1.人生で初めて告白された……と思ったのに
「先輩、私と付き合ってください!」
夕日の差し込む、ラノベ同好会の部室(仮)にて。
俺は同じくラノベ同好会所属の後輩に告白されていた。
俺は早瀬海。私立金糸雀坂大学の三年生であり、ラノベ同好会の部長だ。
俺が立ち上げたラノベ同好会の部員は目の前にいるこいつ……一年生(といっても一浪しているため今年で二十歳だが)の西条早紀と俺だけ。
もちろん学校に公認されることのない、ただの同好会。
よって部室もなく、俺達はいつも適当な理由をつけて空き教室を借りていた。
早紀は高く結んだポニーテールを逆さまにして、深く頭を下げている。
うなじの毛がもう少し整っていればなぁ……美容院ではそういうのやってもらえないのだろうか。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
告白されるのは、初めてだった。
自分が誰かの恋愛感情の対象になるなんて、思ってもみなかった。
背が小さく、いつもキャンキャンやかましく、鬱陶しいながらも憎めない後輩。
最初こそそういう目で見ていないこともなかったが、彼女の終わっている内面を知るにつれて恋愛対象からは外れていったし、好かれることはないと思っていた。
それなのに、心臓が早鐘を打つ。
なんてったって、初めて告白されたのだ。
それは俺の性的魅力の肯定のようで、現実の恋愛になど興味はないと今まで強がっていたにも関わらず、これまでの人生が少し報われたような気さえした。
不細工なうなじが急に「隙」に見え、かわいく思えてくる。
まあ、そんなに言うなら付き合ってやっても……
「先輩」
彼女は頭を上げ、俺を見上げる。
「私ね、モテたいんですよ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
モテたい、というのは、俺にということだろうか。
「もうね、ここ最近、承認欲求がやばくて。いろんな人からモテまくりたいんですよ。具体的に言うと、インスタのDMが男子からの求愛でいっぱいになって、デートに誘われまくっちゃって……。でも私はそれに返事しなくていいんです。だって私は高嶺の花のモテ女だから!」
「えっと……?」
「そういうものに、私はなりたい!」
宮沢賢治も号泣だろう、こんな使い方をされては。
「だから先輩には、その手伝いをしてほしいんです」
くりくりとした黒の瞳で、早紀は俺を見つめる。その瞳の中には、困惑する俺の顔が映っていた。
「私とお試しで付き合って、男を転がす方法を教えてほしいんです!」
……うなじ、やっぱり理容師かなにかに整えてもらったほうがいいんじゃないか。
俺の中に芽生えかけていた恋心のようなものは、一瞬にして消え失せた。
つまり、だ。
俺は告白などされていなかったのだ。
俺はこいつに舐められ、男遊びの練習台にされようとしているのである。
「うわ。せんぱ〜い、ひょっとして本当に告白されたと思っちゃいました? 人生初のモテ期到来って? かわいい〜」
彼女はニマニマしながら、二本の人差し指で俺をつつく。
彼女にはこうやって、他人を貶す癖があった。彼女の「かわいい」「かっこいい」は、それが2次元に向けられるとき以外は褒め言葉ではない。馬鹿にしているのである。最近流行りの冷笑というやつだ。
いや恥ずかしげもなくモテたいとか言うおまえこそ冷笑対象だろうと言いたい。必死すぎる。
思っちゃいました。思っちゃいましたよ、悔しいことに。
「いや、おかしな奴に好かれて面倒だとしか思わなかったが」
内心とは全く逆のことが口をついて出る。
本気にしてしまっただなんて言おうものなら、彼女はさらにつけあがるからだ。
「え〜、ちょっとドキッとしてたくせにぃ」
うるさい。
俺は彼女の頭を軽く叩いた。
「あいだっ! 暴力! 暴力反対!」
