと思って声かけたのにぃ!」
「デート?」
恋愛未経験の俺にとって、そのワードは相手が早紀であろうとも少し魅力的だった。
「なんですかぁ〜? 先輩、私とデートしたいんですか?」
「おまえとは別にしたくないけど、デートは普通にアツい」
俺はデートなどしたことがない。
そのため、小説を書くときは恋愛経験のなさが読者にバレないよう、ネットやアニメからデートシーンの素材を集めまくっている。
こんなやつとでも実際にデートをしてみれば、素材集めの手間が減るに違いない。
「先輩の態度が釣れないのはサムいですけどね」
「変な対義語を作るな」
早紀はスマホを取り出した。
「あのねぇ、私、ここのコラボカフェに行きたくて」
そこは、大学近くの繁華街にあるアニメグッズ専門店併設のカフェ。
今は俺が少し前に早紀に勧めたラノベ原作作品とのコラボが行われているのだ。
「アニメが面白かったので行きたくて」
「デートなのか、これは」
ラノベ同好会では月に一度、遠足を行っていた。遠足といっても二人しかいないが。
これまでも何度か遠足の行き先としてコラボカフェを選んだことがあった。
「デートです。男とコラボカフェ行って周りのオタクにマウント取ります」
俺は早紀の頭にチョップをかました。
「あいだっ!?」
「おまえなんかオタクの風上にもおけんわ。オタクがその方向性の承認欲求を出すな」
「えー」
早紀は不服そうに唇を尖らせる。
しかし、コラボカフェ自体には興味があった。
なんなら、今月の遠足の行き先と選ぼうとすら思っていたのだ。
「……まあ、デートじゃなくて遠足としてならいいぞ」
「やったー!」
最近のオタクはビジュアルが良く、友達もおり、彼女持ちすらいる。
一人でのコラボカフェは肩身が狭かった。
「デート、デート」
早紀はくるくると俺の周囲を回る。
今期のアニメの人気キャラの動きを真似ているようだった。
リアルでやるな、鬱陶しい
「だからデートじゃないって言ってるだろ」
口から出るのはそんな言葉。
でも、いつもの遠足よりも楽しみなのはなぜだろう。
俺は胸の高鳴りを押さえて、うるさくはしゃぐ早紀を置いて授業に向かった。
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