彼女は俺の頭を叩き返そうとつま先立ちになるが、背が小さすぎて手が届かない。早紀は女子の中でもかなり小柄で、さほど高身長でもない俺と比べても二十センチ近い身長差があった。
俺はそれをいいことに話を進める。
「付き合うのはダメだ」
「え〜、なんで! 私、垢抜けたのにぃ! こんなにかわいいのにぃ!」
「喋らなければな。喋ったらもうダメだ」
彼女は大学デビュー組というやつだった。
中高生時代、見た目のせいで苦労したらしく、大学に入る前にヘアセットとメイクを覚え、眉毛サロンやアイサロンに通い始めたという。
大学の美女たちと比べるとアレだが、まあかわいいかかわいくないかで言えばかわいい。これくらいが俺にとってはちょうどいいというものだ。
しかし、心が容姿に追いついていない側面がある。というかそういう側面しかない。
彼女はコミュ障だ。人見知りではない、コミュ障だ。初対面のときはやりすぎなくらいな敬語を使い、二回目でまともに口を利かなくなり、三回目で飯を奢れ、もっと酒を飲んで酔い潰れろとからかってきた。
礼儀正しいとよそよそしいは違うし、馴れ馴れしいと親しいは違う。
彼女はそこをはき違えていた。
人とのコミュニケーションの取り方というものを、彼女は根本的に間違えている。
彼女はいかにも「私は清楚です!」という風に、白のシュシュを付けた黒のポニーテールを揺らして俺に迫った。
「先輩だって彼女できたことないんでしょ。仮でも彼女ができたらラブコメ書くときの参考になるんじゃないですか。」
少し理にかなった話だった。
俺は小説投稿サイトにラブコメ作品を投稿している。
大好きなラノベを真似てなんとか書いてみるのだが、ランキングには載るものの上位には遠く及ばないのが現状だった。
SNSで相互フォロワーの、しょっちゅうランキング上位に載っている人気作家に相談に乗ってもらったところ、その人と俺の最大の違いは恋愛経験の有無。そしてもちろん、俺は「無」側だった。
もちろん、ラブコメはフィクションだが、読者を「こちら側」に引き込まなければならない。そのためにはある程度のリアリティは不可欠だった。
それに、大学を卒業するまでに恋人を作らないと一生 孤独なままといったような言説がSNSには溢れている。
俺の焦りは加速するばかりだった。
が。
「先輩の書くデートシーンってなんか妄想って感じで〜、恥ずかしくて見てられないっていうかぁ。かわいいですよね」
俺の周りにいる女はこいつくらいだった。
こんな奴とでも付き合えば経験になるのだろうか。
俺でももっとリアルな恋愛が書けるようになるのだろうか。
いや、でもこんな馬鹿な話は断るべきだ。
俺は自分の胸元くらいの位置にある彼女のつむじを無言で見つめた。
「あの、私じゃ経験になりませんかね……?」
早紀は俺の内心をうかがうように上目遣いになる。
眉毛をへの字に曲げ、その表情はいつもと打って変わって自信なさげだ。
軽くではあるが、俺は彼女から中高生時代に受けた酷い扱いについて聞いていた。
今まで彼女がいかに女として大切にされてこなかったか、逆にどれだけ「女」の部分を雑に扱われてきたか。
それを知った上でこんな聞き方をされては、断れっこない。俺はそこまで冷徹にはなれなかった。
仮にも大切な、唯一の後輩なのだ。
「……わかった、付き合おう」
「やったー!」
早紀はパッと目を輝かせて飛び跳ねる。先程までのあれは何だったんだ。なんだか都合よく操られてしまったような気がして、腹が立つ。
「ただし」
こんなやつを調子に乗らせても面倒なだけだ。
よって俺は、一つ条件をつけてやることにした
「これからは俺のことをきちんと先輩として敬うこと」
「言われなくても先輩のことは敬ってますよ〜!」
早紀は片方の手のひらに、もう片方の手を握って縦にして擦り付けた。
これは彼女が俺を馬鹿にするときによくやる、「ゴマすり」を意味するポーズだった。
「単位めっちゃ落としててかっこいいし、三男なのに全然モテてなくてかっこいい!」
三男というのは、大学三年生の男という意味だ。三男は通常、一年生の女(一女)にモテる傾向にあるが、俺が早紀にモテているかというと否だった。
……うるさい。
「あーあーあー。背が小さすぎて俺の耳に声が届かなーい。聞こえなーい」
俺は聞こえないふりをすることにした。
わざとらしく腰をかがめ、あたかも聞く意思があるかのように耳元に手を当てる。
「先輩ってぇ~!! 美容整形のダウンタイムじゃない方のDTでかっこいい〜!!」
早紀は俺の耳元に唇を寄せて叫んだ。
「あー、耳が!耳が!」
早紀は声がデカいタイプのオタクだった。しかも高い。
耳がキーンとなり、俺は側頭部を押さえた。
帰宅後、俺は自室のPCの前に座っていた。
一人暮らしのワンルームは、部会で(勝手に)使っている空き教室よりずっと狭いはずなのに、どこか広く感じる。
俺は小説投稿サイトを開き、恋愛ジャンルのデイリーランキングを眺めた。これは俺の高校生時代からの日課である。
先述の人気作家の連載作品は現在一位だった。
俺はランキングを随分下までスクロールし、俺のペンネーム「五月雨皐月」の一つ上にいる名前……「西瓜すいか」を睨めつけた。
昨日から連載が始まった西瓜すいかの新作は、主人公の男がサークルの先輩女子に「恋愛の練習をするため」に告白し付き合うストーリー。俺が一昨日 投稿した短編を余裕で追い越しやがった。
「先輩、付き合ってください!」
先ほどの早紀の声が蘇る。
待てよ。
サークルの後輩と恋愛の練習として仮の交際をするなんて、よく考えたらラブコメ的展開なのでは……?
俺は小説を書く際に使用しているソフトを開く。
こんな奴でも、頑張れば小説のネタにできるかもしれない。
そんでコミカライズとか、アニメ化とかもされちゃって……。
世間がそう甘くないのはわかっているが、妄想が膨らむ。
……そういえば早紀も俺と同じサイトにラブコメを投稿しているんだったか。お互い頭の中をのぞかれるようで恥ずかしいのでアカウントは教え合っていないが。
もし出版社から声をかけられたら、ネタになってくれた礼としてあいつのことも紹介してやってもいいかもしれない。
そんなことを思いながら頬を緩ませていると、スマホのメッセージアプリの通知が鳴った。
『あの〜、そういえば先輩』
早紀からのメッセージだ。
俺はアプリを開いて既読をつける。
『先輩が美容に詳しくないのは知ってるんですけど』
早紀はいくつかに分けてメッセージを送ってくる癖があった。
『美容整形のダウンタイムじゃないほうのDTって言葉の意味、わかります?』
そういえば今日の部会でそんなことを言っていたか。
面倒だし馬鹿にされている気しかしなかったのであえてツッコまないでいたが。
ダウンタイムというのはよくわからなかった。
確かに早紀の言う通り、俺には美容のことはよくわからない。
しかし、少し頭を捻れば、DTという言葉の意味はわかった。わかってしまった。
『なんだよ、俺が童貞だって言いたいのかよ』
俺はスマホの画面の上で親指を滑らせる。
数秒の間を置いて早紀からの返信がきた。
『え~、先輩って童貞だったんですか?? かわいい~!』
どうせ知ってたくせに。
すぐ人に童貞とか言うからモテないんだぞ、おまえは。
『うるさい。 おまえも俺と変わらないくせに』
『セクハラですよそれ』
『いやおまえがな』
メッセージのやり取りがポンポンポンと続く。
仮でも付き合ってもらえたからって調子に乗ってないか、こいつ。
この生意気後輩め……今に見てろ。
おまえが浮かれている間に俺はおまえをネタにして天下を取ってやるからな。
まあネタにするだけでヒロインにはしないけど!
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